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2015年12月29日火曜日

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)をみてきた(2015年12月27日)-トルコ人監督が100年前のアルメニア人虐殺をテーマに描いたこの映画は、形を変えていまなお発生し続ける悲劇へと目を向けさせる



映画 『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)を、東京・有楽町の角川シネマでみてきた(2015年12月27日)。100年前にトルコでおきたアルメニア人虐殺をテーマに、トルコ人映画監督が描いたヒューマンドラマだ。

いまからちょうど100年前の1915年、当時のオスマントルコ帝国の東部で、アルメニア人たちが平和に暮らしているコミュニティから物語は始まる。アルメニア人はキリスト教徒であるが、寛容の精神に貫かれたオスマン帝国においては、マジョリティのムスリムと長年にわたって平和共存してきたのだった。

豊かではないが、とくに変哲もない幸せな生活を送っていた主人公一家であったが、それは突然破られてしまう。1915年は第一次世界大戦が始まってから2年目にあたる年、ドイツ側についたトルコは英国と戦争状態にあったのだ。無慈悲にも憲兵たちに連れ去られ強制労働に従事させられる主人公、残された家族と無慈悲にも引き離されてしまうしまう。主人公の長いオディッセイはその日から始まった。

『消えた声が、その名を呼ぶ』という日本公開版のタイトルは、文字通り「声を消された」主人公の心の叫びを表現したものだ。英語タイトルはシンプルに "CUT"(カット)。ポスターにはアルメニア語の書体を模したタイトルが描かれている。


英語タイトルの Cut とは「切断」という意味だ。主人公を含めたアルメニア人の男たちは強制労働を強いられたあげく、ある日突然のこと、のどを掻き切られて処刑される。あたかも羊の息の根を一瞬にして止めるときにような遊牧民らしいやりかただ。自称「イスラーム国」の処刑のやり方もまた同じである。

のどを掻き切られて処刑されたアルメニア人の男たちだが、幸運なことに主人公だけは死を免れる。処刑執行人のトルコ人に慈悲の心があっため息の根を止められなかったのだ。主人公は生き延びることはできたが、しかし気管を切断されたため声を失ってしまう。それが日本語タイトルの「消えた声」の意味である。

「声を消された」主人公は、その後さまざまな幸運に助けられながらも砂漠を西へと横断し、東地中海はシリアのアレッポに落ち着くことになる。大戦終了後、離散した家族を求めてレバノン、そして大西洋の対岸のキューバ、北米のフロリダ、米国北西部のミネアポリス、さらにはノースダコタまで、生きる支えとなっていた双子の娘たちを探すオディッセイとして、長い長い漂流の旅が続けられる。携帯電話やスマホが普及している2015年現在では想像もつかない状態のなかで、である。

「実話にもとづく」という表示がなされていなかったので、おそらく主人公を中心とした物語はフィクションだろう。だが、その物語の背後にある「消された声」は無数にあったはずなのだ。消された声、奪われた声 を主人公である若い父親に象徴させているのであろう。




「アルメニア人虐殺」において、アルメニア側からは150万人が殺されたと主張する。「虐殺」した側とされるトルコでは6万人弱だと主張する。正確なところはわからない。いずれが正しいのかもわからない。「消えた声」の詳細はわからないまま葬りされれてしまっている。だからこそ、意訳ともいうべき日本語タイトルは、映画のメッセージをダイレクトに伝えているといえるのだ。

事件が発生した1915年という年に驚かなくてはならない。「アルメニア人虐殺」のわずか20年後にナチスドイツによる「ユダヤ人虐殺」が開始されているのである。「ユダヤ人虐殺」は、けっして「消された声」ではないが、「アルメニア人虐殺」はそれ自体が多くの人々の意識に上ることすらない。

第一次世界大戦はオスマントルコ帝国の崩壊をもたらしたが、帝国末期の混乱状況においてオスマン帝国の特色であった「寛容の精神」は失われ、不寛容の嵐が吹き荒れたのである。オスマン帝国崩壊後、支配下にあったアラブ民族もアルメニア民族も独立を果たすことになる。アラブ民族独立のために奔走したのがアラビアのロレンスであった。

この映画の前半を見ていて、いままさに進行中の自称「イスラーム国」による住民の蹂躙(じゅうりん)を想起してしまうのは、のどを掻き切る処刑シーンだけではない。英仏による帝国分割の密約にもとづいて建設されたイラク解体後の自称「イスラーム国」の支配が、ふたたび同じ問題を生み出しているからだ。

