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2022年11月22日火曜日

書評『渡邉恒雄回顧録』(監修・聞き手:御厨貴、聞き手:伊藤隆/飯尾潤、中公文庫、2007)ー ナベツネ氏の人生と語る内容に圧倒される



『渡邉恒雄回顧録』(監修・聞き手:御厨貴、聞き手:伊藤隆/飯尾潤、中公文庫、2007)を読了。600ページを越える回顧録である。現代政治の貴重な裏面記録として読んだ。 

渡邉恒雄とは「ナベツネ」のことだ。現代に生きる日本人なら、この人のことをまったく耳にしたことはないという人は、まずいないだろう。それほど毀誉褒貶相半ばする巨大な存在であり、怪物といってもよい存在だ。 

「生涯主筆」を標榜する政治ジャーナリストで、讀賣新聞グループ本社の代表。96歳の現在、なお政治を中心に(もちろん野球も!)にらみをきかせている。死亡説が流れるたびに健在が確認される不死鳥のような存在。 これを書いている時点では、まだ生きているようだ。

そんなナベツネ氏の聞き取りの記録が本書である。記録が行われたのは1999年、単行本化されたのは2000年であり、すでに20年以上前のものだ。ということは75歳の頃のものだが、語り口の面白さと微に入り細にわたる事実関係の証言は読ませるものがある。 

なんといっても面白いのは、政治記者として脂ののりきった壮年期の大活躍ぶりだが、原点としての煩悶する哲学青年時代の回想もじつに興味深い。強靱な思考力が培われた原点が、カント哲学などで鍛えられたことかがわかる。 

戦時体制前夜では、旧制高校生としては青春を謳歌するには遅すぎ、学徒動員で招集され味わった軍隊の理不尽さ、戦後復員してからの共産党への入党と東大共産党細胞、そして脱党。 傲慢で頑固な保守主義者だという、一般化しているイメージは覆される10代後半から20歳代にかけての原点を知らずして、ナベツネ氏を語ることはできないのである。 その点には感嘆せざるを得ない。

本書は、オーラル・ヒストリーという歴史学の手法にしたがったアカデミックなものであり、聞き取りの中心になった政治学者の御厨氏は「解説」のなかで、渡邉氏のジャーナリストとしてのあり方を participant observer としている。観察者であり主体的に政治に関与する存在という意味だ。その大半は言論をつうじた間接的なものであるが、ときには直接的なものが皆無ではないようだ。

ジャーナリストに即していえば、ニュースを仕掛け、つくることのできる存在という意味だ。 事実関係の客観的な報道と、変革の仕掛け人として主体的な言動。この立ち位置は、なかなか微妙なものがある。一歩間違えば簡単に堕落してしまう。危うい均衡の綱渡りでもある。だが、やっている当の本人にとっては醍醐味であり、うまくいったときは痛快以外のなにものでもないだろう。 

渡邉氏自身が「終章 我が実践的ジャーナリズム論」で「30年後の検証にも堪えうる社説であるべきだ」と論説委員に言い続けてきたと語っている。聞き取りによるこの「回顧録」じたいも、「後世の批判に耐えられるテクスト・ブックを目指した」と御厨氏が述べている。 

事実関係は、厳格なファクトチェックを行わなくてはならないのである。しかし、当然のことながら当事者しか知らない事実についても、さまざまな資料や証言をつきあわせて検証を行わなくてはならない。 

すでに初版から20年以上経過しているが、読むに値する内容となっているのは、そんな確固たる信念のもとに行われた作品だからだろう。 

政治記者から政治家になってしまう人は少なくないが、あえてジャーナリストであることにこだわり、生涯にわたってブレることなくその信念を貫いた(いや、いまだ貫いている)渡邉恒雄氏という存在は、希有な存在だといえるのかもしれない。 

まさに、その人生と語りに圧倒されるのであり、おそらくこんな人は当分でてくることはないだろう。いや、おそらく最後の人なのかもしれない。政治もメディアも激変の渦中にあるだけでなく、渡邉恒雄氏のような存在を必要としなくなりつつあるからだ。 


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目 次
まえがき(渡邉恒雄) 
第1章 恋と哲学と共産党 ―1926~1949 
第2章 新聞記者への道 ―1948~1953 
第3章 保守合同と岸政権の裏側 ―1954~1959 
第4章 60年安保と池田政権の核心 ―1960~1964 
第5章 ワシントン支局長時代と角福戦争の内幕 ―1964~1972 
第6章 田中角栄とその時代 ―1972~1980 
第7章 盟友・中曽根康弘 ―1980~1987 
第8章 平成の九宰相 ―1987~1999 
終章 我が実践的ジャーナリズム論 
解説(御厨貴) 
引用 
文庫版のあとがき(御厨貴) 
付録 渡邉恒雄青春日記 
人名索引


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2015年4月26日日曜日

書評 『騒乱、混乱、波乱! ありえない中国』(小林史憲、集英社新書、2014)-映像と音声が命のテレビ局の記者によるスリリングな取材記録


海洋国家で島国に生まれ育った日本人が、大陸国家の中国とそこで生まれ育った中国人を理解するのはきわめて難しい。感覚がまったく異なるからだ。

かつてよく使われたフレーズに、日中は「同文同種」で「一衣帯水」の関係にあるなどの美辞麗句がある。だが、いまやそんなレトリックをそのまま信じるほどおひとよしの日本人は少ないだろう。とはいいながら、「似て非なる」程度の認識以上には進めないのは、ある意味では仕方がないことかもしれない。

