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2016年3月20日日曜日

書評『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(高野秀行 × 清水克行、集英社インターナショナル、2015)ー いまから500年前の室町時代は2010年代のソマリアのようなものだ


 『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(高野秀行×清水克行、集英社インターナショナル、2015)を読んだ。この本は面白い!

高野秀行氏は、「辺境もの」のノンフィクション作家。
清水克行氏は、室町時代を専門とする日本史研究者。

清水克行氏の本はいままで読んでなかったが、早稲田の探検部出身の高野秀行氏の「辺境ものノンフィクション」はじつに面白い

たとえば『ミャンマーの柳生一族』(集英社文庫、2006)『アヘン王国潜入記』 (集英社文庫、2007)などのミャンマーものや、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫、2009)などがそれだ。だが、2013年に出版された、『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)が面白いと評判だが、残念ながらまだ読んでない。

そんな二人が意気投合して行った対談がこの本だ。語りおろしを編集して一冊にしたものだ。

(カバーの袖から)

いまから500年以上前の室町時代がなぜ現代の日本人からみて理解しにくいのか、その理由がソマリアをはじめとするアジア・アフリカの発展途上国の現在と重ね合わせると、じつによく理解できるのだ。 この対談を読んでみると、この両者がじつによく似ていることには驚くばかりだ。

わたしも東南アジアを中心に、バックパック背負っていろいろ歩き回った人間だが、何度もウンウン、そうだそうだ、とうなずくばかり。逆にいうと、現代の「辺境」は室町時代のようなものなのだ、と。

室町時代の崩壊が始まり、価値観が完全に崩壊したのが「戦国時代」という約一世紀つづいた過酷な内戦時代である。

生存のための自衛組織として戦国時代に形成された「村」(ムラ)という共同体は、「高度成長期」を経てすでに融解擬似共同体であった「カイシャ」もまた、すでに生活共同体として意味合いが薄れ、失われた20年(?)のなか、バラバラの個人となった日本人は漂流している。

日本から「村」(ムラ)という共同体はほんとうに消えてしまったのだ。戦国時代以来の大転換期にあることはひていできまい。では日本人は、いったい何にたよって生きていけばいいのか?

そんな時代に生きる現代日本人が、これからどうやって生きていくのかを考えるうえで、同時代に存在するソマリアなどの「辺境」や、自分たちの歴史である「室町時代」というのは、なんらかの参考になるかもしれない。

歴史が役に立つとは、そういうことなのだろう。ほんとに面白い本である。




目 次

はじめに(高野秀行)
第1章 かぶりすぎている室町社会とソマリ社会
第2章 未来に向かってバックせよ!
第3章 伊達政宗のイタい恋
第4章 独裁者は平和がお好き
第5章 異端のふたりにできること
第6章 むしろ特殊な現代日本
おわりに(清水克行)


著者プロフィール

高野秀行(たかの・ひでゆき)
ノンフィクション作家。1966年東京生まれ。『ワセダ三畳青春記』で第一回酒飲み書店員大賞、『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。著書は他に『移民の宴』『イスラム飲酒紀行』『ミャンマーの柳生一族』『未来国家ブータン』『恋するソマリア』など多数。  

清水克行(しみず・かつゆき)
明治大学商学部教授。専門は日本中世史。1971年東京生まれ。大学の授業は毎年大講義室が400人超の受講生で満杯になる人気。NHK「タイムスクープハンター」など歴史番組の時代考証も担当。著書に『喧嘩両成敗の誕生』『大飢饉、室町社会を襲う! 』『日本神判史』『足利尊氏と関東』『耳鼻削ぎの日本史』などがある。


<ブログ内関連記事>

書評 『アジア新聞屋台村』(高野秀行、集英社文庫、2009)-日本在住アジア人たちの、きわめて個性にみちた、しなやかで、したたかな生き方


500年前の時代を考える

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・戦国時代の末期、ちょうど大航海時代にあったヨーロッパと日本が出会うことになる

