日本経済新聞社は2010年1月19日、「日経平均」の指数構成銘柄を、会社更生法を申請し上場廃止となるJAL(株式会社日本航空)に替えて、JR東海(東日本旅客鉄道株式会社)を新規採用すると発表した、という。なかなか意味深なニュースであった。
JALとJR東海、運輸交通業界に属するこれら二大企業の明暗は、さかのぼれば「分割民営化」される前の旧国鉄についての連想を呼び覚ます。
三公社の一つであった国鉄が分割民営化され、それぞれJR五社体制になって再生したのは、歴代の国鉄総裁(=運輸省からの天下り経営者)による改革がことごとく失敗したのち、最後の最後に、薄氷を踏むような闘いの末に、かろうじて実現したものであった。
本書は、JALが会社更生法に基づく法的整理対象となり、外部から京セラ創業者の稲盛和夫を迎え、改革への「最後の一歩」を踏み出したいまこそ、読むべき本ではないだろうか。
JAL再建にあたって参照すべき実例は、米国のGMや、海外の航空会社はさておき、なんといっても、いまから23年前の1987年に実現した「国鉄改革」という、公益性をもった巨大組織体の変革であったこと意識するべきであろう。国鉄はまさに「日本人の、日本人による、日本人のための」巨大組織であったからだ。
もちろん、私はJALの行く末が分割解体であると主張するわけではないが、非効率な資産を抱え、売り上げ不振による債務超過であったという財務問題だけでなく、複数の組合を内部に抱えた労務問題の複雑怪奇さが、JALと旧国鉄には共通しているのである。
そして、政治家、国鉄内部関係者、外部の組合運動家、マスコミと、さまざまなプレイヤーが入り乱れての国鉄改革が、まさに言語を絶する壮絶な戦いであったことは、再建途上にあるJALにもそのままあてはまることであろう。
「国鉄改革三人組」のなかでも、本書の著者である葛西敬之(現在JR東海会長)は、国鉄時代にはもっとも困難といわれていた労務・職員問題の責任者として、改革のリーダーシップを発揮した人である。それだけに、労務問題からみた国鉄改革の記録である本書の価値がきわめて大きいのである。
本書『未完の「国鉄改革」』は、単行本で300ページを越える大冊であるが、二・二六事件の志士たちをも彷彿させるような内部改革リーダーたちの、手に汗握る、息が詰まるような心理戦を描いた、内部関係者にしか書きえない、迫力にみちたサスペンス・ドラマにもなっている。
本書と二部作をなす、『国鉄改革の真実-「宮廷革命」と「啓蒙運動」-』(葛西敬之、中央公論新社、2007)もあわせてぜひ読むことを推奨したい。
後者をあわせて読むことで、国鉄改革の経緯を「組織変革」の生きた実例として、理論的に整理することができるだろう。
国鉄改革においては、それに政治生命をかけた自民党の中曽根康弘という首相がいた。そしたまた組織内部には改革の志士たちがいた。この両者が志をともにし、息を合わせて共闘を組んだことで、改革ははじめて実現した。
ひるがえって、JAL改革にあたってはどうか。果たして、民主党に政治的なリーダーシップを発揮し腹をくくる覚悟はできているのか、そしてJAL内部に改革の志士たちがいるのか。こういった疑問も脳裏に浮かんでくる。
本書は、そういった観点から、税金投入によって国民全体の資産となった、JAL再建のプロセスをじっくり見ているための、またとない参考書ともなろう。
あえてこの機会に、読むことを奨めたい。
<初出情報>
■bk1書評「JALが会社更生法に基づく法的整理対象となり、改革への最後の一歩を踏み出したいまこそ、読むべき本」投稿掲載(2010年1月20日)
■amazon書評「JALが会社更生法に基づく法的整理対象となり、改革への最後の一歩を踏み出したいまこそ、読むべき本」投稿掲載(2010年1月20日)
なお、ブログ掲載にあたって、字句の一部を修正した。
<書評への付記>-JALの「法的整理」について考えるために(つづき)-
労務問題、いいかえれば組合問題が JAL経営において、大きな躓(つまづき)きの石になってきたことは、すでにこのブログでも、「JALの「法的整理」について考えるために」と題して書いたとおりである。
しかしまだまだ、この面に対する認識が甘いようだ。国会の予算委員会の質疑でも、国鉄清算事業団についての言及があっても、労務問題への言及がない。これは民主党が、連合(日本労働組合総連合会)に票を大きく依存しているというアキレス腱があることと、まったく無縁ではあるまい。
JAL(日本航空)について、ネットで手っ取り早く調べようと思えば、まず検索で wikipedia をみるのが、おそらくここ数年の常道であろう。しかし、wikipedia で「日本航空」の項目をみても、詳細にみてリンク先を探さなければ、何もわからないだろう。
「日本航空の組合問題」という項目をまず見なくてはならない。もちろん情報の信憑性については、自分で検証する必要があるものの、基礎的な知識を得ることができるだろう。
JAL には、現在8つ(!)の労組があり、もともと5つ(!)あった労組に、JAS(旧 東亜国内航空)の合併により、さらに3つの組合が統合されたことが記されている。
