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2010年1月7日木曜日

書評『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)-日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!!


日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!!

 日本にもロビンソンが存在したのだ。それも本家本元・英国のロビンソン・クルーソーよりもはるかにすごい、すさまじいまでの漂流とサバイバル、そして日本への生還をやってのけた日本人たちが!!

 南海の孤島、鳥島(とりしま)に漂着して、なんと20年間(!)も生き抜いた男たちがいた。20年なんて、考えるだけでも気が遠くなるような年月ではないか!


 鳥島はかつてアホウドリの宝庫であった。漂流民たちはアホウドリを捕獲して、食いつないで生き抜いたのだ。渡り鳥アホウドリの肉は干し肉にして保存し、雨水で渇きを癒し、アホウドリの羽衣を身にまとって・・・
 漂流者は、そして漂流者たちは、どうやって日本に生還したのか。それは本書を読んで直接確かめてほしい。

 このほかにも、「無人島への漂流&サバイバル」記録が3話、「異国への漂流&生還」記録が4話、あわせて7話の漂流記録が本書で紹介されている。


 これらの記録を読めば、日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に感嘆、感動せざるをえない。海洋民族である日本人のサバイバル本能は、DNAとして間違いなくわれわれのうちにも存在する。いまはまだ、DNA が ON になっていない状態、スイッチが入ってないだけなのだ

 「100年に1回」かどうかは知らないが、日本人は有史以来、とてつもない危機を何度も何度も切り抜けて生き抜いてきたからこそ、現在も民族として生き残っているのだ。この事実をあらためて再確認する機会となる。


 著者はあとがきでいう。「国家の枠組みを外れ、生身の人間として、厳しい自然と向き合い、またあるいは異境の人々と交わり脱出路を切り開かねばならなかった漂流民たちに学ぶべき点は多い」。

 「国家の枠組みを外れ、リアルな生と向き合っている漂流民たちのサバイバルな姿こそが普遍的なのだ。・・(中略)・・彼らが出会うのは、やわなナチュラリストが想定する自然を遙かに超えた激烈な現実である。しかしその極限の姿においてこそむしろ、普通には見えにくくなっている人間が生きる原点が示されている」。

 本書では、漂流者たちの肉声を活かすために、著者は原文そのままを掲載している。正直いって漢字の多い古文なので読みにくい。もちろん、全部読むと面白いのだが、せめて第2章の「無人島漂着編」だけでも、じっくり読んこんでみてほしいと思う。

 すさまじいまでのサバイバルには、ほとんど感動すら覚えるはずだ。泣き言をクチにするのはもうやめようではないか。どんな環境になろうと、生き抜くしかないのだ。

 そんな気持ちにさせられる。本当に興奮する内容の本だ。


■bk1書評「日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!!」投稿掲載(2010年1月4日) 文章の一部の字句を修正した。




目 次

はじめに-「海の論理」
序章 漂流の背景
 「鎖国」の本質
 太平洋長期漂流の発生
第1章 無人島漂着編-鳥島サバイバル
 志布志のロビンソンたち
 新居のロビンソンたち
 土佐のロビンソンたち-無人島長平
第2章 異国漂着編
 北方のガリバー-大黒屋光太夫のパフォーマンス
 南方への漂流-大野村のガリバーたち
 博多のロビンソン-唐泊孫太郎ボルネオ漂流記
 尾張のオデュッセウス-船頭重吉の苦労と語り)
あとがき 「頭で漂流、心でサバイバル」
江戸時代漂流年表



<書評への付記>

 著者は東大の博士課程もでている大学教授だが、象牙の塔にぬくぬく安住しているタイプの人ではないようだ。福岡市生まれで、現在、福岡市の西南学院大学教授。ゼミナール紹介があるのでご参考まで。会ったことはないので、実際の人となりは知りません。

 本書には、歯に衣着せぬ発言が随所にぶちまけられており、まことにもって痛快だ。いくつか抜粋して引用しておこう。

「現代日本は冒険(アドベンチャー)を抑制しながら、ベンチャービジネスだけは推奨する奇妙な二重拘束(ダブルバインド)社会となってしまった。管理詰め込み教育の反省から、ゆとり教育を強制してもサバイバルする力は育たない」(P.10「はじめに」より)

