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2025年2月10日月曜日

エマソンの愛読者であった徳富蘇峰を知ってますか? ― 近現代日本を1世紀近く生きた大ジャーナリストで歴史家にもっと関心をもつべきだ

  


世界的に有名な D.T. Suzuki こと鈴木大拙をはじめ、文学者としては北村透谷、徳冨蘆花、それ以外の著名人として、内村鑑三、徳富蘇峰、安岡正篤、池田大作などの名前をあげておいた。

文学者の徳冨蘆花の実兄であった徳富蘇峰について、この場でやや詳しく記.しておきたいと思う。 


■「自己啓発」の観点からエマソンの影響を受けた人びと

エマソンについて語るにあたって、従来はアメリカ文学研究者たちは、北村透谷や徳冨蘆花といった文学研究者に言及することが通例だった。

2009年にオバマ元大統領が就任演説で愛読書だと言及してから、日本でも「エマソン復活」が始まったが、言及されるのは判を押したように北村透谷などの文学者ばかりだ。自分で十分にリサーチすることなく、先行する書籍の内容をコピペしているからだろう。

たしかに、日本初の評伝『ヱマルソン』(1894年)を書いた北村透谷は、エマソンの重要な概念である「内部生命」を重視したこともあり、近代日本文学史における重要人物である。 

ところが、かれはこの本を書いたあとに自死している。だから、わたしは、エマソンを語るにあたって透谷を称揚する気持ちにはなれない。エマソン的でなさすぎるからだ。 

徳冨蘆花は、名文の模範として紹介されることの多い文学者である。東京都世田谷区の「芦花公園」にその名を残している。だが、はたして現在どれだけ読まれているのだろうか? 

それよりも、むしろ徳冨蘆花の実兄の徳富蘇峰のほうが、「自己啓発」という観点に立てば、エマソンを語るにあたってはるかに重要ではないか、そう思うように至ったのは、蘇峰という大ジャーナリストの存在に対して、つよく感じるものがあったからだ。蘆花も透谷もみな蘇峰の影響圏のなかにあった人たちだ。 




■徳富蘇峰こそエマソン愛読者の中心にいた


先日、讀賣新聞社の主筆として君臨してきた渡邉恒雄氏が98歳で亡くなったが、熊本に生まれた蘇峰はその号とした阿蘇山のような、裾野の広い巨大な火山のような存在で、ナベツネ氏よりもはるかに大きな軌跡を残した人であることは間違いない。 

ジャーナリストで政治にも関与し、新聞社を起業した創業経営者であり、しかも300冊もの本を書いている。そのなかには『近世日本国民史』(全100巻)のような巨大な著作もある(・・さすがに、わたしはチラと見ただけで、読むことなど断念している)。 

じつをいうと、わたしは以前は徳富蘇峰を敬遠していた。どうしても、戦時中の言論をリードしたネガティブなイメージがつきまとっており、とくに疑問を感じることなく過ごしててきたからだ。世間一般の蘇峰に対する評価は、いまだ改善されているとは言い難い。 

ところが、蘇峰にかんする関連著作を読み、その人生について知れば知るほど関心が増していくのを覚えていった。

「親米」から「嫌米」、さらには「反米」に至り、大東亜戦争の敗戦後にはふたたび「親米」に戻っていくという人生百年の軌跡。まさに近代を生きた日本人に、そのまま重なるようではないか。 

若き日に新島襄の同志社で英語を学んだ蘇峰は、エマソンの熱烈な愛読者になり、親米から嫌米に変化していった時代にも、エマソン愛が変わらなかったのである。

なんどもくじけながらも、ジャーナリストになるという志を捨てなかったのは、エマソンの『自己信頼』の存在があったのである。 

敗戦後に占領軍から戦犯容疑をかけられて失意のどん底にいた時期に、エマソンの『自己信頼』を何度も繰り返し読み、自分を元気づけようとしたことは、拙著でも紹介したとおりだ。 

