『渡邉恒雄回顧録』(監修・聞き手:御厨貴、聞き手:伊藤隆/飯尾潤、中公文庫、2007)を読了。600ページを越える回顧録である。現代政治の貴重な裏面記録として読んだ。
渡邉恒雄とは「ナベツネ」のことだ。現代に生きる日本人なら、この人のことをまったく耳にしたことはないという人は、まずいないだろう。それほど毀誉褒貶相半ばする巨大な存在であり、怪物といってもよい存在だ。
「生涯主筆」を標榜する政治ジャーナリストで、讀賣新聞グループ本社の代表。96歳の現在、なお政治を中心に(もちろん野球も!)にらみをきかせている。死亡説が流れるたびに健在が確認される不死鳥のような存在。 これを書いている時点では、まだ生きているようだ。
そんなナベツネ氏の聞き取りの記録が本書である。記録が行われたのは1999年、単行本化されたのは2000年であり、すでに20年以上前のものだ。ということは75歳の頃のものだが、語り口の面白さと微に入り細にわたる事実関係の証言は読ませるものがある。
なんといっても面白いのは、政治記者として脂ののりきった壮年期の大活躍ぶりだが、原点としての煩悶する哲学青年時代の回想もじつに興味深い。強靱な思考力が培われた原点が、カント哲学などで鍛えられたことかがわかる。
戦時体制前夜では、旧制高校生としては青春を謳歌するには遅すぎ、学徒動員で招集され味わった軍隊の理不尽さ、戦後復員してからの共産党への入党と東大共産党細胞、そして脱党。 傲慢で頑固な保守主義者だという、一般化しているイメージは覆される。10代後半から20歳代にかけての原点を知らずして、ナベツネ氏を語ることはできないのである。 その点には感嘆せざるを得ない。
本書は、オーラル・ヒストリーという歴史学の手法にしたがったアカデミックなものであり、聞き取りの中心になった政治学者の御厨氏は「解説」のなかで、渡邉氏のジャーナリストとしてのあり方を participant observer としている。観察者であり主体的に政治に関与する存在という意味だ。その大半は言論をつうじた間接的なものであるが、ときには直接的なものが皆無ではないようだ。
ジャーナリストに即していえば、ニュースを仕掛け、つくることのできる存在という意味だ。 事実関係の客観的な報道と、変革の仕掛け人として主体的な言動。この立ち位置は、なかなか微妙なものがある。一歩間違えば簡単に堕落してしまう。危うい均衡の綱渡りでもある。だが、やっている当の本人にとっては醍醐味であり、うまくいったときは痛快以外のなにものでもないだろう。
渡邉氏自身が「終章 我が実践的ジャーナリズム論」で「30年後の検証にも堪えうる社説であるべきだ」と論説委員に言い続けてきたと語っている。聞き取りによるこの「回顧録」じたいも、「後世の批判に耐えられるテクスト・ブックを目指した」と御厨氏が述べている。
事実関係は、厳格なファクトチェックを行わなくてはならないのである。しかし、当然のことながら当事者しか知らない事実についても、さまざまな資料や証言をつきあわせて検証を行わなくてはならない。
すでに初版から20年以上経過しているが、読むに値する内容となっているのは、そんな確固たる信念のもとに行われた作品だからだろう。
政治記者から政治家になってしまう人は少なくないが、あえてジャーナリストであることにこだわり、生涯にわたってブレることなくその信念を貫いた(いや、いまだ貫いている)渡邉恒雄氏という存在は、希有な存在だといえるのかもしれない。
まさに、その人生と語りに圧倒されるのであり、おそらくこんな人は当分でてくることはないだろう。いや、おそらく最後の人なのかもしれない。政治もメディアも激変の渦中にあるだけでなく、渡邉恒雄氏のような存在を必要としなくなりつつあるからだ。
目 次まえがき(渡邉恒雄)第1章 恋と哲学と共産党 ―1926~1949第2章 新聞記者への道 ―1948~1953第3章 保守合同と岸政権の裏側 ―1954~1959第4章 60年安保と池田政権の核心 ―1960~1964第5章 ワシントン支局長時代と角福戦争の内幕 ―1964~1972第6章 田中角栄とその時代 ―1972~1980第7章 盟友・中曽根康弘 ―1980~1987第8章 平成の九宰相 ―1987~1999終章 我が実践的ジャーナリズム論解説(御厨貴)引用文庫版のあとがき(御厨貴)付録 渡邉恒雄青春日記人名索引
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