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2011年3月8日火曜日

書評『「大発見」の思考法-iPS細胞 vs. 素粒子-』(山中伸弥 / 益川敏英、文春新書、2011)ー 人生には何一つムダなことなどない!


挫折や回り道ウェルカム! 人生にはムダなことは何一つないことを教えてくれる対談本

 2008年度のノーベル物理学賞を受賞した益川博士と、生命科学の分野ではノーベル賞間違いなしといわれている山中博士の超ビッグ対談。これがほんとうに面白い。

 科学の最先端分野でほんとうにスゴイことをやっている人たちが、胸襟(きょうきん)を開いてホンネで語り合う姿はすがすがしい。そしてまた、このような頭脳を持ち合わせない一般ピープルである私のような読者にとっても、得るところはきわめて多い。内容の濃い対談である。

 1940年生まれの益川博士の好奇心の広さと深さには、ほんとうに驚かされる。好奇心に充ち満ちた益川博士が、22年後輩にあたる1962年生まれの山中博士に次から次へと質問していくという、インタビューのような形になっているのもまた面白い。現在の生命科学が、基本的に生物物理学であることからだろうか、理論物理学者のアタマのなかの一部を見ることができたような気がする。

 益川博士がアルキメデスではないが、風呂から上がった瞬間にひらめいた話などのエピソードも興味深い。まさに「セレンディピティ」(=偶然の発見)そのものである。このほか発想のヒントも具体的に語られており、科学者ではなくても参考になるものが多い。

 「仮説検証」という科学の基本について、いわゆる「セレンディピティ」はあくまでも考え続けたからこそ遭遇することができるということ、結果としていろんなことをやってきたフラフラ病(?)、「いっけん無駄なものに豊かなものが隠されている」という教訓などなど。

 山中博士の「挫折ぶり」もまた見事なものだ。スポーツ医学の臨床医から研究者に転じたということは、本書で初めて知った。それにしても、夢のなかで実験していた(!)というエピソードもすごい。夢のなかでやっていたとは知らずに、研究室で実験結果についてたずねた(笑)というのも、すさまじいまでの集中力である。

 とくに若い人が読めば、科学の道を志していなくても、「人生というのは失敗してもいいんだ、挫折してもいいんだよ」というメッセージが伝わるものと思う。

 知的探求の喜びと苦しみ、研究者として生きざまなど、研究生活もまたその他の職業と同じく、きわめて人間的なものなのだと気づかせてくれる元気のでる対談本である。ぜひ多くの人に薦めたい一冊だ。



<初出情報>

■bk1書評「挫折や回り道ウェルカム! 人生にはムダなことは何一つないことを教えてくれる対談本」投稿掲載(2011年2月13日)
■amazon書評「挫折や回り道ウェルカム! 人生にはムダなことは何一つないことを教えてくれる対談本」投稿掲載(2011年2月13日)

*再録にあたって加筆した。





目 次

第1章 大発見はコロンブスの卵から
第2章 「無駄」が僕たちをつくった
第3章 考えるとは感動することだ
第4章 やっぱり一番じゃなきゃダメ
第5章 うつと天才
終 章 神はいるのか
傍聴録-あとがきにかえて(永田紅 歌人・生物学者)


著者プロフィール

益川敏英(ますかわ・としひで)

1940年愛知県生まれ。名古屋大学理学部卒業、同大学院理学研究科修了、理学博士。京都大学名誉教授、京都産業大学益川塾教授・塾頭、名古屋大学 KMI 研究機構長。2008年「CP対称性の破れ」の起源の発見によりノーベル物理学賞受賞。同年文化勲章受章(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

山中伸弥(やまなか・しんや)

1962年大阪市生まれ。神戸大学医学部卒業、大阪市立大学大学院医学研究科修了、医学博士。京都大学 iPS 細胞研究所長。世界に先駆けてマウスおよびヒト iPS 細胞(=人工多能性幹細胞)の樹立に成功し、再生医学に新たな道を切り開いた。2009年ラスカー賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

医療技術開発と倫理面からみた宗教や思想との関係について

 「iPS 細胞」は、iPod も意識してネーミングにも気をつかったことが本書でふれられている。「iPS 細胞」は Induced pluripotent stem cells の略とのことだが、正式名称をみたところでシロウトには皆目見当がつかない。人工多能性幹細胞という日本語訳になって、ようやくなんとなくわかるという程度だ。

人間の幹細胞から再生するiPS 細胞は、発生初期の人間の胎児の胚細胞からつくる ES細胞とは大きく異なる。これは生物学的に違うだけでなく、倫理面にも大いに関係してくる。

 日本では堕胎(妊娠中絶)に対する非難は比較的少ないが(・・もちろん、全面的に肯定できるものではない)、欧米とくにカトリック国や米国では、妊娠中絶(abortion)に対しては、きわめて強硬な反対論が存在する。受精した時点で生命誕生と見なしているから、発生初期の人間の胎児の胚細胞を使用することは、つまるところ生命の抹殺と受け取るわけなのだ。これは法律論とは異なる倫理の話である。

 とくに米国では保守派を中心に草の根レベルで強硬論があり、妊娠中絶を行っている産婦人科クリニックを爆破するテロも横行している。日本人からみると異常としかいいようがない状況なのだ。

 だからこそ、胎児の肺細胞を使用しない「iPS 細胞」は発表当時から、ローマ教皇のヨハネ=パウロ二世(当時)や米国のブッシュ大統領(当時)から絶讃され、お墨付きを得ているのである。

 「iPS 細胞」が欧米でも脚光を浴びている背景には、このようにキリスト教の存在もあることは、頭の中にいれておきたいものである。

 ちなみに、日本の医学界発の医療技術としては、いわゆる「オギノ式」がローマ教皇庁お墨付きであることを付記しておこう。

 「オギノ式」は、バチカンのあるイタリアでは、イタリア語で Metodo Ogino-Knaus という。クナウスというのは荻野博士の発見を避妊法に応用した医者の名前である。コンドームの使用をかたくなに反対していたローマ教皇庁も、最近はエイズ対策の観点からしぶしぶゴムの使用を認めるように軟化(?)してきてはいるが・・。

 「iPS 細胞」の山中博士も、「オギノ式」の荻野博士も、ともにカトリックでもキリスト教徒でもないようである。


 医療技術はあくまでも技術(テクノロジー)であって、技術そのものは宗教や思想とは直接関係ない倫理という側面で、その是非が判断される、ということである。



<関連サイト>

第1回 iCeMS クロストーク:永田紅 × 山中伸弥 : 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=京都大学 物質-細胞統合システム拠点)(対談は英語、字幕なし)
・・本書の構成を行った永田紅(ながた・こう)氏(京都大学 物質-細胞統合システム拠点 博士研究員)は歌人でもある。


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