■「歴史探偵」のお医者さんが徹底追求する、歴史の常識をくつがえす本■
「正座は日本近代そのものであった」。乱暴に一言で要約するとこうなるだろうか。
日本の伝統作法だと思われている正座は、実は一般に広く普及したのは明治時代から大正時代にかけてにすぎないのだ。つまり「創られた伝統」なのである。
江戸時代に人口の5%を占めるに過ぎなかった武士の作法であった正座が、なぜ明治時代以降に一般に普及することになったのか?
明治になってから、東アジアにあって、中国や韓国と差別化された日本国民を創り出すという政府の強い意向のもと、儒教による修身教育とセットになった形で、身体技法としての正座の普及が促進されたからだ。
正座の普及を促進した唯物的な要因は、畳の普及(!)と座布団の普及(!)という、現代人の常識を完全にくつがえす事実の数々である。
江戸時代は、武士と商人を合わせてもたかだか人口の1割程度、のこり9割の農民を中心とした百姓は、明治時代になるまで畳の生活などしたことがなかったのである! 板の間に寝起きしていた農民が、どうやって正座ができたというのだろうか!
韓国人から「奴隷座り」とさげずまれてきた正座は、やはり目上の人間に対する、目下の人間の振る舞いだったのだ。日本人もまた、むかしは韓国人と同様に片膝座りは不自然ではなかったらしい。
このほか、かつて国民病といわれた脚気の原因がわかって大幅に減少したことなど、「歴史探偵」のお医者さんが徹底追求する。
生活の洋風化によって畳の生活が消えつつある現在、茶の湯や武道などの例外的場面を除いては、日常生活から正座は消えつつあるといっても言い過ぎではないだろう。ここでいう茶の湯も、武道も歴史は長いが、現在の形になったのは、実は近代になってからであることを忘れてはなるまい。
常識の盲点をつく本書は、すでに「近代」が終焉し、「後近代」への移行期にあるわれわれに大きな示唆を与えている。「創られた伝統」にとらわれるな、と。
ぜひ直接目を通して、著者と一緒に驚きを味わってほしい。
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■bk1書評「「歴史探偵」のお医者さんが徹底追求する、歴史の常識をくつがえす本」投稿掲載(2010年7月22日)
*再録にあたって、文章の構成に大幅に手を入れた。
<書評への付記>
先日、成田山新勝寺の断食参籠修行に参加した際、なんといってもカラダにこたえたのが正座である。成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次) を参照。
大学時代の4年間、合気道を修行していたとはいえ、正座そのものは好きではない。子供の頃から、椅子とテーブルの生活なので、床に直接座る生活も実はあまり好きではない。
合気道で腰を痛めた私は、腰を伸ばすことができるので、椅子に座るときも固い椅子で背中を伸ばしている。
断食参籠道場は和室の生活であり、胡座(あぐら)か正座するしかない。水しか飲めない環境でカラダがだるく、文机を前にして座っていること自体が苦痛になってきた。
きわめつけは朝護摩に参加した至近距離で護摩行を見るために、内座に入って正座を続けたことだ。これがなんとトータル50分近く、これほどの苦痛を味わったのも久々であった。それ以降の護摩は長いすに座って参加することにしたのは、参籠道場内では椅子に座れなかったからということもある。
護摩に参加する僧侶たちはみなすべて正座。慣れているからいいのだろうが、正座がカラダにいいとはいえないだろう。もちろん胡座(あぐら)や片膝座りはできないだろうが。
かつて司馬遼太郎は、朝鮮民族が片膝座りをするのは遊牧民の末裔である証拠だというようなことを発言していたが、日本人も片膝座りをしていたことから考えると、この考えは必ずしも正しくないことがわかる。
同じ仏教圏といっても、タイでは信者も正座はしない。女性だけでなく、男性も横座りである。これも慣れないと座りにくい。正座をする習慣のないタイ人は、日本人より足が長いような気がしないでもない。
座り方は文化であり、しつけによって身につけさせられるものである。
正座もまた、かつてはそうであったが、実は本書で明らかになったように、「近代」になってからの「創られた伝統」であったに過ぎないのであった。
目 次
第1章 座り方の意味
第2章 茶道と正座
第3章 武士から庶民へ
第4章 畳と正座
第5章 着付けと正座
第6章 明治の時代背景と正座
第7章 歴史に見る正座
第8章 正座よもやま話今の常識、再点検
第9章 正座の解剖
第10章 正座の応用
おわりに 正座の使命は終わったか
著者プロフィール
丁 宗鐵(てい・むねてつ)
医学博士、日本薬科大学教授、東京女子医科大学特任教授、未病システム学会理事、東亜医学協会理事、百済診療所院長。
1947年、東京都生まれ。横浜市立大学医学部卒業。同大学大学院修了。北里研究所入所。この間、米国スローン・ケタリング記念癌研究所に客員研究員として留学。北里研究所東洋医学総合研究所研究部門長、東京大学医学部生体防御機能学講座助教授などを経て、2004年から現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
PS この書評記事を書いたのちのことだが、京都でカイロプラクティック医院を経営する友人から聞いた話では、裏千家か表千家か忘れたが、やはり正座で腰痛をわずらう患者さんが少なくないらしい。正座の功罪について真剣に考える必要がありそうだ。なお、読みやすくするために改行を増やした。 (2014年2月23日 記す)。
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