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2016年2月14日日曜日

書評『バイオスフィア実験生活 ー 史上最大の人工閉鎖生態系での2年間』(アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン、平田明隆訳、講談社ブルーバックス、1996)-火星探査ミッションのシミューレーションでもあった2年間の記録


『バイオスフィア実験生活-史上最大の人工閉鎖生態系での2年間-』(アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン、平田明隆訳、講談社ブルーバックス、1996)という本を読んでみた。

2016年2月現在公開中のハリウッド映画『オデッセイ』があまりにも面白かったので、この本の存在を思い出して書棚の奥から引っ張り出してきたというわけだ。有人宇宙探査船もまた「人工閉鎖生態系」である。無防備に酸素のない外部に出たら死んでしまう。

実験の正式名称は「バイオスフィア2」 (Biosphere 2) アメリカのアリゾナ州の砂漠に実験用施設として建設されたガラスの建築物のなか、「人工閉鎖生態系」が密閉されたのである。

「バイオスフィア」(biosphere)とは地球を意味している。日本語に直訳すれば「生命圏」となるのだろう。地球では、バクテリアから人間にいたるまで、あらゆる生命体が太陽光のもと、大気と水を循環させながら生命をつないできた

人工的に設定された「バイオスフィア2」は、人類のこれからの生き方を探ることが目的である。宇宙空間で「閉鎖生態系」で人類が生存することが出来るのか検証し、その前提となる地球環境問題を人工的な環境で研究することであった。

海も山も平野を有し、動植物も含んだを人工的にドーム内に再現するという大掛かりな実験だ。生態系の一部として人間もそのなかに加わるのである。そのなかでは水も大気もリサイクルされ、原則として外部から取り入れられるのは太陽光のみである。


実験に参加したのは、アメリカを中心にヨーロッパ人も含めた男女8人の科学者。いったん「バイオスフィア2」内に入ったら2年間は出入りできないのである。その意味では宇宙探査船と同じである。じっさい、「バイオスフィア2」計画は、2年間の火星探査ミッションのシミュレーションという考えもあったらしい。その先にあるのはスペース・コロニーか。

 「バイオスフィア2」内で野菜や穀物を栽培し、自給自足の生活を送った2年間。動物性蛋白はたまには摂取したらしいが、限りなくベジタリアンな日々となっていたらしい。

二酸化炭素を光合成によって吸収させ、ドーム内で酸素を循環させるのであるが、じっさいには酸素が減少するという事態が発生している。酸素が炭酸カルシウムのかたちでコンクリートに吸収されてしまうためだとわかったのはこの実験の成果の一つだ。

外部との連絡はすべて電子メールなどの電子媒体で行ったという意味でも宇宙探査船と同じである。環境負荷を下げるためのペーパーレス化であり、1991年から行われたこの実験は、時代を先取りしたものだったといえよう。

すでに20年前の出版であり(・・購入してからも20年間読んでなかった)、実験じたいは1991年からまるまる2年間にわたって行われたものなので25年も前のものだ。だが、「バイオスフィア2」における実験は、その後は尻つぼみになってしまったようなので、この本は貴重な記録となっている。

日本語のタイトルは、物語的な体験記のような印象を与えるが、内容は項目別に2年間の実験内容とその結果をまとめたレポートのような構成である。講談社ブルーバックスの一冊というのにふさわしい。

残念ながら現在は日本語版は品切れだが、英語版 Life Under Glass: The Inside Story of Biosphere 2 は入手可能のようだ。なぜ日本ではあまり売れてないのか不明だ。面白い内容なのに・・・・。





目 次

日本語版へのまえがき
ガラスの家の中で生きる

謝辞

第1章 冒険への旅立ち
第2章 バイオスフィリアンの一日
第3章 バイオスフィア2の環境
第4章 自ら育てる
第5章 空腹とやりくり
第6章 二人のお医者さん
第7章 原野にて
第8章 テクノスフィア
第9章 動物ものがたり
第10章 三エーカーの "試験管"
第11章 電子ビジネス
第12章 余暇の楽しみかた
エピローグ

訳者のあとがき
さくいん


著者プロフィール

アビゲイル・アリング(Abigail Alling)
自ら創設した非営利団体「プラネタリサンゴ礁基金」会長。エール大学大学院修了。海洋生物や閉鎖生態系、特に世界中の海でのサンゴ礁の生態システムの研究に取り組んでいる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

マーク・ネルソン(Mark Nelson)
生態開発研究会社「エコテクニクス協会」会長。ダートマス大学で哲学を、アリゾナ大学で天然資源のリサイクル学を学ぶ。現在はフロリダ大学の環境工学部と湿地研究センターで学位論文に取り組んでいる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

翻訳者プロフィール
平田明隆
科学通信社「ジャスネット」代表。東京大学農学部大学院修了。読売新聞科学部、ニューヨーク特派員、本社編集委員を歴任。1995年退職後、マサチューセッツ工科大学科学ジャーナリズム科修了。ワシントン在住。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)






<ブログ内関連記事>

映画 『オデッセイ』(2015年、米国)を見てきた(2016年2月7日)-火星にたった一人取り残された主人公は「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」でサバイバルする ・・「閉鎖空間」としての宇宙船

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み ・・「閉鎖空間」としての潜水艦

「お籠もり」は何か新しいことを始める前には絶対に必要なプロセスだ-寒い冬にはアタマと魂にチャージ! 竹のしたには龍がいる!

