昔読んでたいへん印象に残っているのに、すっかり忘れ去られてしまった本というのがある。
『誇りてあり-「研成義塾」アメリカに渡る-』(宮原安春、講談社、1988)もまたその一冊である。本書もまた、日本人の移民ものだが、この本で紹介された人たちは、いわゆる一旗組ではない。
1898年(明治31年)長野県安曇野(あずみの)で産声をあげた、井口喜源治という人物が創設の「研成義塾」は、キリスト教によって人格主義の教育を行った私塾である。
井口喜源治は、つねづね教え子たちに「エライ人になるな、汝よき人になれ」と説いていたという。比較的裕福な家庭の出身者が多く、日本で英語を勉強していたらしい。
ここの卒業生の多くが、なんと"神の国"を築くために集団で米国に移民として渡っている(!)のである。勉強のためでも、カネを稼ぐためでもない、欧州で迫害されたプロテスタント諸派と同様、信仰の新天地を求めて移民として米国に渡ったというのが驚くべき事なのである。
本書は、この日本人としては珍しい集団の、米国にまかれたタネがさまざまな葛藤を経て、日系人として米国社会に定着していく軌跡を描いたノンフィクションである。
本書が出版された1988年には、先に紹介した石川好の『ストロベリー・ロード』も出版されている。
私自身もすっかり忘れていたのだが、この1988年前後は、いわゆる「日米半導体戦争」など経済摩擦が激化し、大きな政治経済問題になっていたのだった。その後、「バブル経済」に突入していた日本は身の程もわきまえず、札束でアメリカを買いまくろうとした傲慢の時代であった。いまからは考えられないほど、日米は熱い愛憎関係にあったのだった。
そういう時代のなかで、米国ものの出版がきわめて多かったということなのだろう。私みたいな人間でさえ、早く米国に行きたいと思っていたくらいなのだから。米国のソフトパワーはいまから考えられないほど、強く輝かしいものであったのだ。
考えてみれば、1980年代後半は、日本が米国を追い上げて、"上り坂の日本、下り坂の米国"という図式さえ存在し、日本国民の多くが"集団催眠状態"になっていたのであった。これがはなはだしい錯覚であったことは、私自身1990年に米国に滞在するようになっていち早く実感した。
米国は、ソ連崩壊後にあらたに必要とした"外敵"を、一時期は日本に設定しつつあったが、結局9-11後はイスラーム過激派を外敵と設定し、日本の存在はかつてよく使われた表現のように、バッシング(bashing)からパッシング(passing)へと変化していった。
現在では、一部では日米同盟の終焉までささやかれる状況である。民主党政権の成立でこの動きは、流れとして定着していくことだろう。かつての日英同盟の廃止と同様に。
こういった状態では、1990年前後にみられたような"日米関係本"は、現在では大幅に減少しているのも当然かもしれない。その当時出版された本でも、たとえ文庫化されても、すでに忘れ去られているものが多いわけだ。
1990年以降、日系人のペルー大統領アルベルト・フジモリや、"デカセーギ"として日本に逆流してきたブラジルの日系人は大きな話題となってきたが、そんななかで米国の日系人にかんする話は目立たなくなっていったようである。日系一世、二世、三世といった話題は、米国から南米に変化してしまった。
いま製造業の大不況のなか、日系ブラジルの日本から母国ブラジルへの帰国が増加しているらしい。
2016年のオリンピックも、南米初となるブラジルのリオデジャネイロに決定した。リオが選ばれ、東京が落選した選ばれなかったのは、この8月まで東京都のタックス・ペイヤーであった私としては、まことにもって喜ばしい限りである。
私が東京を離れた理由の一つは、石原"暴言"知事による東京都民の"血税"の大規模な無駄遣いへの怒りもある。政治家として目に見える形でケジメをつけてもらいたいものである。もっとも千葉県の森田"青春"知事がすばらしいとは思いもしないが。
BRICsの一角として、ブラジルは名実ともに"一等国"(first-class country)になる切符を手に入れたことになる。オリンピックは中進国が先進国へ向けてテイクオフする際の起爆剤なのだから。もっとも辛口がウリの The Economist は関連記事の中で、これから先が本当は大変なのだ、と指摘している。
オリンピックが開催される頃は、衰退する日本国内で食えなくなった日本人は、21世紀の移民としてブラジルに渡ることになるのだろうか? もはや農業移民ということはありえないだろうから知識労働者として? さて何が現地に貢献できるのだろか?
まあ、現代ギリシア人みたいに移民先の米国やオーストラリアと故国を行ったり来たりする人生を送ればよいのだろう。オペラ歌手のマリア・カラスもニューヨーク出身だったし、レバノン系ブラジル人のカルロス・ゴーンのような生き方もあるしね。
ブラジルは、地デジ(=地上波デジタル放送)では米国規格でも欧州規格でもなく、日本規格を正式に採用することとなった。ブラジルにつづき、ペルー、チリ、アルゼンチン、さらには"反米"がウリのチャベス大統領のベネズエラがこれに続いている。北米よりも、ふたたび南米が面白い時代になってきたのかもしれない。
そういえば、かつて勤務していた会社の社長はブラジル生まれの日本人で、名前をマリオという人であった。サッカー解説のセルジオ越後、ボサノヴァの小野リサ、演歌歌手出身でタレントのマルシアもみなパウリスタ(=サン・パウロっ子)だな。プロレスのアントニオ猪木はたしかブラジル移民だったな。
これからは外資系企業でも、英語名なんて植民地根性丸出しの迎合はやめにしたらいいだろう。中国人みたいに識別しにくい名前じゃないんだから英語名なんて必要ない。むしろ、ラテン風の芸名にしたら面白いのにね。さて自分はどういう名前にしようかな?
いまやソフトパワーは、北米よりも南米のほうが強力だ。その象徴的存在が、アルゼンチン出身のチェ・ゲバラではないだろうか。めちゃくちゃカッコいいではないか。ゲリラ戦の戦場でも寸暇を惜しんで本を開き、文章を書いていたチェが大好きだ。YouTube で CHE二部作の trailer でも見ておこうか。熱い思いがこみ上げてくる。
キューバを去ったチェが第二の戦場と定めたボリビアでは、日系二世のフレディ前村がチェと行動をともにし、最後は戦死したという。
遠すぎるので、南米はまだ一度もいったことがないのが残念だ。中米メキシコのグアテマラ国境近くまでが、私のアメリカ大陸の到達地の南限である。
チェ・ゲバラの盟友フィデル・カストロが生きてるうちに、キューバには行っておかないといけないな。
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・・井口喜源治は内村鑑三の「無教会主義」の影響を受けたキリスト者
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