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2014年7月17日木曜日

書評『明治キリスト教の流域 ― 静岡バンドと幕臣たち』(太田愛人、中公文庫、1992)― 静岡を基点に山梨など本州内陸部にキリスト教を伝道した知られざる旧幕臣たち



『明治キリスト教の流域-静岡バンドと幕臣たち-』(太田愛人、中公文庫、1992 単行本初版 1979)は、静岡から山梨県や長野県など本州内陸部に向けて伝道活動を行った旧幕臣のキリスト教徒たちの、知られざるエピソードを取り上げた人物伝である。

「明治キリスト教」というタイトルだが、日本文学史においては明治時代はキリスト教の時代であったというのはある意味では「常識」だろう。

だがもちろん文学だけではない、きわめて広い分野にわたってキリスト教の影響が及んだことを無視しては明治時代というものを真に理解することはできないのである。

「明治キリスト教」の特徴は、フレーズ的に要約してしまえば、「英語・アメリカ・キリスト教」となる。つまりアメリカを中心とする宣教師たちによって、英語で伝道されたプロテスタントのキリスト教なのである。これが戦国時代後期から末期にかけてのキリシタンとは異なる点だ。

ただし、本書の副題にある「静岡バンド」においては、それはアメリカが先鞭をつけ、のちにカナダが引き継ぐことになる。



■静岡に移封された旧幕臣たちとキリスト教

「静岡バンド」のバンド(band)とは同志的結合という意味だ。Boys, be ambitious ! のクラーク博士の感化を受けた内村鑑三や新渡戸稲造の「札幌バンド」、いちはやく開港して世界への窓口となった横浜の「横浜バンド」は比較的よく知られている。

「熊本バンド」についても、昨年(2013年)のNHK大河ドラマ『八重の桜』において、同志社の初期の主要メンバーとして登場していたのでご記憶の方も多いだろう。

だが、「静岡バンド」については、意外と知られていないようだ。静岡バンドという表現が著者の造語によるものであることらしいのもその理由の一つだろうが、地方伝道を中心としたカナダ・メソジスト教会の方針とも関係があるのかもしれない。

そもそも維新の「負け組」となった徳川将軍家と旧幕臣たちが静岡に減封された歴史に密接にかかわっているからだ。

歴史というものはつねに勝者の側からのみ語られがちである。明治維新もまた勝者である薩長の側からつねに語られてきた。そのため、減封されて静岡藩に移動した約8万人の旧幕臣とその家族たちが、困窮のなかで塗炭の苦しみを味わったことも語られることはほとんどないのである。

そんな苦難のなかで出会ったのがキリスト教であった。維新の「負け組」となった彼らのなかには、英学を中心とする洋学とともにキリスト教を受け入れ、キリスト教を精神のよりどころ、学門を武器にして再起を図ったのである。

その象徴的存在が静岡学問所で教鞭をとった元儒者の中村正直(敬宇)であった。明治時代の一大ベストセラー『西国立志篇』の訳者である。英語の Self Help(自助論)をリズミカルな文語体で訳したこの本は、旧幕臣のみならず多くの若者たちをインスパイアしたのであった。中村正直が洗礼を受けたのは40歳になってからのことだという。

中村正直をキリスト教に向かわせた「静岡のクラーク」と呼ばれたアメリカ人教師、カナダ・メソジスト教会の宣教師で医師のマクドナルド、最初の日本人牧師となった土屋彦録や山中共古、ジャーナリストの山路愛山といった人物が本書に取り上げられられている。

その多くが薩長主導の藩閥政府に出仕することを拒み、在野の立場を守りながら、あくまでも地方の精神的指導者として教育や社会運動に身を挺した人たちである。

まさに山路愛山が喝破したように、「精神的革命」の担い手は維新の「負け組」であったのだ。 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)に描かれている人たちと合わせ読むと、この意味がよく理解できることだろう。野にあってプリンシプルとプライドを貫き通した人たちがいたのである。

牧師である著者自身、長く地方の教会にいて、地方からの視点でものを見てきた人らしい。とかく中央の目線になりがちなのは、プロテスタント教会においてもかわらないようだ。そんな地方からの目線で捉えられたのが「静岡バンド」という存在なのである。


