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2018年4月8日日曜日

書評 『なぜリーダーはウソをつくのか-国際政治で使われる5つの「戦略的なウソ」-』(ミアシャイマー、中公文庫、2018)-国家指導者が意図的にウソをつくことの意味について考察した興味深い内容の本


政治家も官僚もウソつきばかりという世の中だ。そんな状況のなかでは、こんなタイトルの本に目が行くことになる。 

『なぜリーダーはウソをつくのか-国際政治で使われる5つの「戦略的なウソ」-』(ジョン・ミアシャイマー、中公文庫、2018)がそのタイトルだ。原著のタイトルは、Why Leaders Lie: The Truth About Lying in International Politics by John J. Mearsheimer 2011 日本語版はほぼそのちぃおくや句といってもいい。出来の良いタイトルは、あえて意訳する必要はないということだろう。

ここでいうリーダーとは国家指導者のことである。国家指導者が意図的にウソをつくことの意味について考察した興味深い内容の本だ。 

国際政治学者の著者は、国際政治でつかわれるウソを以下の5つに分類している。


① 「国家間のウソ」(inter-state lies) 
② 「恐怖の扇動」(fearmongering) 
③ 「戦略的隠蔽」(strategic cover-ups) 
④ 「ナショナリスト的な神話」(nationalist mythmaking) 
⑤ 「リベラル的なウソ」(liberal lies)


国家指導者は他国との国家指導者とのあいだだけでなく、国民に対してもウソをつくことがある。だが、それは功利主義的にいって合理的な選択なこともあるので、かならずしもウソだから悪いとは言い切れないケースも少なくないのだ。 

著者が引き合いに出しているケースでは、ケネディ大統領時代の「キューバ・ミサイル危機」(1962年)だろう。 じつはケネディはフルシチョフとのあいだで、キューバからのソ連の核ミサイル撤去の交換条件として、米軍がトルコの基地に配備した核ミサイルを撤去するという「密約」を結んでいたが、「密約」の存在はアメリカ国民には隠し通した

だが、そのおかげでミサイル危機は回避され、冷戦が熱戦になることはなかったのであるから、結果オーライというべきなのだろう。これはウソの効用だ。 もちろんこの「密約」は現在では情報公開されているので、すでに歴史的事実となっている。

意外なことに国家指導者どうしはウソはつかないのに、自国の国民にはウソをつくことが多いという事実を著者は研究によって明らかにしている。 

国家と国家のあいだに存在する世界は、「万人の万人に対する闘争」というホッブス的世界であり、「性悪説」を前提にしているのに対し、国家内では「性善説」とまではいかないまでも、民主義国家においては自分たちが選んだリーダーである政治指導者に対して基本的に信頼があるので、国民は政治家の言うことを信じやすいのである。もちろん、国民の政治指導者に対する信頼が失われたとき、政治家の言うことを誰も信じなくなりウソが突き通せなくなることは、現在の日本がまさにその実例であると言うべきだろう。 

ウソのそれぞれについては、本文を読んでみることをおすすめしたい。著者が収集して分類した国際政治上の具体的なウソの事例が面白い。理路整然としてロジカルで明快な文章が、じつに読みやすい。日本語訳も読みやすい。



目 次
 

 
まえがき
 
イントロダクション
 
本書の狙い
 
本書の主な議論と構成
 
第1章 「ウソをつく」とはどういうことか 
 
第2章 国際政治で使われるウソの種類 
 
第3章 国家間のウソ 
 
第4章 恐怖の煽動 
 
第5章 戦略的隠蔽 
 
第6章 ナショナリスト的な神話 
 
第7章 リベラル的なウソ 
 
第8章 国際政治で使われるウソの難点 
 
第9章 結論
 

 
訳者解説
 
訳者あとがき

 
著者プロフィール

ジョン・J・ミアシャイマー(John Mearsheimer)
1947年生まれ。シカゴ大学のウェンデル・ハリソン特別記念教授。専門は国際関係論で特に安全保障分野。『大国政治の悲劇』で「オフェンシヴ・リアリズム」という国際関係論の理論を提唱。また中国の拡大を警戒する「米中衝突論」を主張し、2003年には米軍のイラク侵攻を批難してネオコンたちと対立した。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)  

訳者プロフィール

奥山真司(おくやま・まさし)
1972年生まれ。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学卒業後、英国レディング大学大学院で博士号(Ph.D)を取得。戦略学博士。国際地政学研究所上席研究員、青山学院大学非常勤講師。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2016年2月12日金曜日

学校教育で強制されるタワーやピラミッドなどの「組み体操」は、ただちに全面禁止にすべきだ!-大阪市教育委員会の英断を絶賛したい

(『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936) wikipediaより)

朗報が飛び込んできた。大阪市の教育委員会が「人間ピラミッド」と「タワー」を禁止したのだ。2016年2月9日付けのニュースである。「ハフィントンポスト」の記事から引用させていただこう。

人間ピラミッド禁止、大阪市教委が全国初【組体操】
大阪市教委は2月9日、組体操で四つんばいの姿勢で積み重なる「「人間ピラミッド」を2017年度から禁止することを決めた。肩の上に立って円塔をつくる「タワー」も同様に危険なため禁止される。文部科学省によると、自治体が禁止するのは全国初だという。共同通信などが報じた。 ・・(中略)・・ 大阪市教委の大森不二雄委員長は「一体感を味わう子どもや感動する保護者もいるだろうが、そうでない人は声を上げられない。どちらが多数か分からないが、事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」と語ったという。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