世界的に有名な D.T. Suzuki こと鈴木大拙はさておき、いまでも政財界で根強い人気のある安岡正篤のような人物とくらべても、徳富蘇峰の名前は聞いたことはあっても、どんな人だったのか知らないままに済ませている人も少なくないことだろう。 

拙著『エマソン 自分を信じる言葉』を読んで、徳富蘇峰にすこしでも関心をもった人がいたら、ぜひさらにその関心を深掘りしてみたらどうだろうか。






■徳富蘇峰を知るためにお薦めの本

以下、わたし自身が目を通した文献を簡単に紹介しておこう。

まず読むべきは、『徳富蘇峰 日本ナショナリズムの軌跡』(米原謙、中公新書、2003)であろう。蘇峰がいかなる人であったか、その95歳の全生涯をザックリ知ることができる。  

その後にぜひ読むことを薦めたいのは、『稀代のジャーナリスト 徳富蘇峰 1863~1957』(杉原啓司/富岡幸一郎編、藤原書店、2013)。さまざまな人たちが、さまざまな角度からみた蘇峰の像が立体的に浮かび上がってくる「まるごと1冊蘇峰」といった感じの本。写真も多数あり、著作目録なども収録されている。  




『評伝 徳富蘇峰 ー 近代日本の光と影』(ビン・シン、杉原啓司訳、岩波書店、1994)は、植民地支配下のベトナムに生まれたカナダの近代日本思想史研究者による、主体的な関心から生まれた研究。



基本的にポジティブなとらえ方の蘇峰だが、ベトナム人ならではの視点が重要だ。ベトナム人の対米観、対中観がその背景にある。残念ながら文庫化されていない。  


『弟 徳冨蘆花』(徳富蘇峰、中公文庫、2001)は、天才肌の文学者であった弟に対する、家長である長兄としての蘇峰の複雑な感情がかいまみられ、蘇峰の人物像に人間味をあたえてくれる。 『弟』に描かれた、作家で政治家の石原慎太郎と国民的俳優であった石原裕次郎の兄弟関係に比することもできようか。




「兄弟間の不和」にかんする真相を知れば、蘇峰嫌いも少しは減るのではないだろうか。近代日本文学史に関心のある人は読むといいだろう。徳冨蘆花の「徳冨」は、本来の「徳富」とは漢字が変えられていることに気づいている人は、意外と少ないかもしれない。 

日本初の松陰の評伝である『吉田松陰』(1893年)の冒頭にはエマソンのフレーズが英語原文のまま引用されているが。『自己信頼』(Self Reliance)に登場する Trust thyself: every heart vibrates to that iron string. という詩的なフレーズである。「千万といえど我ひとりゆかん」の松陰にふさわしい。


(岩波文庫の『吉田松陰』の冒頭)



、蘇峰の影響でエマソンを愛読した蘆花もまた、教養小説である『小説 思出の記』(1900年)の冒頭にエマソンのやや長い文章が英語原文のまま引用されている。これはエマソンの『代表的人物』に収録された「ゲーテ 文学に生きる人」の一節である。


(岩波文庫の『小説 思出の記』の冒頭)


そのほか、蘇峰自身による著作もある。たとえば『蘇峰自伝』や『読書九十年』など読むと面白いのだが、現在ではほとんど入手不可能なものが大多数であるので、ここでは『読書九十年』だけ取り上げておこう。エマソンがいかに蘇峰の長い人生に大きな影響をもった存在であったかがわかるからだ。

 (マイコレクションより『読書九十年』の初版本)


『読書九十年』(1952年)は、90歳の時点でみずからの読書歴をつづり、関連の文章を集めたエッセイ集である。エマソンにかんする文章の一部は拙著『エマソン 自分を信じる言葉』にも「特別付録」として引用してある。

