オランダ王国では昨日(2013年4月30日)ベアトリクス女王の退位によってウィレム=アレクサンダー皇太子が新国王が即位、123年ぶりに男性国王となったことが報道されている。日本ではもっぱら雅子皇太子妃殿下が11年ぶりの公務としての公式訪問ということで話題になった。
フランス革命からはじまった共和制の流れのなか、第一次大戦と第二次大戦という二つの世界戦争をへて君主制がつぎからつぎへと消えていった欧州であるが、英国とオランダ、北欧のデンマーク、スウェーデン、ノルウェーは断絶することなく現在まで王室がつづいてきた(・・スペインは復活)。欧州の君主制は現在はみな立憲君主制である。日本もまたそうである。
映画 『ロイヤル・アフェア』は、18世紀後半の北欧の絶対王制のデンマーク王国を舞台にしたドラマである。
基本的に日本では女性をターゲットにプロモーションを行っているが、映画だからもちろんいろんな見方があるだろう。ちょっと違った観点からこの映画を見ると、なぜデンマーク王室が生き延びたのか、その理由の一端を知ることができるかもしれない。以下、わたしなりの見方である。
■王室は国民と乖離していた
映画の宣伝文句としては、「デンマーク王室最大のスキャンダル」ということになっているが、この手のスキャンダルはじつは王室にはつきものだ。そもそも愛情をベースに婚姻関係が結ばれるのではなく、ヨーロッパをまたいだ王家どうしのつながりの強化が目的であった。
18世紀後半のデンマークが舞台の、この映画の主人公の王妃カロリーネ・マティルは英国出身であるが、けっして例外ではない。同時代のフランス王室に嫁いだマリー・アントワネットもウィーンのハプスブルク家出身であったことを思い出しておこう。そもそも当時の英国王室じたいがドイツ北部のハノーファー出身であった。
フランス革命により「国民国家」が成立する以前は、王室と国民が異なる民族であってもなんら問題にもされなかったのである。
■王を演じるということ
映画 『アマデウス』におけるモーツァルトのようなけたたましい哄笑をするこの若いデンマーク国王は狂気であったのか、それとも狂気を装わざるを得なかったのか?
デンマークといえば、デンマークの王子ハムレットである。つまりシェイクスピアの『ハムレット』である。外国人医師ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセが、はじめて国王に謁見したときのシーンに注目しておこう。シェイクスピアからの引用のラリーがつづき、それによって国王は外国人医師にココロを許すことになる。
キーフレーズは、「この世は舞台、男も女もみな役者」(All the World's a Stage. All the Men and Women merely Players.)という『お気に召すまま』のセリフである。そう、男も女もみな役者、国王だって役を演じる役者なのだ。このセリフとシーンはじつに意味深長である。映画を見る際は、アタマのなかにいれておくといい。
■啓蒙主義という自由思想が流行した18世紀
映画がはじまるのは1769年、「啓蒙の世紀」といわれた18世紀ヨーロッパは、ルソーやヴォルテールに代表される啓蒙主義が、時代の新思想として流行していた時代である。
自由思想(freethought)にもとづく啓蒙主義(Enlightenment)とは、知性を重視しキリスト教の権威に対抗し、一般民衆にチカラを与えるべきと主張した思想である。文字通りの意味は、「もっと光を!」という意味である。
この映画のほんとうの主人公は啓蒙主義という思想そのものであるという見方も可能だろう。啓蒙主義という当時の新思想が、ビーイクル(乗り物)としての主人公たちに感染し歴史を動かしたのであると。
啓蒙主義思想の著書を匿名で出版したドイツ人医師、その医師を侍医としてかかえココロを許したデンマーク国王、そしてアタマからココロ、最後はカラダまで虜にされた英国人王妃は、ある意味では啓蒙主義が演じさせた役者に過ぎないといえるかもしれない。映画のタイトルの「アフェア」とは事件や情事を意味するコトバである。
検閲制度によって啓蒙主義思想が浸透することを水際で防いでいたはずの北欧の小国デンマーク王室には、じつは国王と王妃というまさに頂点から啓蒙主義が浸透していったのだ。
映画のなかにドイツのプロイセン王国がでてくるが、これはおなじく映画に名前がでてくるフランスの啓蒙思想家ヴォルテールを招いたフリードリヒ2世のプロイセンのことである。
この時代には、プロイセンのフリードリヒ2世、ハプスブルク帝国のマリア=テレジア、ロシアのエカチェリーナ2世のように「啓蒙専制君主」とよばれた、上からの改革をすすめた君主たちがいた。
この映画は、小国デンマークからみた「啓蒙の世紀」である。
■結果として政治改革の予行演習が行われたデンマーク
「啓蒙主義」の時代にそれを推進するチャンスを得た外国人医師ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセは、王の侍医として、王妃カロリーネと関係(アフェア=情事)をつうじて、啓蒙主義思想にもとづく政治改革を実行する権限を手に入れる。国王を操り人形とすることに成功する。
しかし、急進的な政治改革、それによって利益を失うことになる貴族層の反発を招き、強力な敵としてしまうことになる。この侍医の野望はいったい何であったのか、映画からはよくわからないが、企業経営でも顧問などの形で入った人間が、実質的に権力を奪い取って会社を乗っ取ることはしばしばみられることである。そういう観点から見るのも面白い。
この映画の時代設定の約20年後の 1789年にフランス革命が勃発したことを念頭におきながらこの映画を見ていただきたいと思う。フランスでは国王のルイ16世も王妃のマリー・アントワネットも断頭台の露と消えたのである。
そしてデンマークは・・・。
デンマークにおいては、フランスのように王室そのものが打倒されることなく生き延びることができたのは、すでに啓蒙主義の実践を経験していたからだろうか。政治改革は反動時代というインターバルをはさんで確実に実行されることになる。
美しい映像にバロック音楽の調べ。啓蒙の世紀はまた、宮廷においてはバロック後期でもあった。バッハの時代であり、モーツァルトの時代でもある。
宮廷と対比される都市の一般民衆の劣悪な生活。冒頭の王妃が宮殿入りするシーンでの、首都コペンハーゲンの公衆衛生の悪さに注目してほしい。ドブネズミが走り回る下水もない市街地。
これはけっして例外ではなくヨーロッパ都市はみなそうであった。これが伏線となるので目を凝らして見逃さずにいてほしい。だからこそ、啓蒙主義的な政治改革が求められる素地があったのだ。
そしてギロチンによる処刑シーン。目をそむけたくなる人もいるだろうが、処刑場に集まる民衆の群れにも注目していただきたい。『アンデルセン自伝』には、1805年生まれのデンマークの童話作家アンデルセンが子ども時代に処刑を目撃したことが記されている。娯楽の少なかった当時、処刑は見世物でもあったのだ。
デンマークでは7カ月のロングランとなったという歴史エンターテインメント作品である。小国デンマークの知られざる歴史を知るよい機会となるだけでなく、啓蒙の世紀であり革命の時代でもあった18世紀後半のヨーロッパを小国デンマークから見るという視点がまたじつに興味深い。
『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(2012年)
(En kongelig affære)
監督: ニコライ・アーセル
脚本: ニコライ・アーセル、ラスマス・ヘイスターバング
主演: マッツ・ミケルセン他
上映時間: 137分
製作: デンマーク、 スウェーデン、チェコ
言語: デンマーク語
<関連サイト>
映画 『ロイヤル・アフェア』 公式サイト
クリスチャン7世(デンマーク) (wikipedia)
侍医ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセ (wikipedia)
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書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?
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