書評 『武士とはなにか-中世の王権を読み解く-』(本郷和人、角川ソフィア文庫、2013)-日本史の枠を超えた知的刺激の一冊

「ジャック・カロ-リアリズムと奇想の劇場-」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年4月15日)-銅版画の革新者で時代の記録者の作品で17世紀という激動の初期近代を読む
・・この本では言及はないが、日本の戦国時代と同時代の「初期近代」の西欧もまた、現代のソマリアのような時代であったというべきだろう

ミャンマーではいまだに「馬車」が現役だ!-ミャンマーは農村部が面白い


「村」(ムラ)と「世間」はイコールではない
 
書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・顕在化する「空気」、依然として消滅しない見えない「世間」が日本人の行動を縛っている


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2012年5月30日水曜日

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと



先週土曜日(2012年5月26日)に実行した「市川文学散歩」。その途上、市川市菅野でレトロな物件を発見しました。井戸水を汲みあげるための手押しポンプです、なつかしいですねえ。

現在は閉店している喫茶店兼スナック(?)の店前にあったのが、その前を通りかかったときに目に入ってきました。レトロな店舗の前に、レトロな物件。こういうものを目にするのは、いまやめずらしくなっただけに、たいへんうれしく思うものです。


というのも、そのむかし小学生の頃に住んでいた東京都練馬区でも井戸が使われていたから。昭和40年代はじめには、すでに上水道は普及していましたが、隣りの家に井戸があって、井戸水を汲むのにつかわれていました。

数軒に一つしかない井戸水は、野菜を洗ったり、洗濯用の水としてつかわれていました。さすがに飲み水としては、すでにつかわれていなかったようですが。

取っ手を押す際にでる「キ~コ、キ~コ」という、金属音がつくりだすリズムが好きで、子どもの頃、よく動かしてましたものです。

井戸端には、主婦が集まっていたものでした。コミュニケーションを発生させる場としての井戸端。むかしは文字通りの「井戸端会議」が行われていたわけですね。現在の職場でいえば、喫煙コーナーのようなものでしょう。

「3-11」後の現在、放射能汚染を避けるために、井戸を掘るのがブームになっているようです。

しかし水をくみ上げるのに電気でモーターを回しているので、むかしの井戸端の感覚はありません。しかも自宅の敷地内ですから、井戸端会議も発生のしようがないということでしょう。

井戸を掘る日本のローテク、これは現在は発展途上国で大いに役立っています。不衛生なたまり水ではなく、汚染のされたないキレイな井戸水がいかに貴重でかつ重要であることか。

すでに日本ではレトロな手動式井戸水汲みを見ることのなう若い人たちには、ぜひ発展途上国にいって、井戸で水を汲むことを体験してほしいと思います。


電気をつかわない機械について

井戸汲みポンプは、テコの原理を利用したシンプルな機械です。電気で駆動するモーターをつかわない、ローテクのマシン。電子時代にはない、機械の強みを感じさせます。

昨年の東電管内の「計画停電」(=輪番停電)において痛感したのは、現代文明がいかに電気に依存した文明になっているかということでした。

高層建築物においては、水道水ですら電気でモーター回してくみ上げているので、電気が止まると水もでないのです! トイレで水を流すのも、電気がないとできないのです!

そんななか、唯一動いていたのが、水洗トイレのロータンクでした。きわめて単純な構造ですが、水に浮かんだタップによって弁を開閉し、水量を自動調整する仕組みです。駆動に電気を必要としない、きわめて合理的な設計です。


(出典: 水洗トイレロータンク構造 http://www.handsman.co.jp/myweb/D63-1-1.html

20世紀後半の日本は、機械に電子電気を組み合わせることによって、工作機械などの分野でも、ドイツやスイスの機械の牙城を崩してきました。いわゆる「メカトロニクス」という和製英語に象徴される技術革新です。

しかし、機械そのものについては、いまだにドイツやスイスのほうが優れているという評価は、日本のものづくりの世界でも根強く残っています。やはり、機械そのものの歴史が違うのでしょう。

