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2013年5月11日土曜日

書評『韓国のグローバル人材育成力 ー 超競争社会の真実』(岩渕秀樹、講談社現代新書、2013)ー キャチアップ型人材育成が中心の韓国は「反面教師」として捉えるべきだ


科学技術政策を専門とする韓国贔屓の在韓国日本大使館・初代科学技術担当一等書記官が書いた本。フットワークが軽くてよく人に会い、徹底的に調べ回って書いた内容である。

いわゆる「アベノミクス」が開始されてから、「円高=ウォン安」が反転して「円安=ウォン高」となり、韓国企業の競争力に陰りがでてきたと言われているものの、サムソンやLGなどの財閥系のグローバル企業の競争力のつよさには大きな変化はない。

その理由は個別企業グループの人的資源の質と量にあると推察されるが、その背景には韓国企業が置かれているきわめて厳しい状況があることは明らかだ。

日本企業ほどのブランド力もなく、中国企業(・・最近はそうでもなくなりつつあるが)のようなコスト競争力もない韓国企業。国内市場が小さいので輸出依存度が日本やアメリカの比ではない高さ。

生き残りのための徹底的グローバル指向は、幹部の大学院卒以上の比率の高さや、アメリカ留学組が多数いることに表れているし、よく言われるようにTOEIC 900点以上が当たり前。そのため、大学生は GPA という学業成績や、ボランティア活動実績などスコア化可能な「スペック)積み上げ」に必死になっている。そうでなければ他の学生との差別化ができないからだ。

1990年当時においても韓国の学歴社会のゆがみが指摘されていたが、1997年のアジア通貨危機後のIMFショック後の韓国は日本では考えられないような「超競争社会」、「超学歴社会」になっているようだ。

小学生でも夜中まで勉強させる学習塾は後を絶たず、国をあげての英語教育に奔走し、理工系でのほぼ完全な英語による英才教育。だが、わたしには韓国はいまだにキャッチアップ型の人材育成から脱しきれていないという印象しか受けない。これは中国も同じだ。

貧富の差がさらに拡大し、自殺率も高く幸福度の低い韓国人。正直いってぜんぜんうらやましいと感じられない。半島に生まれるということは、なんと不幸なことかと思わず同情してしまう。米国や日本に移民として脱出する韓国人が後を絶たない理由もよくわかる。

韓国の超学歴競争社会の根底には、不安心理、切迫感といった悲壮なまでの状況があることがわかる。対岸からみれば、はっきりいって異様である。

読めば読むほど、著者の熱意と意気込みに反して、日韓両社会の違いが浮き彫りになってくるのだ。価値観の違い、経済構造の違い、実学重視の日本に対して理論重視の韓国・・・・。

事実関係は本書を読んでよくわかったが、著者の主張にはかならずしも賛成しかねるという気持ちになる。


韓国を「反面教師」にして学ぶべきもの

もちろん、本書で徹底調査された韓国の人材育成から学ぶべきことはある

GPAスコア方式など大学教育の評価方法の導入である。また大学教育におけるプレゼンや論述重視に変わりつつあるようだが、この姿勢は日本の大学も学ぶべきだ。

このほか、SNSがその推進役となっている「スタディグループ」。これは「会社という世間」のしばりがつよすぎる日本としては見習いたい点である。すくなくとも意識の高い若い層のあいだでは日本でも広がりつつあるのは、韓国も日本も同じだろう。

伝統的に朱子学の影響がつよいため、やや観念論的な傾向があって議論好きな韓国人は、どちらかというと日本人よりも国際性が高いという印象は受けることも確かだ。韓国の長所は理論志向がつよい点だが、その反面として弱みは実学的ではない点にある。

韓国を「反面教師」として、その行き過ぎには注意することも重要である。

現在の韓国は、はっきりいって学歴過多である。オーバースペック気味である。労働市場で求められる以上の学歴を身につけても働き口がないのはミスマッチと言わざるをえない。むしろ行き過ぎた超学歴社会のひずみや問題点から反面教師として学ぶべきことは多いと感じる。

いま韓国では労働市場におけるミスマッチ解消のため、技能重視の教育を進めようとしているようだが、これは日本では高専や工業高校などをつうじて長きにわたって取り組み成果を出してきたことなのでなんら新味はない。

本書では、理工系で専門特化した人材を英語で育成するコースが紹介されているが、まさにキャッチアップ型の特徴というべきだろう。すでにキャッチアップ段階を卒業してひさしい日本は、同じ理工系でも創造性を強調すべき段階にある。

