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2021年3月18日木曜日

沢木耕太郎氏の傑作ノンフィクション『オリンピア-ナチスの森で』を手引きにレニ・リーフェンシュタールの『オリンピック二部作』を視聴し「1936年ベルリン・オリンピック」について考えてみる(2021年3月)


「2020年東京オリンピック」は「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19)のため1年延期となった。延期されたものの、2021年の開催も危ぶまれている。開催されても無観客、あるいは開催されないかもしれない。 

「近代オリンピック」自体、商業主義に汚染されて、本来のスポーツ精神の行方もあやしくなっている。こう言われるようになって久しい。もはやオリンピックそのものが形骸化への道へと転落しつつあるのではないか、と。 

古代ギリシアにおいても、オリンピックは消滅している。始めあれば、終わりあり。それが世の中の理(ことわり)というものだ。すべて常ならず。無常である。
  
「2020年東京オリンピック大会」は、その「終わりの象徴」的存在となりそうだ。 日本は「1940年大会」は開催返上している。二度あることは三度ある。オリンピックが大きな話題になることは、今後すくなくとも21世紀の日本ではもうないだろう。


■『オリンピア-ナチスの森で』(沢木耕太郎)

こんな機会を逃したら、もうこの本を読むことはないかもしれない。そう思って『オリンピア-ナチスの森で』(沢木耕太郎、集英社文庫、2007)を読むことにした。  

2007年に文庫版を購入してから、読む機会を逸したままとなっていたのだ。昨年2020年に読むべきだったのだが、延期となってしまい読書の機会も延期となった。 

ノンフィクション作家の沢木耕太郎氏の本はすべて読んだわけではないが、個人的には1960年前後を扱った『テロルの夏』が最高傑作だと考えている。この『オリンピア-ナチスの森で』は、それよりさらに前の1936年を扱っている。 

沢木氏が最初にこのテーマを取り上げたのが1976年で、オリンピック日本代表団のメンバーへのインタビューを行っている。「1936年ベルリン・オリンピック」から40年後になるが、ギリギリ間に合ったといえよう。

単行本として製作されたのが1998年で、「1936年ベルリン・オリンピック」から62年後となる。ベルリン・オリンピック自体は、現在からすでに85年も前の歴史上の出来事となって久しい。 

知られざるエピソードがふんだんに紹介されているだけでなく、ベルリン大会から始まった「聖火リレー」はナチスの進軍ルートの事前調査、といういまだに流布しているオリンピック伝説が、ことごとく覆される。 


■映画『オリンピア 二部作』の監督レニ・リーフェンシュタール

なんといっても白眉は、序章と終章で全面的に取り上げられているレニ・リーフェンシュタール(1902~2004年)へのインタビューであろう。  

記録映画『オリンピア 二部作』(=『民族の祭典』と『美の祭典』)の監督であるレニは102歳まで生きたが、インタビュー当時は90歳であったにもかかわらず、映画製作にかんしての細部に至るまでの迫真のやりとりが、じつに興味深い。 

レニ・リーフェンシュタールについては、彼女の人生を振り返った記録映画『レニ』は日本で公開された1993年に映画館で見ている。彼女の人生と作品の数々が日本でも大いに話題になったことがあって、私もどっぷり浸かったことがある。

そのときはまだ本人が存命だった。彼女の『自伝』も読んでいる。写真集『ヌバ』も所有している。美しい肉体賛美は、三島由紀夫に通じるものがある。

レニの代表作の1つが、1934年ナチス党大会の記録映画『意志の勝利』で、この30年間で何度も繰り返し視聴している。映画は何度も繰り返し視聴している。 

ナチスへの関与のため「戦後」は、映画製作の現場から遠ざけられていたなか、圧倒的な迫力をもつ写真集『ヌバ』で再登場、まさに表現するために生まれてきたような強烈な個性の持ち主であったレニ。 

そんな彼女の代表作ともいえるのが『オリンピア』(1938年公開)であった。1939年に第2次世界大戦が始まる前に公開され、世界中で大きな賞賛を受けた映画だ。 

沢木耕太郎の『オリンピア-ナチスの森で』で、細部にわたって検証される『オリンピア』だが、じつは完全な記録映画ではなかった。ナチスの宣伝映画でもなかった。あくまでも「美」を追求する表現者であるレニの作品であったというべきなのだ、と。 

なるほど、そういう見方もあるのだなと、久々に映画『オリンピア』を視聴してみることにした。全部を通して見たことがなかったからだ。


■『オリンピア 二部作』を見る

映画『オリンピア』は二部作として構成されている。それぞれ『民族の祭典』は111分、『美の祭典』は89分だ。あわせて200分である。3時間弱の長尺である。

第1部『民族の祭典』の冒頭の20分を越えるシーンは、紀元前の古代ギリシアと1936年当時の現代ドイツをつなぐものだ。アテネのアクロポリスから始まり、聖火リレーがバルカン半島を通ってオリンピック会場までリレーされるシーンは、「オリンピックの思想」を美しい映像として表現したものだ。 

日本選手の活躍するシーンが多い。選手たちの筋肉の躍動が美しいだけでない。選手たちの表情もいい。また日本人観客の表情もいい1936年当時の日本人がそこにある。 

「円盤投げ」から始まる、古代ギリシアに由来する陸上競技でまとめた第1部『民族の祭典』圧巻は、なんといってもマラソンだろう。植民地であった朝鮮半島出身のランナー孫基禎が金メダルを獲得するのだが、表彰台に立った孫の背後に翻る日の丸、流される「君が代」には、複雑な思いを感ぜざるをえない。 

棒高跳びのシーンは、じつは競技そのものではなく、撮り直したものだということは、『オリンピア-ナチスの森で』で初めて知った。記録そのものではないというのは、そういうことだ。マラソンでも映像を反転させて使用しているシーンもあることを知り、実際に確かめて見たが、まさにその通りだった。 

第2部『美の祭典』の圧巻は、なんといってもダイビング(=跳びこみ)。モノクロであるが、空を飛ぶ肉体は、ほんとに美しい。 肉体がもっとも美しく表現されるアングルを駆使したスタイルは、現在に至るまで踏襲されている。

沢木耕太郎の『オリンピア-ナチスの森で』は、レニの『オリンピア』のいい副読本になっている。そういう読み方も可能だ。


■近代オリンピックの行方

沢木耕太郎氏の『オリンピア』は、5部作の予定だったのだという。だが、完成したのは『オリンピア-ナチスの森で』だけである。それほど入魂の仕事なのである。1つの作品を完成させることは、それだけ大変なのだ。 

文庫版の「あとがき」(2007年)で沢木耕太郎氏はこう書いている。「2020年東京オリンピック大会」」の開催が決定される以前のものだ。


オリンピックのサマーゲームは、(・・中略・・)2004年に行われた「アテネ大会」で近代オリンピックはひとつの円環を閉じてしまったような気がしてなりません。 その思いは、次の時代のオリンピックがこれまでよりも印象的な大会になることはあまりないのではないかという危惧を抱かせます。たとえ東京で二度目の大会が開かれたとしても、1964年のオリンピック以上のものにはなりえないでしょう。 


日本だけでなく、世界がオリンピックに熱中するようなことは、もうないのかもしれない。

その意味でも、「1936年ベルリン・オリンピック大会」や「1964年東京オリンピック大会」は、それ自体が大きな意味をもつ近代史の一コマだったのである。








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