先日、佐倉の国立歴史民俗博物館にひさびさにいってみましたが、江戸時代後期に讃岐の国(・・現在の香川県)でつかわれていたという、サトウキビから砂糖を絞り切る機械(=砂糖しめ臼)の模型をみました。牛が引っ張っぱる動力を、歯車をつかって石臼を回す動力に変換する木製の機械です(下図)。

(国立歴史民俗博物館 近世のコーナー)

(同上)

風の強いオランダの海岸地帯では風車によって風力を動力に変換する機械が普及しました。同時代の日本では、水流を利用する水車や、家畜をつかった機械が利用されていました。

いざというときには電気がつかえないとなにもできない、それでは生き延びることはできません。

人間のチカラも含めて、いかに電気をつかわないで利便性を確保するか、真剣に考えるときがふたたびやってきているのではないかと思うのです。

もちろん電気文明の恩恵に要しているからこそ、いまこうやってブログの文章も書くことがdきるわけですが、いざという危機状況の際には、電気はつかえなきという覚悟をしておく必要があることは、けっして忘れることはないでしょう。

ひさびさに井戸水を汲む手動式ポンプをみて、その思いはさらにつよくなった次第です。



<ブログ内関連記事>

国立歴史民俗博物館は常設展示が面白い!-城下町佐倉を歩き回る ①
・・とくに「近世」」のコーナーは2008年に全面改装されたようで注目だ

書評 『ニシンが築いた国オランダ-海の技術史を読む-』(田口一夫、成山堂書店、2002)-風土と技術の観点から「海洋国家オランダ」成立のメカニズムを探求
・・技術が生まれる風土に着目した技術史

本の紹介 『シブすぎ技術に男泣き!-ものづくり日本の技術者を追ったコミックエッセイ-』(見ル野栄司、中経出版、2010)
・・日本のものづくりの中心はメカトロニクス

書評 『ブルー・セーター-引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語-』(ジャクリーン・ノヴォグラッツ、北村陽子訳、英治出版、2010)
・・発展途上国で水を確保することの意味

このオレに温かいのは便座だけ (サラリーマン川柳より)
・・しかし、[3-11」後の「計画停電」以降は、ウォシュレットをつかうとき以外は電気は切っているので、便座すら暖かくない(笑)

書評 『まっくらな中での対話』(茂木健一郎 with ダイアログ・イン・ザ・ダーク、講談社文庫、2011)
・・「計画停電」で唯一意味があったのは、くらやみの再発見

「アタマの引き出しは生きるチカラ」だ!-多事多難な2011年を振り返り「引き出し」の意味について考える
・・「アタマの引き出し」がすぐにつかえる状況にあれば、電気をつかう情報機器がなくてもサバイバル可能!




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2010年7月24日土曜日

書評『明治維新 1858 ー 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)― 近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本




近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本

 『明治維新 1858ー1881』。実にシンプルなタイトルである。サブタイトルがないので、注目されることもなく埋もれてしまうのではないかと心配だ。

 しかし、内容はきわめてすばらしい。何よりも明治維新をみる視点が斬新である。内容的には埋もれるどころか、ロングセラーになりうる本だといえよう。

 本書は日本人のためだけに書かれたものではない、ということも重要だ。英語版に先行して、この日本語版が出版されたという。

 明治維新はもちろん日本人自身の歴史ではあるが、日本語使用者にしか理解できない日本史特有の歴史用語を、開発経済学の用語で言い換えることによって、国際比較という観点からみた明治維新を記述することが可能となった。

 開発経済学の立場からみた「明治維新モデル」が、果たしてアジア・アフリカの発展途上国にとって、いったいどこまで参考になるのか、あるいは参考にはならないのかという問題意識のもとに始められた、日本近代政治史の重鎮との共同研究の成果である。