日本の官僚というのは、どうしても明治維新以来キャッチアップ型のマインドセットから解放されないようだ。韓国のように国家目標が決まったらひた走る体制への憧れが著者にはあるのだろう。

成熟社会日本は、すでにキャッチアップ段階からは程遠い。周回遅れで先頭に立ってしまっているのだ。だから、キャッチアップではない。独自の道を見つけ切り開いていかなくてはならないのだ。

これは言うは易く行うはきわめて困難な課題であるが、日本人は外にモデルを求めるべきではなく、日本をもっと深掘りするべきなのである。


■学ぶべきは韓国社会全体ではなくサムスンなど特定の韓国企業の人材育成

1997年のIMFショック以降の韓国だが、なぜ同じ通貨危機で経済破綻したタイやインドネシアとかくも違うのかという思いも抱かないわけではない。本書では日韓比較しか行っていないので見えてこない視点である。

東アジアの隣国関係にある日韓両国は、歴史的にみて共通する側面はもちろん多いのだが、現在あまりにも置かれている環境があまりにも違いすぎるので、韓国に学べと言われてもピンとこない人が多いのではないかと思う。

本書に登場する日本の大学生たちのように韓国から「刺激」を受けることに意味があるが、どうせ学ぶならアメリカからダイレクトに学べばいいことではないかという気がしなくもない。

あえていえば、韓国全体が脅威なのではなく、サムスンなど個別企業の競争力が脅威なのだ。ここは間違えてはならない。それは、強烈なライバルとの熾烈な競争に勝ち抜くために個別企業の人材育成について研究する必要があるのだ。

日本人と日本企業にとって必要なことは、国がどうなろうと、自分たちが生き残るために自分のアタマで考えて行動することだ。むしろ異論を恐れないマインドをもって道を切り開く覚悟のほうが求められる。

韓国はつねに韓国語で「早く早く」を意味する「パルリパルリ」で突っ走ってくれるので、海を隔てた対岸の日本からはその状況をコンパクトに結末まで把握することができる。その意味ではじつにありがたい存在だ。

日本はそのあとから、悪路は避けながら歩いていけばよい。韓国社会とは異なる道を切り開くことが求められている。韓国と同じことをやっていたのでは自らの道を切り開いたことにはならない。

そのために本書を読んで韓国がいまなにをやっているのか知る意味はある。





目 次

はじめに
第1章 韓国躍進の鍵を探る!
第2章 韓国の「人材育成力」の現状
第3章 韓国の「人材育成力」の文化的背景
第4章 韓国の「人材育成力」の経済的背景
第5章 韓国・新世代の実像
第6章 韓国の課題―長所は短所
第7章 課題克服のための取り組み
第8章 日本への教訓
おわりに
参考文献

著者プロフィール

岩渕秀樹(いわぶち・ひでき)
神奈川県出身。東京工業大学大学院修了。南デンマーク大学修了(経営学修士)。文部科学省科学技術・学術政策局政策課長補佐、九州大学韓国研究センター学術共同研究員等を務める。


サムスン電子の人材力と組織力について(補足)-成果主義だけではない!

幸いなことにサムスン電子については、長らくサムスン電子の人事部で実務についていた李炳夏(リ・ビョンハ)氏が日本語で『サムスンの戦略人事-知られざる競争力の真実-』(日本経済新聞出版社、2012)を出版されているので参考になる。

東京大学に提出した博士論文をもとにしたもので、やや読みにくいのが難点だが、1997年のIMFショックでサムスンの人事制度が年功から成果主義に転換したものの、それ以前から変わらずに継続されている労使協調路線があることが証言されている。つまり、成果主義と労使協調路線のせめぎ合いがその本質であるということだ。

「社員を毎年100人以上の規模で海外に一年間派遣することを20年以上続けている」のがサムスン電子である。この蓄積は労使協調路線がなければありえないことだろう。ここに人材力が組織力とイコールになっていることが読みとれる。