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

惑星探査船 「はやぶさ」の帰還 Welcome Back, HAYABUSA !
・・ただしこの探査船は無人



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2016年2月12日金曜日

学校教育で強制されるタワーやピラミッドなどの「組み体操」は、ただちに全面禁止にすべきだ!-大阪市教育委員会の英断を絶賛したい

(『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936) wikipediaより)

朗報が飛び込んできた。大阪市の教育委員会が「人間ピラミッド」と「タワー」を禁止したのだ。2016年2月9日付けのニュースである。「ハフィントンポスト」の記事から引用させていただこう。

人間ピラミッド禁止、大阪市教委が全国初【組体操】
大阪市教委は2月9日、組体操で四つんばいの姿勢で積み重なる「「人間ピラミッド」を2017年度から禁止することを決めた。肩の上に立って円塔をつくる「タワー」も同様に危険なため禁止される。文部科学省によると、自治体が禁止するのは全国初だという。共同通信などが報じた。 ・・(中略)・・ 大阪市教委の大森不二雄委員長は「一体感を味わう子どもや感動する保護者もいるだろうが、そうでない人は声を上げられない。どちらが多数か分からないが、事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」と語ったという。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

すばらしい決断である。英断であるといっても過言ではない。「事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」という理由付けは価値観を優先させたものだが、多数決原理の問題点を語って余すところがない。大阪市教育委員会の決断は、絶賛しても絶賛しすぎることはない。

わたしは、「人間ピラミッド」も「タワー」も断固反対だ。 なぜなら、中学生のときだと記憶しているが、4段組の「タワー」のてっぺんに立つ役割をやらされて(・・そう、強制的に「やらされた」のだ!)、組み上げる都度、とてつもない恐怖を味合わされた悪夢の記憶しかないからだ。

4階建ての「タワー」は建築物でいえば2階から3階ほどの高さになる。最下層から組み上げて一段づつしゃがんだ状態から立ち上がり、最終的に最上階になったひとりが両手を広げて直立するのである。成功すれば、それは簡単に味わうことのできない光景を見ることになるのだが(・・運動会の本番では見事に成功した)、練習中は何度も組み上げる途中で崩れていたのである。てっぺんから転落したら死ぬかもしれないのだ!

わたし自身は最上階のてっぺんしか経験していないが、二段目や三段目の人間の苦痛についてはこれとは違うものがある。全員の息が合わないと簡単に崩れてしまうのだが、下敷きになって圧殺死してしまう危険も否定できないのである。

わたしのときは、幸いにも事故は発生しなかったが、いつ事故が起こっても不思議ではないと思っていた。

たしかに、息を合わせた共同作業という点に、「ピラミッド」や「タワー」をやる教育的意味付けがなされているのであろう。だが、それは危険という要素を省みない「きれいごと」である。「やらせる立場」と「やらされる立場」の違いは、天と地ほどの違いがある。

経営の現場でよくクチにされる表現に「やらされ感」というものがある。人から言われて他律的に動くのが「やらされ感」だが、そうではなく、みずからの意思で自律的に動くことが重要だという意味合いで使用される。経営の場でなら、それは意味ある発言だ。職場にいるのは18歳以上のオトナである。

だが、「ピラミッド」や「タワー」は生徒みきずからの自発性にもとづいて行われるのではない。あくまでも体育教育の一環として、他者との協調性を考え、一体感を醸成するということが目的とされて強制されるものだ。それは、生徒側の発想ではなく、教師側の発想なのであり、生徒側からすれば「やらされ感」がつきまとうのは否定できない。しかも、「恐怖感」がつねにつきまとう

教育現場においては、「やらせる側」の教師と、「やらされる側」の生徒のあいだには越えがたい溝がある。教師と生徒は、圧倒的に非対称的な関係にある。これは、ある意味では、医者と患者と似ている。

医者と患者の関係は、専門知識と経験の量の違いであるが、教師と生徒の関係の場合は、大きな違いがある。教師と生徒のあいだでは、両者のパワーの質も量も違うのである。患者はいやなら医師を拒否できるが、生徒が教師から離脱するきわめて難しい。登校拒否になるか、引きこもりになるしかない。よっぽどのことがなければ、転校というオプションはなうい。「閉鎖空間」からの離脱手段は限られているのだ。

強制的にやらされる「ピラミッド」や「タワー」なんかで一体感が培われるわけがない。教育する側の自己満足に過ぎない。教育の名を借りた「いじめ」以外の何者でもない。そういっても過言ではない。中国雑技団やカタルーニャの「人間ピラミッド」のように、仕事や好きでやっているものとは違うのだ。

こういうことは、自分の子どもが負傷した被害者の親以外はなかなか理解できないのではないか? なぜなら、学校教育においては生徒の感想や意見は、ほぼ黙殺されているからだ。いじめが原因の自殺も、親も教師も知らなかったという事例も多いではないか! 子どもは親に迷惑をかけたくないから本当のことをしゃべらないのだ。あるいは、しゃべってもきちんと取り合ってくれないと語らなくなる。

だからこそ、大阪市の決断を絶賛したい。まさに英断である。すでに多数の負傷者がでているが、死者がでてからでは遅すぎるのだ。

強制された一体感など、一体感でもなんでもない! 強いられた自発性、いつわりの自発性。「みんな仲良く」というウソはもうやめよう。

だからこそ、声を大にして主張したいのだ。

一日でも早く、日本全国で「ピラミッド」と「タワー」が禁止されますように!!!