 最新の研究成果を縦横に駆使して、非常に明晰な文体で書かれた政治経済史である。

 本書の構成を紹介しておこう。

第一部「明治維新の柔構造」
 明治維新というモデル、柔構造の多重性、明治維新の指導者たち、政策と政局のダイナミズム

第二部 改革諸藩を比較する
 越前藩の柔構造、土佐藩の柔構造、長州藩の柔構造、西南戦争と柔構造、薩摩藩改革派の多様性と団結、 薩摩武士の同志的結合、柔構造の近現代

第三部 江戸社会-飛躍への準備
 日本社会の累積的発展、近代化の前提条件、幕末期の政治競争とナショナリズム


 本書のキーワードは「柔構造」である。柔構造というと、私はかつて一世を風靡したエコノミスト竹内宏の『柔構造の日本経済』を思い出すが、幕末の「改革諸藩」を「改革諸藩」たらしめた特徴が、この柔構造の組織体であったという指摘は非常に示唆に富んでいる。

 変革の行動単位であった改革諸藩においては、かつて強調されてきたような下級武士による革命というよりも、財政改革によって実現した強い経済力に裏打ちされた、軍事力をともなう「藩」を行動主体として、機を見るに敏な藩主と、実力本位で登用された下級武士たちとの連携プレイがうまく機能していたことが強調されている。

 プレイヤーたちそれぞれの、状況の急変に応じて、悪くいえばいい加減、よくいえば融通無碍(ゆうづうむげ)な行動による、諸藩の離合集散や合従連衡(がっしょうれんこう)を繰り返しながらも、大きな政治改革を破綻させることなく、最後まで遂行させる原動力になった。

 著者たちによれば、これは日本近現代史においては以後みられぬことだけに、驚嘆すべき歴史的事象なのである。これが著者たちのいう「柔構造」である。

 とくに、変革の主体であった政治エリートたちの人物に焦点をあてており、彼らのあいだで交わされた書簡の内容を見ることで、いかなる情報共有が行われていたかの記述は興味深い。とくに「基本的価値観を共有した多様な意見の柔構造」であった薩摩藩の事例がきわめて興味深い。

 明治維新を可能にした経済的、知的インフラ要素についての本書の記述を読むと、この時点において、植民地となることなく、日本人が自らの手で政治変革を実行しえたことは、世界史的な意義をもつ出来事であったことが十分に理解されるのである。

 中国でも、朝鮮(韓国)でも、明治維新のインパクトがいかに大きなものであったかは、東洋史家の岡田英弘などが以前から指摘しているとおりである。毛澤東だけでなく、鄧小平もつねに明治維新を意識していたのである。

 現代でも、アジア・アフリカの発展途上国では、「明治維新」は十分にモデルたり得るだろう。ただし、モデルとしての普遍性、特殊性について十分に分析したうえでの検証が必要だろう。

 最近の新書本では珍しい、読み応えのある一冊である。

 近代日本史に関心のある人だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ一読、いや再読、三読したいものである。


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<初出情報>

■bk1書評「近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本」投稿掲載(2010年6月28日)
■amazon書評「近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本」投稿掲載(2010年6月28日)

*再録にあたって字句の一部を修正した。



■著者プロフィール

 

 坂野潤治(ばんの・じゅんじ)
1937年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。文学修士。東京大学社会科学研究所教授、千葉大学法経学部教授を経て、東京大学名誉教授。専門は日本近代政治史。主な著書に、『近代日本の国家構想 一八七一 ~ 一九三六』(岩波書店、吉野作造賞)、『日本憲政史』(東京大学出版会、角川源義賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

大野健一(おおの・けんいち)
1957年生まれ。一橋大学経済学部卒業後、スタンフォード大学にて Ph.D(経済学)取得。現在、政策研究大学院大学教授。専門は開発経済学、産業政策論。主な著書に、『国際通貨体制と経済安定』(東洋経済新報社、毎日新聞社エコノミスト賞)、『市場移行戦略―新経済体制の創造と日本の知的支援』(有斐閣、アジア・太平洋賞特別賞)、『途上国のグローバリゼーション』(東洋経済新報社、大佛次郎論壇賞・サントリー学芸賞)がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


PS 読みやすくするために改行を増やした。 (2014年9月10日 記す)。




<ブログ内関連記事>

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ

書評 『龍馬史』(磯田道史、文春文庫、2013 単行本初版 2010)-この本は文句なしに面白い!