(静岡と山梨は富士川「流域」としてつながっていた)



■山梨とカナダ・メソジスト教会

NHKの連続テレビ小説 『花子とアン』の主人公・村岡花子は、カナダの少女文学『赤毛のアン』の翻訳で有名だが、山梨県の甲府出身である。カナダ・メソジスト教会が設立した東洋英和女学校で英語を学んだのは、山梨県が「静岡バンド」の伝道の結果、カナダ・メソジスト教会の布教地域となったことと関係しているのである。

「静岡バンド」の日本人牧師たちは、静岡県から富士川をさかのぼって甲府方面に布教を行ったのである。だから、いまでも静岡と山梨、東京のトライアングルに東洋英和が存在するのである。

その布教にあたった牧師の一人が山中共古(やまなか・きょうこ)。本名は山中笑(えむ)といい、彼も旧幕臣の出身であった。静岡でカナダ・メソジスト教会の宣教師になった。

民俗学にくわしい人であれば、山中共古といえば柳田國男の先駆者として記憶していると思う。共古は失われ行く民間の風俗習慣を記録として残すことに意義を感じて、布教先でフィールドワークを行い、聞き取り内容を記録としてまとめている。民俗調査は、布教対象の人々をよく知るためという意味もあったらしい。牧師としての山中共古について書かれているのは本書ならではの特徴だ。

ちなみに共古は、信仰というものは心から欲する人が受け入れればいいのであって、押しつけるものではないと考えていたらしい。このエピソードは、中国の青島(チンタオ)に派遣されていたドイツのプロテスタント神学者で宣教師であったリヒャルト・ヴィルヘルムを想起させるものがある。

中国文明に心酔し、『易経』や『黄金の華の秘密』をドイツ語に翻訳して心理学者のユングに激賞されたリヒャルト・ヴィルヘルムは、ドイツの植民地であった青島には25年間滞在していながら、一人の中国人もキリスト教に改宗させなかったことを誇りにしていたという。プロテスタント系の宣教師のエピソードとして、余談ながら付記しておく。



■永井荷風とキリスト教の深い関係

「永井荷風とキリスト教」もまた、牧師としての著者の幅広い関心が取り上げたきわめて重要な視点である。

なるほど、戯作者を自称し、『腕くらべ』や『墨東綺譚』など、遊里の世界や私娼窟などの世界を好んで書いてきた永井荷風だが、書くものに一本筋の通ったプリンシプルが感じられるのは、明治の初期にプロテスタントのキリスト教を受け入れた家系の人であったことが大きいようだ。

長身で黒い背広を着ていた荷風は、ときどき牧師と間違われたらしい。本人はキリスト教信仰からは距離を置いていたとはいえ、次弟の貞二郎は牧師でもあった。しかも母親もキリスト教徒、父親は洗礼は受けていなかったがキリスト教式の葬儀を希望したという。そもそも儒者の妻であった祖母が明治の早い時期にキリスト教徒になった人であった。

戦時下には毎日フランス語の聖書を読んでいたという荷風は、フランス的なモラリストの側面もありながら、キリスト教的なものが知らず知らずのうちにその骨格を形成していたのかもしれない。

この本を最初に読んだのは、1992年に文庫化された直後のことであったが、そのとき強く印象にのこったのが山中共古と永井荷風のエピソードであった。22年ぶりに通読してみて、やはりこの二人の印象がきわめて強いのを感じた。



■「外面的な近代化」と「内面的な近代化」

日本の「近代化」は、維新政府による上からの制度改革として進行したのだが、倫理という側面で人間精神の内面に大きな影響を与えたのが、アメリカを中心としたプロテスタント系のキリスト教であったことは強調すべきであろう。

禁酒禁煙、廃娼や孤児救済などの社会福祉、家庭(ホーム)重視や女子教育など、維新政府が近代化にあたって重視することなく後回しにした、精神面の改革を担ったのがキリスト教の影響を受けた人たちであった。