自分たちの意思にかかわりなく占領され、自由を奪われた住民たちの苦難、そのなかから、からくも難民として脱出することのできた人々のことが重ねあわされるからだ。

島国・日本に生きていると体感しにくいが、規模の大小はあれ、このような惨事がたびたび起きてきた。ユーラシア大陸でも、南北アメリカ陸でも、アフリカ大陸でも。そして犠牲になるのはいつも一般人である。大多数は「声なき人々」である。

この映画は、けっして100年前の過去を描いたものではない。虐殺した側を糾弾する内容でもない。その後の100年間に起きた、そしていまこの現在も世界各地で起きている人道上の悲劇に目を向けさせるための映画なのだ。





<関連サイト>

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』 公式サイト

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』 トレーラー(YouTube)
・・日本語字幕あり


僕が「アルメニア人大虐殺」を題材にした理由 ファティ・アキン監督が語るタブーへの挑戦(壬生智裕 :映画ライター、東洋経済オンライン、2016年1月9日)
・・「この映画を作ったことで、特にファシスト系の人から死の宣告を受けて、脅されることもあった。でもそんなことをされると逆にアドレナリンが放出されてくるんだ。それは最高のドラッグみたいなもんだよね。(・・中略・・) ある種のパブリックエネミー(社会の敵)になってしまったんだよね。彼らは本気で僕を殺そうとは思っていないんだろうけども、少なくとも気軽にトルコに行けなくなったという事実が僕にはある。」(ファティ・アキン)

(2016年1月10日 情報追加)

「渋沢栄一は国の恩人」 アルメニア難民支えた知られざる歴史」(NHK首都圏ナビ 2021年10月6日)
・・「今年7月、東京オリンピックの開会式に出席するため訪日中だったアルメニアのアルメン サルキシャン大統領は東京都北区を訪れ、渋沢栄一のひ孫、渋沢雅英さん(96)にメダルを手渡しました。いまから100年前、渋沢がアルメニア難民に差しのべた支援に対する感謝の念を表すためです。「日本資本主義の父」渋沢栄一が晩年に尽力した人道支援、国際貢献についてお伝えします」

(2022年4月20日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

■アルメニア人と中近東のキリスト教徒

ブランデーで有名なアルメニアはコーカサスのキリスト教国-「2014年ソチ冬季オリンピック」を機会に知っておこう!

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010) ・・中東においては、イスラームよりも、おなじ一神教のキリスト教のほうが歴史がはるかに長い!


■虐殺と難民発生

欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある-TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む
・・シリア難民は虐殺を逃れてきた人々だ

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!
・・1965年のインドネシアでは100万人以上が虐殺された

ボリウッド映画 『ミルカ』(インド、2013年)を見てきた-独立後のインド現代史を体現する実在のトップアスリートを主人公にした喜怒哀楽てんこ盛りの感動大作
・・インド独立後にパキスタンとの国境地帯で起きた大虐殺

ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと
・・1956年のハンガリー革命後、難民となってスイスに定住したハンガリー人作家

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する


■自称「イスラーム国」 

書評 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、村井章子訳、文藝春秋、2015)-キーワードは「近代国家」志向と組織の「近代性」にある

「イスラーム国」登場の意味について考えるために-2015年1月に出版された日本人の池内恵氏とイタリア人のナポリオーニ氏の著作を読む


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2015年8月14日金曜日

仕事で人間の尊厳を取り戻すライフストーリーを描いた "How Starbucks Saved My Life" という「スタバ本」は、「働く意味」について考えさせてくれる



How Starbucks Saved My Life (=スターバックスはいかに私の人生を救ったか)という本が面白いので一気に読んでしまった。
   
アメリカでベストセラーになっているというので取り寄せて読み始めたのが2009年、途中まで読んでそのままになっていたものだ。すでに6年もたっているので、あらためて最初のページから読み始めたのだが、これがじつに読ませる内容なのだ。
   
著者の Michael Gates Gill (マイケル・ゲイツ・ギル)という人は、世界的な広告会社でエグゼクティブだったが、財務重視の英国企業に買収されたため、未成年の子供も含めて家族を抱えて50歳台前半でリストラされてしまった人。家柄も学歴も申し分ないという、古きよき時代のエリートビジネスマンであった人だ。

リストラ後、一人でコンサルタントをやっていたが、約10年後の64歳になって二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなる。そして、偶然のことからスターバックスの店舗で働くことになる。64歳の元エリートの白人男性チャンスをくれたのは、自分より36歳も年下の28歳の黒人女性であった。

現場の仕事をつうじて自分の人生を取り戻していくという内容の実話をベースにしたパーソナル・ライフストーリー。

構成が巧みで文章もうまいので、あたかも物語を読むかのように、ついつい引き込まれて最後まで読んでしまったという次第。いわゆる「スタバ本」であるが、下手な宣伝よりも、はるかにスターバックスの広報になっているのではないかな。