「タバコも吸わず、酒も飲まず、趣味は古本の蒐集だけ」といった趣旨のことを蘇峰自身が書いている。この点でも、わたしは大いに親近感を抱くのである。


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2023年9月4日月曜日

映画『SHE SAID その名を暴け』(2022年、米国)を視聴 ー 「性加害」というエンターテインメント業界の「闇」が暴かれるまでのインサイドストーリー

 

じつを言うと、ジャニーズの事件がなければ、その存在すら知らなかったであろう。しかも、ことし2023年の1月に日本公開されていたことすら知らなかったのだ。

なぜ知ったかというと、ジャニー喜多川氏の「性加害」問題は、米国で発覚し大問題となったハーヴィー・ワインスティン(Harvey Weinstein・・日本ではハーヴェイ・ワインスタインと表記されているが発音が違う)による「性加害」問題とよく似ていることを思い出し、調べているうちにこの映画にたどりついたのである。




つぎからつぎへとヒット作を製作し、独立系プロデューサーとして著名な存在であったハーヴィー・ワインスティン。ミラマックス社を設立し、その後は自分の事務所を実の弟と経営していたワインスティン。名字からわかるようにユダヤ系である。

この映画は、ワインスティンその人を描いたものではない。ワインスティンによる「性加害」問題を記事にするべく困難な取材活動をつづけた、家族もちの女性記者2人のインサイドストーリーである。


■映画「SHE SAID」は実話にもとづくインサイドストーリー 

ワインスティンの事件は2017年のことであった。「ニューヨーク・タイムズ」の調査報道によって明らかになったのである。

ワインスティンの直接の被害者がつぎからつぎへと名乗り出ただけ結果、1970年代から80人以上の女性たちに対して「性加害」を行ってきたことが明らかになった。

それだけにとどまらず、「#Me-too 運動」に火がついたことで、同様の「性加害」のケースに対して、世界中で被害者たちが声上げが行われるようになったのだ。その流れのなかで韓国のエンタメ業界の問題も明らかになっている。自殺者が続出していた韓国の「闇」もまた深い。




「ニューヨーク・タイムズ」といえば「反日報道」が目立つ新聞だが、今回はその点は脇に置いておくことにしよう。ワインスティン事件は、基本的にまず米国の国内問題であり、ロンドンや香港など「英語圏」の問題であったからだ。

「USAトゥデイ」や「ウォールストリートジャーナル」などの全国紙とは違って、東海岸のニューヨークを中心とした地方紙ではあるが、カトリック教会の聖職者たちによる「性加害」問題を暴いた、おなじく地方紙の「ボストン・グローブ社」とくらべると、さすがにニューヨーク・タイムズは規模は大きい。

だからこそ、米国内とはいえ西海岸まで出張したり、しかもロンドンやコーンウォールまで海外出張することができたわけである。この調査報道にかんしては、新聞社としてもリーガルリスクを踏まえたうえで、そうとう力を入れたものであったことがわかるのだ。

調査報道チームは実働部隊は家族もちの女性記者2人。ワークライフバランスを重視する米国とはいえ、ジャーナリストとして活動することは、なかなかたいへんな仕事であることがわかる。

とはいえ、女性だからこそ、おなじく女性が被害者であるこの問題にフルコミットできたわけであり、女性も男性も入った上層部のフルサポートがあったからこそ可能となったわけだ。

映画では直接描かれないが、「ニューヨーク・タイムズ」による調査報道が「#Me-too 運動」に火をつけ、その後に集団訴訟となり、多額の賠償金支払いのためワインスティン・カンパニーは破産したという。

ジャニーズ社の場合も被害者たちは米国での訴訟も検討しているという。ジャニーズ社も多額の賠償金の支払いに耐えられるかどうか、現時点ではなんともいえない。


■エンターテインメント業界の構造と「性加害」問題

「性加害」の対象がジャニー喜多川の場合は自社に所属する少年たちであったのに対して、ワインスティンの場合は自社の映画に出演する女優や女性モデルたち、そして女性スタッフたちであったという違いはある。

