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2025年2月5日水曜日

書評『埼玉クルド人問題 ― メディアが報道しない多文化共生、移民推進の真実』(石井孝明、ハート出版、2024)― 明日はわが身か!? 「多文化共生」という美辞麗句のもとで深刻化する事態から目をそらすな!

 

    
埼玉県川口市を中心に、その周辺地域で問題化している「クルド人問題」の実態に迫った経済ジャーナリストによる渾身の一冊だ。
 
「多文化共生」という美辞麗句のもとで問題が放置されたきたこの問題。川口市立医療センターを舞台に、クルド人どうしの暴力的な対立で緊急医療が麻痺する事態が、2023年7月4日の深夜から5日未明かけて発生した事件で知られることになった。
 
住民が不安に脅えているにもかかわらず、誰もが見て見ぬ振りをしてきた「埼玉県南部のクルド人問題」に、たった一人で取り組んで取材を始めたのが著者の石井孝明氏。著者自身は、ボランティアの取材活動をつうじて、それまでの認識を180度転換する必要を痛感することになる。
  
文字通りの命がけの取材内容(・・著者は殺害予告の脅迫までされている!)は、著者の石井氏の X をフォローしてきたのでリアルタイムで知っていたが、再編集されて書籍の形にされた本書を読むと、問題の実態とその構造が手に取るように見えてくる。
   
川口市で問題になってきたクルド人が「擬装難民」であることは、著者の取材や産経新聞の取材で明らかになってきている。トルコで迫害されている「かわいそうなクルド人」という固定観念が、イスラームの旗の下に民主化が進展している、2020年代の現在のエルドアン政権下のトルコの実態とは異なることもまた。
   
もちろん、すべてのクルド人がそうではないが、「偽装難民」として日本に滞在し、解体業などでカネ稼ぎをしているクルド人に問題があることはいうまでもない。
   
だが、ほんとうの問題は、住民の声に耳を貸さず、見て見ぬ振りをしてきた警察や行政、そして十分な議論抜きで「移民政策」を推進する日本政府とその背後にある経済団体、そして左派リベラル派に偏した(オールド)メディアであることが見えてくる。
 
タイトルだけを見ると、キワモノめいた印象を受けるかもしれない。だが、ジャーナリストとしての著者の筆致はいたって冷静で、報道姿勢は公平である。反対意見も同時に掲載して、読者自身による判断にまかせていることは評価するべきだ。
  
「埼玉クルド人問題」は、悪目立ちしているクルド人に焦点をあてたものだが、近視眼的になしくずしで野放図に推進されている「移民政策」のネガティブな側面から目をそらしてはいけないことを教えてくれる。
  
埼玉県南部の住民でなくても、「明日はわが身か!?」と覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。

移民政策と難民受け入れのため社会が劣化し、「自死」しつつある西洋社会の轍を踏んではいけないのである。問題提起の本として、ぜひ読むべきだ。
 

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目 次
はじめに 日本の「自死」の始まりか
第1章 埼玉県民の声 ― 広がるクルド人の違法行為
第2章 自分が外国人犯罪の被害者になる
第3章 政府の失敗が埼玉県民を苦しめる
第4章 在日クルド人の奇妙な生活
第5章 問題をこじらせる日本人たち
第6章 日本の崩壊を今ここで止める
おわりに 外国人の力を適切な形で日本に取り入れる

著者プロフィール
石井孝明(いしい・たかあき) 
1971年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。時事通信記者、経済誌副編集長、編集プロダクション経営などを経て、フリーランスのジャーナリストとして経済、環境、金融問題を取材、執筆活動をしている。情報サイト「with ENERGY」「Journal of Protect Japan」を運営。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2021年11月21日日曜日

映画『家へ帰ろう』(2017年、スペイン/アルゼンチン)-アルゼンチンからポーランドへの「人生最後の旅」

 

アルゼンチンというと「母を訪ねて三千里」のマルコ少年を想起するが(・・19世紀イタリアの児童文学者デ・アミーチスの『クオーレ』に挿入された物語)、現在のフランシスコ教皇や「神の手」のマラドーナなどイタリア系移民が多いのは確かなことだ。 

