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2010年12月17日金曜日

書評『ヒクソン・グレイシ ー 無敗の法則』(ヒクソン・グレイシー、ダイヤモンド社、2010)ー「地頭」(ぢあたま)の良さは「自分」を強く意識することから生まれてくる



「自分」を強く意識するということ

 ヒクソン・グレイシーといえば、格闘技の世界のなかでは知らぬ人のない超有名人である。明治時代に、日本人コンデ・コマ(=前田光世)がブラジルの地に伝えた日本の柔術から、独自に発展したのが「グレイシー柔術」、最強の使い手こそがヒクソンである。「400戦無敗の男」というキャッチフレーズがあまりにも有名だ。

 そんな彼がこういう発言していることをご存じだろうか。以下、『ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』(ヒクソン・グレイシー、ミゲール・リーヴァスクミー=構成、ダイヤモンド社、2010)から引用する。なお太字ゴチックは原文のまま。

 自分自身について、、特に、自分が日本からどんな影響を受けたのかを考えたとき、一つ気づいたことがある。私はどんな瞬間にも、自分を世界の中心に置いて生きてきた。
 自分を中心に置いて生きることは、生きることの基本だ。そう感じられない人は、間違った道を歩んでいるのだと思う。(P.83)

 自分にとって何が最も重要だと思うかと聞かれて、「自分自身だ」と答えた人以外はみんな間違っている。「人生でいちばん大事なのは息子と娘だ」。それは違う。自分が幸せでないなら、子どもたちにできるだけのことをしてやれない。二番目に大切なのが子ども、そして妻、次が車、その他まだまだ続くだろうが、一番は自分でなくてはいけない。自分が最高の状態でないなら、他のこともうまくいかないのだ。(P.86~87)


 では、以下に、ヒクソン自らが語った内容を編集して一冊に仕立て上げた本の書評に、まず目を通していただきたい。今年2010年に出版された本書は、すでに私の「座右の書」の一冊として加えられることとなった。


書評 『ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』(ヒクソン・グレイシー、ミゲール・リーヴァスクミー=構成、ダイヤモンド社、2010)-「大事なことは「勝つ」ことではなく絶対に負けないこと」と説く「無敗の男」の人生論-


 グレイシー柔術の名を天下に轟かせたブラジル人、「400勝無敗の男」ヒクソン・グレイシーによる文字どおり骨太の人生論。ヒクソン自らの実践体験と人生体験からにじみ出た珠玉のコトバのひとつひとつを、自分の身に引きつけて味読、身読したい一冊だ。

 求道者のような生き方から生まれた、「鉄人ヒクソン」が自らの内に育て上げてきた「哲人ヒクソン」。借り物ではない、彼自身の思索の軌跡を、彼自身のコトバとして語ったものだ。

 むしろ辛口のコトバに充ち満ちている本書は、読み飛ばしてしまうと真意をつかみ損ねかねないし、ただ表面をなぞるだけの読み方ではこの本を読んだとはいえないだろう。
 まさにイマジネーションを存分に働かせながら、カラダとココロを全開にし、五感をつうじて「身読」すべき本である。
 
 私はこの書評を書くまで、自分のなかでじっくりとヒクソンのコトバを反芻しながらずっと考えていた。初めて手に取ってから1ヶ月以上たったいま、ようやくヒクソンのいうことが体感できるようになってきたと確信したので、はじめて発表することとした次第だ。もちろん、いまこの時点においても、ヒクソンの発言の真意がすべてわかったわけではないし、なかにはまだ賛成しかねるものも多々あることは正直に告白しておく。

 「20年間無敗」の雀鬼・桜井章一という日本人がいる。勝負師である桜井氏も「400勝無敗の男」ヒクソンと同様に、勝負人生から得た真実を箴言のような形で多く語っている。哲人ヒクソンによる本書と読み比べてみるのもいいかもしれない。あるいは日本が誇る剣の達人で同じく「生涯無敗の男」であった宮本武蔵を思い浮かべながら読むのもいいだろう。

 だが、宮本武蔵とは異なり、「何よりも自分を大事にする “現代版サムライ”」と自称するヒクソンである。ヒクソンは「自分にとって何が最も重要だと思うかと聞かれて、「自分自身だ」と答えた人以外はみんな間違っている」という。このコトバには違和感を感じる人も多いだろう。しかし、ヒクソンのいうことに耳を傾けてじっくりと考えてみるとよい。けっして利己主義からきた発言ではない。