とはいえ、おなじエンターテインメント業界の話であり、出演にかんして生殺与奪を握っている男性の上位者がプロデューサーとしての職権をたてに、セクシャルハラスメントを30年以上の長期にわたって行ってきた点は共通している。

ジャニー喜多川の場合は実の姉と共同経営であった。ワインスティンの場合は実の弟との共同経営であった。エンターテインメント産業における「同族経営」という点が共通している。

芸能事務所というものは、世界中どこでも属人性のつよい人材ビジネスであり、もちろん株式の公開などしていないので外部から内情を知ることはきわめてむずかしい。まずマッサージを求めるところから始めて、グルーミングしていくという点も共通している。

ジャニーズの場合と同様に、ワインスティンの場合も告発があっても証拠がないという理由で取り合ってもらえなかった。ワインスティンの場合は、口止めのためにカネを払って NDA(Non Disclosure Agreement:秘密保持契約)を結ばされるというやり口が行われていた。だから、被害者たちは泣き寝入りを強いられてきたのだ。

そして性加害の被害者たちの、長期にわたるフラッシュバック現象とPTSDも、ワインスティンのケースとジャニーズのケースも共通している。


■ハーヴィー・ワインスティンその人について

映画ではハーヴィー・ワインスティンその人は、でっぷりした大男として、その後ろ姿が登場するに過ぎない。Wikipediaの記述 などで人物にかんして情報を見ておこう。事件の真相に迫ったドキュメンタリーもある。

多額の賠償金支払いのためワインスティン・カンパニーは破産しただけでない。ハーヴィー・ワインスティンその人はワインスティン・カンパニーから追放され、逮捕されて裁判にかけられている。いっさいの名誉も剥奪された。

ニューヨーク地裁でレイプ事件などについて23年の刑を宣告され、収監されることになった。それに加えてロサンゼルスの裁判所でも16年の刑期が追加されている。合計39年間の刑期である。

(ハーヴィー・ワインスティン 2014年のもの Wikipediaより) 

2017年当時は65歳だったワインスティンだが、2023年時点では71歳である。2018年から合計39年間の刑期があるので、そのまま収監されたまま生涯を終える可能性も高い。それだけ重い刑罰であり、してきたことは重罪以外のなにものでもないのである。

ジャニー喜多川氏は、すでに2019年に87歳で天寿を全うしている。つまり逃げ切ったわけだ。もちろん、ハーヴィー・ワインスティンの事件もその後についても知らなかったはずがない。日系米人で英語が堪能な人物だったからだ。

「死者はむち打たない」というのは日本人の美徳だとはいえ、ジャニー喜多川氏の犯罪行為について封印したままでいいわけがない。死者は捜査対象ではないとしても、真相が明らかにされなくてはならない。

男性による少年たちに対する「性加害」にかんしては、カトリック教会の聖職者たちによる「性加害」問題は世界中で告発がつづいている、すでに死亡している司祭たちもいるが、事件そのものの真相解明はつづいている。再発防止のためには不可欠なことだからだ。

「性加害」問題は根が深い問題だ。おそらく世界中で、いまなお発覚することなく「性加害」がつづけられているのだろう。「性加害」を発生させないためにすべきことは多い。

この映画を視聴して、さらにそう思わざるをえないのである。





<関連サイト>

Harvey Weinstein allegedly sexually harassed and abused dozens of women, and the elaborate ways he tried to silence his accusers

・・被害者として名乗りを上げた人物の名前が列挙されている



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2022年11月22日火曜日

書評『渡邉恒雄回顧録』(監修・聞き手:御厨貴、聞き手:伊藤隆/飯尾潤、中公文庫、2007)ー ナベツネ氏の人生と語る内容に圧倒される



『渡邉恒雄回顧録』(監修・聞き手:御厨貴、聞き手:伊藤隆/飯尾潤、中公文庫、2007)を読了。600ページを越える回顧録である。現代政治の貴重な裏面記録として読んだ。 