政治経済など「外面的な近代化」がとうの昔に完成した日本であるが、いまだに「内面的な近代化」が完全に進まないまま現在に至っている。

「外面的な近代化」は、義務教育や軍隊という「制度」という形から入って、時間厳守などの規律を日本人に内面化させたが、倫理面では旧態依然とした前近代的な状態が続いているような気がしてならない。

シヴィリティ(=文明的礼節)を欠いたまま、人権問題などさまざまな問題が噴出しているのが現在の日本である。その原因がどこにあるのか考えてみることは必要なことだ。「近代化」が完成し、「近代」がすでに終わっている日本だが、積み残しの課題があることを忘れてはならない。

その意味でも、読みやすくて内容豊富なこの本は、ぜひなんらかの形で復刊してほしいと思う。中公文庫からでもいいし、あるいは講談社学術文庫や岩波現代文庫あたりでもいいかもしれない。

「地方の時代」である現在、顧みてしかるべき良書である。


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目 次

はしがき
Ⅰ 静岡バンドの人びと
 1. 維新と幕臣-時代の陰の人びと
 2. 化学教育の先駆者-静岡のクラーク
 3. 御儒者の回心-中村正直 
 4. 洋学者の家系-杉山孫六と土屋彦六
 5. 医療宣教師-マクドナルド
 6. 民俗学の開拓者-山中共古 
 7. 在野の史家-山路愛山
Ⅱ  明治プロテスタント的人間像
 1. 明治女学校と小諸議塾の創設者-木村熊二
 2. 社会主義的運動の指導者-安部磯雄
 3. 北方の人-新渡戸稲造 
 4. 永井荷風とキリスト教 
 5. 信州穂高の研成義塾と井口喜源治
あとがき
文庫版あとがき
参考文献


著者プロフィール

太田愛人(おおた・あいと)
1928年、岩手県盛岡市生まれ。東京神学大学大学院修了。日本キリスト教団の大町(長野県)、柏原(同)上星川(神奈川県)の各教会で牧師を歴任。現在は社会福祉法人愛の家ファミリーホーム理事長。著書『羊飼の食卓』(現・中公文庫)で第28回日本エッセイストクラブ賞を受賞(2009年出版の著書に記載の情報)。



<参考> 山梨県におけるカナダ・メソジスト教会の宣教

『日本の近代社会とキリスト教(日本人の行動と思想 8)』(森岡清美、評論社、1970)は、 ぜひ復刊を望みたい基本書
・・山梨県におけるキリスト教の布教については以下の目次を参照

4. 日下部メソジスト教会 (・・カナダ・メソジスト教会系、勝沼方面)
  日下部教会への関心/教線勝沼方面に伸びる
  指導的信徒像/日下部教会の成立
  教勢伸張の背景/東方区の分割
  小野と自給独立/自給問題の背景
  自給への歩み/信徒の苦心
  自給の達成/自給達成への契機
  勝沼教会との比較/教勢の発展

  組合を足場として/禁酒運動との結合
  禁酒運動と地域社会/西保村の禁酒運動
  各地の禁酒運動


<参考>


・・「静岡バンド」の背後にある知的リーダーであった中村正直、アメリカ人教師クラークなどは、みな静岡藩が設置した静岡学問所関係の人たちであった。洋学として、先進国である英仏の学を中心としていた。「もう一人のクラーク」の感化でキリスト教の洗礼を受ける者もでた。「静岡バンド」はクラークの後任のカナダ人宣教師マクドナルドである

目 次
はじめに
1. プロローグ
2. 江戸幕府の遺産
3. 新しい教育
4. 全国への影響
5. 学校の内実
6. 廃藩後の存廃と廃校
7. エピローグ
静岡学問所の教授・職員一覧
静岡学問所関係年表
参考文献
あとがき
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<ブログ内関連記事>

■「静岡バンド」の影響圏

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む
・・「敗者」(=負け組)となった旧士族たちがキリスト教を選択したのはなぜか?