だが、アルゼンチンに移民したのはイタリア系だけではない。日系移民もいるが、意外と多いのがユダヤ系である。しかも中東欧からの移民が多かったのが特徴だ。首都ブエノスアイレスは、世界で7番目にユダヤ系人口の多い都市である。 

そんなアルゼンチンで仕立屋(テーラー)として職業人生をまっとうしてリタイアした主人公が、88歳にして人生最後の旅に出る。それがこの映画『家に帰ろう』(2017年、スペイン/アルゼンチン)である。ユダヤ系移民は北米もそうだがアパレル関係に多い。

スペイン語の原題は La Ultimo Viaje(最後の旅)。マルコ少年とは反対に、アルゼンチンから70年ぶりに欧州に戻る最後の旅だ。 目的地は生まれ故郷のポーランドの地方都市ウッツ。



なぜポーランドなのか? ポーランドにはアウシュビッツなど強制収容所があったことは周知のとおり。ポーランド生まれの主人公の老人もまた、ポーランド内の強制収容所から命からがら脱出してきたが、最愛の家族を失った人たちの一人である。 

シェイクスピアの『リア王』からモチーフをとったという、娘たちからの冷たい仕打ちに嫌気がさして家出した主人公。

ブエノスアイレスからマドリードに飛び、マドリードからは陸路で鉄道の旅。ポーランドに向かう。だが、難問がある。ドイツを通らないでポーランドに行くのは可能か、ということだ。ドイツに一歩でも足を踏み入れたくない理由はいうまでもない。 

欧州横断鉄道の旅を描いたロードムービーであり、ヒューマンドラマでもある。足に障害を抱えた老人は、旅先で出会った人たちの支えを受けながら、ついにポーランドにたどりつき、生まれ故郷のウッツに向かうことになる。70年前に分かれた友人との約束を果たすために・・。 

コメディタッチで進んで行く内容が、ラストには大きな感動がまっている。すばらしい映画だった。




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2021年9月19日日曜日

書評『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ、新潮文庫、2021)―「ブレクジット」(=EU離脱)後の英国の現在の空気がビンビンつたわってくるライブ感で読ませる


単行本がでてから2年間で60万部突破という『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ、新潮文庫、2021)を読んだ。著者の本は、読むのはこれで3冊目だ。  

イングランド南部の海岸にある地方都市ブライトンを舞台に、日本出身の母親(著者のこと)と労働者階級出身のアイリッシュ系英国人の配偶者のあいだに生まれた一人息子の成長物語。この本も、読み出すと最後まで読みたくなってしまう。 

「イエローでホワイト」というのは言うまでもなく肌の色。「ブルー」というのは、すでに日本語にもなっているように憂鬱(ユーウツ)という意味。カトリック系の公立小学校(そんなのが英国にはあるのだ)を卒業して、中学に入学して、ノートに書きつけた息子の学校生活と家庭生活、地域生活が人間関係を中心に描かれる。 

そこにあるのは「多様性」(ダイバーシティ)。だが、この「多様性」は、「みんなちがって、みんないい」といった類いのキレイ事の話ではない。 

人種、民族、宗教、階級、LGBTQ。こういった見える化された違いと目に見えない違いが、複雑にからみあって多様性を生み出し、その多様性が差別感情を生み出し、さまざまな形の暴力も誘発する。 

そんな状況のなかを生き抜いてきた著者にとっても、「地雷」を踏みかねないのが現在の英国の現実なのだ。そんなシーンがこの本には満載だ。 

「他者に対するエンパシー」ということばと概念が、この本をつうじて有名になった。 「エンパシー」(empathy)は、同情を意味する「シンパシー」(sympathy)と似ているが、後者が感情の動きだけであるのに対して、前者は知的に認識して行動に移すことまで含まれている。 

このエンパシーによって、複雑な多様性のある社会を生きてくことが、英語で「他人の靴をはく」(to put oneself in someone's shoes)と表現される。感じるだけでなく、行動に移すことが大事なのだ。 この表現も単行本をつうじて有名になったことは周知のとおり。

こういったメッセージは、すでになんども語られているので、これ以上は書く必要もないと思う。 

だが、本というのはどういう読み方をしてもいいわけであって、自分にとっては「ブレクジット」(=EU離脱)後の英国の現在の空気がビンビンつたわってくる、そのライブ感に強く感じるものがあった。 