<関連サイト>

近代デジタルライブラリー - 新要目に基く運動会催し物選集
・・『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936)がデジタル版として国会図書館のサイトに掲載されている。

国連も問題視する「組み体操」が、それでも巨大化しているナゾ 立派な教育活動、なんですか…? (現代ビジネス、2019年1月31日)

(情報追加 2019年1月31日)


<ブログ内関連記事>

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・目に見えない「同調圧力」が、日本人をいかに息苦しくしていることか

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例
・・大学生が対象であり、「離脱可能性」が確保されていることが重要。そこには強制もやらされ感もない。バレエやシンクロナイズドスイミングと同じである

書評 『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(大宮冬洋、ぱる出版、2013)-小売業は店舗にすべてが集約されているからこそ・・・
・・「やらされ感」を払拭できるのは、職場であれば離脱可能性が確保されているから

書評 『マクドナルドで学んだすごいアルバイト育成術』(鴨頭嘉人、新潮文庫、2015)-「仕事をつうじて成長する」、ということ
・・「やらされ感」を払拭できるのは、職場であれば離脱可能性が確保されているから

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」 には続きがあった!-山本五十六 その2
・・職場に限らず、教育の現場でも同じではないか?

書評 『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(大島幹雄、新潮文庫、2015)-幕末の「開国」後、いち早く海外に飛び出したのは軽業師たちだった
・・軽業師たちはアクロバットのプロである! それは素人の世界ではない!

(2016年4月6日 情報追加)



 
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2016年2月7日日曜日

映画『オデッセイ』(2015年、米国)を見てきた(2016年2月7日)ー 火星にたった一人取り残された主人公は「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」でサバイバルする


先週から日本公開されているハリウッド映画の『オッデセイ』(2015年、米国)を、TOHOシネマズで見てきた(2016年2月7日)。

近未来を舞台にしたSFアドベンチャー映画で、サバイバルものである。主演はマット・デイモン、監督はリドリー・スコット。



NASA の火星探索ミッション遂行中のクルーは、予期せざる突然の砂嵐に巻き込まれ、行方不明になった主人公一人を残したまま命からがら火星を脱出。だが、隊長を筆頭にクルー・メンバーを見捨てたのではないのかという良心の呵責がわだかまる。

ところが、主人公は生き残っていたのだ。チームメンバーも NASA も知ることなのないまま。

生き残ったのはたのはいいのだが、次のフライトが火星に来るのはなんと1,400日後、つまり4年後だ。火星は地球から 2億2,530万kmも離れている。しかも、そう頻繁にロケットが打ち上げられるわけではない。

通信は途絶え、食料も31日分しかないという極限状況に追い込まれていることに気がつく主人公。 こんな極限状況のなか、主人公はとにかく前向きの姿勢でサバイバルすることのみを考える。けっしてあきらめないのだ。

(日本版チラシ)

ネットも使えない状況では検索もできない。頼りになるのは、生き残るというきわめて強い「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」のみだ。

植物学専攻の主人公は、次々と発生する難問を一つ一つ問題解決していくが、一難去ってまた一難という状況だ。だが、神に祈ることはいっさいしない。頼るのは自分のアタマのなかにある科学知識と手仕事のスキルのみである。資源の限られた閉鎖空間のなかで生き抜くには、これしか対応がないのだ。この姿勢は最初から最後まで一貫している。地頭(ぢあたま)のよさを感じさせる主人公である。

最後の最後までアクシデントつづきで、一瞬たりとて気が抜けない内容だが、ストーリーの面白さと、ディテールにこだわった圧倒的な映像のパワーで、最後まで楽しめる知的エンターテインメント映画だ。アカデミー賞は間違いないだろう。見て絶対に損はない。

原題は The Martian といたってシンプルなもの。「火星人」という意味だ。英語版のポスターにある Bring him home (帰還させよ)は、 映画のなかでは Bring him home alive ! というセリフとして登場する。「生還させよ」という意味だ。これは「地球人」からの要求だ。

(チラシのウラ)

近未来の設定であるが、正確な年代は映画のなかでは示されない。なぜか全編を流れるのは、ドナ・サマーやグロリア・ゲイナーなど、1970年代から80年代にかけてのディスコ音楽のヒットソングばかりで、なんだかひじょうに不思議な感覚にとらわれるのだ。映画を見ていてカラダが動いてしまう。この感覚は、わたしと同世代の人間ならわかると思う。