書評 『聖書を読んだサムライたち-もうひとつの幕末維新史-』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)-精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった

『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年!(2012年12月23日)-いまから140年前の明治4年(1872年)に『西国立志編』として出版された自己啓発書の大ベストセラー
・・日本に紹介した中村正直は幕臣で儒者出身のキリスト教徒

NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル
・・カナダ・メソジスト教会が設立した東洋英和というミッションスクール

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃、多くの関連本が出版されていた-『誇りてあり-「研成義塾」アメリカに渡る-』(宮原安春、講談社、1988) 
・・「Ⅱ-5 信州穂高の研成義塾と井口喜源治」について参考になる


■明治生まれの文学者とキリスト教

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む
・・「この度の災禍は実に天罰なりと謂ふべし」と『断腸亭日乗』に記した荷風。この「天罰」という表現には、旧約聖書の怒れる神のイメージが投影されているのかもしれないと考えてみることも必要かもしれない

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる
・・国文学者で民俗学者であった折口信夫は大東亜戦争末期に聖書を読んで衝撃を受ける。折口信夫は「明治時代はキリスト教の時代」とも語っている


■日本近代化の歪み

『近代の超克ー世紀末日本の「明日」を問う-』(矢野暢、光文社カッパサイエンス、1994)を読み直す-出版から20年後のいま、日本人は「近代」と「近代化」の意味をどこまで理解しているといえるのだろうか?
・・近代化の成果である「日本国B」の下に厳然として存在し続ける「日本国A」の存在。シヴィリティ(=文明的な礼節)を欠いた日本人は「近代化」の歪みの反映


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2014年7月16日水曜日

NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル



NHK連続ドラマ小説(通称「朝ドラ」)は、いま『花子とアン』。

『赤毛のアン』を日本語に翻訳した村岡花子の生涯を描いたもの。「戦争」を挟んで「戦前」と「戦後」を生きた女性を主人公にするという基本路線はしっかりと守ってます。

NHKの最近のテーマは「女性と英語」かな。「英語で身を立てた女性」たちのロールモデルの紹介。

昨年(2013年度))の大河ドラマ『八重の桜』には、日本の女子留学生第一号の大山捨待と津田梅子が登場してましたが、津田梅子はいうまでもなく津田塾の創立者。英語で身を立てる道を日本女性に開拓した先駆者ですね。

村岡花子はミッションスクール東洋英和の出身。山梨県はカナダ・メソジスト教会が宣教が行ったなので、いちはやくキリスト教の洗礼を受けた静岡出身の父親の人的なつながりからカナダ・メソジスト教会が創立したミッションスクールに入学。それが東洋英和であったということです。

津田梅子のアメリカに対して村岡花子はカナダですが、「女性と英語と「英語で身を立てた女性」というテーマは、文部科学省の方針とも合致していると言うことでしょうか。

「英語・アメリカ・キリスト教」というと語呂がいいのですが、「英語・カナダ・キリスト教」もまた近代日本の西欧近代化において無視できない影響を与えてきたということでしょう。『赤毛のアン』の日本語訳をつうじて、直接また間接的にきわめて多くの日本人女性たちに影響を与えてきたわけですから。

ドラマも後半に入ってから、原案となった『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』を読んでみました。孫娘にあたる村岡恵理氏による、丹念に事実関係を跡づけた労作です。




この本を読むと、村岡花子という人はドラマ以上に波瀾万丈の人生を送った人であることがわかります。同時にドラマは事実そのものではなく、かなり脚色されていることもわかります。

数多くの出会いに恵まれた村岡花子の生涯は、その恵まれた機会において、多大な努力を行い、その才能を世のため人のために活かし、自分がやるべきことをやった人生だといえることです。

津田梅子はアメリカで11年間にわたって英語漬けの少女時代を送ってますが、村岡花子は日本国内でカナダ系のミッションスクールで10年間にわたって英語漬けの生活を送っています。この時代に村岡花子ほど英文学を英語で読み込んだ人は、それほど多くはないのではないでしょうか。

とはいえ、ミッションスクールの授業も午前中は日本語によるもので、午後は英語によるものであったようです。とくに寄宿生は、朝から晩まで規則正しい生活を送るだけでなく、休日にはキリスト教の勉強や社会奉仕もあったようです。

「日本語学」では、国語、漢文、数学、理科、日本史、日本地理、習字、裁縫といった授業を日本人教師から受け、午後の「英語学」では聖書、リーダー、英文法、英作文、英文読解、英会話、英文学、世界史、世界地理といった授業を婦人宣教師から英語で受けた。(P.51)  