渡邉恒雄とは「ナベツネ」のことだ。現代に生きる日本人なら、この人のことをまったく耳にしたことはないという人は、まずいないだろう。それほど毀誉褒貶相半ばする巨大な存在であり、怪物といってもよい存在だ。 

「生涯主筆」を標榜する政治ジャーナリストで、讀賣新聞グループ本社の代表。96歳の現在、なお政治を中心に(もちろん野球も!)にらみをきかせている。死亡説が流れるたびに健在が確認される不死鳥のような存在。 これを書いている時点では、まだ生きているようだ。

そんなナベツネ氏の聞き取りの記録が本書である。記録が行われたのは1999年、単行本化されたのは2000年であり、すでに20年以上前のものだ。ということは75歳の頃のものだが、語り口の面白さと微に入り細にわたる事実関係の証言は読ませるものがある。 

なんといっても面白いのは、政治記者として脂ののりきった壮年期の大活躍ぶりだが、原点としての煩悶する哲学青年時代の回想もじつに興味深い。強靱な思考力が培われた原点が、カント哲学などで鍛えられたことかがわかる。 

戦時体制前夜では、旧制高校生としては青春を謳歌するには遅すぎ、学徒動員で招集され味わった軍隊の理不尽さ、戦後復員してからの共産党への入党と東大共産党細胞、そして脱党。 傲慢で頑固な保守主義者だという、一般化しているイメージは覆される。10代後半から20歳代にかけての原点を知らずして、ナベツネ氏を語ることはできないのである。 その点には感嘆せざるを得ない。

本書は、オーラル・ヒストリーという歴史学の手法にしたがったアカデミックなものであり、聞き取りの中心になった政治学者の御厨氏は「解説」のなかで、渡邉氏のジャーナリストとしてのあり方を participant observer としている。観察者であり主体的に政治に関与する存在という意味だ。その大半は言論をつうじた間接的なものであるが、ときには直接的なものが皆無ではないようだ。

ジャーナリストに即していえば、ニュースを仕掛け、つくることのできる存在という意味だ。 事実関係の客観的な報道と、変革の仕掛け人として主体的な言動。この立ち位置は、なかなか微妙なものがある。一歩間違えば簡単に堕落してしまう。危うい均衡の綱渡りでもある。だが、やっている当の本人にとっては醍醐味であり、うまくいったときは痛快以外のなにものでもないだろう。 

渡邉氏自身が「終章 我が実践的ジャーナリズム論」で「30年後の検証にも堪えうる社説であるべきだ」と論説委員に言い続けてきたと語っている。聞き取りによるこの「回顧録」じたいも、「後世の批判に耐えられるテクスト・ブックを目指した」と御厨氏が述べている。 

事実関係は、厳格なファクトチェックを行わなくてはならないのである。しかし、当然のことながら当事者しか知らない事実についても、さまざまな資料や証言をつきあわせて検証を行わなくてはならない。 

すでに初版から20年以上経過しているが、読むに値する内容となっているのは、そんな確固たる信念のもとに行われた作品だからだろう。 

政治記者から政治家になってしまう人は少なくないが、あえてジャーナリストであることにこだわり、生涯にわたってブレることなくその信念を貫いた(いや、いまだ貫いている)渡邉恒雄氏という存在は、希有な存在だといえるのかもしれない。 

まさに、その人生と語りに圧倒されるのであり、おそらくこんな人は当分でてくることはないだろう。いや、おそらく最後の人なのかもしれない。政治もメディアも激変の渦中にあるだけでなく、渡邉恒雄氏のような存在を必要としなくなりつつあるからだ。 


(画像をクリック!)