テーマは、仕事をつうじて人間の尊厳を取り戻すこと。ある意味では成長物語だが、青少年のものではなく、挫折からの復活をなしとげたシニア世代の成長物語だ。人間はいつでも、いつまでも仕事をつうじて成長できる(!)ということを身をもって示しているわけだ。

人間は自分語りのストーリーをもたなくては生きていけないとはよくいわれることだが、とくに失敗からの人間性回復において、ストーリーのもつ力は自己治癒力そのものだといってよいのだろう。

全体の5分の4くらい読んでから調べてみたら、すでに5年前の2010年に日本語訳が出版されていたことを知った。『ラテに感謝! How Starbucks Saved My Life-転落エリートの私を救った世界最高の仕事』(マイケル・ゲイツ・ギル、ダイヤモンド社、2010)。うかつなことに(?)、またく知らなかった。
  
日本語訳の出来については知りませんが、もしまだ読んでなかったら、読んでみたらいいと思いますよ。あるいは英語版で。

「人生において仕事することの意味」を考えるヒントになるかもしれませんね。


(画像をクリック!)


目 次 (日本語版)   

1 ラテを飲む側からだす側になるまで
2 知らなかった現実がいっぱい
3 たった一言で人生が変わった
4 カウンターに立つ準備はOK?
5 いい笑顔を見せよう、ここはブロードウェイだ
6 百万ドルのパンチ
7 勝者と敗者の分かれ目
8 クビになるかもしれない
9 バーの仕事に挑戦しよう
10  人生を変えてくれた店との別れ




<ブログ内関連記事>

「自分の庭を耕やせ」と 18世紀フランスの啓蒙思想家ヴォルテールは言った-『カンディード』 を読む
・・「理屈をこねずに働こう」と、マルチンが言った。「人生を耐えられるものにする手立ては、これしかありません」など、働くことの意味についての名言のかずかず

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について
・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール) ・・「ただ僕にはね、仕事のなかにあるもの--つまり、自分というものを発見するチャンスだな、それが好きなんだよ」(『闇の奥』の主人公のセリフ)


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2014年2月11日火曜日

「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」、そして「ストーリー」で「かたる」ということ-「偽ベートーベン詐欺事件」に思う



広島生まれの被爆二世で全聾の天才作曲家という触れこみで「現代のベートーベン」ともてはやされてきた佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏。いまではすっかり「偽ベートーベン」として全国レベルで有名になってしまいました。

この「事件」にからめて思ったことを記しておきたいと思います。

「佐村河内守」という文字を漢字でみると、「佐村・河内守」と区切って読んでしまう人はわたしだけではないでしょう。どうしても河内守(かわちのかみ)と読んでしまう。本名だとしたら、おそらく両親にも遊び心があって、我が子にそんな名付けをしたのではないかな、と(笑)

薩摩守(さつまのかみ)といえば無賃乗車、肥後守(ひごのかみ)といえば折りたたみ式の切り出しナイフのことですが、河内守といえば詐欺師の代名詞になってしまうかもしれませんね。ちなみに前者は薩摩守平忠度(たいらのただのり)から只乗りの連想、後者は登録商標です。

18年間も詐欺をつづけていたわけですが、善悪の判断を脇に置いてしまえば、じつに見事としかいいいようがない。

NHKスペシャルの「魂の旋律-音を失った作曲家-」(2013年3月31日放送)という番組でこの人の特集をみて、「すごい人だなあ」と思ったことは否定はいたしません。交響楽のCDは購入していないので実損はありませんが、わたしも騙された「被害者」の一人です(笑)


■「共犯者」は作曲家だけではない

ゴーストを18年間つとめていた作曲家の新垣隆氏は、いみじくも「自分も共犯者」だという趣旨の話をしていました。もちろん「」書きですから、比喩的な意味で「意図せざる共犯者」ということでしょう。

さらにいえば、18年間も「現代のベートーベン」ともてはやしたマスコミ、そしてそれを受け入れた消費者、みな「共犯者」だといっても言い過ぎではないような気もします。

そもそも、「感動をありがとう!」などと叫んでいるやつはいったい誰だ!?(笑) 

受入れる側にそういう土壌があるからこそ詐欺が成立するわけですからね。そういう意味で、もちろんすべてとはいいませんが、消費者もまた「共犯者」だと思ったほうがいいのかもしれません。

これからは、「感動はごちそうさま」と静かに言うべきでしょう。その心は、もうお腹いっぱいですよ、と(笑)