リドリー・スコット監督の傑作SF映画 『ブレードランナー』(1982年)では、近未来のロサンゼルスが舞台で日本がテーマとしてかかわっていたが、今回の『オデッセイ』(2015年)では、とってつけたような印象が残るものの中国がからんでくる。映画配給のマーケティング目的もあろうが、こと宇宙分野では中国に優位性があるのは否定できない。東京ではなく北京なのだ。この30年の変化は残念ながらじつに大きいと感じないわけにはいかない。

地球以外の宇宙空間には国際法が適用されるので、火星は公海だという法的扱いにかんする指摘も、ストーリーとは直接は関係ないが興味深い。

リーダーシップとチームワークなど、いろんな観点からも捉えることも十分に可能な内容だ。ぜひ原作も読んでみたいという気持ちにさせられる。アンディー・ウィアのSF作品 『火星の人』(The Martian)は、アメリカでベストセラーなのだという。

期待を裏切らない文句なしの傑作である。もう一度見たい。





<関連サイト>

映画 『オデッセイ』 公式サイト(日本語)

映画『オデッセイ 』予告編

THE MARTIAN | Bring him Home | Official Trailer | HD (トレーラー英語)


全米ベストセラー小説『火星の人』の映画版『オデッセイ』、評価が真っ二つの理由 (日経トレンディ、2016年2月5日)
・・この記事によれば、原作にも中国が描かれているとのことだ


映画にでてくるディスコ音楽のヒットソングから

I Will Survive (Gloria Gaynor) (YouTube)

Donna Summer- Hot Stuff (YouTube)

(2016年2月12日 情報追加)


<ブログ内関連記事>


「アタマの引き出しは生きるチカラ」だ!-多事多難な2011年を振り返り「引き出し」の意味について考える
・・「すべてをアタマのなかに記憶して持ち運んだのです。まさに究極のポータブル・ナレッジ、まさに文字通りのノマド(=遊牧)ライフですね。 すべてを失ったかにみえた災難であっても、アタマをさしながら 「ここにすべてがある!」 とクチにすることができるのです。」


火星探査ミッションのシミュレーション

書評 『バイオスフィア実験生活-史上最大の人工閉鎖生態系での2年間-』(アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン、平田明隆訳、講談社ブルーバックス、1996)-火星探査ミッションのシミューレーションでもあった2年間の記録


マット・デイモン主演作

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ
・・アパルトヘイト廃止後の南アフリカで開催されたラグビーワールドカップ大会を描いた映画

映画 『プロミスト・ランド』(米国、2012)をみてきた(2014年9月8日)-衰退するコミュニティ(=共同体)とプロミスト・ランド(=約束の地)
・・マット・デイモン主演で、みずからが脚本を書きプロデュースした映画


サバイバルもの

書評 『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)-日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!! ・・航海中に遭難し絶海の孤島で生き延びた日本人たち

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録
・・大東亜戦争の敗戦を知らずサバイバルした日本人たちの記録

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い
・・ノルウェーのヘイエルダール博士の第1回探検行の映画化

アムンセンが南極に到達してから100年-西堀榮三郎博士が説くアムンセンとスコットの運命を分けたチームワークとリーダーシップの違い
・・ノルウェーの探検家アムンセンはなぜ成功したのか?

(2016年2月18日 情報追加)



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2013年11月30日土曜日

映画『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた ― 海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ!



映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた。アカデミー賞候補の呼び声も高いということだが、その可能性はかなり高いとおもう。かなり重厚で見応えのある作品である。シナリオ、主演、映像そのすべてが三拍子でそろっているためだ。

なによりもつい最近の出来事なのである。実話なのであるいまから4年前、2009年4月12日のことだ。

ソマリア沖を航行中のコンテナ船が海賊に襲撃され、乗組員20人のために海賊の人質となったリチャード・フィリップス船長が体験した息詰まる4日間を描いた作品だ。


どこに生まれようが生き残る(=サバイバル)がテーマにならざるをえない

映画の冒頭からこの映画はサバイバルをテーマとしたものであることが暗示される。

フィリップス船長にとっては、自分の子どもたちが生きる時代のアメリカ経済の厳しさ。そしてソマリア人漁師たちにとっては、政治経済が機能不全となり無法地帯と化している破綻国家に生きるという過酷さ。

船長はアメリカ東部のバーモント州に暮らす。海賊たちは破綻国家ソマリアの元漁師たち。本来ならまったくあい交わることのなかったはずの両者が、ソマリア沖の航海において遭遇し、けっして望んだわけではない濃い日々をともにすることになる。

両者ともにサバイバルがテーマとして浮上しているのが21世紀の現状。置かれている状況はかなり異なるが、サバイバルという点においては本質的には同じなのである。

映画の前半は大型コンテナ船における海の男たちの世界、後半は船長(キャプテン)が海賊たちの人質になった結果、救命艇という閉鎖空間のなかでのサバイバルが描かれる。

映画の後半でテーマになるのが、人質になった船長自身にとっての極限状況におけるサバイバル。この段階になって、フィリップス船長にとってのサバイバルは、ソマリア人海賊たちと同じレベルになる。むきだしの人間として対等の関係になるのだ。

