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2013年7月9日火曜日

書評『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛、ハヤカワ文庫、2010 単行本初版 2008)―「アフター1995」の世界を知るために



「1995年」は現代日本の分水嶺となったという認識、これは1978年生まれの著者より16歳年上にあたるわたしもつよく感じていることだ。

2011年の「3-11」、2001年の「9-11」はともに、それぞれの事象が引き起こされてからしばらくは、自分のなかで巨大なインパクトが続いていたが、時間がたつにつれて「1995年」とは性格を異にするものであることがだんだんとハッキリしてきたことを感じている。

「1995年」とは、阪神大震災で虚をつかれ、そしてオウム真理教によるサリン事件で「覚醒」させられることになった。

その当時、宗教学者の山折哲雄氏は「終わりの始まり」だというような発言をしていたが、まさにその間を強くしたことが記憶に刻み込まれている。

1995年は「平和ボケ日本」に衝撃を与えた年となった。この年から、本格的に国民意識が変化を始めたのである。「正常化」の始まった年としても記憶されるべきである。この件については、現在に至るまで未解決のまま迷宮入りしている「警視庁長官狙撃事件」の当事者である國松孝次氏の著書の書評 『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方-』(國松孝次、角川文庫、2006 単行本初版 2003)として書いているので繰り返さないが・・・・

時系列でみれば、1989年11月の「坂本弁護士一家殺害事件」から始まり(・・この時点ではオウム真理教の犯罪とは判明していなかった)、1994年6月の「松本サリン事件」あたりからだんだんオウム真理教犯人説が優勢になってきた。そして、阪神大震災で日本全体に「ハルマゲドン」(終末論)感覚が蔓延しはじめた頃、1995年2月28日に「目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件」が発生、世の中でオウム真理教の疑惑が非常に高まってきた頃、3月20日には「地下鉄サリン事件」が発生している。

本書『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛、ハヤカワ文庫、2010)のテーマは、1995年以降の気分が、2001年の「9-11」によって一変した事情を、文学、アニメ、ゲームからテレビドラマというサブカルチャーの具体的な作品に則して縦横無尽に論じた評論だ。「ゼロ年代」とは2000年代のことである。

若い世代に圧倒的な影響力のある著者の発言には、予断をまじえずに耳を傾けてみたいと思う。

かつて日本社会は「高度成長」などの「大きな物語」に支えられていたが、もはやその効力はない。こんなことが言われるようになってからすでに20年以上たっている。

1995年に生まれたのが『新世紀エヴァンゲリオン』であり、この作品がひきこもりを肯定する結果となったことはよく知られていることである。著者はこの1995年の思想を「古い想像力」とする。

これに対して2001年の「9-11」以降、すなわち「ゼロ年代」に生まれた思想を「新しい想像力」とする。

あまりにも煩瑣になるので個々の具体的な作品名はここではあげないし、わたし自身もそのすべてを読んだわけでも視聴したわけでもないので論評しようがないが、著者の評論を読む限り、その評価には納得がいくものがある。

わたしが著者の宇野氏の存在を知ったのは、ETV特集 「"ノンポリのオタク" が日本を変える時-怒れる批評家・宇野常寛-」(2013年2月10日放送)である。

この放送をめぐって30歳代の若者とフェイスブックでいろいろ対話を行ったことも、さらに宇野氏のことを知りたいと思った理由の一つだ。

そもそも人文系の思想書や「批評家」の本などまず読むこともないわたしにとって、この本は例外的に面白いと思った。社会学者も取り上げないようなテーマを丹念に拾い上げているからだ。

「いま」という時代はどういう時代なのかどんな時代にわたしたちは生きているのか、それが理解できなければ、これからどう生きていくかも決めることはできない。だからこそ、自分よりはるかに若い世代の意見に耳を傾け、著作があれば読んでみる。

著者の指摘で重要なことは、2001年以降の決断主義という「新しい想像力」は、1995年からの「ひきこもり」という「古い想像力」へのアンチテーゼであるだけでなく、1995年の「古い想像力」を踏まえたうえで、さらにそれを乗り越えようとしたものであるということだ。

時代を断絶ではなく、連続していながらもそれを否定し乗り越えるという思考、これはきわめて健全な歴史認識といえるだろう。1995年の「古い想像力」がなければ、2001年の「新しい想像力」も存在し得なかったことを意味しているからだ。

だが、2001年の「決断主義」にもまた大きな問題点がある。それは、狭い人間関係のなかでの動員ゲームとバトル・ロワイヤルになりがちな傾向をもつということだ。動員ゲームとは・・・・・ バトル・ロワイヤルとはプロレス用語で・・・・

そして「決断主義のゼロ年代」のワナにとらわれることなく、それを超える方向性として、第7章から第9章にかけてとりあげられ宮藤官九郎、木皿泉、よしながふみをあげている点には、よしながふみの読者としては十分に納得する内容である。

