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2010年2月19日金曜日

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂聰、新潮社、2009)-「平成の林子平」による警世の書




「平成の林子平」による警世の書

 「平成の林子平」による警世の書である。「自ら海に依存しながら海に無関心でいる日本人」に対し、「海洋国家」日本の国民の生命財産を守る海上保安体制が、あまりにも手薄い現状に警告を発した本だ。

 現在の日本人の快適な生活が大きく海に依存していることに、多くの日本人は日頃意識することなく、しかも無関心のようだ。どうしても「島国」意識が抜けず、関係者以外は「海洋国家」意識をもちにくいのだろうか。
 何といっても「食糧とエネルギー」のほとんどを大きく海外からの輸入に依存しているが、金額ベースでみて約7割が「海上輸送」に依存している。海上運賃は航空運賃よりはるかに安いので数量ベースでみたら、比率はもっと高くなることはいうまでもない。
 通商の舞台となり、富をもたらす存在である海は、また災難をもたらす存在でもある。
 著者は、日本の国土面積が世界61位であるにかかわらず、領海・排他的経済水域(EEZ)の面積は世界第6位、そして海岸線の長さも世界第6位であるが、国土の面積あたりの海岸線延長ではなんと世界一であることを強調している。これだけ長い海岸線を、これだけ広い領海・排他的経済水域を、なんと韓国と同じ人数の海上保安庁職員で守っているというのだから、驚きを超えて、ため息をつきたくなってしまう。

 著者は、専門の中国問題を大きく超えて、日本を取り巻く海にかかわるトピックを具体的に取り上げている。目次を紹介しておこう。

プロローグ 日本を映し出す“鏡”としての海
第1章 “友愛の海”という幻想
第2章 エネルギー争奪戦がもたらした自衛隊与那国島駐屯
第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い
第4章 「海賊問題」の本当の脅威とは何か?
第5章 北朝鮮不審船との白熱の攻防
第6章 空母でアジアの海の覇権を狙う中国の野望

 いずれの章においても、非常に行き届いた精力的な取材と、それに基づいた冷静な議論を展開しており、いたずらに世論をヒートアップさせることは目的とはしてない。いま日本の海をめぐる状況がいかなるものであるか、その事実関係を伝えて日本人が自らその問題について考えるための材料を提供してくれているのだ。

 幕末日本の警世家・林子平は、鎖国状態にある日本も海をつうじて全世界とつながっていることを指摘、海防を説いたその主著『海国兵談』は幕府によって発禁処分になり、版木は没収された。
 その後、実際に黒船を目撃した坂本龍馬「海援隊」を結成、同じく土佐藩出身の岩崎弥太郎は海援隊を経て海運業から本格的にビジネスを始め、三菱財閥の創始者となっている。彼らはいち早く「通商国家」としての「海洋国家」ビジョンを抱いた人たちであった。本年度のNHK大河ドラマ『龍馬伝によって、日本が海にむかって開かれた国であるという認識を、あらためて多くの日本人がもつこととなるだろう。
 しかしながら「生きている海と向き合う限り、変化との戦いは海洋国家の宿命である」(P.230)。このように説く「平成の林子平」による本書が黙殺されることなく、警告が一日も早く全国民の共通認識となることを願ってやまない。

 国民の生命財産を守るのが政治の役割であるが、その政治の質を引きあげるのは国民一人一人の意識にあるのだ。


<初出情報>

■bk1書評「「平成の林子平」による警世の書」投稿掲載(2010年2月15日)





<書評への付記>

「シーシェパード」と「北朝鮮の不審船」についてのコメント

 「平成の林子平」というのは、私が書評を書く際に勝手に命名しただけで、別に市民権を得た表現ではない。本書のプロローグ(序章)で、著者の富坂氏自身が幕末の林子平、工藤平助、本田利明といった面々を引き合いに出しているので、使ってみたまでのことだ。
 林子平と『海国兵談』については、高校日本史の教科書には必ず出てくるはずなので、知らない人はいないだろう(・・と思うのだがいかに)。
 