 「大事なことは「勝つ」ことではなく絶対に負けないこと」と説くヒクソンだが、私自身もほとんど同じ意味のコトバを大学院時代の恩師からいただいて肝に銘じて生きてきた。
 宮本武蔵はいうまでもなく、また、長年月にわたるベトナム戦争で最終的に勝利したベトコンもまた、同様の考えをもって最後まで戦い抜いた

 勝つことにこだわるのではない。引き分けでもいい、とにかく負けないことが大事なのだ。個々の勝負に敗れることはあっても、精神的な敗北者にはならないことなのだ。

 格闘技にはあまり関心のない人も、精神鍛錬のための自己啓発書として読むことを奨めたい。「座右の書」となりうる、内容の濃い一冊である。


<初出情報>

■bk1書評「「大事なことは「勝つ」ことではなく絶対に負けないこと」と説く「無敗の男」の人生論」投稿掲載(2010年12月10日)
■amazon書評「「大事なことは「勝つ」ことではなく絶対に負けないこと」と説く「無敗の男」の人生論」投稿掲載(2010年12月10日)


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目 次

はじめに
プロローグ 人生を考え直すとき
第1章 自分と相手を見つめる
第2章 正しい心のあり方を探す
第3章 すべて柔術が教えてくれる
第4章 成長し続けるために本気になる
第5章 今、私は何をするべきか
第6章 そして人生は続いていく
Rickson's Voice (ヒクソン語録)


著者プロフィール

ヒクソン・グレイシー(Rickson Gracie)

1959年11月21日生まれ。ブラジル最大の都市リオ・デ・ジャネイロ出身。柔術家。総合格闘技の歴史にその名を刻む「グレイシー柔術」最強の使い手として知られる。グレイシー柔術七段。初来日時に付けられた「400戦無敗」というキャッチフレーズはあまりにも有名。現役時代は並み居る強豪を次々と撃破し、総合格闘トーナメント「バーリ・トゥード・ジャパン・オープン」では2年連続優勝という偉業を達成(1994年と1995年)。その後、高田延彦、船木誠勝といったプロレス界のスーパースターにも完勝し、その強さは日本の格闘ファンのみならず様々なメディアを通して広く一般にも知られることとなった(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものを増補)。



「地頭」(ぢあたま)の良さは「自分」を強く意識することから生まれてくる

 ヒクソンの事例は、実戦という実践をつうじて、「自分」のアタマで考え抜き、「自分」で行動すれば、どんな人であっても「地頭」を鍛えることが可能だということを示しているのではないだろうか。

 これこそ、実戦と実践で鍛えられた「地頭」(ぢあたま)の良さというものだろう。

 つねに実践の世界に身を置き、実戦で鍛えられてきた人間は、かくも「地頭」が鍛えられるのである。
 ヒクソンが少年時代を過ごしたブラジル最大の都市リオ・デ・ジャネイロは、日本とは比較にならない危険な都市である。このジャングルのような環境のなかで生き抜いてきた男は、野生動物と同様の強さとしたたかさ、そしてやさしさを身につけることになったのだろう。

 このように書いて思い出すのは、以前このブログにも書いたユダヤ思想家レオ・ベックのことである。『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
 追い込まれ、追いつめられた人間は、いかなる意識と行動をもつかを語ったレオ・ベックのコトバをあらためて引用しておこう。

踏みひしがれた人や喧嘩に負けた犬は、自然自らを頼りとするに至る。さもなくば滅亡あるのみであろう。しかし、彼が世界の真中に立っている限り、自分自身をのみ知り、かつ眺めるために、閉込められた自己自身の観念にのみ生きるは不可能である。これができるのは権威の嗣子(しし)にのみ許された特権である。
 更にユダヤ人は常に少数者であった。少数者はとかく思索に耽りがちであるが、これが彼等の不運が与えた賜物(たまもの)である。彼等は闘争と思索とによってしばしば真理の認識を新にさせられた。

 ヒクソンがいう「自分」というのが、「地頭」について考えるうえで、実は重要な意味をもっていることは、以上の引用を読むとわかってくるのでないだろうか。
 ヒクソンはスコットランド系移民の末裔であり、ユダヤ人ではないが、これは人種や民族を超えて、「自分」というものを意識せざるをえない人間とはどういうものかについて、普遍的にあてはまるコトバだろう。

 「自分」を意識し、「自分」を中核においてこそ、「自分」を鍛えるという意識が芽生えてくる。それは、ほかの人もやっているからとかいう他律的なものではなく、自分の内側からでてくる要請、内面の声である。

