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2024年8月3日土曜日

書評『夕あり朝あり』(三浦綾子、新潮文庫、2000 単行本初版1987)ー この伝記小説は文句なしに面白い「創業物語」だ!



『夕あり朝あり』(三浦綾子、新潮文庫、2000)という長編小説を読んだ。水をつかわないドライクリーニングの白洋舍の創業者の伝記小説だ。この本は、ほんとに文句なしに面白い。

読み始めると、どんどん先を読みたくなるので、電車での移動中に読み始めたが、どうしても最後まで読んでしまいたいという気持ちになってしまい、ついに3日目に読み切ってしまった。

三浦綾子の作品を読むのは、これが初めてのことになる。そもそも、あまり文学作品を読まないわたしだが、『氷点』という小説で有名な人であることは知っていたものの、なんとなくずっと避けて通ってきた。

「肺結核に脊椎カリエスを併発して療養生活13年、その病床でキリスト教に目覚め・・」というプロフィールに引いてしまったのだ。「まじめさを絵に描いたようなクリスチャン」、そんなイメージを勝手につくりあげてしまい、敬遠させていたのだろう。

ところが、この長編小説は、わたしのような経歴と趣味嗜好をもつ人間には面白い。創業者の一人語りという形をとった伝記小説だからだ。起業家の創業物語であるからだ。

ドライクリーニングの白洋舍の創業者は、五十嵐健治(1877~1972)という人である。


(五十嵐健治 Wikipediaより)


どんなキッカケだったか正確に覚えていないが、この人がキリスト教の精神にもとづいて起業したということを知って興味を抱き、『夕あり朝あり』の存在に行き着いたというわけだ。

思い立ったらすぐ行動に移す直情径行の人であり、まさに波瀾万丈としかいいようのない前半生そして北海道で出会ったキリスト教に導かれ、キリスト教伝道を目的に起業する。キリスト教がまだ白眼視されていた明治時代のことである。

労働者としてさまざまな事業にかかわってきたが、最終的に選んだ事業は「洗濯業」であった。

明治時代当時は社会的に低く見なされていた仕事だが、「人の垢を落とす」ことに大いなる意義(=パーパス)を見いだし苦難に満ちた試行錯誤の実験と研究開発の末に、独力で日本初のドライクリーニングに成功する。1907年のことだ。開拓者精神のたまものである。

この人ならぜひ助けたいという気持ちにさせるものが、創業者にはあったのだろう。化学者たちや、さまざまな人たちに応援されて成功したのである。

事業とは奉仕(=サービスなのである。世のため人のために奉仕する。しかも、それを営利事業として行うことで、私益と公益を両立させることができる。

だから、1920年に会社組織にした際には大いに悩んだらしい。株主が多いと自分の思うようにキリスト教伝道というミッションを追求できないのではないか、と。65歳で社長を長男に譲ったあとは、会長としてとどまりながらも、起業本来の目的であったキリスト教の伝道(=ミッション)に生涯を捧げている。

それにしても、信仰をもっている人は精神的に強い。世間的にみたらあきらかに成功者なのだが、自分のことを小説の題材にしてほしいとは思わない、そう生前に語っていた謙虚な人だったそうだ。

だが、その人物をよく知る著者のおかげで、その生涯が作品として残されることになったのである。

『夕(ゆう)あり朝(あさ)あり』というタイトルだけだと、どんな内容かまったくわからない。サブタイトルもないから、内容を想像するのもむずかしい。

もちろん、著者としては一(いち)キリスト者の人生を描くのが目的だったのだろう。だが、1986年に書かれたこの小説は、エンタテインメント性がきわめて高い。新聞連載ものだったからだろう。

山あり谷ありの起業家の人生であり、近代日本を生き抜いた一人の日本人の人生。その素材としての素晴らしさだけでなく、著者のストリーテリング能力がきわめて高いのである。

だからこそ、「明治の日本人の創業物語」だといえば、ぜひ読んでみたいと思う人も少なくないのではないだろうか。


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<関連サイト>

・・「創業者五十嵐健治は、日本におけるドライクリーニングの創始者であり、つねに業界のパイオニアでもありました。本資料館には、まさにクリーニングに生涯をささげた故人を偲ぶ遺品、著書や写真など、数多くの資料を展示しています。
「他人の益をはかり、他人をよろこばす、人生これにまさる愉快なことはありません」五十嵐健治は、1877(明治10)年に新潟県に生まれました。洗濯業を生涯の仕事と定め、1906年(明治39年)白洋舍を創業しました。外国には水を使わない蒸洗濯のような便利な洗濯方法があることを知り、多くの苦心を重ねながらも研究に打ち込み、日本において初めてドライクリーニングの技術を開発しました。
 創業当時から健治の信念である「開拓者精神」「奉仕の精神」は、今もなお受け継がれています。館内には、健治の遺品、著書や写真をはじめ、洗剤として用いられた植物や洗濯板をはじめ、火熨斗や炭火を用いたアイロンなど貴重な洗濯の歴史や技術に関する資料を展示しています。」
場所は、東京都大田区下丸子2丁目11番8号 白洋舍本社ビル1F。ぜひ一度訪問してみたい




<ブログ内関連記事>



・・もともとキリスト教徒であった夫妻が立ち上げた事業はパン屋であった




・・17世紀のオランダには、フランスやイングランドから洗濯物が集められ、集中的に洗濯が行われていた。カルヴィニズム精神が「清潔」をなによりも重視したことも背景にあったらしい


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