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)

アマルティヤ・セン教授の講演と緒方貞子さんと対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」にいってきた
・・義務教育制度の導入という明治維新の正の側面について

書評 『岩倉具視-言葉の皮を剝きながら-』(永井路子、文藝春秋、2008)

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)
・・『神々の明治維新』(安丸良夫、岩波新書)について言及。明治維新の負の側面について

秋山好古と真之の秋山兄弟と広瀬武夫-「坂の上の雲」についての所感 (2) 
・・明治時代前半において軍事官僚は選りすぐりの知的エリートであった。発展途上国を見る目を「坂の上の雲」で養うべし

(2014年9月10日 情報追加)


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2009年8月5日水曜日

書評『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)ー 真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本




真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本

 『国をつくるという仕事』は、元世界銀行南アジア担当副総裁が書いた、貧困撲滅のための戦いの現場体験を描いた回想集。

 「思い出の国、忘れ得ぬ人々」というタイトルで、雑誌『選択』に連載されているときから愛読していた。こうやって単行本としてまとめられ一書となったことは喜びに堪えない。ぜひ多くの人に読んでほしい。


 世銀副総裁の回想といっても、功成り名遂げた人の回想録とはまったく性格を異にする。

 世界銀行のミッションは「貧困なき世界をつくること」、このミッション実現のため、各種のプロジェクトへの融資をつうじて、当該国の民衆の自立のために必要な支援を行うのがその仕事である。加盟国の国民すべてが株主であり、また受益者でもある。
 金融機関として、市場から安く調達した資金を、金融市場が効率的に機能しない発展途上国で、低利の長期融資を実行する。

 著者が責任者としてカバーした担当地域は南アジア、すなわちインド、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、モルディブ、アフガニスタン、ネパール、ブータン、その多くが第二次大戦後、独立を勝ち得た"若い"国々である。


 「国づくり」の中で置いてきぼりにされたのが国民、その中でも大多数を占める貧困層である。貧困問題の解決を行わない限り、ほんとうの「国づくり」からはほど遠い。なぜなら、貧困は人間から希望を奪い、国民としての参加意欲を削いでしまうからだ。

 一部の特権階級が潤うだけでは、国全体としてのチカラが生まれてこない。貧困を撲滅するために行われてきた国際援助が、本来の意図に反して政治家の汚職、腐敗の温床となってきたこともまた事実である。


 世銀は援助機関ではなく、あくまでも金融機関であり、貸し倒れリスクを最小にしなければならない義務がある以上、融資を実行するに当たっては、さまざまなリスク、とくに長期的なカントリーリスクに対する厳しい目も必要とする。

 著者は、マスコミの評価、その国の政治家の説明は決して鵜呑みにせず、自ら農村やスラムに足を踏み入れ、ホームステイし民衆と語らい、貧困問題とその解決策が、かならず「現場」にあることを、つねに確認してきた人である。


 「国をつくるという仕事」は、あくまでも草の根の国民の立場に身をおき、私利私欲を離れた立場から一般民衆のために奉仕するよきリーダー、よき統治(ガバナンス)があってこそ実現する。

 よきリーダーの補佐役を行うのが世銀であり、また著者自身の役割であると認識、問題を直視したうえで、ときには政治家を叱咤し、民衆のリーダーの熱い思いと行動に何度も涙してきた。経済学博士である著者自身が、経済学でいう "Cool head but warm heart" (アタマはクールでココロは暖かい)人なのだ。