すばらしい決断である。英断であるといっても過言ではない。「事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」という理由付けは価値観を優先させたものだが、多数決原理の問題点を語って余すところがない。大阪市教育委員会の決断は、絶賛しても絶賛しすぎることはない。

わたしは、「人間ピラミッド」も「タワー」も断固反対だ。 なぜなら、中学生のときだと記憶しているが、4段組の「タワー」のてっぺんに立つ役割をやらされて(・・そう、強制的に「やらされた」のだ!)、組み上げる都度、とてつもない恐怖を味合わされた悪夢の記憶しかないからだ。

4階建ての「タワー」は建築物でいえば2階から3階ほどの高さになる。最下層から組み上げて一段づつしゃがんだ状態から立ち上がり、最終的に最上階になったひとりが両手を広げて直立するのである。成功すれば、それは簡単に味わうことのできない光景を見ることになるのだが(・・運動会の本番では見事に成功した)、練習中は何度も組み上げる途中で崩れていたのである。てっぺんから転落したら死ぬかもしれないのだ!

わたし自身は最上階のてっぺんしか経験していないが、二段目や三段目の人間の苦痛についてはこれとは違うものがある。全員の息が合わないと簡単に崩れてしまうのだが、下敷きになって圧殺死してしまう危険も否定できないのである。

わたしのときは、幸いにも事故は発生しなかったが、いつ事故が起こっても不思議ではないと思っていた。

たしかに、息を合わせた共同作業という点に、「ピラミッド」や「タワー」をやる教育的意味付けがなされているのであろう。だが、それは危険という要素を省みない「きれいごと」である。「やらせる立場」と「やらされる立場」の違いは、天と地ほどの違いがある。

経営の現場でよくクチにされる表現に「やらされ感」というものがある。人から言われて他律的に動くのが「やらされ感」だが、そうではなく、みずからの意思で自律的に動くことが重要だという意味合いで使用される。経営の場でなら、それは意味ある発言だ。職場にいるのは18歳以上のオトナである。

だが、「ピラミッド」や「タワー」は生徒みきずからの自発性にもとづいて行われるのではない。あくまでも体育教育の一環として、他者との協調性を考え、一体感を醸成するということが目的とされて強制されるものだ。それは、生徒側の発想ではなく、教師側の発想なのであり、生徒側からすれば「やらされ感」がつきまとうのは否定できない。しかも、「恐怖感」がつねにつきまとう

教育現場においては、「やらせる側」の教師と、「やらされる側」の生徒のあいだには越えがたい溝がある。教師と生徒は、圧倒的に非対称的な関係にある。これは、ある意味では、医者と患者と似ている。

医者と患者の関係は、専門知識と経験の量の違いであるが、教師と生徒の関係の場合は、大きな違いがある。教師と生徒のあいだでは、両者のパワーの質も量も違うのである。患者はいやなら医師を拒否できるが、生徒が教師から離脱するきわめて難しい。登校拒否になるか、引きこもりになるしかない。よっぽどのことがなければ、転校というオプションはなうい。「閉鎖空間」からの離脱手段は限られているのだ。

強制的にやらされる「ピラミッド」や「タワー」なんかで一体感が培われるわけがない。教育する側の自己満足に過ぎない。教育の名を借りた「いじめ」以外の何者でもない。そういっても過言ではない。中国雑技団やカタルーニャの「人間ピラミッド」のように、仕事や好きでやっているものとは違うのだ。

こういうことは、自分の子どもが負傷した被害者の親以外はなかなか理解できないのではないか? なぜなら、学校教育においては生徒の感想や意見は、ほぼ黙殺されているからだ。いじめが原因の自殺も、親も教師も知らなかったという事例も多いではないか! 子どもは親に迷惑をかけたくないから本当のことをしゃべらないのだ。あるいは、しゃべってもきちんと取り合ってくれないと語らなくなる。

だからこそ、大阪市の決断を絶賛したい。まさに英断である。すでに多数の負傷者がでているが、死者がでてからでは遅すぎるのだ。

強制された一体感など、一体感でもなんでもない! 強いられた自発性、いつわりの自発性。「みんな仲良く」というウソはもうやめよう。

だからこそ、声を大にして主張したいのだ。

一日でも早く、日本全国で「ピラミッド」と「タワー」が禁止されますように!!!






<関連サイト>

近代デジタルライブラリー - 新要目に基く運動会催し物選集
・・『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936)がデジタル版として国会図書館のサイトに掲載されている。

国連も問題視する「組み体操」が、それでも巨大化しているナゾ 立派な教育活動、なんですか…? (現代ビジネス、2019年1月31日)

(情報追加 2019年1月31日)


<ブログ内関連記事>

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・・目に見えない「同調圧力」が、日本人をいかに息苦しくしていることか

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例
・・大学生が対象であり、「離脱可能性」が確保されていることが重要。そこには強制もやらされ感もない。バレエやシンクロナイズドスイミングと同じである

書評 『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(大宮冬洋、ぱる出版、2013)-小売業は店舗にすべてが集約されているからこそ・・・
・・「やらされ感」を払拭できるのは、職場であれば離脱可能性が確保されているから

書評 『マクドナルドで学んだすごいアルバイト育成術』(鴨頭嘉人、新潮文庫、2015)-「仕事をつうじて成長する」、ということ
・・「やらされ感」を払拭できるのは、職場であれば離脱可能性が確保されているから

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」 には続きがあった!-山本五十六 その2
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書評 『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(大島幹雄、新潮文庫、2015)-幕末の「開国」後、いち早く海外に飛び出したのは軽業師たちだった
・・軽業師たちはアクロバットのプロである! それは素人の世界ではない!

(2016年4月6日 情報追加)



 
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