フェイスブックもふくめたSNSでよく目にするのが、「セルフブランディング」というコトバ。「セルフプロデュース」というい方もありますが、一貫した言動によって望ましい自己イメージをつくりあげること。そしてそれを「ストーリー」でかたるということ。いまのネット時代、自分で商売する人にとっては、きわめて重要なことです。

とはいえ、今回の「偽ベートーベン」事件がかいまみせてくれたのは、この方法論は詐欺師やペテン師にもそっくりそのまま当てはまるということ。一貫した自己イメージをつくりだして、それをストーリーでかたる(笑) そのまんまですな(笑) 

善男善女(ぜんなんぜんにょ)の凡人はウソをつき続けるほどアタマはよくないので(・・もちろんわたしもふくめてですよ!)、かならずボロがでるし、ネットには足跡や痕跡を残してしまう。

だからこそ、18年間もウソでかためてつくりあげたストーリーを破綻させずに貫き通したというのは、ある意味では驚嘆に値します。あまりにも見事な「セルフプロデュース」ぶりです。

ウソが露呈したのは、ゴーストというか黒衣(くろこ)としての「共犯者」の告白であったわけですから、いずれボロがでたかもしれませんが、もしその告白がなければ、もしかするとそのウソは墓場までもっていったかもしれません。


■日本語の「かたる」という動詞の意味

タイトルも含めて、「ストーリー」を「かたる」と書いてきた理由があります。日本語の「かたる」という動詞は、ふつうは「語る」という漢字をあてていますが、「騙る」という漢字をあてることも可能です。「騙る」とはだますという意味ですね。「語る」は「騙る」。ストーリーを「語り」、ストーリーで「騙る」(笑)。

そう考えると、「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」でつくりあげ、そしてそれを「ストーリー」でかたる、ということじたい、なんだか「うさんくさい話」だという気がしてくるものです。

「人は小さなウソは見破るが、大きなウソには騙される」といったヒトラーのコトバを想起します。宣伝大臣のゲッベルスの発言だったかな?

なんてことを考えていたときに、書棚から見つけたのが写真の2冊。『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』(河出文庫、1986)と『山師カリオストロの大冒険』(中公文庫、1985)。

ともにドイツ文学者の種村季弘(たねむら・すえひろ)の作品。フランス文学の澁澤龍彦(しぶさわ・たつひこ)とならんで、日本における「幻想文学」の確立者。愛読者の多い作家でもありました。

『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』(初版単行本は青土社1983年刊)は、ドイツの近世・近代の実話をもとに描いた詐欺師列伝。

副題の「あるいは制服の研究」というフレーズに意味があります。「偽ベートーベン」もまたロングヘアーに黒サングラス、苦悩の人のようなポーズと言動、いかにもアーチスト然とした黒を基調としたファッション。これもまたアーチストを装うための「制服」といっていいでしょう。

『山師カリオストロの大冒険』(初版単行本は中央公論社から1978年刊)は、18世紀ヨーロッパをまたにかけて、マリー・アントワネットをはじめ並みいる王侯貴族たちを手玉にとった稀代の詐欺師の物語。

(稀代の詐欺師カリオストロ伯爵(自称) wikipediaより)

カリオストロというと、現在では宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』を想起するかもしれませんが、面白さの点では種村季弘のこの作品にはまったくかないません。

自分で買って読んだ本には読んだ日付を入れているわたしですが、この二冊の文庫本には、1985年と1986年とあります。いまからすでに30年近い前のこと。1980年代にはこういう本が流行ってました。


■「記号消費」から「ストーリー消費」へ

1980年代は「バブル期」として片づけられがちですが、重要な言説もあったことを指摘しておかねばなりません。それは、文化記号論や消費記号論なんかも流行っていたということです。

モノの消費からコトの消費へなどと語られてました。消費者は、実体そのものよりも、実体に結び付けられた記号を消費しているのに過ぎないのだ、と。その当時よく引き合いに出されていたあのは、フランスの言語学者ソシュールの記号論。フランス語の「シニフィエ」(=意味されるもの)と「シニフィアン」(=意味するもの)という表現は、それぞれ「実体」と「記号」に該当します。

消費者は、「感動が散りばめられたストーリー」を消費しているわけで、それは「記号消費」をさらに高度化させたものといえましょう。でも、種村季弘の著書で描かれてきたように、「ストーリーを語り、ストーリーで騙る」という手法は、むかしから詐欺師たちによってつかわれてきたということなのです。

すでに10年前にお亡くなりになった種村氏ですが、いま生きておられて河内守(かわちのかみ)の事件をご覧になったら、いったいどんな「ストーリー」をつくって「かたって」てくれるのだろうかと思うと、まことにもって残念であります。

「まあ、世の中なんてこんなもんだよね」なんて思うのは、あまりにシニカルにすぎるかもしれませんが、子どもじゃないんだから「感動をありがとう!」なんていうフレーズが、ときにはきわめてうさんくさいという意識をもつことは重要でしょう。

必要なのは「免疫力」でありますね。知的な免疫力! 「免疫不全」」とならないよう、自分のアタマで考えることが重要ですよ!