「中流階級崩壊」という点において、新自由主義を推進したサッチャー後の英国の後追いをしている日本だが、不可逆的な流れとして、ますます多様性が当たり前となることは間違いない。 

そんな日本社会で生きていくための「予行演習」として、この本を読むことが必要なのではないかと思う。脳内シミュレーションである。 

繰り返すが、「多様性」はキレイ事で済まされることのない社会の現実(リアリティ)なのである。英国の状況は、他人事と考えないことだ。 


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PS 続編である『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』が2024年6月に文庫化された



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・・マーガレット・サッチャーの死を祝う人たちが英国には多くいた



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2021年3月29日月曜日

書評『イスラームからヨーロッパをみる ― 社会の深層で何が起きているのか』(内藤正典、岩波新書、2020)― イスラームとの「共生」が破綻した西欧社会の現実を見よ



2015年のフランスの「シャルリ・エブド事件」をきっかけに、ヨーロッパ社会における「イスラム問題」が、もはや解決不能の域まで達していることが誰の目にも明らかになった。それから、すでに5年以上たっている。 

積ん読のままだった『イスラム化するヨーロッパ』(三井美奈、新潮新書、2015)を読んでみた。2015年の「シャルリ・エブド事件」の衝撃を受けて出版されたものだ。  

事件が起こった時点で読売新聞のパリ支局長だった著者による現地レポートである。ナマの声を拾い上げることで、できるだけ問題を公平に見ようとする姿勢が好ましい。 





■ヨーロッパ社会におけるムスリム移民をフィールドワークしてきた研究者の結論

前座につづけて『イスラームからヨーロッパをみる-社会の深層で何が起きているのか』(内藤正典、岩波新書、2020)を読んだ。昨年7月に出版されたものだ。こちらが今回のメインである。  

内藤正典氏は、過去40年にわたって、ヨーロッパにおけるムスリム移民を、ドイツを中心とした西欧各国のトルコ人社会を中心にフィールドワークによって研究してきた研究者である。

内藤氏の視点が興味深いのは、イスラム教徒の生活世界から、現代ヨーロッパ社会を逆照射するものだからだ。ヨーロッパ社会をみる独自な「視点」の1つとして、じつに得がたいものである。 

本書は、2020年という現時点における総括ともいうべき内容だ。「共生」は破綻したというのがその結論である。

「おわりに 共生破綻への半世紀」という最終章のタイトルから、著者のため息が聞こえてくるような気もするが、これが「現実」なのだ。その意味では、研究者としての態度は公平だし、良心的である。
 


■「イスラム問題」にかんしては、米国社会よりも西欧社会のほうがはるかに深刻 

「移民問題」への異議申し立てもその理由の1つとなって、2016年には英国は国民の意思で「ブレクジット」(EU離脱)を決定、おなじ年に選出されたトランプ元大統領が、物議を醸すヘイトスピーチを連発したことでヘイトクライムが誘発され、BLM(Black Lives Matter) などの運動が米国内で激化したことは記憶に新しい。

最近ではアジア人に対するヘイトクライムも急増しており、ALM(Asian Lives Matter)も叫ばれるようになっている。不景気が続くと不満のはけ口は少数派に集中するようになる。多文化の「共生」は、そう簡単なことではない。
 
だが、「イスラム問題」にかんしては、米国社会よりも西欧社会のほうがはるかに深刻なのだ。 米国の黒人差別もアジア人差別も、宗教に由来するものではないのに対して、西欧社会のイスラム教徒問題は宗教に由来するものだからだ。 

聖俗分離が原則の近代以降のキリスト教と、聖俗一致が原則のイスラム教との根本的違いに起因する問題だ。世俗化されている西欧では、この違いが先鋭化するが、宗教国家としての性格の強い米国では、かならずしもそうではないという違いでもある。 

2020年以降は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のため、ヨーロッパ社会における「イスラム問題」が見えにくくなっているが、けっして問題が解決したわけではない。 

そもそもイスラーム世界の混乱をつくりだしたのは19世紀以降の西欧であり、第2次世界大戦後の労働不足から積極的に導入したのがイスラム世界からの移民であったが、そのツケを払ったというにしては、あまりにも大きすぎる代償というべきではないだろうか。 