 そして「自分」を知ることの重要性は、デルフォイの神託(oracle)で、「汝自身を知れ」という声を聞いたソクラテスに通じるものがある。ギリシア語では γνῶθι σεαυτόν (gnothi sauton)となる。
 「汝自身を知れ」の「汝」とは、お告げの主がソクラテスをさして言ったことだ。ソクラテスの立場からいえば、「自分自身を知れ」と同じである。

 お告げで聞いたという声は、実はソクラテス自信に、その声を聞く必然性があったということだ。だから、神託の声に呼応し、以後のソクラテスの生き方の指針となったのである。

 「自分」については、建築家の安藤忠雄も以下のように言っている。

建築家として生きてゆこうとするならば、まず自分というものがしっかり確立されていなければならない。デザイン感覚、知力もそれなりに必要ですが、それ以前の人間としての芯の強さ、即ちいかに生きるかというその生き方が、何より重要なのです。(P.189)(*太字ゴチックは引用者=私による)

 私が「自分」というものを強く意識したのは22歳のときだ。要領の良さを持ち合わせない私は、25年前のに就職活動(就活)がうまくいかなかっただけでなく、金融系コンサルティング会社に入社して1ヶ月、痛烈に感じたのだ。

 「頼れるものは自分しかない」
 「自分がしっかりしなければ人間がダメになってしまう」

 要領の悪さは、いまでもさほど変わらないが、であるからこそ「自分」を強く意識せざるをえない人生を送ってきた。要領よく振る舞うことで、自分にはウソをつきたくないからだ。

 もちろん「自分」について意識することは、利己主義を意味しない。「自分」という小さな存在が生きて行くには、自分一人のチカラだけでは不可能なことは当たり前である。
 だからこそ、ほんとうの意味で他者をリスペクトし、「信頼」関係を結ぶ姿勢が生まれてくるわけなのだ。何も考えない「安心」状態とはまったく異なる態度である。

 日本も20年以上前のような「予定調和的な世界」はすでに崩壊して久しい。

 「崩壊後の世界」のなかで生きてゆくには、「自分」をある程度まで殺して、ぶら下がり型の「安心」に逃げ込みたくなる気持ちもわからなくはないが、実は「安心」ほど脆いものはないことに気がつかねばならない。
 「安心」など一瞬にして崩壊してしまうのだ。その脆さは「希望」と同じである。

 何があっても生き残るという強い意志をもって生きるには、「自分」を正確に知って、「自分」を軸にして、「信頼」関係をベースに他者と共存していくしかない。そしてもつべきは「勇気」である。

 「自分」を意識し、自分を知るのは早ければ早いほどいいのだ。

 だが、すべての人が苦境に追い込まれるわけではないし、そのような形で「自分」を意識するわけではないだろう。

 では、「自分」をよく知るにはどうすればよいか。そのための方法論については、引き続き考えてみたい。


<関連サイト>

経営は「自分をしっかり持って取り組む」 日本の伝統精神を心においた経営を (江口克彦 :故・松下幸之助側近、東洋経済オンライン、2015年01月22日)

See the Intense Training Regimens of Brazilian Jiujitsu Academies. (BloombergBusinessWeek, July 19, 2016)
・・日本では「グレーシー柔術」というが、世界的に「ブラジリアン柔術」(略称BJJ)で通っている

(2015年1月23日 項目新設)
(2016年7月20日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

「負けない」ということ

Winning is NOT everything, but losing is NOTHING ! (勝てばいいいというものではない、だけど負けたらおしまいだ)・・大学院時代の恩師のコトバ

書評 『修羅場が人を磨く』(桜井章一、宝島社新書、2011)-修羅場を切り抜けるには、五感を研ぎ澄ませ!
・・20年間無敗の男

ディエン・ビエン・フー要塞陥落(1954年5月7日)から60年-ヴォー・グエンザップ将軍のゲリラ戦に学ぶ
・・ベトコンを指導した無敗のヴォー・グエンザップ将軍

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
・・「踏みひしがれた人や喧嘩に負けた犬は、自然自らを頼りとするに至る。さもなくば滅亡あるのみであろう」

書評 『大使が書いた 日本人とユダヤ人』(エリ・コーヘン、青木偉作訳、中経出版、2006)・・国家存亡をかけた闘いに敗れたら、即滅亡を意味するイスラエルに根付いた日本の武道精神とは

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋・・「護身術」とされる合気道は、実はあくまでも「武術」であることを忘れてはならない


「自分」を中心に置くということ

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)

「地頭」(ぢあたま)について考える (1) 「地頭が良い」とはどういうことか?