もちろん、成果主義によって報酬格差が大きく拡大したことは確かである。だが従業員を大事にする姿勢があることも組織力をつくりあげるうえできわめて重要な要素である。

だからこそ、万難を排してでもサムスンの社員になりたい大学生が多いのだろう。求められるものは厳しいが、自分を成長させてくれる会社であるためだ。

だが、その門をくぐってサムスンに入社するのはきわめて難しい。狭き門なのだ

だから大学生たちが必死にスペック積み上げに奔走しているというのは納得できる話である。



<関連サイト>

韓国人社員との付き合い方-自己主張は最大の保身術-(佐藤 登、日経ビジネスオンライン 2013年9月19日)
・・ホンダ出身でサムスンの役員をつとめた日本人によるサムスン社員についての記事

バレたらクビ!現役サムスン社員・覆面座談会 「週刊ダイヤモンド」 2013年11月16日号特集 【サムスン 日本を追いつめた“二番手商法”の限界】拡大版
・・サムスンで働くフツーの日本人社員たちのホンネが興味深い。「(サムスンは)徹底したトップダウン 上司命令は絶対の軍隊組織」で、「末端の社員レベルでは決断力もないし、リスクテイクもあまりしない」、らしい

STAP細胞に関する画期的研究から考える、日本の官製イノベーション思想の是非 (Huffington Post 日本版 2014年2月2日)
・・日本人研究者の小保方博士が発見した、生物学の常識を塗り替える発見が世界を驚かせた。この記事では発展途上国型のターゲット戦略ではイノベーションは生まれないことを指摘。日本の役人や政治家の発想がいかに古くかつ無意味なものか!



<ブログ内関連記事>

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート

書評 『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2013)-「離米従中」する韓国という認識を日本国民は一日も早くもたねばならない

書評 『朝鮮半島201Z年』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2010)-朝鮮半島問題とはつまるところ中国問題なのである!この近未来シミュレーション小説はファクトベースの「思考実験」

書評 『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』(ダン・セノール & シャウル・シンゲル、宮本喜一訳、ダイヤモンド社、2012)-イノベーションが生み出される風土とは?
・・日本人に必要なのは韓国人的に猛勉強よりも、イスラエル的な議論するチカラではないか?

書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)
・・技能教育を受けた高校生には就職先があるという日本は、むしろ韓国にとって学ぶべき対象だろう


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2010年12月2日木曜日

書評『蟻族 ― 高学歴ワーキングプアたちの群れ』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)―「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論




「蟻族」すなわち「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論

 「蟻族」(イーズー)というネーミングを考案し、はじめてかれらの存在を目に見えるものとした本格的な社会調査の記録である。

 昨年2009年に出版されたこの記録は、中国ではベストセラーになり、「蟻族」というコトバが一気に拡がったという。本書はその日本語版である。

 調査対象は、首都北京の「大卒低所得群居集団」、平たくいうと大卒だが低所得層で、都市と農村の境に立地する賃料の安くて狭い集合住宅に数万人単位で群居し、部屋をシェアして集落のなかで暮らしているワーキングプアたちのことだ。

 「蟻族」という表現を、私が初めて耳にしたのは数ヶ月前のことだが、それにしても卓抜なネーミングである。まるでその姿が手に取るように見えるではないか。

 「蟻族」はいわゆる「80后(バーリンホウ)」とは世代的にほぼ完全に重なる「改革開放」の1980年以降生まれの現在30歳以下の若者たちである。

 ただし、「蟻族」はあくまでも大学卒のインテリ大衆であり、同じく地方出身のワーキングプアといっても、「民工」や「農民工」といった下層労働者層とはまったく異なる存在だ。

 中国政府の政策により「知識社会」に備えるべく大量に設置された大学で学んだ若者たちであるが、しかし現実は彼らが夢見た姿とは大違いであった。労働需要を上回る大学卒業生供給の結果、北京のような大都市では、権力もコネももたない彼らが 職を見つけること自体が容易ではなく、たとえ仕事が見つかってもキャリアアップにはつながらないものばかりだ。

 「蟻族」としての生活を送ることを余儀なくされたかれらに共通するのは、そんなはずではなかったのにという思いからくる「剥奪感」。

 まさに「大学は出たけれど・・・」の状態だ。

 そもそも公的な統計データのないのが「大卒低所得群居集団」の世界である。アンケートによって収集したデータにもとづく定量分析と、ディープ・インタビューによる定性分析は、編著者たちが私費も投入して行った苦労の産物であるが、たとえ置かれている状況が大きく異なるとはいえ、「同じ中国人の同世代の若い研究者たちによる同世代の若者たちの調査」であったことが、好結果をもたらしたのであろう。