 草の根の民間人であれ、一国の最高指導者であれ、よきリーダーの特質とは言行一致していること、あくまでも一般の民衆のために奉仕することを念頭においている人のことだ。

 本書を読んでいて何よりも強く印象に残るのが、ブータンの前国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク雷龍王4世である。あるべき理想のリーダー像を示して素晴らしいの一語に尽きる。

 しかしながら、著者はブータンの抱える最大の政治問題である、ネパール系ブータン人難民についても多くのページを割いて言及している。けっしてブータン礼賛には終わらせないところに著者のバランス感覚をみる。


 そしてまた著者は、現場で得てきた貴重な経験を、自らが属する世銀の組織にフィードバックし、ビジョンを共有し、ミッションを組織の隅々にまで浸透させるための「組織文化改革」をやり抜いた。できればこの点をもっと詳述してほしかったとも思う。

 本書は、発展途上国や南アジアに関心をもつ人にも、貧困問題に関心のある人にも、ビジネスパーソンにも、社会起業家にも、ぜひ読むことを薦めたい。

 あるべきリーダシップや、あるべき組織のありかたを考える際に、必ず大きなヒントを与えてくれるはずである。


 
■bk1書評「真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本」投稿掲載(2009年8月3日)


<書評への付記>

この本と関係するある講演会について記しておく。


第24回 東京財団フォーラム
┗┛─────────────────────────────
「世界の貧困を考える」をテーマに、途上国における「開発」が持つ問題点や矛盾、さらには「貧困」に対して国際社会や日本はどのような理念を持って何をすべきかなどについて考えます。

【日時】4月15日(水)18:30~20:00
【会場】日本財団ビル2階 大会議室
【テーマ】「世界の貧困を考える」
【スピーカー】西水美恵子 元世界銀行南アジア地域担当副総裁
【モデレーター】加藤秀樹 東京財団会長
http://www.tkfd.or.jp/event/detail.php?id=129

 会社やめてから初めて参加したイベントがこれである。
 現在、カリブ海の英国領バージン諸島に住んでいる西水氏が、たまたま来日した際の講演会に参加したのであった。
 この本はその会場にて2割引で購入したものだ。

 営利目的のビジネス活動と、社会目的の事業活動が、同じ方向に向けて収斂(しゅうれん)していく・・・そういう予感がする。
 あえて社会企業と名乗らなくても、営利のみを目的としたビジネス活動は存在余地がなくなっていくだろう。
 ビジネスパーソンには社会の視点を、社会起業家にはビジネスマインドを。目指す方向は同じである。

 社会生態学者と自称していたピーター・ドラッカーや、マーケティング論の碩学フィリップ・コトラーといったビジネス思想家(business thinker)たちが、非営利組織の経営についての思索と研究を進めていったのは、ある意味、必然的な流れといえる。ただしここでいう非営利組織(Non-profit Organization)は、日本語で言うNPOよりも範囲は広い。

 "青い"理想を語ることは、決して"青く"ない、方法論さえきちんと伴ってさえていれば。そういう時代にやっとなってきたのだ。

 西水美恵子氏は、シンクタンク・ソフィアバンクのフェローの肩書きで日本にも関与している。参考として付記しておく。

(以上)



<関連サイト>

『国をつくるという仕事』公式サイト (英治出版) 

(2014年3月1日 項目新設)


<ブログ内関連記事>
                    
「組織変革」について-『国をつくるという仕事』の著者・西水美恵子さんよりフィードバックいただきました
・・ブログに書いたこの書評に対する著者本人からフィードバックをいただいたこと

書評 『チェンジメーカー-社会起業家が世の中を変える-』(渡邊奈々、日本経済新聞社、2005)-「社会起業家」というコトバを日本に紹介した原典となる本

書評 『ブルー・セーター-引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語-』(ジャクリーン・ノヴォグラッツ、北村陽子訳、英治出版、2010) ・・"Patient Capital" というソーシャルファンドについて

『世界を変える100人になろう』(社会貢献×キャリアデザイン)に参加してきた

(2014年8月18日 情報追加)


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