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2021年5月10日月曜日

書評『未来は決まっており、自分の意志など存在しない ー 心理学的決定論』(妹尾武治、光文社新書、2021)ー 21世紀の「AI時代」に還ってきた「予定説」


『未来は決まっており、自分の意志など存在しない-心理学的決定論』(妹尾武治、光文社新書、2021)という本をたまたま知って、さっそく注文して読んでみたが、これがじつに面白かった。 

知覚心理学を専門とする心理学者が、自分の思想を心理学の知見だけでなく、科学論や哲学、AI、仏教の唯識論、脳科学やアート作品、サブカルなど総動員して論証しようとしたのがその内容。 

「未来は決まっており、自分の意志など存在しない」というのは、いわゆる「自由意志」(free will)なるものは存在しない、という立場である。自分の意志で未来を切り開いているというのは「錯覚」であって、あらかじめ決められた生きているに過ぎないのだ、と。 

「自由意志」など存在しないことは、刺激と反応で人間行動を説明する「行動科学」(behavior science)に慣れ親しんでいる人なら「常識」だと思うが、そうでない人にはショッキングなものかもしれないし、受け入れがたいとして頭ごなしに否定したくなる内容かもしれない。 

著者は冒頭から「トンデモ系」だと予防線を張っているが、著者のいうことのすべてに納得しなくても(・・当然のことながら、私もすべてに納得しているわけではない)、だいたいその線だろうなと思う人も少なくないと思う情報量が増大すれば、未知の部分が減少していくのは当然であり、したがって未来もかなりの確率で見えてくるのも当然。 

著者はまったく言及していないが、わたしはこの内容に「宗教改革」時代に現れたカルヴァンの「予定説」を想起した。 

その内容は、基本的に「未来は決まっており、自分の意志など存在しない」というものである。人間にとっては「未来」にあたる「死後」に救済されるかどうかは、あらかじめ「神」によって決められているので人間が介在する余地はない、とするものだ。 

である以上、人間は自分の努力の範囲内で精一杯生きていくことが求められるわけだ。自分の運命を呪ったりしても意味のないことだ。なぜなら、最初から決まっているのだから、悩んでも仕方ないことなのだ。とはいえ、一回限りの人生なのだから悔いのない人生にはしたいものだ。

若い人たちに「君たちには無限の可能性ある」なんて言うのは無責任でしかない。「できる範囲内で努力したらいいんだよ」と言ってあげる、そんな根拠になることだろう。

16世紀に生まれた「予定説」と、21世紀に顕在化してきた「自由意志否定論」は、よく似た思想であるように私には思われる。16世紀西欧の「神」を21世紀の「AI」に置き換えてみれば、その意味はわかるだろう。

それにしても、「未来は決まっており、自分の意志など存在しない」という思想が蘇ってきたのは興味深い。 

いわゆる500年近く続いてきた「近代」が終わって、あらたな時代の入り口にいることを端的に示しているのではないだろうか。すくなくとも、「自由意志」を前面に打ち出した「18世紀啓蒙主義」の終焉は明かだ。 

テクノロジーの発展がもたらしたあらたな「神」と「予定説」について、そんな風に思うのである。 もちろん、21世紀以降がどのような世界になるのか、現時点ではわからないが。




目 次
第1章 自由意志と決定論と
第2章 暴走する脳は自分の意志では止められない
第3章 AI
第4章 そもそも人間の知っている世界とは?-知覚について
第5章 何が現実か? 唯識、夢、VR、二次元
第6章 量子論
第7章 意識の科学の歴史
第8章 意識の正体
第9章 ベルクソン哲学にヒントが!
第10章 ベクションと心理学的決定論
第11章 マルクス・ガブリエルの新実在論
第12章 アートによる試み(妹尾の場合)
第13章 Cutting Edge な時代に生きる
まとめ
謝辞
エピローグ
引用および参考文献


著者プロフィール
妹尾武治(せのお・たけはる)
九州大学大学院芸術工学研究院准教授。東京大 学IML特任研究員、日本学術振興会特別研究 員(SPD)、オーストラリア・ウーロンゴン 大学客員研究員を経て、現職。東京大学大学院 人文社会系研究科(心理学研究室)修了。心理 学博士。専門は知覚心理学だが、これまで心理 学全般について研究及び授業を行ってきた。筋 金入りのプロレスマニア。著書に『脳がシビれ る心理学』(実業之日本社)、『おどろきの心理 学』(光文社新書)、『売れる広告 7つの法則』 (共著、光文社新書)、『脳は、なぜあなたをだ ますのか』(ちくま新書)、『ベクションとは何 だ!?』(共著、共立出版)などがある。


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