最近、日本でも国際バカロレア(IB)がトレンドとなりつつありますが、どの科目を英語で、どの科目をローカル言語である日本語で行うかについての参考になるかもしれません。英語だけではだめなのです。アイデンティティの根幹となる日本語が大切なのです。

村岡花子の場合も、日本国内にいながらにして、英語の読み書きや会話には不自由しなくなっても、日本文学の素養がかけていることを痛感した、ということが重要です。ミッションスクールで「腹心の友」となった柳原白蓮から紹介してもらい、歌人の佐佐木信綱のもとで和歌の勉強もしていることは特筆すべきことでしょう。『アンのゆりかご』には村岡花子の和歌も多数収録されています。

すぐれた翻訳者の条件とは、外国語に堪能だけでなく、母語である日本語にも堪能であることが求められることを示しているわけです。最初から翻訳家として生きるつもりはなかったようですが、『赤毛のアン』が現在も読み継がれてきたのは、村岡花子の英語力だけではなく日本語表現力があずかって大きいことを示しているのでしょう。

村岡花子の生涯をドラマ化したことは、近代日本における英語とキリスト教の意味について考える点においても意味のあることだといえるでしょう。できればドラマだけであく、原案となった『アンのゆりかご』も読んでみることをおすすめします。


(画像をクリック!)


著者プロフィール

村岡恵理(むらおか・えり)
1967(昭和42)年生れ。成城大学文芸学部卒業。祖母・村岡花子の著作物や蔵書、資料を、翻訳家の姉・村岡美枝と共に保存し、1991年より、その書斎を「赤毛のアン記念館・村岡河子文庫」として、愛読者や研究者に公開している(不定期・予約制)。また『赤毛のアン』の著者、L.M.モンゴメリの子孫やプリンス・エドワード島州政府と交流を続け、日本とカナダの友好関係促進につとめる。東日本大震災で保護者を亡くした子どもたちの支援を目的とした「赤毛のアン募金」の運営に参加している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



ドラマの影響で村岡花子の「腹心の友」であった柳原白蓮に対する関心が急上昇中だという。文藝春秋社もこの機会に装幀をあらたなものに変更して、文春文庫版の『恋の華・白蓮事件』の重版に踏み切ったようだ。電子書籍版もあるとのこと。ご参考まで (2014年8月6日 記す)



<関連サイト>

NHK連続ドラマ小説『花子とアン』 公式サイト


(村岡花子が働いていたキリスト教系の出版社・教文館の書店部にて)


(「村岡花子と教文館」展 教文館の3階はキリスト教関連書のフロア)


<参考> 山梨県におけるカナダ・メソジスト教会の宣教

『日本の近代社会とキリスト教(日本人の行動と思想 8)』(森岡清美、評論社、1970)は、 ぜひ復刊を望みたい基本書
・・山梨県におけるキリスト教の布教については以下の目次を参照

4. 日下部メソジスト教会 (・・カナダ・メソジスト教会系、勝沼方面)
  日下部教会への関心/教線勝沼方面に伸びる
  指導的信徒像/日下部教会の成立
  教勢伸張の背景/東方区の分割
  小野と自給独立/自給問題の背景
  自給への歩み/信徒の苦心
  自給の達成/自給達成への契機
  勝沼教会との比較/教勢の発展

  組合を足場として/禁酒運動との結合
  禁酒運動と地域社会/西保村の禁酒運動
  各地の禁酒運動


明治維新後に将軍家は静岡に移封され、その地に招聘された教師としての宣教師が伝えたキリスト教が支えを失った旧武士階級に受け入れられ、洗礼を受けた日本人信者が宣教師となって静岡から山梨方面へ伝道を行った。その結果、カナダメソジスト教会は、静岡・山梨。東京のトライアングルが形成されることになった。東洋英和の系列校はこのトライアングル上にあるのはそのためである。

書評 『明治キリスト教の流域-静岡バンドと幕臣たち-』(太田愛人、中公文庫、1992)-静岡を基点に山梨など本州内陸部にキリスト教を伝道した知られざる旧幕臣たち を参照されたい。