<記事で取り上げた本の紹介>

『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』は、岩波現代文庫から2003年に復刊されてます。以下はその解説文。

制服は人を惹きつける。体制が保証した地位や職階の証しにおびき寄せられる。ドイツ軍大尉、プロイセン王子、ザクセン選帝侯太子、外交官などと思わせると、俗物どもは喜んで金品を差し出し、ぺてん師たちは容赦なく巻き上げる。大笑いののちにはたとわが身を振り返らざるをえない、西欧の実話にもとづく人間悲劇・喜劇。

『山師カリオストロの大冒険』もまた、岩波現代文庫から2003年に復刊されてます。以下はその解説文。

美貌の妻と連れ添ってヨーロッパ各地で医術・錬金術・予言などの奇蹟を演じ、美顔水や回春剤で大もうけを企んで社交界で暗躍したカリオストロ伯爵。その天才ぶりにゲーテが強く心惹かれ、からくも呪縛を断ち切った。大革命前夜の啓蒙主義と神秘主義が混交するヨーロッパ社会の心性を背景に、謎の人物の正体に迫る痛快評伝。

岩波現代文庫『山師カリオストロの大冒険』moreinfo - 岩波書店 にはさらにくわしい紹介があるのでぜひご覧いただきたく。




種村季弘(たねむら すえひろ) wikipediaより(2014年2月11日現在の情報)

1933年(昭和8年)3月21日 - 2004年(平成16年)8月29日)は、日本の独文学者、評論家である。
古今東西の異端的・暗黒的な文化や芸術に関する広汎な知識で知られ、クライストやホフマン、マゾッホなど独文学の翻訳の他、内外の幻想小説や美術、映画、演劇、舞踏に関する多彩な評論を展開し、錬金術や魔術、神秘学研究でも知られる。
また、歴史上のいかがわしくも魅力的な、吸血鬼や怪物、人形、自動機械、詐欺師や奇人などを著作で多数紹介した。 幸田露伴、岡本綺堂、泉鏡花、谷崎潤一郎をはじめとする日本文学にも深く精通し、晩年は江戸文化や食文化、温泉文化などの薀蓄をユニークなエッセーに著わした。 
稀代の「博覧強記」として知られ、『種村季弘傑作撰Ⅰ・Ⅱ』の編者で作家の諏訪哲史は同著の解説において種村を “二十世紀の日本の人文科学が世界に誇るべき「知の無限迷宮」の怪人” と評している。 仏文学者で評論家の澁澤龍彦との交流でも知られ、澁澤とともに幻想文学というジャンルの確立に貢献した。


種村季弘さんは、なんだか『ゲゲゲの鬼太郎』にでてくる「目玉おやじ」のような印象をもっていたのは、わたしだけだろうか・・・。「ケケケ」とか笑いだしそうな(笑) 

澁澤龍彦氏がいかにもという容貌だったのに対して、種村氏はひょうきんな容貌。考えてみれば、なんだか「河内守」は澁澤龍彦に似ているな(笑)





<関連サイト>

NHKスペシャル「魂の旋律-音を失った作曲家-」(2013年3月31日放送)
・・「NHKスペシャルでは、去年3月31日、「魂の旋律~音を失った作曲家~」と題し、両耳の聴力を失った作曲家として、佐村河内守氏を紹介いたしました。しかし佐村河内氏が、NHKに対して、自らは作曲しておらず、代わりに作曲していた人物がいることを明らかにしました。佐村河内氏は、「曲の全体構成や曲調などをその人物に伝えたが、自分では曲を作っていない」と話しています。NHKは、放送当時、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした。視聴者の皆様や、番組の取材で協力していた方々などに、深くお詫び申し上げます」(2014年2月11日現在)。 

NHKが番組を制作して放送したという「事実」は消えることがないので、このサイトそのものを削除せずに残していることは評価していい。だが、わきの甘すぎるNHKの評判はガタ落ちだ。

(佐村河内守氏 「NHKスペシャル」のウェブサイトより)