日常性のなかに物語を読む、物語をつむぎだす、という姿勢、態度こそが大事なのだ。

これはある意味、「自分のなかに歴史をよむ」という歴史家・阿部謹也の過激な姿勢にも通じるものがあるといっていいかもしれない。

このほか、「母性のディストピア」物語としての高橋留美子論や、『三丁目の夕日』にみられるノスタルジイとしての語りのあやうさ、山形浩生の「新教養主義」という態度など、なかなか面白い観点からの論考が収録されている。

単行本が出版されたのは2008年であり、まさに「ゼロ年代」のさなかに発表されたものだ。だから、その後の2011年の「3-11」を踏まえた「10年代」のものではない

だが、文庫版に収録されたロングインタビューを読めば、多少の。。はあるにせよ基本的な見取り図に変更する必要がないことが確認される。

今後も大いに期待される若手世代の旗手のデビュー作 『ゼロ年代の想像力』は、1978年生まれより上の世代もぜひ読むべきだ。


画像をクリック!


目 次

第1章 問題設定-九〇年代からゼロ年代へ/「失われた十年」の向こう側

第2章 データベースの生む排除型社会-「動物化」の時代とコミュニケーションの回復可能性
第3章 「引きこもり/心理主義」の九〇年代-喪失と絶望の想像力
第4章 「九五年の思想」をめぐって-否定神学的モラルのあとさき
第5章 戦わなければ、生き残れない-サヴァイヴ系の系譜
第6章 私たちは今、どこにいるのか-「決断主義のゼロ年代」の現実認知

第7章 宮藤官九郎はなぜ「地名」にこだわるのか-<郊外型>中間共同体の再構成
第8章 ふたつの『野ブタ。』のあいだで-木皿泉と動員ゲームからの離脱可能性
第9章 解体者としてのよしながふみ-二十四年組から遠く離れて

第10章 肥大する母性のディストピア-空転するマチズモと高橋留美子の「重力」
第11章 「成熟」をめぐって-新教養主義の可能性と限界
第12章 仮面ライダーにとって「変身」とは何か-「正義」と「成熟」の問題系
第13章 昭和ノスタルジアとレイプ・ファンタジー-物語への態度をめぐって
第14章 「青春」はどこに存在するか-「ブルーハーツ」から「パーランマウム」へ
第15章 脱「キャラクター」論-ケータイ小説と「物語」の逆襲

第16章 時代を祝福/葬送するために-「決断主義のゼロ年代」を超えて

特別ロング・インタビュー ゼロ年代の想像力、その後 (文庫版のみに収録)
固有名索引

著者プロフィール
宇野常寛(うの・つねひろ)

評論家。1978年生。企画ユニット「第二次惑星開発委員会」主宰。批評誌編集長。戦後文学からコミュニケーション論まで、幅広い評論活動を展開する。近著に『リトル・ピープルの時代』。

<関連サイト>

ETV特集 「"ノンポリのオタク" が日本を変える時-怒れる批評家・宇野常寛-」(2013年2月10日放送)




<ブログ内関連記事>

書評 『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)-冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史

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遅ればせながらアニメ 『進撃の巨人』を第10話からローカル局の東京MXで見始めた-戦わなければ生き残れない!

『きのう何食べた?⑦』(よしなが ふみ、講談社、2012)-主人公以外がつくる料理が増えてきてちょっと違った展開になってきた


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2013年6月9日日曜日

遅ればせながらアニメ 『進撃の巨人』を第10話からローカル局の東京MXで見始めた-戦わなければ生き残れない!



遅ればせながらアニメ 『進撃の巨人』を第10話から見始めた。

今夜(2013年6月9日)は第10話。第1話から9話までは、YouTubeに投稿されている映像を主題歌などはしょって一気に視聴しておいた。

わたしが住んでいるのは千葉県船橋市だが、ローカル局の 東京MX の電波は入ってくる。東京MX では 23:30からの深夜枠で放送されている。

とにかく主題歌「紅蓮の弓矢」がやみつきになる。曲と歌詞の双方にすっかりはまってしまった。何度も繰り返し聴いている。


「紅蓮の弓矢」
作詞・作曲・編曲 - Revo / 歌 - Linked Horizon

Sie sind das Essen und wir sind die Jäger.
Ha …Ha ! attack on titan

踏まれた花の名前も知らずに
地に堕ちた鳥は風を待ちわびる

祈ったところで何も変わらない
今を変えるのは 戦う覚悟さ

屍(しかばね)踏み越えて
進む 意思を
笑う 豚よ
家畜の安寧
虚偽の繁栄
死せる餓狼(がろう)の自由を

囚われた屈辱は反撃の嚆矢(こうし)だ
城壁のその彼方
獲物を屠(ほふ)る
Jäger(イェーガー)

迸(ほとばしる)る衝動に
その身を灼(や)きながら
黄昏(たそがれ)に緋(ひ)を穿(うが)つ
紅蓮(ぐれん)の弓矢

Ha …Ha ! attack on titan
Ha …Ha ! attack on titan

(*Sie sind das Essen und Wie sind die Jäger. というドイツ語は、カタカナで音を示せば「ジー・ジント・ダス・エッセン・ウント・ヴィーア・ジント・ディー・イェーガー」、意味は 「奴らは獲物 おれたちは狩人」とでもなるだろうか。)