<関連サイト>

港区の東洋英和女学院 : ヴォーリズを訪ねて
・・東洋英和の建物は1933年にヴォーリズが設計

(港区の東洋英和の本部 筆者撮影)


<ブログ内関連記事>

書評 『恋の華・白蓮事件』(永畑道子、文春文庫、1990 単行本初版 1982)-大正時代を代表する事件の一つ「白蓮事件」の主人公・柳原白蓮を描いたノンフィクション作品
・・東洋英和の同窓生で村岡花子と「腹心の友」となった白蓮もまた波瀾万丈の人生を送った人

マンガ 『はいからさんが通る』(大和和紀、講談社、1975~1977年)を一気読み
・・大正ロマン! ただしモデルの跡見女学園はミッショスクールではない。『花子とアン』は明治時代末期のカナダ系ミッションスクール東洋英和

映画 「百合子、ダスヴィダーニヤ」(ユーロスペース)をみてきた-ロシア文学者・湯浅芳子という生き方
・・大正時代はまたロシア革命の時代でもあった

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・NHKテレビ小説(通称朝ドラ)『花子とアン』(2014年度上半期)でナレーションを担当しているのが美輪明宏


■日本の「近代化」とキリスト教

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・「英語・アメリカ・キリスト教」の三位一体

NHK大河ドラマ 『八重の桜』もついに最終回-「戦前・戦中・戦後」にまたがる女性の生涯を戊辰戦争を軸に描いたこのドラマは「朝ドラ」と同じ構造だ
・・「西洋化(=欧化)とキリスト教(・・とくにアメリカのプロテスタンティズム)については、非常に重要なテーマであり、同志社大学の建学にからめて大河ドラマで取り上げたという意義はきわめて大きいというべきでしょう。これもまた多くの日本人はふだんほとんど意識することがないテーマだからです。

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・キリスト教伝道のため来日し日本に帰化したヴォーリズ。東洋英和の建築もヴォーリズが設計

書評 『新渡戸稲造ものがたり-真の国際人 江戸、明治、大正、昭和をかけぬける-(ジュニア・ノンフィクション)』(柴崎由紀、銀の鈴社、2013)-人のため世の中のために尽くした生涯
・・「英語・アメリカ・キリスト教」という共通点でつらなる人脈のひとつの中心は新渡戸稲造は盛岡藩士の息子

映画 『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた-日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念
・・原作本の主人公の河井道(かわい・みち)という女性は、『BUSHIDO』の著者で教育家の新渡戸稲造の薫陶を受けた日本人キリスト教徒。恵泉女学園を創設した教育家


■ラジオの時代

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!
・・「ラジオのおばさん」と呼ばれていた村岡花子の時代、教養番組には仏教系の修養を内容とするものもあった

NHKの連続テレビ小説 『カーネーション』が面白い-商売のなんたるかを終えてくれる番組だ

(2014年8月19日、9月24日 情報追加)


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2012年5月19日土曜日

レナード・コーエン(Leonard Cohen)の最新アルバム Old Ideas (2012)を聴き、全作品を聴き直しながら『レナード・コーエン伝』を読む



滅多にCDを買うことのなくなったわたしだが、絶対に買うCDはある。好きなアーチストの最新CDである。

ただし、高価な日本版を買うことはない。今回は、amazon で最安値になっていた英国からのインポート版を購入した。

そもそものは詩人として出発したレナード・コーエンのCDには、かならず歌詞カードがついており、この英国版もその点はまったく心配ない。

今回の最新アルバムは8年りのもの。レナード・コーエン自身、1934年生まれだから今年で78歳を迎えることになる。しかし、生涯現役を貫いているといえるのだろう。今回のあたらしいアルバムも8年ぶりだ。

最新アルバムのタイトルは Old Ideas(オールド・アイディア)。New Ideas(ニュー・アイディア)ばかりが強調されるのがいまの世の中だが、33 1/3回転のレコードのような、抑揚のない催眠術師のような歌い方といわれてきたレナード・コーエンだ。若い時から深みのある声だったが、年を取ってさらに声は深く渋くなっている。