そう、心理学者マズローの欲求五段階説でいえば「生理的欲求」と「安全の欲求」という人間にとって最低限必要な欲求が満たされない状況にフィリップス船長は置かれたのである。




想定していた成功を得られなかった海賊たちは救命艇でコンテナ船から脱出することになるが、その際にフィリップス船長は身代金目的の人質として海賊に連れていかれる。救命艇に乗ることによって彼らは運命共同体となった。いわゆる呉越同舟であるが、同じ船に乗っていることには変わりないのだ。英語ではこれをさして We're in the same boat. という。

同じく船に乗っているという点においては、大型コンテナ船の船員(クルー)も、海賊たちが乗るモーターボートも本質においては同じ存在だ。つねに危険と背中合わせなのが海の世界、「板子一枚下は地獄」という点において。だから、フィリップス船長は同じ海の男として海賊のリーダーと対話が成り立つと踏んだのだろう。

船長(キャプテン)がその乗員すべてに対して全責任をもつことにおいては、コンテナ船だろうが豪華客船だろうが、軍艦だろうが漁船だろうが、みな同じである。国際法に通じていようがいまいが、船長というのはそういう義務を担った職務なのだ。



大型コンテナ船が舞台

大型コンテナ貨物船という、その大きさの割には乗員が男だけで、しかも20人程度しかいないという地味な世界が映画の舞台となるのは珍しい。

映画にでてくるのは世界最大の船会社マースク社(Maersk)のコンテナ船である。この船会社の大型コンテナ船アラバマ号が海賊から襲撃されたのである。デンマークに本籍のある会社でメルスクともいう。日本の港湾でもメルスクのコンテナはよく見かけるはずだ。

図らずして自社商品や自社ブランドが映像のなかに登場する広告宣伝手法のプロダクト・プレイスメントになっているわけだが、法人取引が中心の B2B企業である海運会社にとっては、ブランドを一般消費者に知らせること機会になっているかもしれない。実話をもとにした映画であるだけに怪我の功名かもしれない。





フィリップス船長の今回のミッションは、ソマリア沖を航行してアフリカ中部ケニアのモンバサまで救援物資を輸送するというもの。そのために船長はアメリカ東部バーモント州にある自宅から乗船地まで移動することになる。映画には出てこないが航空機での移動だろう。

当然のことながらフィリップス船長も海賊の危険は織り込み済みだったようだが、2009年当時はまだ一般人にとってはソマリア人海賊の話は常識とはなっていなかった

国際的な要請に基づいて、日本が海上自衛隊艦船をソマリア沖に派遣することが決定され実行に移されたのが2009年、まさにこの映画で取り上げられた海賊事件が発生した頃である。

たとえ危険地帯であっても輸送をやめることはできない。依頼主がいればそれに応えるのがビジネスというものだ。船長もまた船会社の要請でアサインされれば任務につく。船員組合に所属している船員もまた契約ベースで動く。ちなみに企業内組合が常識の日本企業であっても、船員組合だけは企業横断型の業界ベースである。

危険を承知で船を出すケースもある。かつてベトナム戦争時代に商船の船長として荒稼ぎをしたという英国人の元船長から話を聞いたことがあるが、戦争地帯であれば海上保険がつりあがる。船長や乗員も危険手当がつくので、それを承知で船にのる男たちもいるのだ。


(これがホンモノのキャプテン・フィリップス 原作本となった自著のカバー写真)


だが、フィリップス船長の今回のミッションでは、乗員たちは実際に海賊に遭遇することはアタマではその可能性については理解していても、まさか自分たちが乗った船が海賊に襲撃されるとは想像もしていなかったようだ。希望的観測というやつである。

しかも巨大コンテナ船とくらべれば、漁船をつかった海賊船はふけば飛ぶようなちっぽけな存在だ。だがマシンガンで武装した海賊たちは、ある意味ではゲリラのような存在だろう。

武装していない丸腰のコンテナ船の船腹に「脆弱性の窓」(window of vulnerability)を発見した海賊たちは、そこになんと原始的な手段だが梯子をかけて乗り込んできたのだ! 

いったん海賊たちの侵入を許してしまったが最後、コンテナ船は絶体絶命の窮地に追い込まれることになる。映画をみている観客にとっても、息詰まるシーンの連続である。





海上における「非対称戦争」とアメリカ海軍の本気度

事件が発生した2009年の前半は、まだソマリア人海賊問題が一般人のレベルでは常識となっていなかった頃だ。その海域でパトロール活動を行っていたのが、アメリカ海軍の艦船など少数に過ぎなかったこともフィリップス船長にとっても不幸なことであった。

だが、アメリカ人の生命と財産を守るというつよい意志を示したアメリカ政府が動き出すと、ソマリア人海賊に勝ち目はない。

米海軍の駆逐艦が現場に急行し、周辺海域が戦闘地域であえるという宣告がなされて海賊掃討と
人質救出作戦が実行されることになる。ここがまたこの映画の見ものである。アメリカという国家のゆるぎない意志が具体的な形で示されるからだ。