・・NHKスペシャル「魂の旋律-音を失った作曲家-」(2013年3月31日放送)を早送りのビデオ映像としてアップされたもの。CDも出荷停止となって市場から消えた現在、貴重な映像資料として削除されないことを願う。虚飾に満ちたストーリーとは関係ない、音楽そのものについての音楽学者による解説には納得させられるものがある(・・ただし、ストーリーを知った上での解説ではあるが)。




佐村河内守氏の著書『交響曲第一番』(幻冬舎文庫、2013 単行本初版2007講談社)。古書価がいったいどこまで上がるか? 本は絶版になっても古書として残る。「人は小さなウソは見破るが、大きなウソには騙される」という格言を想起しますねえ。もしかしてこの本もゴーストライターの手になるのかも・・・。ここに「内容紹介」を転載しておこう。

内容紹介
「NHKスペシャル」、TBS「金スマ」で大反響!
日本中に衝撃を巻き起こす全聾の天才作曲家の感動の自伝。
被爆二世の作曲家である著者は、
すべてをなげうって音楽のためだけに生きてきた。
35歳のとき、両耳の聴力をすべて失うという悲劇が彼を襲う。
絶望と虚無の淵に沈む彼を立ち直らせたのは、
目の不自由なある少女との運命の出会いだった。
そして彼は、深い闇の中にいる者だけに見える"小さな光"に導かれ、
奇跡の大シンフォニーをつくりあげた――。

内容(「BOOK」データベースより)
すべてを擲って音楽のためだけに生きてきた被爆二世の作曲家は、三十五歳で両耳の聴力を失う。絶望と虚無の淵から立ち上がらせたのは盲目の少女との運命の出会いだった。深い闇の中にいる者だけに見える“小さな光”に導かれて―。全聾の天才作曲家、奇跡の大シンフォニー誕生までの壮絶なる半生。感動のドラマ。



NHKの担当ディレクターの著書 『魂の旋律-佐村河内守-』(NHK出版、2013)。この人も「共犯者」といっていいのかもしれません。レビューを読むと面白い。 本は絶版になっても古書として残る。「人は小さなウソは見破るが、大きなウソには騙される」という格言を想起しますねえ。ここに「内容紹介」を転載しておこう。


内容紹介
音を失った作曲家が紡いだ「いのちの調べ」
18万枚を超える大ヒット「交響曲第1番“HIROSHIMA"」と、大震災の被災地への鎮魂の思いを注いだ「レクイエム」の誕生。全聾(ぜんろう)の作曲家・佐村河内守の被災者への共感の背景にあるものとは――。佐村河内に5年間寄り添い、番組を制作してきたディレクターの著者が、いのちの作曲の軌跡を綴る「NHKスペシャル」の出版化。

内容(「BOOK」データベースより)
あまたの人々の心を震わせた「交響曲第1番“HIROSHIMA”」と、大震災の被災地の人々への鎮魂の思いを注いだ「レクイエム」の誕生。全聾の作曲家・佐村河内守に5年間寄り添った著者が、いのちの作曲の軌跡を綴る。大反響を呼んだ「NHKスペシャル」の出版化!!


<関連サイト2>

偽ベートーベン事件の論評は間違いだらけ あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏 (伊東 乾、JBPress 2014年2月8日)
音楽家の善意を悪用、一線を越えた偽ベートーベンあまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏(2)  (伊東 乾、JBPress 2014年2月12日)
偽ベートーベン事件、罪深い大メディアと業界の悪習慣あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏 (3)  (伊東 乾、JBPress 2014年2月18日)


佐村河内氏、ベートーヴェンと会話? 掲載見送った記事 〈AERA〉(朝日新聞出版|dot.(ドット) 2014年2月10日)  
・・「AERA」は「NHK」よりジャーナリズムとしては、はるかにまともだったということになる。複数の情報源の情報をつきあわせて真相をさぐるのは基礎の基礎ではないか

でっちあげ冒険譚でヒーローになった アメリカの「偽ベートーベン」 -大ベストセラーの“黒子”ライターは自殺 (石 紀美子、JBPress、2014年2月19日)
・・『スリー・カップス・オブ・ティー』(グレッグ・モーテンソン、デイヴィッド・オリバー・レーリン、サンクチュアリー出版、2010)というベストセラーに書かれた美談は「共著者」として名を連ねている "黒子"レーリンが想像をふくらまして書いたのだが・・・。だが、このケースでは罪は「偽ベートーベン」と比べるとはるかに軽い   



<関連サイト3>

2014年3月7日に佐村河内守氏は記者会見を開いて謝罪を行った。その際、髪の毛を切り、ひげも剃り、サングラスもかけずに現れたが、まさにこの平々凡々な中年男の素(す)の風貌は、それ以前のいでたちがアーチストを偽装するための「制服」であったことを逆説的に示しているといえよう。