わたしがレナード・コーエンを聴き始めたのは1980年代の後半からなので、すでに四半世紀近い。
1980年代から1990年代のかけてのアルバムだけでなく、その後アメリカやヨーロッパで入手したCDで、歌詞を覚えてしまうくらい聴き込んできた。

The Essential Leonard Cohen についている小冊子から、過去に発表されたディスコグラフィーをカバー写真で掲載しておこう。完璧主義者のレナード・コーエンの作品は、シンガーソングライターとしてのキャリアが45年以上あるが数は少ない。





レナード・コーエンは、一貫してヨーロッパでの人気が高い。カナダのモントリオール生まれの彼は、もともと詩人と作家として出発した人だ。最初からシンガーソングライターだったわけではない。

かつては「死火山のように、忘れた頃にいきなりインパクトのあるアルバムを送り出す、なんて評があったくらいだ。一つの曲つくりのため歌詞を納得のいくまで手直しする彼は、レコーディングしても結局リリースしないでお蔵入りというケースも多いようだ。


■『レナード・コーエン伝』(Various Positions)を読む

きょうは朝から、レナード・コーエンのCDをつぎからつぎへとかけっぱなしにしながら、『レナード・コーエン伝』(イラ・ブルース・ナデル、大橋悦子訳、夏目書房、2005)を読み切った。古本で入週してから4年たっている。

原著タイトルは、Ira B. Nadel, Various Positions: A Life of Leonard Cohen, 1996 というもの。Varuous Position(さまざまなポジション) とは、わたしがもっとも好きなアルバムのタイトルだが、日本語版は『哀しみのダンス』となっている。Dance Me to the End of Love (1984)という曲をそのままアルバム名としたものだ。




英語版はコンスタントに売れ続けているようだが、日本語版は重版されていないので新刊書では入手できない。日本語版は再版はないかもしれない。かなりヘビーなファンでないと、読んでもあまり興味がわかないだろう。

すでに25年以上もレナード・コーエンを聴き込んできながら伝記的な情報にはあまり関心を向けてこなかったわたしには、レナード・コーエンの全人生と全作品に対するコメンタリー(注釈)のように思われる内容豊富な本だった。

カナダのモントリオールに、多数派のフランス語人ではなく、英語人のしかもユダヤ系のアッパーミドルクラスの商人の家に生まれたレナード・コーエン。彼の人生は根本にユダヤ教がある。9歳のときに父親を亡くすという喪失感が出発点にある精神的トラウマ。

しかも長年にわたって日本人の老師について禅仏教の修行に専念してきたレナード・コーエン。ユダヤ教と禅仏教が彼の人格の根底と作品に大きく反映していることが、カナダ人の英文学者で伝記作家の本書によって、詳細に跡づけられるている。

正式に禅僧となり、長年にわたって師事してきた臨済宗の老師である佐々木承周師からもらった法名が自間(Jikan)。

禅仏教の修行を深めることによって、自らのアイデンティティであるユダヤ教についても深めることができたというレナード・コーエンは、ユダヤ教に欠けるものが、祈りと瞑想の重視であるという。

ラビ的なユダヤ教ではなく、預言者のユダヤ教に惹かれてきた彼は、子どもの頃に受けた『イザヤ書』の影響が強いのだそうだ。母方の祖父がラビであったというコーエンだが、コーエンという名字はそもそもヘブライ語で祭司を意味するものだ。

レナード・コーエンが求めててやまなかったスピリチュアリティとは、形式主義ではなく、生きた信仰ということだろうか。それは東欧のハシディズムにも通じるものがある。

禅仏教によって実践してきた自分を徹底的に深掘りする行為が、人生にも作品にも反映している。伝記の英語原書のタイトルでもある Varuous Position(さまざまなポジション)は、アルバムタイトルから取られたものだが、「一所不住」(いっしょふじゅう)という禅の教えを英語にしたものなのだ。

こういう観点から読んでみるのも面白いかもしれない。なぜユダヤ人に禅仏教やチベット仏教に帰依する者が多いのか、その一人のケーススタディとして読んでみるのも面白いかもしれない。