海軍特殊部隊SEALs(ネービー・シールズ) が海上でみせる特殊作戦。映画のなかではオペレーション(operation)ではなくマヌーバー(maneuver)といっていたが、まさにプロフェッショナルの仕事であった。

人質救出作戦もまた対テロ戦争と同様、非対称戦争である。いまの時代、海上においても従来型の正規戦よりも非対称戦争のほうが多い。

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』はウサーマ・ビン・ラディンを殺害するミッションを描いたノンフィクション映画であったが、ビンラディン殺害外作戦を実行したのは機動力をフルに活かしたネービー・シールズであった。使用された機能は、SEALs のうち L すなわち LAND(陸)とAIR(空)での特殊任務であった。

『キャプテン・フィリップス』では、海軍特殊部隊であるネービー・シールズにとっては本来の戦場である S すなわり SEA(海)での特殊作戦の遂行。これがまたすごいのだ。この映画の見どころの一つでもある。


(ソマリア沖の海賊 wikipedia掲載の図よりインド洋全域)



けっして他人事はない海賊問題

日本の海上自衛隊も艦船派遣いるが映画には出てこないのは、事件発生当時はまだ海上自衛隊艦船はまだ派遣されていなかったからだ。

ソマリア沖の海賊問題は、日本から遠く離れたアフリカの話にみえるが、日本にとってもきわめて重大な問題だ。

「食糧とエネルギー」のほとんどを大きく海外からの輸入に依存、金額ベースでみて約7割が「海上輸送」に依存しているのである。輸送時間の関係から、海上運賃は航空運賃よりはるかに安い。量ベースでみたら比率はもっと高くなるはずだ。

日本にとってシーレーンはまさに海上の生命線(ライフライン)。シーレーンはスエズ運河から日本列島までつながっている。江戸時代後期の警世家・林子平がロンドンから江戸まで水路でつながっていると言ったことを想起しべきだろう。

日本の商船隊にとってはマラッカ海峡における海賊問題だけでなく、ソマリア沖の海賊問題もきわめて重大な問題なのだ。日本人の生存は海上輸送に依存しているのである。

海賊というと映画『カリブの海賊』に代表されるファンタジーがあるが、海賊をロマンチックに語るのは現実的ではない。現代の海賊はマシンガンで武装した大義なきゲリラのような存在だ。

この映画は、「いま、そこにある危機」として、現実世界でいまなにが起こっているかを知るためにも見るべきなのだ。

ヒューマン・ドラマとっしてもすばらしいが、それ以外のさまざまな意味においても、ぜひ見るべき映画だといっておこう。




『キャプテン・フィリップス』
●監督 :ポール・グリーングラス
●出演 :トム・ハンクス、キャサリン・キーナー
●配給 :ソニー・ピクチャーズ
●上映時間: 134分
●公開日 :11月29日より全国公開


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PS 2013年度の第86回アカデミーにノミネートされながらも、残念ながら受賞は逃した『キャプテン・フィリップス』。絶対に受賞間違いなしだと思っていたのだが・・・ (2014年3月5日 記す)。




<関連サイト>

映画 『キャプテン・フィリップス』 オフィシャルサイト(日本版)

Captain Phillips - Official Trailer (HD) Tom Hanks (英語版トレーラー)

Captain Phillips (映画のフェイスブック・ページ 英語)

『本当にあった 奇跡のサバイバル60』に載った ありえない生還劇6 第1回 映画『キャプテン・フィリップス』で描かれなかったもう一人のヒーロー (ナショナル・ジオグラフィック、2014年)

ソマリア沖2009年4月12日の事件(wikipedia)
Piracy in Somalia (wikipedia英語版)

マースク社公式サイト(日本語)
・・正式社名 A.P. モラー・マースク(デンマーク語:A.P. Møller - Mærsk A/S)は、デンマークの首都コペンハーゲンに本拠を置く世界一の海運会社

Rose George: Inside the secret shipping industry (TED Talk  FILMED OCT 2013 • POSTED DEC 2013 • TED@BCG Singapore)
・・「知られざる海運業」(シンガポールにて公開録画  英語)

港のエース、ガンマンの絆 クレーン運転士・上圷(かみあくつ)茂 (NHK プロフェッショナル 仕事の流儀) (2014年4月21日 放送)
・・コンテナ輸送に不可欠の業務であるガントリークレーンの操作を行う運転士の仕事



ソマリアの「海賊ビジネス」 海賊に憧れ罪を犯す少年を救え (國井 修、日経ビジネスオンライン、2012年11月28日)

ジブチに集う欧米と日本の自衛隊 (日経ビジネスオンライン 2013年12月19日)

US Navy SEAL & SWCC—official website (ネービー・シールズ 公式サイト)
U.S. Navy SEAL & SWCC Page (ネービー・シールズ facebookページ)

『本当にあった 奇跡のサバイバル60』に載った ありえない生還劇  第1回 映画『キャプテン・フィリップス』で描かれなかったもう一人のヒーロー(ナショナル ジオグラフィック日本版、2014年4月15日)

The hidden opportunity in container shipping  By taking advantage of savings and revenue opportunities, container lines can return to profit. (McKinsey & Company, November 2014)