「そして次第に海辺に生きる人々の智恵や巧みな生き様そのものが失われていった。いくら海軍を増強しても、外国と貿易しても、海洋文学を輸入しても、この日本列島をひたひたと浸している「海の論理」は見失われ、幕藩体制の閉じたメンタリティと、土建屋的ブルドーザー的な「陸の論理」が継続した。その時期に移入された西洋文学はピュリタニズムの影響を受け、やがていかにも「室内的」な主体だの内面だのに焦点を絞った大塚久雄のロビンソン解釈が現れる。この視野狭窄(しやきょうさく)の淵源(えんげん)はいずれあらためて問題にしたいが、無数の原ロビンソンたちの系経験の継承の上に文学を紡ぎ出すことを忘れ、鎖国のあとの脱亜入欧が一国史観をひきずったままナショナリズムに押し流されていったことが、ロビンソン理解の矮小化の要因の一つである」(P.242「あとがき」より 太字は引用者=さとう による)


 なお、なぜ江戸時代の日本にかくも多くの漂流事件が発生したがだが、著者の説明するところを要約すれば以下のようになる。

 鎖国時代の日本、江戸幕府によって、海外への航海ができないよう、船舶の技術水準を低く抑えられながら、物資の大量輸送が可能な海運に大きく依存する状況となっていった。こんな状況のなか、不慮の海難事故に遭遇して漂流した船舶や船員は相当な数に上るのだ、と。

 まさに「板戸一枚下は地獄」、である。この点においては、200年前も現在も変わりはない。

 そんな漂流者のなかには、生還した者も少なからずいる。本書に収録された7つの漂流譚は、そのごく一部である。


 本書で紹介された7つの漂流譚には、井上靖の『おろしや国酔夢譚』(文春文庫)にも描かれた、ロシアに漂着した大黒屋光太夫のような有名人も入っているが、彼以外は現在でも無名なままの一般庶民である。

 著者によれば、まだまだ日本各地に膨大な量の漂流記録が忘れられて眠ったままになっているという。遭難体験と生還体験の記録は、情報共有されることなく、失敗は繰り返され続けた。

 遅すぎた「失敗学」関連本としても読めるのだが・・・いやはや200年遅すぎた。失敗経験が知識化され、共有されないのは、日本の大きな問題である。

 まあいずれにせよ、日本民族ははるか大昔、南方から黒潮にのってやってきた海洋民族もそのルーツの一つである。その痕跡は文字通り DNA のなかに痕跡として保存されているはずだ。

 だから、安心していい。本当に追い詰められたら日本人は強い。まだまだ大丈夫だ。しぶとく生き残れ!

 「無人島・鳥島(とりしま)に漂着して20年間生き抜いた男たち」のことは決して忘れまい。この男たちこそ、本当のヒーローである。サバイバーの鑑(かがみ)として顕彰しなければならない。 



P.S. 著者の岩尾龍太郎氏は、2010年9月10日に大腸がんのためにお亡くなりになったことを、本日(2010年12月30日)知った。享年58歳だという。この場を借りてご冥福をお祈りしたい。合掌。


PS2 江戸時代の鳥島漂流を扱った新たなノンフィクション作品が出版された。『漂流の島-江戸時代の鳥島漂流民たちを追う-』(高橋大輔、草思社、2016)である。「『ロビンソン漂流記』のモデルとなった漂流民の住居跡を発見し世界に報じられた探検家が、鳥島を踏査。漂流民たちの劇的な生涯に迫る壮大なノンフィクション。」とある。 (2016年7月25日 記す)。



<関連サイト>

漂流-異界を見た人々 前編(早稲田大学図書館)
漂流-異界を見た人々 後編(早稲田大学図書館)
・・企画展の展示品のウェブライブラリー

(2016年5月15日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録 ・・この記録もすごいサバイバル!

映画 『オデッセイ』(2015年、米国)を見てきた(2016年2月7日)-火星にたった一人取り残された主人公は「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」でサバイバルする ・・限りなくノンフィクションのようなリアリティあふれるフィクション。悲壮感のない主人公は楽天的な科学者

(2016年7月25日 項目新設)



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