なお、レナード・コーエンには、NHKがフランスとカナダと共同製作して放送した『NHKスペシャル チベット死者の書』の英語版 The Tibetan Book of the Dead で朗読を担当している。抑揚のない低くてゆっくりした声は、お経のように聞こえるかもしれないので、内容にはまさにピッタリである。ちなみに日本版の脚本を書いたのは中沢新一だが、英語版では一部修正しているようだ。

『チベット死者の書』そのものの朗読はハリウッド俳優のリチャード・ギアも行っているが、機会があれば、ぜひ音声を聴くき比べて欲しい。

こういうことを、400ページ近い伝記を読んでディテールについて確認しながら、てふたたびCDを聴いてみる。そんな一日を過ごすのもたまには悪くない。



PS レナード・コーエン死す(2016年11月7日)

享年82歳。禅の修行では来日しても、結局コンサートで来日することがなかったのが残念。ことし2016年のノーベル文学賞が同じくユダヤ系のボブ・ディランが受賞することになったが、レナード・コーエンこそふさわしかったのではないかと思うのは私だけではあるまい。もはやあたらしいアルバムが出ることはないが、これからも折に触れて聴いていきたいと思う。ご冥福をお祈りします。合掌。 (2016年11月15日 記す)


(Leonard Cohen on his Life as a Zen Monk, 2014)
(ドイツ語字幕つきだが設定で英語字幕の表示可能)
(2026年6月23日 情報追加)



(追悼記事)
レナード・コーエンのいま振り返るべき軌跡-どこにも属さない孤高の存在感放ち続けた男の世界に酔いしれる (MIKIKI、2017年2月27日)

ディランと双璧をなす「歌う大詩人」レナード・コーエンの名作人間の本質、矛盾、多面性を見つめ歌い上げたアーティスト (WEDGE、2017年3月31日)


(2017年3月31日、2026年6月23日 情報追加)



<関連サイト>

Leonard Cohen Facebookページ (公式サイトのようなもの)

佐々木承周老師のこと
・・レナード・コーエンの禅仏教の師匠は、臨済宗の佐々木承周老師。この人については、日本ではまったく知られていないようだが、この記事を参照

Tibetan book of the dead Part 1
Tibetan book of the dead Part 2 
Tibetan book of the dead Part 3
Tibetan book of the dead Part 4
Tibetan book of the dead Part 5
Tibetan book of the dead Part 6
Tibetan book of the dead Part 7
(YouTube 『チベット死者の書』の朗読はレナード・コーエン)

Tibetan Book of the Dead (intro) (リチャード・ギアによる『チベット死者の書』朗読)


シンガーソングライター レナード・コーエンさん 写真特集 (時事通信)


(2017年7月3日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

グラフィック・ノベル 『スティーブ・ジョブズの座禅』 (The Zen of Steve Jobs) が電子書籍として発売予定
・・レナード・コーエンとは別の日本人老師に師事して禅仏教の修行を行ってきたジョブズ

書評 『大使が書いた 日本人とユダヤ人』(エリ・コーヘン、青木偉作訳、中経出版、2006)
・・「先祖は、コーヘン(祭司:Cohen)の家系であり、エルサレムの第二神殿破壊以後、チュニジアのジェルバ島で2500年以上過ごす。イスラエル建国後、父親の代にコーヘン・ファミリーはイスラエルに帰還した」。

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)

書評 『ユダヤ人エグゼクティブ「魂の朝礼」-たった5分で生き方が変わる!-』(アラン・ルーリー、峯村利哉訳、徳間書店、2010)

書評 『目覚める宗教-アメリカが出合った仏教 現代化する仏教の今』(ケネス・タナカ、サンガ新書、2012)-「個人のスピリチュアリティ志向」のなかで仏教が普及するアメリカに読みとるべきもの

グラフィック・ノベル 『スティーブ・ジョブズの座禅』 (The Zen of Steve Jobs) が電子書籍として発売予定
・・ジョブズもまた禅仏教に傾倒していた

NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル
・・カナダ・メソジスト教会が設立した東洋英和で英語を身につけた村岡花子。

(2014年9月1日 情報追加)


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