目 次
まえがき(渡邉恒雄) 
第1章 恋と哲学と共産党 ―1926~1949 
第2章 新聞記者への道 ―1948~1953 
第3章 保守合同と岸政権の裏側 ―1954~1959 
第4章 60年安保と池田政権の核心 ―1960~1964 
第5章 ワシントン支局長時代と角福戦争の内幕 ―1964~1972 
第6章 田中角栄とその時代 ―1972~1980 
第7章 盟友・中曽根康弘 ―1980~1987 
第8章 平成の九宰相 ―1987~1999 
終章 我が実践的ジャーナリズム論 
解説(御厨貴) 
引用 
文庫版のあとがき(御厨貴) 
付録 渡邉恒雄青春日記 
人名索引


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2016年5月5日木曜日

映画『スポットライト』(2015年、米国)をみてきた(2016年5月5日)― カトリック司祭による児童の性的虐待スキャンダルを追うジャーナリズム魂、ローカルコミュニティに根ざす地方紙の葛藤



映画 『スポットライト』(2015年、米国)を TOHOシネマズで見てきた。東海岸の地方都市ボストンを舞台にした、ローカルコミュニティに根ざした地方紙の取材をめぐる葛藤を描いた力作だ。

「スポットライト」というのは、地方紙ボストングローブの特集ページのこと。ローカルコミュニティで起こっている問題を取り上げて調査報道を行う記者たちのチームが担当している。

新聞の読者層の半数以上を占めるのがカトリック教徒。そのカトリック教会そのものにかかわるのが、司祭(・・すべて男性)による児童(・・基本的に男児が大多数)の性的虐待スキャンダルだ。長年にわたって隠蔽されつづけてきた問題である。多数におよぶ被害者たちやその家族たちは、「見えない圧力」によって黙秘を余儀なくされつづけてきたのである。寝た子を起こすな、と。


この問題を積極的に取り上げるべきだと主張したのが、この地方紙を買収したメディア企業から送られてきた新任の編集長。意外なことに、新聞本来の役割を果たすことで部数増加を図るべきだというまっとうな主張を行う。だからこそ、カトリック教会のスキャンダルを追求すべきだ、と。
   
だが、新聞経営の基盤である読者層と、彼らが属するローカルコミュニティの大多数の意に反して真相にかんする取材を行い、記事にすることはジャーナリズムの精神の根幹にかかわる難題だが、言うは安く行うは難し。この課題を、新任の編集長のもと、地元出身者が大半の記者たちのチームが乗り越えたのがこの映画であり、物語のあらましである。

映画の冒頭に Based on actual events. と表示されるので限りなく実話に近いのであろう。舞台設定は2001年から翌年にかけて。ちょうどニューヨークの「9.11」が発生した時期の前後にあたる。


わたしがこの映画を見たいと思っていたのは、「ジャーナリズム魂」のドラマもさることながら、日本のメディアではあまり報道されることのない、カトリック司祭による児童の性的虐待がもうひとつの重要なテーマだからだ。
   
生涯独身と禁欲が義務であるカトリック司祭の本質そのものにかかわるものであるが、児童の性的虐待にかんする告発は、現在でも全世界であとをたたない。明治時代になってから、さっさと妻帯禁止を放棄した日本仏教でとの大きな違いである。ただし、ここで日本仏教がすぐれていると主張するつもりはない。

現代スペインを代表する映画監督のペドロ・アドモドバルの自伝的作品に『バッド・エデュケーション』(2004年)という作品があるが、カトリック国スペインの神学校におけるカトリック司祭による自動の性的虐待がモチーフとなっている。

このように、この問題はアメリカにとどまらず、全世界的な問題なのだが、カトリック人口の少ない日本では、なぜかあまり明るみになることはきわめて少ない。例外は、少年時代をカトリック系の孤児院で過ごした、小説家の花村萬月氏による自伝的作品くらいだろうか。これまた小さなコミュニティゆえの問題であろう。

そもそも保守的な傾向のあるカトリックだが、ボストンのような都市でも、「見えない圧力」が存在するということだ。「見えない圧力」や「見えない縛り」は、日本の「世間」のようなものだといってもいいのではなかろうか。