また、もともとは有名になってカネ儲けをすることが目的であったとしても、あまりに自分がセルフプロデュースした「虚像」が肥大化したため、自分でもコントロール不能になったのではないかという印象を受けた。

たとえ出発点が虚偽ではなくても、自らの言動によって「実像」をはるかに超えて「虚像」が肥大化し、それが独り歩きすることによってバッシングを招くこともある。この一連のプロセスをみずから顧みた「有名人」の著書があるので参考のためにあげておこう。

『「有名人になる」ということ』(勝間和代、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012)、である。数年間の出来事ではあったが、出版マスコミによって「虚像」がつくられていくプロセスが興味深い。著者はこの本を書くことで、「有名人」レースからはすでに降りたようだが。

(2014年3月7日 記す)



<ブログ内関連記事>

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②
・・種村季弘とは同時代人の山口昌男も「道化」などのテーマで意表をついてくれた。山口昌男の文化記号論や象徴人類学も1980年代の流行であった。『文化の両義性』も重要なテーマを扱った必読書

エープリル・フール(四月馬鹿)-フールとは道化のこと
・・「道化」も「詐欺師」も知性のかたまり

書評 『自己プロデュース力』(島田紳助、ヨシモトブックス、2009)
・・この人の場合は、つくりあげた自己イメージを、自分の言動で崩壊させてしまった事例。生身の人間である以上、仕方ないという側面もなくはない

書評 『Me2.0-ネットであなたも仕事も変わる「自分ブランド術」-』(ダン・ショーベル、土井英司=監修、伊東奈美子訳、日経BP社、2010)
・・2009年から2010年にかけて、SNSが浮上してきた頃に「セルフプロデュース」や「xセルフブランディング」といったコトバが buzzword になった。考え方と方法論じたいには問題はない。要は悪用せず善用すべきだということだ

有名人の「なりすまし」からの友達リクエストに要注意!-ビジネス用途のリンクトイン(LinkedIn)でも「419詐欺」が横行

広島の原爆投下から66年-NHKスペシャル 「原爆投下 活かされなかった極秘情報」 をみて考える
・・「広島」、「原爆」、「NHK」というキーワードで検索

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・ビリーバー(believer)という、信じたいという人間がいるから、はじめて教祖が存在可能となる。その意味では詐欺師と騙される人間の関係もまた構造的には同じである

毎年恒例の玉川大学の「第九演奏会」(サントリーホール)にいってきた(2013年12月2日)-ことしはチャイコフスキーの 『荘厳序曲(1812年)作品 49』
・・「ベートーヴェン」(ベートーベン)、「交響楽」、「荘厳」というキーワードで検索

(2017年12月24日 情報追加)


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2014年1月18日土曜日

『ガリバー旅行記』は『猿の惑星』の先行者か?― 第4回目の航海でガリバーは「馬の国」を体験する

(「馬の惑星」で「馬」語で会話するガリバー wikipedia より)


『ガリバー旅行記』というと、「小人の国リリパット」でガリバーが巨人としてふるまうという話だけが知れ渡っていますが、それはあくまでも第一部。児童向けの映画の題材として世界中で知らない人はいないでしょう。

第2回目の航海では逆に「巨人の国」ブロブディンアグでは、ガリバーが小人扱いされる話となっています。ここまでは児童向けの読み物で読んだ人も少なくないでしょう。ギリシア神話からはじまって、マンガとアニメ作品の『進撃の巨人』にいたるまで、巨人ものは長い伝統をもつ物語のモチーフです。

それで終わりではなくて、第3回目の航海では、「天空の国ラピュタ」(・・宮崎駿のラピュタはここからきています)にいきます。そして、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリップとめぐります。

なぜか旅の最後は鎖国時代の日本(!)に立ち寄って英国に帰国するというストーリーに。

言い忘れてましたが、『ガリバー旅行記』は、18世紀の英文学の古典です。1726年に出版されてます。日本では享保11年、徳川吉宗の時代です。ケンペルの『日本誌』が英国で出版されたのは1727年なので、参照したかどうかはわかりません。

「日本に東南部にあるザモスキと呼ぶ小さな港町」に上陸したとあります。ザモスキ(?)がどこなのかわかりませんが(笑)、エドで将軍に謁見したり、オランダ商人や踏み絵の話もでてきますので、そこらへんはすでに知られていた情報を使用したのでしょう。

最後はナンガザクから喜望峰回りで英国に帰国したという設定になっています。ナンガサクは長崎のことですね。さすがにこれは正確です。


(みずからも毒舌家であった中野好夫訳だが、訳文が古いのが難点)