すしざんまい社長が語る「築地市場移転問題」と「ソマリア海賊問題」(ハーバー・ビジネス・オンライン、2016年1月18日)
・・築地すしざんまい社長の木村氏は、伝手を頼ってソマリアの海賊達と話し合い、ソマリア沖がキハダマグロの好漁場であることを知り、みずから漁船を提供しマグロ漁のやりかたを教えたうえで、みずから買い取るルートを整えて元漁民が大半の海賊たちの更正をビジンスベースで援助している、という。その結果、その海域では海賊被害ゼロが実現しているという。ただし、いまだ赤字だとのことだ。

(2014年8月29日、11月21日、2016年1月21日、5月18日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

海と海賊

「東インド会社とアジアの海賊」(東洋文庫ミュージアム)を見てきた-「東インド会社」と「海賊」は近代経済史のキーワードだ

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?
・・「海賊たち」がつくった大英帝国

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い

政治学者カール・シュミットが書いた 『陸と海と』 は日本の運命を考える上でも必読書だ!

書評 『海賊党の思想-フリーダウンロードと液体民主主義-』(浜本隆志、白水社、2013)-なぜドイツで海賊党なのか?
・・ただしここでいう「海賊」は著作権侵害行為としての海賊行為(piracy)

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)

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『レッド・オクトーバーを追え!』のトム・クランシーが死去(2013年10月2日)-いまから21年前にMBAを取得したRPIの卒業スピーチはトム・クランシーだった

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・ウサーマ・ビン・ラディン殺害計画に動員されたのは米海軍特殊部隊SEALSであった!

(参考) 2014年1月公開のアメリカ映画『ネービーシールズ チーム6』(SEAL Team Ⅵ: The Raid on Osama Bin Laden)は同じテーマ。 ネイビーシールズ:チーム6 予告編


物流とロジスティクス、そして危機管理

『ドキュメント アジアの道-物流最前線のヒト・モノ群像-』(エヌ・エヌ・エー ASEAN編集部編、エヌ・エヌ・エー、2008)で知る、アジアの物流現場の熱い息吹

大飢饉はなぜ発生するのか?-「人間の安全保障」論を展開するアマルティヤ・セン博士はその理由を・・・
・・物流問題がそのカギである!

タイのあれこれ (21) バンコク以外からタイに入国する方法-危機対応時のロジスティクスについての体験と考察-


不可抗力と海上保険

「不可抗力」について-アイスランドの火山噴火にともなう欧州各国の空港閉鎖について考える
・・海賊もまた不可抗力(フォルス・マジュール)であるので免責となる

その他

「マズローの法則」 (きょうのコトバ)


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2013年11月4日月曜日

映画『es(エス)』(ドイツ、2001)をDVDで初めてみた ー 1971年の「スタンフォード監獄実験」の映画化


映画 『es(エス)』(ドイツ、2001)をはじめてみた。なぜか今年に入るまでこの映画の存在を知らなかったので、もちろんDVD版である。

アメリカのリメイク版が 2010年に製作されているそうだが、このオリジナルのドイツ版のほうがはるかに面白いという評判があるのでドイツ版をみることにした次第だ。ドイツ人ならではの徹底性がみられることを期待してのことだ。

原題はドイツ語で Das Experiment、日本語版の es とは精神分析の世界にくわしい人なら、すぐにあれだなと気づくであろう。「エス」とは「自我」のことだが、ドイツ語では非人称主語である。英語圏では id(イド) とラテン語が使用されている。

「世界を震撼させた心理実験」という紹介文がDVDに書かれている。監視カメラつきの模擬刑務所という設定で、被験者を看守と囚人に区分し、それぞれの役割分担を明確にしたロールプレイングによる実験である。

この映画のモデルになったのは、1971年にアメリカのスタンフォード大学で実際に行われた「監獄実験」(Stanford prison experiment)という社会心理学の実験だという。通称「アイヒマン実験」として知られる心理実験のバリエーションである。


(ドイツ版 映画案内)

被験者がすべて男性で、新聞広告によって募集された。募集条件は以下のとおりである。

●拘束時間: 2週間
●報酬: 4000マルク
●応募資格: 不問
●実施場所: 大学内模擬刑務所

実験にあたって被験者たちが守るべきルールが決められているので、ここに書いておこう。

ルール①: 囚人は番号で呼びあわなければならない
ルール②: 囚人は看守に対して敬語を使わなければならない
ルール③: 囚人は消灯後、会話を一切交わしてはならない
ルール④: 囚人は食事を残してはならない
ルール⑤: 囚人は看守のすべての指示に従わなければならない
ルール⑥: 囚人はルール違反を犯した場合、囚人には罰が与えられる

看守役は看守の制服に警棒と手錠、囚人役はいわゆる囚人服を着せられ、いったん決められた役割の交代はない

時間がたつにつれて看守サイドも囚人サイドも、それらしく振る舞うようになっていく。看守サイドには上位者(・・この実験の場合は心理学者)から発する「権威」があり、囚人サイドには看守の「権威」に従わざるを得ないという非対照的な関係となる。