 とくに後者のインタビュー集「群居村取材レポート」(日本語版のⅢ章)は、等身大の若者たちのリアルを描きだして実に興味深い。隣の国の若者たちの姿を手に取るように理解できるのは、本書のもとになった調査がすぐれたものであるだけでなく、よみやすい日本語になるよう工夫をしているからだろう。

 副題にある「高学歴ワーキングプア」について、この表現は日本では文系の大学院以上の高学歴者が職を見つけられずにいる状態を表現するコトバとして作られたものだが、中国の現状はむしろ「大学大衆化」がもたらしたものであり、ニュアンスは大きく異なることに注意しておきたい。また、編著者は「日本の読者へ」のなかで、「蟻族」は日本では自発的な選択である「フリーター」にあたるといっているが、これもまた実際とは大きく異なるように私には思われる。

 「大学大衆化」と「大学院大衆化」という違いはあるが、中国も日本もともに、経済政策と文教政策と労働政策がお互いバラバラでチグハグな結果、生み出された悲劇(?)であるといえようか。

 日本以上に深い社会矛楯を抱えた中国であるが、しかしながら「蟻族」たちは、成熟社会に生きる日本の若者たちよりも、就学生として日本で働く中国人の若者たちに似て、むしろたくましく生き抜いているように思われるのだ。

 中国の若者たちの「いま」を知るうえで、遠藤誉による『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(日経BP社、2008)『拝金社会主義中国』(ちくま新書、2010)とあわせ読むことを薦めたい。多様な若者たちの姿を知ることによって、現代中国についてより深い理解が可能となることだろう。


<初出情報>

■bk1書評「「蟻族」すなわち「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論」投稿掲載(2010年11月18日)
■amazon書評「「蟻族」すなわち「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論」投稿掲載(2010年11月18日)





目 次

『蟻族』を読む前に-序にかえて(関根謙) 
Ⅰ. 「蟻族」誕生記
 1. 接触
 2. 第一次研究調査
 3. 研究チーム
 4. 第二次研究調査
 5. 八〇後
Ⅱ. 「蟻族」のすべて
 1. 基本概念
 2. 発生原因
 3. 心理状態
 4. 性・恋愛・結婚
 5. 所得状況
 6. 職業
 7. 教育状況
 8. インターネット
 9. 集団的行動の傾向
Ⅲ. 「アリ」伝奇-「群居村」取材レポート
 プロローグ 都市のスキマ階層に触れる
 1. 北京での奮闘
 2. 非主流の道を突き進んで
 3. すべてはうまくいく
 4. 村から村へ
 5. 上京記
 6. 保険会社のガゼル
 7. 孤独な旅人
 8. 唐家嶺を離れる
 9. 下を向いた青春-「高学歴」貧民村調査
 10. 「大学村」での奮闘
 11. 「唐家嶺」でのショバ代
日本の読者へ(廉思)
解説(加々美光行)


著者プロフィール

廉思(リエン・スー)

1980年生まれ、男性、北京在住。中国人民大学法学院法学理論専攻博士課程。管理学修士、法学博士。中国共産党員。現職は対外経貿大学副教授。専門は法政治学、法経済学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

関根謙(せきね・けん)

1951年福島県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。慶應義塾大学文学部教授。20110年4月より文学部長。専門は中国現代文学、特に日中戦争期の都市の文学、現代文芸理論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 「高学歴ワーキングプア」というのは、本人もその一人である水月昭道という人の著書 『高学歴ワーキングプア-「フリーター生産工場」としての大学院-』(光文社新書、2007)という本から産まれたコトバである。

 この本は出版直後すぐに目を通してみたが、「高学歴ワーキングプア」というのは、日本では出るべくして出てきた存在だな、と強く思ったものだ。

 その心は何かというと、理工系ならいざ知らず、人文系の大学院に進学するなんてことは、ある意味では「自殺行為」に近い、もう少し穏当に言えば「清水の舞台から飛び降りる行為」だということは、私が大学学部に在学していた1980年代でも、すでに自明のことであったからだ。
 だから、コトバはきついが、ある意味では「自業自得」といっても言い過ぎではない。

