(剣が峰からみたクレーター wikipedia英語版より)
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28年前の富士山の御殿場口七合目半の山小屋でのアルバイト体験記を書いてきたが、富士山そのものについてはあまり触れていなかったようだ。
今回は、富士山の自然環境について書いてみよう。富士山の自然の驚異と、その裏腹に存在する環境問題についてである。
■富士山は遠くにありて眺めるもの?
冬のよく晴れた寒い日には、遠くからでも富士山はくっきり見える。富士山は、その周囲に富士山に並ぶような高い山々をもっていないからだ。
だから、万葉集の時代から、霊峰として別格扱いをされてきたのだ。持統天皇の「田子の浦ゆ うちいでてみれば真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りつつ」など、富士山を読んだ歌や文学は枚挙にいとまがない。
ところが、富士山は山として登ってみると、休火山だけあって、噴火によって噴出したコークス状の瓦礫(がれき)の山で、お世辞にも美しいとはいいがたい。御殿場口では五合目以上になると、いわゆる高山植物を除くと、あまり草木も生えていないハゲ山である。この点は、富士吉田口とは異なるようである。
富士山は高山だけあって、氷河のようないわゆる万年雪がいまでも残っている。実際には古代からの氷河ではなくて、過去には何度も溶けているらしいが、私が滞在していたときはまったく溶けることなく、表層部の雪を少しどけると、その下には固くて厚い氷の層が拡がっていた。万年雪は、御殿場口の七号目半と八号目の中間付近であったと記憶する。
この氷をのこぎりで切り出して運ぶのが日課であったことはすでに書いたが、いまから考えると、この氷の所有権の問題はクリアされていたのだろうか、私にはよくわからない。
これもまたすでに書いたが、とにかくよく晴れた日の夜の富士山は美しい!
満天の星と駿河湾の漁り火が織りなす幻想的な光景。こういう風景は写真には撮りにくいだろうなあ。なんせ180°以上の視角で味わう光景だから、これは現地に足を運んで、自分の目でみるしかないのだ。
■自然の驚異は現場で体験しないとわからない
自然の驚異といえば、なんせ3,000メートル前後の高山にいるわけだから、下界とは自然現象が正反対になっていることも少なくないのだ。
たとえば、夏場はカミナリが鳴ることもしばしばあるが、カミナリの雷光は下から上にいくことが観察できる。カミナリは落ちるのではない、カミナリは上がることがあるのだ。というのも、カミナリをともなう積乱雲より上空にいることがあるからだ。もちろん、七合目半でも雨が降ってくることはあり、そういうときは雲はさらに上空にある。
草木の生えている富士吉田口では、よく落雷があって危険だが、御殿場口では私がいたあいだは落雷による事故は一回もなかった。
しかし、カミナリでは恐ろしいというか、美しい光景をみたことがある。
28年前は無線ではなく、有線の電話線を下界から引っ張ってきていたのであるが、あるカミナリのひどい日に驚いたことがった。雷鳴とほぼ同時に、カミナリが電話線を伝わって受話器から火花が散ったのだ!まさに花火のような光景であった。おそらく地上に露出していた電話線に落雷したのだろう。電話中でなく、また電話機のすぐ側には誰もいなかったので事故にはならなかった。ただ、火花が飛び散る光景は記憶に焼き付いている。
また高度があると気圧が低いことは、スイス製の業務用圧力鍋の話でも触れたが、こういう経験もしたことをいま書いていて思い出した。
ネスカフェの瓶の封を切った瞬間、中身のインスタントコーヒー粉末が暴発(!)し、顔一面にコーヒーが勢いよく飛び散ったことがあった。湿気があったのか、顔一面にねちゃついたインスタントコーヒーが不愉快、しかしまわりで見ていた人たちは大爆笑という、なんともいえない状況になってしまったのだった。
封を切らない瓶内部の圧力が、3,000メートル高地の気圧よりも高く、その圧力差が暴発を招いたのである。「体積×圧力=一定」という「パスカルの原理」そのものである。深海魚を水上に引き揚げると内蔵が飛びでてしまうのと同じことだ。製造時点でパッキングされた1気圧の圧力が、高地では圧力が低くなるので体積が膨張するのである。
こういった原理も実際に体験すると、感覚的に理解できるものだ。インスタントコーヒーくらいなら死ぬ事はない。
いずれにせよ、下界の常識は高山では通用しない。
またこういうこともあった。台風直撃で開店休業となり、山小屋が吹き飛ばされないように、風雨のなか山小屋の主人にどなられながら、雨戸をクギで打ち付けて備える事態も経験した。台風回廊に住んでいなかった私には貴重な経験である。
通常の台風シーズンはいわゆる210日の9月はじめだが、1982年は8月に台風が日本に上陸し、静岡県から上陸して富士山を直撃したのであった。
足かけ2日は開店休業になったのではないだろうか。台風のあいだはほんとうに何もすることがなく山小屋のなかに引きこもっていた。ほんとうに何もすることがないので、山小屋の主人が、「雨水がたまったので風呂でも沸かすか」という。いちおうユニットバスがあったからだ。
調理用の水はタンクで貯蔵しているが、貴重品なのでそれ以外に使うことはない。台風のおかげで水がたまったので風呂に入れることとなったのだ。富士山にいたあいだで風呂に浸かったのはそのときの一回限りである。それ以外は、どうしていたのいだろうか? シャワーか? まったくカラダを洗っていなかったのか?
なぜか思い出せない。
(5)の最終回につづく
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