「共生」というのは美しい響きのことばだが、現実世界ではキレイ事ではすまされない。今後の日本社会のあり方を考えるにあたって、先行事例となっている西欧社会の状況は、「他山の石」としてつぶさに見つめるべきである。 

そのためにも、『イスラームからヨーロッパをみる』は、好著というべきであろう。 


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目 次
はじめに 
序章 ヨーロッパのムスリム世界 
1章 女性の被り物論争 
 1 ムスリム女性の被り物をめぐって
 2 政教分離と被り物
 3 ヨーロッパ各国での状況
2章 シリア戦争と難民
 1 難民危機
 2 難民問題の原点
 3 国際社会と難民
3章 トルコという存在
 1 難民を受け入れた国、トルコ
 2 トルコのEU加盟交渉は、なぜ途絶したのか
 3 トルコの政治状況から読み解く 
4章 イスラーム世界の混迷
 1 「イスラーム国」とは何だったのか?
 2 アメリカによる戦争
 3 ヨーロッパと「イスラーム国」
5章 なぜ共生できないのか
 1 ヨーロッパ諸国の政治的な変動
 2 ドイツ さまざまな立場からのイスラームへの対応
 3 イスラームとヨーロッパ
おわりに 共生破綻への半世紀
あとがき


著者プロフィール
内藤正典(ないとう・まさのり)
1956年生まれ。79年東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学分科)卒業。1982年同大学院理学系研究科地理学専門課程中退、博士(社会学・一橋大学)。一橋大学大学院社会学研究科教授を経て、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授、一橋大学名誉教授。専門分野は現代イスラーム地域研究。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


■内藤正典氏の著作で「共生」破綻への道のりを知る

参考のために、このテーマにかんする内藤正典氏の前著の目次を示しておこう。状況の変化と、研究者としての認識の変化をしることができるだろう。

いずれも、その時点でのフィールドワークにもとづいた研究成果であり、私も大いに学ばせていただいてきた。
 
「逆回し」であたらしいものから、順番にさかのぼっていくことにする。




第2章 ヨーロッパ・共存と差別のダブルスタンダード
 1. イスラームとヨーロッパ
  宗教から民族へ
  ヨーロッパにいかに対抗するか
  イスラームと西欧システムの相克
  植民地支配の反省がないヨーロッパ
  ヨーロッパに渡ったムスリム
  国によって移民政策が異なるヨーロッパ
 2. イギリス-多文化主義のもとでの差別
  民族文化に「寛容」な連合王国
  失業と階級差別
  ムスリム移民への「分割統治」
  「寛容な精神」の影
 3. オランダ-相互不干渉が生んだ「耐えられない隣人」
  コミュニティごとの権利を認める「柱状化」
  社会に定着しているリベラリズム
  定着外国人権利
  相互理解が進まない「柱状化」
  敵意をもつようになった市民
  映画監督の死
  EU加盟反対にまで発展
 4. フランス-コミュニティ形成を認めない社会
  「博愛」の意味
  ごろつき
  バンリュウ「嫌なところ」
  原則と実態の乖離
  フランス化できなかった移民
  公的領域における非宗教性
  スカーフの着用禁止
  世俗化は近代化か
  スカーフが「これみよがし」なのか
  アファーマティブ・アクションができない
  国家原則とイスラーム法の対立
  ごろつきから信仰の道へ

「目次」をみればわかるように、同じヨーロッパといってもドイツ型、オランダ型、フランス型の対応はそれぞれ異なる。「同化」を求めるドイツ(・・政教分離を徹底するフランスもまた個人レベルでの「同化」を求める)、多文化主義の立場に立つオランダと英国。

 
序章 ヨーロッパ移民社会と文明の相克
1章 内と外を隔てる壁とはなにか-ドイツ
 1. リトル・イスタンブルの人びと
 2. 移民たちにとってのヨーロッパ
 3. 隣人としてのムスリムへのまなざし
2章 多文化主義の光と影―オランダ
 1. 世界都市に生きるムスリム
 2. 寛容とはなにか
 3. ムスリムはヨーロッパに何を見たか
3章 隣人から見た「自由・平等・博愛」―フランス
 1. なぜ「郊外」は嫌われるのか
 2. 啓蒙と同化のあいだ-踏絵としての世俗主義
 3. 「ヨーロッパ」とはいったい何であったか
4章 ヨーロッパとイスラームの共生―文明の「力」を自覚することはできるか
 1. イスラーム世界の現状認識とジハード
 2. ヨーロッパは何を誤認したのか
あとがき
  
