高校時代、たまたま入手した『現代人の読書-本のある生活』(三一新書、1964)という本を繰り返し、繰り返し読んでいた。その内容は現在でも隅々まで記憶に残っている。
評論家で読書法や本の整理法など、多方面にわたって多くの著作を出してきた紀田順一郎氏の29歳のときものだ。その老成した内容に、迂闊なことながら高校時代の自分は、まさか29歳の人間が書いた本だとは思いもしなかった。
その『現代人の読書』に出てきた「蔵書一代」というフレーズが自分のなかに刻み込まれていたこともあり、ふと思い出して最近のことだがネット検索してみたら、その紀田順一郎氏が『蔵書一代-なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』(松籟社、2017)という本を出していることを知った。著者82歳の著作である。
ブログの紹介記事などを読んで、すぐにでもこの本を読みたくなったので、さっそく amazon で取り寄せてみた。
本の帯には、「やむを得ない事情から3万冊超の蔵書を手放した著者。自らの半身をもぎとられたような痛恨の蔵書処分を契機に、「蔵書とは何か」という命題に改めて取り組んだ・・」とある。
帯の背とカバーの裏には、「蔵書一代、人また一代、かくてみな共に死すべし」と記されている。なかなか含蓄深い。
冒頭に置かれた「序章<永訣の朝>」が、まさに「自らの半身をもぎとられたような痛恨の蔵書処分」を描いた小編だ。
諦念のにじみでた読ませる文章は、切ないというか、痛恨の思いというか、ことばで表現するのは難しい。一部だけ抜粋して引用しておこう。
いよいよその日がきた。ーーー半生を通じて集めた全蔵書に、永の別れを告げる当日である。
(・・中略・・)
本を見送る気はなかったが、つい十二段ほどの外階段を降り、トラックに乗り込む店主に挨拶した。いまにも降りそうな空のもと、古い分譲地の一本道をトラックが遠ざかっていく。私は、傍らに立っていた妻が、胸元で小さく手を振っているのに気がついた。その瞬間、私は足下が何か柔らかな、マシュマロのような頼りないものに変貌したような錯覚を覚え、気がついた時には、アスファルトの路上に倒れ込んでいた。(・・後略・・)
蔵書家あるいは愛書家、そうでなくてもなんらかのコレクターなら、ぜひ全文を読んでほしい。引用した文章に続く文章がまた、ボディーブローのように効いてくるのだ。「蔵書一代」という「悟り」に至るプロセスが記された、忘れがたい小編となっている。
この本を読んでいて『随筆 本が崩れる』の著者で、文字通り本の山に埋もれて死んだ評論家の草森紳一氏が、著者の大学時代のサークルの後輩であることを知った。なるほど、そうだったのか、と。
整理など無縁であった草森紳一氏の蔵書3万冊超はすべて保管され、生まれ故郷の北海道の地にある短大に移管された。実家には3万冊超収納の書庫がすでに別個に設置されていたそうだ。だから合計7万冊近い蔵書が散逸を免れた。
システマティックに整理された紀田順一郎氏の蔵書3万冊超は、上記のとおり、手元に残した600冊以外はすべて古本屋に処分され、散逸した。
紀田氏は後輩の草森氏の蔵書の行方については語っていないが、いろいろ思うところはあろう。そしてまた、私自身もいろいろ思うところがある。
怪奇幻想文学の分野では紀田氏の後輩であり、同好の士である荒俣宏氏の膨大な蔵書は、はたしてどうなるのだろうか?
紀田順一郎氏の著作活動は、ほぼ処女作といっていい『現代人の読書』から始まり、最後の著作となるであろう『蔵書一代』でもって「円環として完結」したことになる(・・本書に掲載された「著者年譜」を参照)。それは「蔵書一代」を体現したような人生の表現でもあった。
さて、私の「蔵書」といえば、紀田氏のいう「蔵書」ではなく、稀覯書があるわけでもなく、ただ単に「マイ・コレクション」としての雑書の山に過ぎないというべきであろう。もちろん愛着はあるが「蔵書一代」はもとより覚悟している。
「わが亡きあとは売りてよね(米)買え」と蔵書印に彫ったのは江戸時代の蔵書家であった。このことも含めて、人生の早いうちから、その「覚悟」を著作をつうじて教え諭して頂いた先達としての紀田順一郎氏には、心の底から感謝していると、この場を借りてお伝えしたい。
目 次序章 〈永訣の朝〉第Ⅰ章 文化的変容と個人蔵書の受難第Ⅱ章 日本人の蔵書志向第Ⅲ章 蔵書を守った人々第Ⅳ章 蔵書維持の困難性参考文献あとがき著者年譜
著者プロフィール紀田順一郎(きだ・じゅんいちろう)評論家・作家。1935年横浜市に生まれる。慶應義塾大学経済学部卒業。書誌学、メディア論を専門とし、評論活動を行うほか、創作も手がける。主な著書に『紀田順一郎著作集』全八巻(三一書房)、『日記の虚実』(筑摩書房)、『東京の下層社会』(同)、『生涯を賭けた一冊』(新潮社)、『知の職人たち』(同)、『古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫)、『日本語大博物館』シリーズ(ジャストシステム)、『昭和シネマ館』(小学館)、『横浜少年物語』(文藝春秋)、『幻島はるかなり』(松籟社)など。『幻想と怪奇の時代』(松籟社)により、2008年度日本推理作家協会賞および神奈川文化賞(文学)を受賞。訳書に『M・R・ジェイムズ怪談全集』(東京創元社)など。荒俣宏とともに雑誌「幻想と怪奇」(三崎書房/歳月社)を創刊したほか、叢書「世界幻想文学大系」(国書刊行会)を編纂。(出版社サイトより)
<関連サイト>
研究者の死後、蔵書はどう処分されるのか(保坂修司、Newsweek日本版、2019年7月10日)
(2022年8月3日 情報追加)
<ブログ内関連記事>
・・『日本語大博物館-悪魔の文字と闘った人々』(紀田順一郎、ジャストシステム、1994)を取り上げている
(2021年7月23日、2024年2月11日 情報追加)
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)
end