ことし(2013年)の5月22日は「ワーグナー生誕200年」であった。
英語でいえば The Wagner Bicentennial である。Bicentennial という英語を耳にするのは、わたし的には 1976年の「アメリカ建国200年祭」以来である。ワーグナーが生まれた当時の欧州がどういうものだったのかは、なんとなく想像がつくだろう。
ワーグナーというと、まずはフランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』に使用された「ワルキューレの騎行」を想起する。攻撃型ヘリコプターが地上に向けてロケット発射とマシンガンを乱射するシーンに使用されていた。ちなみに『地獄の黙示録』(Apocalypse Now)は、1979年の作品である。
ワーグナーというとどうしてもヒトラーとナチズムの連想があるのは仕方がないことだろう。とくにニュルンベルクという都市名との結びつきがつよい。
ワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』。
国家社会主義ドイツ労働者党(=ナチス党)の 1934年の党大会が開催されたニュルンベルク。
そして党大会を映像化したレーニ・リーフェンシュタールの傑作 『意思の勝利』(Triumph des Willens)。
敗戦後のドイツの戦争責任を問うために開かれたニュルンベルク裁判。
1930年代ドイツにおける政治と芸術の関係については、『ヴァーグナー家の人々-30年代バイロイトとナチズム-』(清水多吉、中公文庫、1998 初版 1980)が正面から扱っていた面白い。せっかくの機会なので、読まないままになっていたこの本を読んでみたら、これがじつに面白いのだ。
バイロイトとは、ワーグナーが自分の楽劇を上演するために建設した専用劇場のことである。
バイロイトとワーグナーといえば、言うまでもなく財政的支援を与えたパトロンのバイエルン王国のルードヴィヒ2世である。日本人観光客ならかならず一度は訪れたいというノイシュヴァンシュタイン城を建設させた王だ。ディズニーランドのお城のモデルになったもの。
そうでなくても上演にはカネのかかるオペラである。入場料収入だけではまかなえない、しかも夏季の・・期間だけ上演されるバイロイト音楽祭を支えてきたのは、19世紀後半にはルードヴィヒ2世、1930年代にはヒトラーとナチス党、そして戦後は財団法人をささえる公的機関である。
ワグナーというとヒトラーを連想するのは、ある意味では刷りこみかもしれない。ヒトラーが熱狂的なワグナーファンであったことは、ヒトラー関連の本ならかならずできくる話である。
上記の『ヴァーグナー家の人々-30年代バイロイトとナチズム-』においても、指揮者フルトヴェングラーが主要主人公である。ナチスとのかかわりが批判されてきたのはハイデガーなどとも共通することだが、1930年代のドイツをあとから批判するのはたやすい。
失敗に終わったドイツ1848年革命にコミットしたために指名手配となりながらも、その後は王侯貴族の庇護のもとにバイロイトで「精神の王国」の実現に成功したワグナーは、ドイツ近現代史を考えるうで欠かせない要素である。
わたし自身とはいえば、40歳を過ぎるまでワーグナーは好きではなかった。ヒトラーとの関連というよりも、魔術的で陶酔的な要素のつよすぎる音楽が好きでなかったからかもしれない。いまでも
基本的にはイタリア・オペラのほうが好きだ。
陶酔的といえば、三島由紀夫の主演監督作品『憂国』で使用された『トリスタンとイゾルデ』がそれに該当する。ドイツロマン派のワグナーと日本浪漫派の三島由紀夫に通低する感覚的なものだろうか。
いまだに『ワルキューレ』も『神々のたそがれ』も劇場で鑑賞していないが、これは将来の楽しみとしてとっておくこととしよう。
ワーグナーについて語ると膨大なものになっていまうので、ここらへんでやめておくことにしよう。
いまだ毀誉褒貶あいなかばするワーグナーという人物とその作品。芸術と政治の関係を考えるうえではずせないテーマでありつづけていくのは否定できないことだろう。
<関連サイト>
Apocalypse Now/Ride Of The Valkyries (『地獄の黙示録』の一シーンで「ワルキューレの騎行」が使用されている)
映画『憂国』(1960年) (二二六事件で死ねなかった青年将校の切腹後のシーン)
Triumph des Willens (1935) - Triumph of the Will (『意思の勝利』が全編 YouTube にアップロードされている)
<ブログ内関連記事>
書評 『指揮者の仕事術』(伊東 乾、光文社新書、2011)-物理学専攻の指揮者による音楽入門
・・「第7章 「総合力」のリーダーシップ-指揮者ヴァーグナーから学ぶこと」
今年(2010年)もまた毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)に行ってきた
・・R.ワーグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」から第1幕への前奏曲
「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論
書評 『起承転々 怒っている人、集まれ!-オペラ&バレエ・プロデューサーの紙つぶて156- 』(佐々木忠次、新書館、2009)-バブル期から20年間の流れを「日本のディアギレフ」が綴った感想は日本の文化政策の欠如を語ってやむことがない
(2012年7月3日発売の拙著です)
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