    
●『アッラーのヨーロッパ-移民とイスラーム復興』(内藤正典、東京大学出版会、1996)から、ヨーロッパとのかかわりの部分を抽出しておく。

Ⅱ 何がイスラムの覚醒をもたらしたのか
 第3章 「民族」が共存を阻むドイツ
  1. 統合か、帰国か-外国人政策の基底
  2. 血統主義が阻む「統合」
  3. 閉塞的なエスニシティの状況
  4. 差別に対抗する力としてのイスラム
 第4章 フランスのムスリムか、フランス的ムスリムか
  1. 郊外からイスラムへ
  2. 何が排斥されるのか
  3. ライシテとの衝突
  4. もはや「個人の統合」は成り立たない
 第5章 多文化共生とみえざる差別・オランダ
  1. 文化の列柱
  2. 外国人労働者からエスニック・マイノリティへ
  3. エスニック・マイノリティから移民へ
  4. オランダは移民のユートピアか
  5. 病理への批判としてのイスラム復興  


<関連サイト>

西欧に対する「イスラムの怒り」とは?内藤正典・同志社大学教授に聞く(前編) (東洋経済オンライン、2015年1月26日)
・・「日本には「ライシテ」に合う訳語がないので、とりあえず「世俗主義」と訳しているが、単なる「政教分離」ではない。「政教分離」は「政治と宗教を切り離しなさい」程度の意味だ。しかし、「ライシテ」は個人が公の場で宗教を持ち出すことも禁じている。」

仏紙襲撃事件は、強烈な普遍主義同士の衝突 鹿島茂氏が読み解く仏紙襲撃事件(前編) (東洋経済オンライン、2015年01月21日)

「反イスラム」が高まれば法規制の議論も鹿島茂氏が読み解く仏紙襲撃事件(後編) (東洋経済オンライン、2015年01月23日)


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2021年3月26日金曜日

映画『ノマドランド』と『ミナリ』― 2020年に製作された話題のアメリカ映画を2本見てきた(2021年3月26日)

 

本日、TOHOシネマズにて映画のはしご。話題のアメリカ映画を2本つづけて見てきた。 

『ノマドランド』と『ミナリ』の2本だ。内容は大きく異なるが、2020年に製作された米国映画であり、米国社会の一断面を切り取った作品である。ともに人生を感じさせるドラマであった。 


■「リーマンショック」(2008年)後に疲弊する米国社会の周縁

まずは、本日公開の『ノマドランド』(2020年、米国)。原題も Nomadland といたってシンプルだ。中高年ノマドのロードムービーといったらいいだろうか。



西部の砂漠地帯ネバダ州にある鉱山の閉鎖で企業城下町(company town)ごとなくなってしまい、すでに配偶者を病で先立たれていた主人公の中高年女性は、食も住居も失って放浪の旅にでる。 

どうしても手放すことのできない思い出と、生活道具一式を積み込んだキャンピングカー(中型バン)で寝泊まりし、季節労働者として仕事を求め、一人ハンドルを握って走り続けるライフスタイルだ。 

だが、個は孤にあらず。類は友を呼ぶ。仲間がいる。語り合う仲間がいる。助け合う仲間がいる。いつも一人で走っているが、集まる場所がある。「居場所」があるのだ。

社会の周縁で、喪失感を抱えて生きる中高年どうしの「つながり」がある。

出会いは一期一会だが、けっして Good by ! (さよなら)とは言わない関係。あいさつは See you down the road ! (また会おう)。出会いがあり、そして別れがある。 そしてまた再会もある。あくまでも個を前提に成り立っている世界だ。

だが、それは単なるライフスタイルを超えた、人生そのものなのだ。

自ら選んだと言うよりも、生き続けるために強いられたライフスタイルといっていいかもしれない。なによりも大事にするのが自由。人間として絶対に譲り渡さない矜持と尊厳。大自然とのふれあい。そんな生き方があるのだ。 

人生は旅。旅に出る前に過ごしていたネバダ州エンパイアやアリゾナ州クォーツサイトに拡がる砂漠、岩山がそびえ立つサウスダコタ州のバッドランズ国立公園などを訪れる主人公。自然のなかで人間は大いに癒やされる。

