「キャリア構築は自分で行う」という価値観。働き方にかんするこの価値観が定着しはじめたのは、本書で取り上げられた「就職氷河期世代」(1993~2005)、いわゆる「ロストジェネレーション」(ロスジェネ)たちの世代からである。
転換期ともいうべき就職氷河期に就職と転職を余儀なくされた世代、そのなかでも一流大学を卒業し一流企業に就職しながらも数年で転職した学歴エリートの若者たちに、4年間という時間をかけながら寄り添いながら描いた8人のライフストーリー。中身が濃いが、読ませるドキュメントである。
働き方は、じつは生き方そのものと密接な関係にある。働くことが自明であった時代はとうの昔に終わり、いまは自分の生き方を真剣に考えないと、働く自分を納得させることができない時代となった。「自分探し」がキーワードになっている時代である。
豊かな時代に見えるが、一方では低成長時代には価値観は意外と狭くなっていることに気がつく。無限の可能性が謳われた時代ではない。選択肢はいっけん多いように見えて、じつはどんどん減っていく。
つねに見え隠れするのは「不安」。不安はもともと日本人にはつきものだが、予定調和的な時代には全面にでてくることのなかった「不安」のなかに若者たちは生きているのである。
『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(城繁幸、光文社新書)が話題になったのは2006年のことである。成果主義人事制度が機能不全となった富士通を退職し、人事コンサルタントとなった城繁幸氏のこの著書はベストセラーになった。年功序列という「昭和的価値観」に決別する若者たちのことを取り上げた本である。
『仕事漂流』は、その「3年で辞めた若者たち」の事例編として読んでもいいかもしれない。
「勝ち組」とみなされた彼らが大企業で直面したのは、現実のなかで機能不全に陥っている「昭和的価値観」そのものであった。
しかし、本書に登場する若者の一人がクチにしているように、「いい大学をでていい会社に入るというゲームのルール」は根本的に変わったのである。企業サイドの変化に、働く側も合わせなくてはならなくなったからだ。
そういう昭和的な「ゲームのルール」があった時代に、いちはやく「脱線」して異なるキャリアを歩んだわたしのような人間からみると、ようやく時代の価値観が変化したのだなという感慨をもつ。その意味では、本書に登場する若者たちの不安や苦悩、しかし一歩前に出る行動にはおおいに共感を覚えるのだ。
誰も面倒などみてくれない。自分で自分の道を切り開いていくしかないのだ。キャリア構築は自分で行うことが必要なのだ。自分で設計(=キャリア・デザイン)することが必要なのだ。
はっきりいって厳しい時代である。だが、自分が主体的に生きることのできる時代でもあると捉えることもできる。時代の変化にあわせて自分のマインドセットも切り替えなければならないのだ。だから、本書に登場する若者たちにつづく世代は、すでにそのモードに切り替わりつつある。
文庫版の解説で「経営学習論」の研究者・中原淳氏も書いているように、「企業経営者、経営企画担当者、人事管理関係者、あるいは、前線のマネージャーこそ、ぜひご一読いただきたい」。わたしもそう思う。
それに加えて若い世代を指導する立場にある人、社会に学生たちを送り出す立場の人にも読んでほしいと思う。
自分で体験できない世界を知るためにも、働き方や働く環境がどう変化しているのか知るためにも読むべきだ。仕事のあり方の変化について、たとえばアルバイトの戦力化や総合商社の仕事内容の変化など、読者の固定観念をくつがえす内容も少なくないだろう。
彼ら彼女たちの人生に寄り添ったこの作品に、読者もまた寄り添いながら理解しようとしう姿勢で読んでほしいものだ。
ここまで時代の価値観を具体的かつ精緻に描きだした作品はなかなかない。
目 次
まえがき
第1章 長い長いトンネルの中にいるような気がした
第2章 私の「できること」って、いったい何だろう
第3章 「理想の上司」に会って会社を辞めました
第4章 現状維持では時代と一緒に「右肩下がり」になる
第5章 その仕事が自分に合ってるかなんてどうでもいい
第6章 「結婚して、子供が産まれ、マンション買って、終わり」は嫌だ
第7章 選択肢がどんどん消えていくのが怖かった
第8章 常に不安だからこそ、走り続けるしかない
あとがき
文庫版あとがき
解説 中原淳(東京大学準教授)
著者プロフィール
稲泉 連(いないずみ・れん)
1979年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。『僕の高校中退マニュアル』で単行本デビュー。『ぼくもいくさに征くのだけれど』で第36回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
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