「地頭」(ぢあたま)について考える (2) 「地頭の良さ」は勉強では鍛えられない

どんな話であれ「自分」を全面的に出したほうが、人はその話に耳を傾けるものだ

「修身斉家治国平天下」(礼記) と 「知彼知己者百戦不殆」(孫子)-「自分」を軸に据えて思考し行動するということ

『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年!(2012年12月23日)-いまから140年前の明治4年(1872年)に『西国立志編』として出版された自己啓発書の大ベストセラー

「地頭」(ぢあたま)を鍛えるには、まず「自分」を発見すること。そのためには「履歴書」の更新が役に立つ

自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは


ブラジル関連







(2014年7月21日、2015年1月23日、2016年3月25日 情報追加)


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2010年1月7日木曜日

書評『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)-日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!!


日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!!

 日本にもロビンソンが存在したのだ。それも本家本元・英国のロビンソン・クルーソーよりもはるかにすごい、すさまじいまでの漂流とサバイバル、そして日本への生還をやってのけた日本人たちが!!

 南海の孤島、鳥島(とりしま)に漂着して、なんと20年間(!)も生き抜いた男たちがいた。20年なんて、考えるだけでも気が遠くなるような年月ではないか!


 鳥島はかつてアホウドリの宝庫であった。漂流民たちはアホウドリを捕獲して、食いつないで生き抜いたのだ。渡り鳥アホウドリの肉は干し肉にして保存し、雨水で渇きを癒し、アホウドリの羽衣を身にまとって・・・
 漂流者は、そして漂流者たちは、どうやって日本に生還したのか。それは本書を読んで直接確かめてほしい。

 このほかにも、「無人島への漂流&サバイバル」記録が3話、「異国への漂流&生還」記録が4話、あわせて7話の漂流記録が本書で紹介されている。


 これらの記録を読めば、日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に感嘆、感動せざるをえない。海洋民族である日本人のサバイバル本能は、DNAとして間違いなくわれわれのうちにも存在する。いまはまだ、DNA が ON になっていない状態、スイッチが入ってないだけなのだ

 「100年に1回」かどうかは知らないが、日本人は有史以来、とてつもない危機を何度も何度も切り抜けて生き抜いてきたからこそ、現在も民族として生き残っているのだ。この事実をあらためて再確認する機会となる。


 著者はあとがきでいう。「国家の枠組みを外れ、生身の人間として、厳しい自然と向き合い、またあるいは異境の人々と交わり脱出路を切り開かねばならなかった漂流民たちに学ぶべき点は多い」。

 「国家の枠組みを外れ、リアルな生と向き合っている漂流民たちのサバイバルな姿こそが普遍的なのだ。・・(中略)・・彼らが出会うのは、やわなナチュラリストが想定する自然を遙かに超えた激烈な現実である。しかしその極限の姿においてこそむしろ、普通には見えにくくなっている人間が生きる原点が示されている」。

 本書では、漂流者たちの肉声を活かすために、著者は原文そのままを掲載している。正直いって漢字の多い古文なので読みにくい。もちろん、全部読むと面白いのだが、せめて第2章の「無人島漂着編」だけでも、じっくり読んこんでみてほしいと思う。

 すさまじいまでのサバイバルには、ほとんど感動すら覚えるはずだ。泣き言をクチにするのはもうやめようではないか。どんな環境になろうと、生き抜くしかないのだ。

 そんな気持ちにさせられる。本当に興奮する内容の本だ。


■bk1書評「日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!!」投稿掲載(2010年1月4日) 文章の一部の字句を修正した。




目 次

はじめに-「海の論理」
序章 漂流の背景
 「鎖国」の本質
 太平洋長期漂流の発生
第1章 無人島漂着編-鳥島サバイバル
 志布志のロビンソンたち
 新居のロビンソンたち
 土佐のロビンソンたち-無人島長平
第2章 異国漂着編
 北方のガリバー-大黒屋光太夫のパフォーマンス
 南方への漂流-大野村のガリバーたち
 博多のロビンソン-唐泊孫太郎ボルネオ漂流記
 尾張のオデュッセウス-船頭重吉の苦労と語り)
あとがき 「頭で漂流、心でサバイバル」
江戸時代漂流年表



<書評への付記>

 著者は東大の博士課程もでている大学教授だが、象牙の塔にぬくぬく安住しているタイプの人ではないようだ。福岡市生まれで、現在、福岡市の西南学院大学教授。ゼミナール紹介があるのでご参考まで。会ったことはないので、実際の人となりは知りません。