そして第4回目の航海では「馬の国」フウイヌムにいくことになるわけです(・・冒頭に掲載した写真)。

小人も巨人も人間ですし、ラピュタの住民も人間ですし、日本人も当然のことながら人間ですが、馬の国の住民は馬。馬は人間のコトバをしゃべりません。

「馬の国」では人間は「ヤフー」と呼ばれてます。ヤフー(yahoo)は、米国のネット企業の名前はそこからとったことで有名になりましたが、あまりいい意味ではないようです。『ガリバー旅行記』においては「邪悪で汚らしい毛深い生物」という設定になってます。

人間のことである「ヤフー」に対して、みずからをフウイヌムとよぶ馬は、高貴で知的な存在で、平和で非常に合理的な社会をもつという設定になっています。そして、ガリバーは馬のコトバを覚えて馬と会話することになります。

ガリバーが行ってきたという「馬の国」は、現代なら『猿の惑星』のようなものでしょうか。人間ではない動物の社会に人間が放り込まれたというシチュエーション。馬も高い知性をもった動物ですから、そういう発想もありかな、と(笑) 

『猿の惑星』の発想がどこから湧いてきたのかは、わたしはよく知りませんが、サルは日本人を含めたアジア人の比喩であるという説をどこかで読んだ記憶があります。もしそうだとすれば、いわゆる「黄禍論」(こうかろん Yellow Peril)の延長線上にある発想ということになりますね。『猿の惑星』をみた日本人は、まさかそんなことだとは考えもしないでしょうが。

ガリバーの「馬の国」の馬はなにを意味しているのでしょうか? 

風刺小説である『ガリバー旅行記』のことですから、それは第一部から第三部と同様、当時の英国社会の風刺であるわけですが、くわしいことはここでは省略してきましょう。「馬の国」をふくめた『ガリバー旅行記』のあらすじはwikipedia を参照するとよいでしょう。

『あなたの知らないガリバー旅行記』(阿刀田高、新潮文庫、1988)が面白いので、長くて読みにくい『ガリバー旅行記』ではなく、こちらを読んで済ませるのもよろしいかな、と。

風刺文学の『ガリバー旅行記』は、当時の英国の状況がわからないと腹の底から楽しめないわけですが、コメディーやギャグや風刺というものにつきものの点ですね。

阿刀田高氏のこの本じたい、単行本初版が1985年なので、当時の世相を知らないと、すでになにが面白いのかわからなくなっている箇所が多々あるのは仕方ありません。




なので、スウィフトが風刺したかったことのディテールは最初からあきらめ、『ガリバー旅行記』は21世紀の日本人にとって面白く感じる箇所だけに反応すればいいのかな、と思います。

その意味では、第3部の終わりに日本に立ち寄る箇所と第4部の「馬の国」だけでも拾い読みしたらいいではないかと思います。もちろん全部読むのはOKですよ。



<関連サイト>

ガリバー旅行記(GULLIVER'S TRAVELS ジョナサン・スイフト Jonathan Swift 原民喜訳)
・・原爆を描いた『夏の花』で知られる文学者・原民喜(はら・たみき)の訳が「青空文庫」に収録さえれえている。ですます調の読みやすい訳だが、原書のもつ毒と風刺が弱められている。また「ヤーフ」となっているのが笑える

映画『ガリバー旅行記』(Gualliver's Travels アメリカ、2010年) 予告編
・・あいもかわらず「小人国」(リリパット)での巨人ガリバーをモチーフにした映画


<ブログ内関連記事>

映画 『猿の惑星』の原作は、波乱万丈の前半生を東南アジアで送ったフランスの作家が1963年に発表したSFである
・・ハリウッド映画のイメージがきわめて強い『猿の惑星』だが、東南アジアとフランス人というファクターという切り口から違うものが見えてくる。作者は『戦場にかける橋』の原作者でもある

スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について
・・「新型インフルエンザ」という「豚インフルエンザ」の言い換えは、BSEという狂牛病の言い換えに同じ欺瞞の産物。ダニエル・デフォーの記録文学『ペスト』とエドガー・アラン・ポーの『黒死病の仮面』

書評 『オランダ風説書-「鎖国」日本に語られた「世界」-』(松方冬子、中公新書、2010)-本書の隠れたテーマは17世紀から19世紀までの「東南アジア」

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②
・・「風刺」と「毒舌」が道化の武器

遅ればせながらアニメ 『進撃の巨人』を第10話からローカル局の東京MXで見始めた-戦わなければ生き残れない!

(2016年7月3日 情報追加)


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