そうでなくても難しい、合併企業の社内融和をさらに難しくしているのが、正社員(=正規従業員)と契約社員(=非正規従業員)、派遣社員など、雇用形態の異なる従業員が混在していることである。
もちろん労組が悪いというつもりは全くない。
健全な労使関係が、経営に対するチェック機能として働くことは、戦後1950年代の激しい労働争議の時代を除けば、ほぼ常識となっているといっても問題はない。
株主(シェアホールダー)による経営チェック機能が有効に働いていなかった、株式持合構造にがんじがらめになっていた、規制緩和以前の日本の大企業では、ステークホールダーとしての従業員の代表である労働組合は、重要な機能を果たしていた。
しかし、JAL の組合問題の複雑怪奇さは、旧国鉄に限りなく近い、といっても言いすぎではないだろう。
経営サイドに都合のいい「第二組合」、反経営の立場の組合、外部の過激な労働運動とのかかわりをもつ組合などが複数混在してお互いを牽制しあっており、従業員の一体感を阻害していることは、外部からでも容易に想像できる。
試みに、検索サイトを使って、「日航 労働組合」(まんなかに一字あける)などで検索してみればよい。内部告発文書や怪文書など大量にでてくるはずである。これらの文書がどこまで信憑性があるのか、当事者ではない私には判断しかねるが、それぞれ自分の都合のいいように主張を行っている状況からみて、労使間だけでなく、従業員のあいだに果たして一体感があるのか、と疑問を感じないわけにいかないのだ。
こういう状況なので、今回の「会社更生法」が「事前調整型」(プレパッケージ型)であるといっても、これはあくまでも債権者の債権保全にかんする話についてであって、今後不可欠となる大規模なリストラ(・・昔風に"合理化"といったほうが適切だ)という人員削減を思うように進められないのではないか、という危惧の念をもつのである。
英語の本来の意味である財務リストラクチャリング(Re-structuring)は、日本語で言うリストラ、つまり人員削減に比べると、はるかに容易である。もちろんこれは比較論の話だが、カネと違ってヒトは、経営資源のなかでは別格の存在であり、ヒトの問題をうまくマネジメントできるかどうかで、今後の再建計画がスムーズに進行するかどうか決まってくる。
しかも更生計画決定が8月(?)なんていうのでは、あまりにも気が遠くなるような話ではないか。果たして8月まで改革意欲が持続するのだろうか? すでに「JAL 8月の危機二番底説」もささやかれ始めている。
「国鉄改革」は、政治の強い意志と主導権のもと、「国鉄分割民営化」という形で実現した。この経緯については、書評でとりあげた 『未完の「国鉄改革」』(葛西敬之、東洋経済新報社、2001)と『国鉄改革の真実-「宮廷革命」と「啓蒙運動」-』(葛西敬之、中央公論新社、2007)の二部作を読むにしくはない。
私は、『未完の「国鉄改革」』は出版されてから2年後の2003年に、『国鉄改革の真実-「宮廷革命」と「啓蒙運動」-』は出版されてすぐに読んだが、とくに前者については、手に汗握るようなサスペンス・ドラマであるという印象を強くいだいた。プレイヤーでかつ内部観察者による、すぐれた歴史ドキュメントになっている。
後者でいう「宮廷革命」とは、「本社トップ経営層と少壮準トップグループとの葛藤の結果であって、上層部のあいだで動いた」ものであり、いわゆる「権力闘争」という見方である。それに対して「啓蒙運動」とは、著者である葛西敬之氏がいうところでは、「分割民営化実施のための労務・要員対策」であり、経営側の指揮命令系統と労組の執行体制との、国民全体を巻き込んでの「説得合戦」であった。
事の本質を「宮廷革命」と捉えていたのは、JR西日本を率いることとなった井手正敬氏であり、1988年の発言である。その後JR西日本という会社が、1995年に福知山線脱線事故という大惨事をまきおこしたことを知っておく必要がある。労務問題の正しい理解がないと、いかに見かけの再建がなたっとしても、それはあくまでも財務的な再建にすぎないのである。おぞましき「日勤教育」について思い出すだけでも、ぞっとしないではないか。
分割民営後の JR においても、旧国鉄時代からの労働組合問題が尾を引いていることは、『マングローブ-テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実ー』(西岡研介、講談社、2007)が取り扱っている。根が深い問題だ。
葛西敬之氏による二部作を読むことで、巨大組織の「組織変革」が、いかに全身全霊を賭けた闘いであり、腹を括らなければ、とても達成できるものではないことが、腹の底からわかるはずだ。
「組織変革」、「企業変革」について携わり、考え抜いて実行しなければばならない人にとっては、葛西敬之氏の二部作は必読と考える理由である。「組織変革」の生きた実例として研究する必要があるわけだ。
ただし、いうまでもないが、JAL と旧国鉄とでは、組織の規模も、競争状況も、労働組合の性格についても、歴史的経緯もまったく異なる。しかし、あえてアナロジー(類推)として、この両組織を考えることはきわめて有効であると考える次第である。