ささいないざこざから始まった看守サイドにも囚人サイドの対立がじょじょに鬱積しながらエスカレートしていくのだが、双方にいちじるいしい人格変容が発生していくさまを観察することができる。




この実験においては、とくに看守役の「人格変容」が著しいまさに「権威への服従」(obedience to authority)である。

権威を身にまとった看守の監視下で囚人もまたより囚人らしくなっていく。

だが、監視役の看守たちですら、24時間の監視モニターをつうじて監視されているのである。視線が発するとことが、真の意味で「権威」が発生する場である。

看守サイドは、より秩序維持を目的にした権威主義的パーソナリティに人格変容、あるものはサディスティックな本性をよびさまされ秩序維持のために自然にリーダーシップを発揮する者まででてくるのだ。

囚人サイドは、主人公などを除いて、ほぼすべてがあきらめ感に慣れてゆき、従順なパーソナリティへと人格変容していく。

いずれに立場においても、シャバでの職業や学歴など関係なく、割り振られた役割に応じた人格が変容していくのだ。人間集団のもつ相互作用が促進するのであろう。集団同調圧力というやつだ。日本語でいう「空気」が醸成されたような印象も受ける。

「地位は人をつくる」とはよく言われることだが、閉鎖空間のなかではその変化が急速に進行するのである。まさに急速にできあがった「空気」に支配されるのである。

囚人役になかに現役の空軍軍人が入っているのだが、彼が主人公に対して、軍からのカネで行われている実験なのだと漏らしていた。撃墜されてパイロットが敵の捕虜となったときのための心理的な対応方法を研究するためのデータ収集が目的だという。じっさいにベトナム戦争では米軍パイロットが捕虜となって抑留されているのでありうる話だ。

実験期間は2週間とされていたが、7日目で実験は中止を余儀なくされる。そのとき模擬監獄のなかで起こったのは・・・・!?

ここから先は見てのお楽しみだが、想像はつくのではないかと思う。いや想像を超えた事態がもたらされることになるのだ!

もちろん現在では、このような実験は倫理にもとるものだとして禁止されている。これはこの映画を最初から最後まで見たら十二分に納得のいくことだ。実話をもとにしたものだけに、下手なサイコホラーよりはるかに恐ろしい。

社会心理学者スタンリー・ミルグラムによる「アイヒマン実験」もそうであったが、人間というものは「権威」からの命令にはいとも簡単に従ってしまうことがこの映画からも手に取るように実感される。

DVD特典に収録された出演者インタビューによれば、出演者も狭い空間のなかで長時間過ごしているため、だんだんと精神的に追い詰められていったという。そのため迫真ある演技となったのであろう。

これはかならず見るべき映画であると実感した。「世間」と「空気」の形成を考えるための材料となるだろう。この映画の実験においては当初予定の2週間が継続不可能となり、その結果、「空気」が持続的な「世間」に転化するまでは観察できなかったが・・・。

「世間」も「空気」もけっして日本だけの現象ではない





<関連サイト>

「スタンフォード監獄実験」の逆は実行できるか (グレッグ・マキューン、ダイヤモンドハーバードビジネス、 2014年5月14日)
・・「社会心理学者が行った「スタンフォード監獄実験」「ミルグラム実験」は、悪しきシステムが善良な人を変えてしまうという教訓を残した。ではその反対、つまり善意や意欲を生む好循環をつくることは可能だろうか。その事例と実践方法を紹介する」 英語原文は Can We Reverse The Stanford Prison Experiment? 

(2014年5月14日 項目新設)


PS スタンフォード監獄実験の考案者がその詳細を描いた 『ルシファー・エフェクト-ふつうの人が悪魔に変わるとき-』(フィリップ・ジンバルドー、海と月社、2015)という本が出版された。 (2015年8月10日 記す)。



<ブログ内関連記事>

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・「『イェルサレムのアイヒマン』(1963年)で「組織と個人」の問題を考える」と「社会心理学者ミルグラムによる「アイヒマン実験」の項目を参照してほしい

書評 『サウンド・コントロール-「声」の支配を断ち切って-』(伊東乾、角川学芸出版、2011)-幅広く深い教養とフィールドワークによる「声によるマインドコントロール」をめぐる思考

書評 『ドアの向こうのカルト-九歳から三五歳まで過ごした、エホバの証人の記録-』(佐藤典雅、河出書房新社、2013)-閉鎖的な小集団で過ごした25年の人生とその決別の記録

マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト
・・閉鎖的組織が生み出す悲劇はカルトに共通する

資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について

映画 『偽りなき者』(2012、デンマーク)を 渋谷の Bunkamura ル・シネマ)で見てきた-映画にみるデンマークの「空気」と「世間」
・・「世間」も「空気」も特殊日本的現象ではない

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・「世間」とは持続性のある相互監視の視線であり、「空気」とは持続性はないが濃度の濃い相互監視の視線の集まりと考えてよいのではないだろうか

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!
・・「大義」の存在によって、いとも簡単に悪に荷担してしまう人間という存在について

(2014年5月14日、2015年7月25日 情報追加)


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