 端的に言って、「歴史では食えない」とは昔から言われていたことだ。ゆえに、私はさっさと見切りをつけて就職する通を選んだ。完全に未練を吹っ切ったわけではなかったが、まったく後悔はない。日本の大学院進学などしなくて良かったとさえ思っている。
 ちなみに、M.B.A.を授与するビジネススクールは、いわゆるプロフェッショナル・スクールであって、アカデミズムという、目的があいまいな日本の大学院一般とはまったく異なる存在だ。日本でもこの10年間にプロフェッショナル・スクールが大幅に増えたことは喜ばしい。
 ただし、日本版ロースクールの制度設計失敗は、きわめて愚かなことであった。需要供給の法則というミクロ経済学の基礎がわかっていないことと、教育の世界に市場競争を無原則に適用したことの過ちである。制度設計を主導した法務省と文部科学省の罪は大きい。

 『高学歴ワーキングプア』という本を読んで思ったのは、なぜこの人たちは、人文系の大学院に進学などしたのか、と強い疑問である。
 大学院卒業者という供給に対して、教員という需要がきわめて限られている事実に、なぜこの人たちは気がつかなかったのか、ということだ。なぜ、誰も言ってやらなかったのか?

 意志決定の主体はあくまでも自分。自分が下した意志決定の結果は、自分が覚悟して受け取らねばなるまい。どうも日本人は、自分のアタマで考え尽くすというマインドセットに乏しいのではないか? 正直なところそう思うのは仕方あるまい。

 もちろんこの背景には、文部科学省による「大学院重点化計画」というものが存在する。大学院設置して定員を満たした大学には助成金を出すというインセンティブ政策である。
 この背景には「知識社会化」というトレンドがあることは言うまでもない。経済産業省、厚生労働省、法務省など、それぞれの省庁の思惑も関係している。 
 また、大学院進学者の側には、就職が思うようにいかなかったという事情もあるだろう。大学院に余剰労働力を吸収することによって、失業率を下げるという思惑もあったかもしれない。

 経済政策と文教政策と労働政策がお互いバラバラでチグハグな結果、生み出された悲劇(?)というのは、日本の大学院卒業者も、中国の大学卒業者も同じである。

 何か政策を実行するということは、たとえ成功したとしても、かならずやその意図に反した結果も副作用として派生する。「意図せざる行為」の結果というのは、少なくとも社会科学をやった人間なら知っていて当然のことではないか?

 その意味では、制度設計失敗の責任は、政策立案し実行した諸官庁にもある。なんらかのセーフティーネットは必要だろう。

 日本では「大学大衆化」は、1960年代にすでにひとつのピークを迎えていた。戦前のエリート大学生というポジションはすでに崩壊し、「大学大衆化」の結果として大量に増えた大学生が、学生運動の原動力になったことは歴史に明らかである。
 2010年代の中国の現状が、1960年代の日本と同じような現象をもたらすのかどうか、これは一概には言えないだろう。

 重要なことは、『蟻族』によれば、「反日」の意見表明をするのはネットのヘビーユーザーであって、「蟻族」たちは生活費を稼ぐのに忙しくてネットなんかやってるヒマがあまりないということだ。日本のかつての「学生運動」のような、何か一つの社会勢力となっているわけではない。ただしそのポテンシャルはある。

 いずれにせよ、『蟻族』という本を読む限り、中国人には生命力がありたくましい、という感想をもつ。この「蟻族」という「インテリ大衆」たちが中国にとっていかなる意味をもつのか、今後もモニターしていく必要があろう。


<ブログ内関連記事>

書評 『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(遠藤 誉、日経BP社、2008)

書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)
・・著者の遠藤誉(えんどう・ほまれ)氏は、『チャーズ-出口なき大地 1948年満州の夜と霧-』で作家デビューした人。1941年中国の長春で生まれた彼女は、1953年に帰国するまで中国を現地で体験し、中国語にも中国人にも精通。また、物理学者としてキャリアを積んだ人だけに構成も文章もきわめてロジカルで読みやすい

書評 『中国貧困絶望工場-「世界の工場」のカラクリ-』(アレクサンドラ・ハーニー、漆嶋 稔訳、日経BP社、2008)
・・「民工」と「農民工」については、日本語と中国語に堪能な著者による本書を読むべし

書評 『中国絶望工場の若者たち-「ポスト女工哀史」世代の夢と現実-』(福島香織、PHP研究所、2013)-「第二代農民工」の実態に迫るルポと考察

書評 『仕事漂流-就職氷河期世代の「働き方」-』(稲泉 連、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-「キャリア構築は自分で行うという価値観」への転換期の若者たちを描いた中身の濃いノンフィクション

書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)
・・「意図せざる結果」については、この本を熟読すべし

書評 『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)-現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本

(2014年1月27日 情報追加)



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