■"近代人"岩崎彌太郎がひそかに人知れず「会社」において実行した"精神革命"■
本書は、「政商」であった岩崎彌太郎の生涯を描きながら、会社員経験をもつ小説家が、「会社員であるとはどういういことなのか? 会社とはいったい何なのか?」というテーマを追求した渾身の一冊である。歴史研究書でも評伝でもない。
最近の新書本には、長くて内容がパンパンに詰まったものも少なくないが、「明治の政商」を描いて300ページを越える本書もまた、単行本なみに充実した本であった。扱った時代が時代だけに漢字の多い文章が続くが、最後まで飽きずに面白く読み通すことができる好著である。
今年(2010年)のNHK大河ドラマ『龍馬伝』は、同じく土佐藩の下士(下級武士)出身である岩崎彌太郎が坂本龍馬を回想するという形をとっているが、本書を読むと、岩崎彌太郎の実像はドラマで描かれる虚像とはかなり異なることが理解される。大河ドラマは、しょせん舞台設定を過去の日本に設定した現代ドラマであって、歴史そのものとはほど遠い。
本書で描かれる伝記的要素はもちろん面白い。私自身、日本史の教科書や、かつて何度も読んだ岡倉古志郎の『死の商人』(岩波新書)に描かれた岩崎彌太郎像をもって、戦争を利用して海運でボロ儲けした政商というイメージができあがっていたのだが、実像はかなり違うということにまた、驚くことになった。
岩崎彌太郎は、大胆にして小心という、成功する起業家に特有の資質を兼ねあわせただけでなく、士農工商の「商人」出身ではなく、漢詩をつくる教養を持ち合わせた「武士」出身の、あたらしい時代のビジネスマンであった。このことは大きな意味をもっていると著者は指摘している。
江戸時代の商人は、丁稚奉公という形の住み込みでキャリアをスタートし、奉公期間が終わるまで結婚する自由もなかった(!)ことを考えたとき、岩崎彌太郎の「会社」とは「自由意思による決断」、すなわち「いやなら辞める権利がある」という会社本来のあり方を実現したものであったことに気がつかねばならないのである。これが著者の着眼点だ。
身分でも、家柄でもなく、あくまでも個人の自由意思によって参加した営利企業は、「前近代」と「近代」をわかつものであったのだ。「岩崎彌太郎の精神革命」は、人知れず静かで行われていたものであった。
考えてみれば「会社」と「社会」という日本製の漢語表現は、「会」と「社」という漢字をひっくり返した関係にあるが、もともとは「結社」を意味する society の訳語としてつくられたものであり、意味は同じだったのだ。
いまわれわれは、「近代」から「後近代」の移行期にいるわけだが、現在から振り返ると、「岩崎彌太郎の精神革命」の意味はきわめて大きかったことに著者の指摘によって気づかされた。この「近代の遺産」をどう捉えるかが、「会社」とは何かを考える意味で大きな意味をもつだろう。
長いが読み応えのある一冊である。ぜひ通読することをすすめたい。
<初出情報>
■bk1書評「"近代人"岩崎彌太郎がひそかに人知れず「会社」において実行した"精神革命"」投稿掲載(2010年7月11日)
■amazon書評「"近代人"岩崎彌太郎がひそかに人知れず「会社」において実行した"精神革命"」投稿掲載(2010年7月11日)
PS 読みやすくするために改行を増やした (2014年4月20日 記す)。
<ブログ内関連記事>
■岩崎彌太郎と同時代の実業家たち
書評 『大倉喜八郎の豪快なる生涯 』(砂川幸雄、草思社文庫、2012)-渋沢栄一の盟友であった明治時代の大実業家を悪しき左翼史観から解放する
・・ホテル大倉や大成建設の前身である大倉財閥の創業者・大倉喜八郎もまた「死の商人」という悪しきレッテルを貼られた「被害者」
書評 『渋沢栄一 上下』(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝
・・コーポレート・ガバナンスをめぐって、岩崎彌太郎とは思想的な対立関係にあった日本資本主義の父・渋沢栄一
書評 『恋の華・白蓮事件』(永畑道子、文春文庫、1990)-大正時代を代表する事件の一つ「白蓮事件」の主人公・柳原白蓮を描いたノンフィクション作品 ・・福岡の石炭王・伊藤伝右衛門の妻となった柳原白蓮
書評 『成金炎上-昭和恐慌は警告する-』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)-1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する
・・恐慌で消えていった「財閥」も少なからずある
■岩崎彌太郎と三菱関連
書評 『龍馬史』(磯田道史、文春文庫、2013 単行本初版 2010)-この本は文句なしに面白い!
・・坂本龍馬の「商才」と比較してみると面白い
満80歳を迎える強運の持ち主 「氷川丸」 (横浜・山下公園)にあやかりたい! ・・日本郵船の客船であった氷川丸は1930年に建造
「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展
「カンディンスキーと青騎士」展(三菱一号館美術館) にいってきた
「東洋文庫ミュージアム」(東京・本駒込)にいってきた-本好きにはたまらない! ・・これもまた三菱財閥の「遺産」
(2014年4月20日、2015年2月11日 情報追加)
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