そんなことをあらためて感じさせてくれるのが、『騒乱、混乱、波乱! ありえない中国』(小林史憲、集英社新書、2014)という本である。2008年から2013年まで北京特派員をつとめ、中国全土を取材で回ったというテレビ東京の記者によるルポルタージュだ。

テレビ局の記者は、新聞記者や雑誌記者とは異なり、映像として記録しなければ番組に使用されないという大きな制約条件がある。だからこそ、当局による拘束の危険を冒してでも、現場に出向き映像を記録するのである。この本は、そんな取材にまつわる舞台裏まで活字で記したものだ。

帯には、「拘束21回!」と大きく書かれている。これだけでもインパクトが大きい。この記者は21回も拘束されながら身の安全は大丈夫だったのだろうか、と心配になる。なぜなら、日本ではニュースにはなっていないが、中国で逮捕され、投獄されたままのビジネスマンが少なくないことは、現地ではよく聞く話だからだ。

「21回拘束」の実際については、直接本文を読んで確かめていただきたいが、「拘束」と「逮捕」は異なるのである。「身の安全を確保する」という口実のもとに、外国人記者を取材現場から引き離すのが本書でいう「拘束」である。公安や武装警察による外国人記者の「拘束」は、撮影済みの画像や映像の消去を求められることもあるが、調書をとって終わりというケースも少なくないようだ。ある意味では典型的なお役所仕事でもあるのだろう。

対外的なイメージ悪化を恐れる中国は、2008年の北京オリンピック以降、外国メディアによる取材は原則的に認めている。だがホンネとしては、微妙な国内問題については記事にされることをいやがる。だから、「拘束」という形で外国人記者に警告のメッセージを送るわけだ。

本書で取り上げられている中国の国内問題は、中国西部の少数民族ウイグル族の弾圧にはじまり、四川大地震の被害者たちの封じられた声中国初の民主選挙を実行したウカン村の勝利と共産党の延命を助けることになった意図せざる結果反汚職取り締まりで重慶の人びとの支持を獲得した薄煕来、そして一人っ子政策が残した負の遺産

いずれも、日本では断片的な報道はされているが、なかなか踏み込んだ報道が少ないの諸問題である。

これらの中国の国内問題について、当事者のナマの映像と音声として記録するために、記者は中国人の助手やカメラマンをともなって現地に飛ぶ。事実は現場にいって、自分の足で歩き、自分の目と耳で確かめるしかないからだ。だが、それは中国のような一党独裁の国家では簡単なことではない。

「拘束」する側も、「拘束」される側も、ある種のゲームのプレイヤーであるような印象さえ受ける。外国メディアと公安や武装警察とのいたちごっこの連続である。

相手の手の内を知り尽くした報道記者が、そんなゲームを演じながら、そのもてるワザを最大限に駆使して実行してきた取材である。テレビ番組として編集されるまえの舞台裏が本書にたっぷりと語られている。

それにしても、中国という大陸国家を理解するのは、島国の住人である日本人には難しい。断片的なピースを寄せ集めても、けっして全体像が見えてくるわけではない。逆にマクロの情報をだけを見てもミクロな細部は見えてこない。だが、そんな「事実」の断片を集めるしか中国と中国人を知る方法はほかにない。

本書のような、「親中」でも「反中」でもない、「事実」を伝えることを使命とする報道記者によるルポルタージュを読む意味はそこにある。もちろん記者の主観が入っているが、現地におもむき現場で困難な取材を行って記録された「事実」の重みは違う。

中国に関心がなくても、テレビの報道記者によるスリリングな取材記録とテレビの報道番組の舞台裏として読んでも十二分に面白い内容の本だ。中国に関心があれば、なおさら面白く読めるはずである。






目 次

第1章 ウイグル騒乱
第2章 西部大開発
第3章 四川大地震、その後
第4章 ゴーストタウン
第5章 ウカン村の闘い
第6章 泮河東村の挫折
第7章 薄煕来の重慶
第8章 重慶動乱
第9章 一人っ子政策の限界


著者プロフィール

小林史憲(こばやし・ふみのり)
1972年生まれ。テレビ東京『ガイアの夜明け』プロデューサー。1998年立教大学法学部卒業後、テレビ東京入社。2008年から2013年まで北京支局特派員。『ワールドビジネスサテライト』などの特集を担当する。これまで中国すべての省・自治区・直轄市・特別行政区を訪れ、取材を敢行している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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・・中国経済がかかえる問題を、短期・中期・長期で整理し、課題解決の可能性とその困難さについて書かれたもの

書評 『チャイナ・ジャッジ-毛沢東になれなかった男-』(遠藤 誉、朝日新聞出版社、2012)-集団指導体制の中国共産党指導部の判断基準は何であるか?
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書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人

書評 『蟻族-高学歴ワーキングプアたちの群れ-』(廉 思=編、関根 謙=監訳、 勉誠出版、2010)-「大卒低所得群居集団」たちの「下から目線」による中国現代社会論 
・・この「80后」と「90后」がその中心である




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