「一所不住」の禅僧のような生き方には、映像詩というか哲学詩のようなものを感じる。

主人公を演じているのは女優だが、映画には実際のノマドたちも出演している過ごしていた。

作品のなかで詩が引用されるシーンがある。 Shall I compare thee to a Summer's day ? の一節で始まるものだ。作品中では言及はないが、シェイクスピアのソネットである。

このほか主人公が口ずさむのが「グリーン・スリーブス」であることなど、厳しい人生模様を描いているが、美しい響きのBGMもあいまって文学的香気の高い作品となっている。じつに印象深い映画である。


■まだ夢を見ることができたレーガン大統領時代(1980年代前半)

『ミナリ』(2020年、米国)は、韓国人の移民ファミリーを描いたヒューマン・ドラマ。韓国系米国人(コメリカン)2世の監督が、自分の幼少時代の経験をベースにした自伝的作品で、子どもの目線から描いた作品だ。




1980年代前半のレーガン大統領時代にアメリカンドリームを夢見て、米国に移民した韓国人たち。作品のなかでは説明はないが、ベトナム戦争への参戦と引き替えで実現した移民枠によるものだ。

そんな韓国人の一人が、農場を開いて農場主となる夢を抱き、移民先のカリフォルニアから、さらに南部のアーカンソー州へと移住し、トラーラーハウスに住むことになる。

ハングリー精神の持ち主で、夢追い人の若い父親。彼に振り回される妻と子ども2人の家族。夫婦間のわだかまりを解消するために本国から呼び寄せた祖母(ハルモニ)。南部のバイブルベルトの住人である白人たちとの交際。

崩壊寸前まで追い詰められた家族を再生させることになった出来事とは・・ 




原題の Minari とは、韓国語で「セリ」のことだという。雑草のようにどこでも生育できるセリは、移民家族のメタファーでもある。セリフは韓国語と英語。夫婦間は韓国語、子どもたちは英語を中心に、親との会話の一部は韓国語。そして韓国語しかできない祖母。

「移民がつくった国」である米国では、この韓国人ファミリーの物語も、「自分たちの物語」として見ることができるのだろう。だから、「アカデミー賞有力候補」ということなのだろう。だが、はたして一般的な日本人はどう見るのだろうか?

作品中に「ダウジング」が登場するのは興味深い。スピリチュアル要素の強い疑似科学的な手法だが、現在でも水脈を探すためにダウジングが使われているのだな、と。


■メインストリームではない米国社会を描いた映画

 ただ、自分自身が中高年ということもあるだろうが、どうも最初に見た『ノマドランド』に強く共感を感じてしまった。だから、『ミナリ』がそれほどすごい作品であるかどうかは、自分としてはなんとも言えない。 

この2本を両方とも見る人は、あまりいないかもしれない。だが、けっしてメインストリームではない米国社会の一断面を描いたものであることは共通している。ともに知られざる米国といっていいだろう。

2008年のリーマンショック以降の米国と、まだ夢を見ることのできる1980年代前半の違い、家族の喪失と家族の再生と大きな違いがあるのだが、共通しているテーマはある。ともに苦難を乗り越えるという点だ。

さらに選択の方向性は違うが、移動と定住というテーマは共通している。『ノマド』の主人公は移動を選び、定住を拒否する。『ミナリ』の家族は、これ以上の移動は選択せず、農場に定住する道を選択する。

どちらも、いわゆるハリウッド映画とはやや違ったテイストの映画であった。 だが、共通するものも多いのである。それは、米国社会を描いているからだ。
 




PS 2021年アカデミー賞の結果が発表

アカデミー賞は『ノマドランド』が作品賞と監督賞。『ミナリ』は助演女優賞。作品賞にかんしては『ミナリ』は善戦したが次点だった。作品賞にかんしては、『ノマドランド』推しの私の趣味と一致したようだ。(2021年4月26日 記す)。


<関連サイト>

・・映画を見終わったあとで振り返りと内省を促してくれる語り

・・映画『ノマドランド』は、この番組のテイストに近いものを感じる。つまりドキュメントタッチだということだ。この番組のエンディングに流れるシンガーソングライターの松崎ナオの「川べりの家」がいい


(2021年3月29日 情報追加)
 

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