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2014年12月29日月曜日

書評『鉄道王たちの近現代史』(小川裕夫、イースト新書、2014)ー「社会インフラ」としての鉄道は日本近代化」の主導役を担ってきた


「乗り鉄」や「撮り鉄」など、鉄道ファンや鉄道マニアの鉄道へのかかわりかたはさまざまな形があるが、日本の鉄道の歴史はきちんと押さえておきたいものだ。

なぜなら、社会インフラとしての鉄道は、戦後のモータリゼーション時代を迎えるまでは、電気・ガス・水道といったライフラインにかかわる社会インフラの中核をなすものであったからだ。

もちろん現在でも鉄道がきわめて重要な位置を占めているが、歴史を振り返ってみれば、幕末から明治維新後の「日本近代化」の140年の歴史しかないことに気がつくのである。

本書『鉄道王たちの近現代史』(小川裕夫、イースト新書、2014)は、現在では当たり前のように張り巡らされた鉄道ネットワークをつくったのが、小林一三、堤康次郎、五島慶太、渋沢栄一など「鉄道王」と呼ばれた民間の実業家たちであったことを、あらためて思い知らせてくれる内容の本である。

近代化に不可欠な鉄道だが、新政府には十分な財源がなく、民間活力をフルに発揮させるしかなかったのだ。

民間主導の鉄道ビジネスに一大変化がもたらされたのは、いまから108年前に成立した「鉄道国有法」である。日清・日露戦争を経て兵員輸送のための鉄道利用という軍事的意味が増大したこともあり、社会主義国家ではなかったのに、鉄道事業の多くが「国有化」された(!)のである。

結果として、統一軌道による全国ネットワークが完成したわけだが、鉄道事業を興した実業家や株主にとっては、事業売却というエクシットによってキャピタルゲインを得ることになったわけだから、かならずしも悪い話ではなかったようだ。

「国有化」される以前の民間主導の鉄道、「国有化」以後に国鉄(・・現在の「民営化」後のJR各社)と棲み分ける形で発展した私鉄の経営者たちと、かれらが展開した鉄道会社のビジネスが、動力源としての「電力」、現在の鉄道ビジネスとは不即不離の「都市計画」・「百貨店」・「リゾート」・「エンタテインメント」・「旅行」といったテーマでまとめられている。鉄道が「主」か、鉄道は「従」か、各社の戦略によってビジネスモデルのあり方は異なるが。

「鉄道王」たちの活躍を人物伝として描いたというよりも、日本の鉄道史にかんする事実を正確にかつ淡々と述べているので、やや無味乾燥のきらいがあるかもしれないが、意外と盲点となっている視点でカバーしている箇所もあり、読んで損はない内容である。

とくに重要だと思われるのは、「第2章 鉄道と原発」である。やや奇をてらったタイトルだが、要は電車は電気で走っているという、当たり前だがふだんはほとんど失念している事実にあらためて喚起していることに意味があるのだ。

電車は電気で走る。その電気のすくなからぬ部分は原子力発電によって担われているのである。本書には、鉄道会社が自社でもつ発電施設から生み出された電力の売電や、発電会社が需要拡大のために鉄道ビジネスに関与したケースなどが記述されている。現在の「9電力会社体制」が確立する以前の姿に、現時点の「常識」でものを考えることの落とし穴に気がつかせてくれるのである。

鉄道ネットワークは「日本近代化」の完成とともに、現在ではすでに確立した「この国のかたち」となっている。「はじめに」で言及されている起業家の孫正義氏は、この上にさらにインターネットという社会インフラの構築に携わったわけである。

日本の鉄道が、社会インフラとして大東亜戦争の敗戦当日(=1945年8月15日)にも動いていた(!)ことを考えれば、たとえ戦争や自然災害によって国土が壊滅的破壊を受けても大きな変化はない。むしろ、高度成長期のモータリゼーションの進展、とくに高速道路ネットワークの完成によって、鉄道の意味合いが縮小したことにこそ注目しなくてはならない。

社会インフラにかかわるビジネスは、歴史の変わり目にしか大規模な新規参入をともなうビジンスチャンスが発生しない事業分野である以上、著者の思いには反するが、日本近代に登場したスケールをもつ「鉄道王」たちが登場することは、もはやないだろう。だが、日本の鉄道を鉄道史というかたちで歴史的に振り返ると、ビジネスパーソンではなくても、いろいろなヒントが見つかることもたしかである。

その意味では、鉄道史を読むという、「読み鉄」という楽しみ方もあっていいのかなと思うのである。




目 次

はじめに
第1章 鉄道王がつくった「この国のかたち」
第2章 鉄道と原発
第3章 鉄道と都市計画
第4章 鉄道と百貨店
第5章 鉄道とリゾート
第6章 鉄道と地方開発
第7章 鉄道とエンタテインメント
第8章 鉄道と旅行ビジネス


著者プロフィール

小川裕夫(おがわ・ひろお)
1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経てフリーランスライター。取材テーマは地方自治、都市計画、内務省、総務省、鉄道。著書に『踏切天国』(秀和システム)、『全国私鉄特急の旅』(平凡社新書)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された鉄道史』『封印された東京の謎』(彩図社)、編著に『日本全国路面電車の旅』(平凡社新書)、監修に『都電が走っていた懐かしの東京』(PHP研究所)がある。



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