このオープニング曲(OP)はじつにいい! 曲も歌詞も心に響く。ついつい何度も聴きこんでしまう。

内容は、ごく簡単にいってしまえば、こんな感じである。

「壁」の向こうにいる「巨人」という得体のしれない存在におびやかされる人類。100年のあいだ壁に守られてきた人類だが、安寧というその状態に慢心していたのだった。あるとき、いきなり壁が決壊し「巨人」が侵入してくることから人類は「現実」に目覚めることになる。そして、生き残るためには戦うしかないという「覚悟」を決めた若者たちの過酷なサバイバルが始まる。

「巨人」によって、「壁」はあっけなく崩れてしまう。なんだか、「3-11」の大津波に抵抗できなかった堤防を連想させるが、原作は「3-11」以前に書かれたものだ。町並みはドイツ風で、登場人物もドイツ人のような人名になっているが。

だが、『進撃の巨人』の主人公たちの姿勢は、かつて一世を風靡した 『エヴァンゲリオン』 にみられる「ひきこもり的消極主義」とはあきらかに違う

「祈ったところで何も変わらない 今を変えるのは 戦う覚悟さ」、と歌詞にある。

まさに! 戦わなければ生き残れない!

とにかく一歩まえに踏み出さない限り、なにも変わらないのだ。

そして結果がどうであろうと、覚悟を決めるしかない。これは決断主義といっていいだろう。

原作のマンガ本はすでに全世界に広がっているようだ。アニメ版によってさらに全世界にこの日本発の世界観が拡散していくことになろう。

戦わなければ生き残れない! 

まさに、いまという時代の空気を体現したアニメである。





<関連サイト>

TVアニメ 進撃の巨人 公式サイト
・・放送は、MBS、東京MX、テレビ愛知、福岡放送、北海道テレビ、テレビ大分、BS11、ニコニコ動画にて。ローカル局中心の放送で深夜枠。

『進撃の巨人』 マンガ原作の公式サイト(講談社)

進撃の巨人OP「紅蓮の弓矢」

マンガ「進撃の巨人」の制作現場にテレビが初潜入 日テレ「未来シアター」諫山創(YouTube)
・・「進撃の巨人」の単行本は累計販売部数1300万部超、TVアニメも目下放送中。破竹­の勢いでヒット街道を突き進む、諫山の作家性に迫る」(投稿者の解説文)。

日本のアニメ「進撃の巨人」を巡って韓国で話題沸騰 「巨人」が住む世界は、「有銭無罪、無銭有罪」の韓国社会を象徴?(趙 章恩 日経ビジネスオンライン 2013年6月6日)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20130604/249112/?P=1
・・韓国でも『進撃の巨人』の影響は多大なものがあるらしい。
「韓国では最近、Twitterや新聞の見出しに「進撃の○○」という表現が頻繁に登場する。これは何を意味する流行語なのだろうかと思い調べてみたら、日本のアニメ「進撃の巨人」から影響を受けたものだった。 「進撃の巨人」は、今、韓国の若い世代に大人気だ。「進撃の巨人」のアニメ版が日本のテレビに初めて放映された4月7日、韓国のファンの間で「いよいよアニメの放映が始まった。韓国にも輸入してほしい」との意見が盛り上がった。・・(以下略)・・」

マンガ『進撃の巨人』、韓国で異例の大ブーム&社会現象化のワケと裏側~日韓同時放送も(Business Journal  2013年8月16日)
・・「第10話からTOKYO MXでの放送時刻とまったく同じ毎週日曜日午後11時30分という「日韓同時進行」で放映を行っている。韓国では98年から順次、日本の大衆文化のオンエアを開放してきたが、「日韓同時進行」は珍しい。それだけ『進撃の巨人』人気が凄まじいことを物語っている」。


PS 9月29日の放送で25話終了。謎は謎のまま残った。ぜひ続編を見たいものだ(2013年9月29日)


<ブログ内関連記事>

3月10日は「佐藤の日」(笑)-『リアル鬼ごっこ』という小説を知ってますか?
・・サバイバル系の小説 『リアル鬼ごっこ』について書いた記事。この記事を書いた翌日、「3-11」という大地震と大津波、そして原発事故が発生した

京都国際マンガミュージアムに初めていってみた(2012年11月2日)- 「ガイナックス流アニメ作法」という特別展示も面白い

書評 『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(遠藤 誉、日経BP社、2008)

書評 『秋より高き 晩年の秋山好古と周辺のひとびと』(片上雅仁、アトラス出版、2008)--「坂の上の雲」についての所感 (5)
・・『進撃の巨人』に登場するピクシス司令は秋山好古(あきやま・よしふる)がモデルだという説がある。たしかに肖像的にはよく似ているような気も・・




(2012年7月3日発売の拙著です)








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