 本書の内容は、直接読んでもらうのが一番だが、いくつか補足情報を書いておきたい。


 第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い 

 シーシェパードについてついては、『エコ・テロリズム』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに、また今年も反捕鯨の暴力行動に訴える、という文章をブログに書いている。"テロリスト集団" 「シー・シェパード」 について考えるうええで、彼らの「内在論理」を知ることが何よりも重要だ。
 一方、本書『平成海防論』では、クジラをめぐる日本国内の状況について考えるヒントを与えてくれる。
 まず、沿岸捕鯨の中心地の一つである和歌山県の太地(たいじ)町は、地場産業である古式捕鯨によるクジラ漁の担い手が先細り状況であり、クジラをイルカやシャチとならぶ"観光資源"と位置づける以上、クジラを湾内に追い込む伝統的なクジラ漁は、大量の鮮血が海を染めることになるので、反捕鯨の欧米人だけでなく、日本人からもショッキングなものと捉えられる可能性が大きいので悩ましい、というのが現地の捉え方らしい。私も熊野の太地は一度だけ訪れたことがあるが、世界一のスケールを誇る「太地町立くじらの博物館」は訪れる価値があるものだ。米国東部カナデカ州ニューベッドフォードにある New Bedford Whaling Museum と並んで内容の濃いミュージアムである。
 また、日本人の鯨肉(クジラ肉)への需要が減少傾向にあるという事実も指摘されている。現在では供給過剰で、冷凍倉庫に眠っている在庫が・・・トン。これは調査捕鯨で捕獲するクジラが食肉として民間に供出されるものの、供給が需要を大きく上回る事実を指摘したものだ。
 そしてまた、大規模捕鯨の担い手は、もう民間にはいないという記事も最近読んだ。大規模捕鯨の担い手は、もう民間にはいない-「小型沿岸」への現実路線が迫られる捕鯨外交-。「反捕鯨団体による不買運動などもあり、特に大手企業にとって捕鯨は経営リスクでしかないのが現実」らしい。しかし、太地町の事例でもみたように、沿岸捕鯨も先行きは厳しいと考えるべきなのだろう。
 だとすると、シーシェパード vs. 調査捕鯨船とはいったい何なのだと、ため息をつきたくもなる。つまりいたずらにエキサイトしてみても・・ということだ。
 確かにクジラ肉は旨いが値段が高いことは否定できない。戦後の食糧不足時代に、安価で豊富なタンパク源としてクジラを食べた世代がいなくなったら、クジラ肉は単なる珍味として、クマ肉と同じような扱いとなるのかもしれない。
 

 第5章 北朝鮮不審船との白熱の攻防 について

  2001年12月に発生した「九州南西海域工作船事件」を補足として映像資料(YouTube)を紹介しておこう。映像は百聞に一見に如かず、映像は雄弁である。激しい銃撃戦を手に取るように目撃することができる。

NO-1 実録銃撃戦 北朝鮮工作船を追え!逃がすな!
NO-2 実録銃撃戦 北朝鮮工作船を追え!逃がすな!
NO-3 実録銃撃戦 北朝鮮工作船を追え!逃がすな!

 海上保安庁職員の方々にはこの場を借りて、日頃のご苦労をねぎらい、敬意を表したい。職員の皆さんの努力が必ず報われることを!! そして政権が海上保安体制強化を行うことを説に望む。
 現在、「北朝鮮の不審船」は、海上保安資料館横浜館-Japan Coast Guard Museum YOKOHAMA-に保管展示されているとのことだ。見に行きたい。


 日本は海に囲まれた「島国」であるが、海で全世界とつながっているという「海洋国家」であり「通商国家」である、ということを忘れてはならない。

 「下り坂」社会である日本ではあるが、現在の生活水準を守るためには何が必要なのか、振り返ってよく考えてみる機会があってもいいはずだ。民主党政権が国防問題について方針をまとめるとのことだが、広い意味の安全保障として、「海の守り」についても真剣に考えてもらいたいものである。
                              

P.S. 「実録銃撃戦 北朝鮮工作船を追え!逃がすな!」だが、著作権侵害とのことで映像は削除されている。残念。そのかわり、海上保安庁広報のビデオを掲載しておく(2013年4月24日 記す)

海上保安庁広報 国籍不明不審船 追跡ビデオ




PS 『平成海防論』の文庫版の刊行

2014年1月に副題を「膨張する中国に直面する日本」と改めて文春文庫から文庫版が刊行された。文庫版刊行にあたって著者は新章を執筆している。




「文庫版刊行によせて」は、文藝春秋社の書籍サイトから「立ち読み」できる。

単行本出版から5年、「尖閣国有化」を境に激変する状況について考えることが必要だ。


(2014年1月4日 記す)



(2020年5月28日発売の拙著です)


 
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