 本書には、歯に衣着せぬ発言が随所にぶちまけられており、まことにもって痛快だ。いくつか抜粋して引用しておこう。

「現代日本は冒険(アドベンチャー)を抑制しながら、ベンチャービジネスだけは推奨する奇妙な二重拘束(ダブルバインド)社会となってしまった。管理詰め込み教育の反省から、ゆとり教育を強制してもサバイバルする力は育たない」(P.10「はじめに」より)

「そして次第に海辺に生きる人々の智恵や巧みな生き様そのものが失われていった。いくら海軍を増強しても、外国と貿易しても、海洋文学を輸入しても、この日本列島をひたひたと浸している「海の論理」は見失われ、幕藩体制の閉じたメンタリティと、土建屋的ブルドーザー的な「陸の論理」が継続した。その時期に移入された西洋文学はピュリタニズムの影響を受け、やがていかにも「室内的」な主体だの内面だのに焦点を絞った大塚久雄のロビンソン解釈が現れる。この視野狭窄(しやきょうさく)の淵源(えんげん)はいずれあらためて問題にしたいが、無数の原ロビンソンたちの系経験の継承の上に文学を紡ぎ出すことを忘れ、鎖国のあとの脱亜入欧が一国史観をひきずったままナショナリズムに押し流されていったことが、ロビンソン理解の矮小化の要因の一つである」(P.242「あとがき」より 太字は引用者=さとう による)


 なお、なぜ江戸時代の日本にかくも多くの漂流事件が発生したがだが、著者の説明するところを要約すれば以下のようになる。

 鎖国時代の日本、江戸幕府によって、海外への航海ができないよう、船舶の技術水準を低く抑えられながら、物資の大量輸送が可能な海運に大きく依存する状況となっていった。こんな状況のなか、不慮の海難事故に遭遇して漂流した船舶や船員は相当な数に上るのだ、と。

 まさに「板戸一枚下は地獄」、である。この点においては、200年前も現在も変わりはない。

 そんな漂流者のなかには、生還した者も少なからずいる。本書に収録された7つの漂流譚は、そのごく一部である。


 本書で紹介された7つの漂流譚には、井上靖の『おろしや国酔夢譚』(文春文庫)にも描かれた、ロシアに漂着した大黒屋光太夫のような有名人も入っているが、彼以外は現在でも無名なままの一般庶民である。

 著者によれば、まだまだ日本各地に膨大な量の漂流記録が忘れられて眠ったままになっているという。遭難体験と生還体験の記録は、情報共有されることなく、失敗は繰り返され続けた。

 遅すぎた「失敗学」関連本としても読めるのだが・・・いやはや200年遅すぎた。失敗経験が知識化され、共有されないのは、日本の大きな問題である。

 まあいずれにせよ、日本民族ははるか大昔、南方から黒潮にのってやってきた海洋民族もそのルーツの一つである。その痕跡は文字通り DNA のなかに痕跡として保存されているはずだ。

 だから、安心していい。本当に追い詰められたら日本人は強い。まだまだ大丈夫だ。しぶとく生き残れ!

 「無人島・鳥島(とりしま)に漂着して20年間生き抜いた男たち」のことは決して忘れまい。この男たちこそ、本当のヒーローである。サバイバーの鑑(かがみ)として顕彰しなければならない。 



P.S. 著者の岩尾龍太郎氏は、2010年9月10日に大腸がんのためにお亡くなりになったことを、本日(2010年12月30日)知った。享年58歳だという。この場を借りてご冥福をお祈りしたい。合掌。


PS2 江戸時代の鳥島漂流を扱った新たなノンフィクション作品が出版された。『漂流の島-江戸時代の鳥島漂流民たちを追う-』(高橋大輔、草思社、2016)である。「『ロビンソン漂流記』のモデルとなった漂流民の住居跡を発見し世界に報じられた探検家が、鳥島を踏査。漂流民たちの劇的な生涯に迫る壮大なノンフィクション。」とある。 (2016年7月25日 記す)。



<関連サイト>

漂流-異界を見た人々 前編(早稲田大学図書館)
漂流-異界を見た人々 後編(早稲田大学図書館)
・・企画展の展示品のウェブライブラリー

(2016年5月15日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録 ・・この記録もすごいサバイバル!

映画 『オデッセイ』(2015年、米国)を見てきた(2016年2月7日)-火星にたった一人取り残された主人公は「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」でサバイバルする ・・限りなくノンフィクションのようなリアリティあふれるフィクション。悲壮感のない主人公は楽天的な科学者

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