映画 『偽りなき者』(2012、デンマーク)は、舞台がデンマークの地方の小都市だが、似たようなテーマを描いている。

地方においては共同体はキリスト教(・・デンマークはカトリックではなくプロテスタント国)の教会を中心に形成されており、教会に参列する人はほとんどみなが顔見知りである。狭い共同体のなかでは、いやがおうでも顔を合わせざるを得ない。映画 『偽りなき者』の主人公は、「幼児の性的虐待者」という濡れ衣を着せられるが、狭いローカル・コミュニティの「世間」のなか辛酸をなめることになる。

保守的な地方のコミュニティに存在する「世間」の「空気」を変えるのは、俗に「若者、ばか者、よそ者」だといわれることがあるが、とくに「よそ者」の存在が大きな意味をもつ。

映画 『スポットライト』では、新任の編集長がユダヤ系で、偏屈者の弁護士がアルメニア系だという設定に注目するべきだ。彼らは偶然だろうがともに独身で(・・家族重視のカトリックの価値観に反する)、アメリカ社会におけるエスニック・マイノリティである。 地方都市からみたアメリカを理解するひとつのカギにもなる。

「ジャーナリズム魂」や「児童の性的虐待」といったテーマにとどまらず、いろんな角度から見ることのできる興味深い映画だ。よくできた重厚な映画である。見る価値はおおいにある。




<関連サイト>

映画 『スポットライト』(2015年、米国) (公式サイト 日本版)

映画『スポットライト 世紀のスクープ』予告編 (日本語字幕)


<ブログ内関連記事>

■世界最大の組織カトリック教会の総本山バチカンが抱える闇

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)


■カトリック関連

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である
・・「清濁併せ呑む」という姿勢がなければ、とても巨大組織の運営などできまい

「説教と笑い」について
・・日本のカトリック司祭叙任式に出席した際のリポートも

クレド(Credo)とは
・・「信徒信経」について


■「世間」的なるものは日本以外にも存在

映画 『偽りなき者』(2012、デンマーク)を 渋谷の Bunkamura ル・シネマ)で見てきた-映画にみるデンマークの「空気」と「世間」
・・「地方においては共同体はキリスト教の教会を中心に形成されており、教会に参列する人はほとんどみなが顔見知りである。狭い共同体のなかでは、いやがおうでも顔を合わせざるを得ない。」 このなかに存在するのが「見えない世間」。この映画の主人公は「幼児の性的虐待者」という濡れ衣を着せらるが、勇気を持って逃げずに踏みとどまる

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?


■ジャーナリズムのあり方

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!


■アルメニア民族

ブランデーで有名なアルメニアはコーカサスのキリスト教国-「2014年ソチ冬季オリンピック」を機会に知っておこう!

映画 『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)をみてきた(2015年12月27日)-トルコ人監督が100年前のアルメニア人虐殺をテーマに描いたこの映画は、形を変えていまなお発生し続ける悲劇へと目を向けさせる ・・世界中に離散したアルメニア民族の運命


■アメリカ社会とエスニシティ

エスニシティからアメリカ社会を読み解く-フェイスブック創業者ザッカーバーグというユダヤ系米国人と中国系米国人のカップルが写った一枚の結婚写真から


■ボストンという都市

書評 『アメリカ「知日派」の起源-明治の留学生交流譚-』(塩崎智、平凡社選書、2001)-幕末・明治・アメリカと「三生」を経た日本人アメリカ留学生たちとボストン上流階級との交流

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた
・・幕末から明治にかけての日本との縁の深いボストンは、当時は国際貿易で栄えた都市であった。だから世界の名品が収集され、資産として保有されているのである

岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-
・・岡倉天心はボストン美術館に招聘され東洋美術部門の主任を務めていた

シリコンバレーだけが創造性のゆりかごではない!-月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2012年1月号の創刊6周年記念特集 「未来はMITで創られる」 が面白い


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