JAL の再建については、裁判所の執行命令が大きなチカラとして機能することを期待するが、しかし更正決定が8月というのはあまりにも時間がかかりすぎる。どこまで従業員自身が本気になって改革できるかは、現在では非常に不透明であり、また息切れしてしまう可能性もなくはない。
書評には、「もちろん、私はJALの行く末が分割解体であると主張するわけではないが・・・」なんて文言を入れてあるが、おそらく国家財政投入から3年以内の再建と資金返却というゴールを視野に入れれば、事業の「解体切り売り」は避けて通れないと思われる。
どのように「事業仕分け」するか、この点にかんしてだけでも、すべてのステークホールダーを巻き込んだ大きな論議となり、計画実行ができるかどうかも不透明だ。おそらく中途で大幅な計画変更に直面するのではないか。いずれにせよ、政治の強いバックアップが不可欠である。
しかも実際問題、従業員の立場にたってみれば、「自分がいつクビキリ対象になるのかわからない」という状態では、疑心暗鬼が組織内に蔓延し、授業員のあいだで著しくモラール・ダウン(士気低下)につながるのではないか、という不安を抱く。
来月2月1日から京セラ創業者の稲盛和夫氏が最高経営責任者(CEO)として着任することになっている。
おそらく、「アメーバ経営」に代表される「稲盛イズム」とよばれる、きわめて強い価値観の注入がおこなわれることだろう。価値観によって従業員を洗脳(indoctorination)し、価値観に従う者とそれ以外の選別を行っていこうという戦略だろうが、価値観の注入と浸透という経営手法は、はっきりいって短時日に実現可能なものではない。即効性を狙うと、必ず強い反作用が発生する。うまくいったとしても、大きな副作用をともなうものである。
つい近年も、これもまたきわめて強い価値観をもった、QCサークルによる「トヨタ式生産管理」を、民営化された郵政会社で導入実験を行ったところ、かえって現場が混乱し、非効率な結果に終わったという事実も思い出される。計画と実行はイコールではないのである。
正面きっての組織抵抗よりも、サボタージュという形での消極的な抵抗が蔓延することも大いに予想される。
以上、非常に辛口のことを書いてきたが、JAL 所有者の一人となる納税者の立場としては、今後3年以内に JAL の再建が完了することを強く望むことはいうまでもない。
次回以降(・・ただしがいつになるかはわからないが)、「価値観による経営」について詳しく考察してみたい。
PS. なお、財務リストラにかんして誤解の多い「100%減資」について理解するためには「なぜJALは「99%減資」を選択しなかったのか?」(磯崎哲也氏)を参照。同氏によれば、「既存株主が持つ株式を、会社法で新たに導入された「全部取得条項付種類株式」という株式に変え、会社が株式を全部取得する(取り上げる)ことを意味する。(中略)「100%減資」は株式数をゼロにすること、である」。
PS2 日本航空の経営改革の「成功」について(2013年9月25日 追記)
書評 『稲盛和夫流・意識改革 心は変えられる-自分、人、会社-全員で成し遂げた「JAL再生」40のフィロソフィー』(原 英次郎、ダイヤモンド社、2013)-メンバーの一人ひとりが「当事者意識」を持つことができれば組織は変わる
・・「本書は、まさに「経営は実行」というフレーズを絵に描いたような再建ストーリーですが、ちょっと気になる点がありました。 正社員と契約社員が混在した職場である点は少しだけ触れられていますが、経営破綻前に言われていた労組の問題が完全に解決したのかどうかについては触れられていないこと、1985年の「日本航空123便墜落事故」(=御巣鷹山の事故)についてはまったく触れられていないことです。 すでに28年たっていますが、あの悲惨な事故の記憶が風化していないかどうか。稲盛さんが JALの経営から去ってから、改革マインドを持ち続けることができるかどうか。それが再生後のJALにとって、最大のチャレンジとなることは間違いありません。」 JALもまた「未完の改革」であることを忘れてはならない!
鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る
映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・ドイツ赤軍を描いたドイツ映画
「ハインリッヒの法則」 は 「ヒヤリ・ハットの法則」 (きょうのコトバ)
最悪の事態を「想定」する-人もまた「リスク要因」であることを「想定内」にしておかねばならない!
JALの「法的整理」について考えるために
「組織変革」について-『国をつくるという仕事』の著者・西水美恵子さんよりフィードバックいただきました
書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)-真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本
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