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2023年2月18日土曜日

ひさびさに代々木上原のモスク「東京ジャーミイ」に立ち寄った(2023年2月17日)-イスラームの教えは「整理・整頓・清潔の 3S」で神道に通じる

 
ひさびさにモスクにいった。昨日(2023年2月17日)のことである。金曜日であった。明治神宮に参拝する前に立ち寄った。 

東京の代々木上原にある「東京ジャーミイ」は、訪問は今回が2回目である。ムスリムではなくても一般開放されている。「トルコ文化センター」として、非ムスリム国家の日本人へのイスラームとトルコ文化の広報としての役割もあるからだ。

金曜日には礼拝があるが、14時半以降は入場OKとなる。 これは公式ウェブサイトで事前に調べておいたので問題なかった。一般開放中は、スマホでの内部の撮影もOK.


高いミナレット(塔)をもつ壮麗な白亜のモスクは、トルコ政府の資金によるものだ。あまりにも塔が高すぎて、写真のフレームに入りきらない。円形ドームの内部もまた、フレームに納めるのは難しい。 


はじめて訪問したのは、もう10年以上も前のことだが、現在も清潔そのものとして維持されている。なによりも清浄を重んじるイスラームの教えが隅々まで実践されているからだろう。 


モスクに入る前には履き物を脱ぎ、ムスリムであれば礼拝の前には水でカラダを浄めなくてはならない。そんなところは、日本の神道によく似ている整理・整頓・清潔という「3S」は、日本の専売特許ではない。

今月2月6日に発生した巨大地震の犠牲者を悼み、義援金を寄附した。地震国・日本と地震国トルコの絆は、明治23年(1890年)の「エルトゥール号遭難事件」以来、長くて深いものがあるのだ。




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・・北総鉄道の印旛日本医大駅のドームはモスクそっくりだ


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2021年4月4日日曜日

書評『トルコ 中東情勢のカギを握る国』(内藤正典、集英社、2016)― 建国からまもなく100周年になる世俗国家トルコ共和国の民主主義の進展



トルコ共和国が建国されてから、来る2023年で100周年となる。あと2年である。

ここ数年に「建国100年」や「独立100年」を迎える国が多いのは、第1次世界大戦(1914~1918年)とロシア革命(1917年)が「民族国家」の誕生の引き金を引いたからだ。トルコ共和国の場合は、オスマン帝国の崩壊がそのきっかけとなった。 

トルコ共和国は、混迷を深める中東では随一の民主主義国家である。かつてはクーデターによって軍が政治に介入することがたびたび行われていたが、2016年のクーデター未遂事件を最後に、もはやそういうことはなくなった。シビリアン・コントロールが貫徹する国となったのである。 

民主主義の手続きにしたがって選出された親イスラム政党AKP(公正発展党)の政治指導者エルドアン大統領が、そうでなくても不安定な中東情勢をなんとか切り抜けて現在に至っている。 

権威主義的で強権的な独裁者だという批判がつきまとうエルドアン大統領だが、直接選挙によって選出され、民意をバックにつけているだけに基盤は固い。トルコ国民が、なによりも「安定」を重視している以上、その期待に応えていることも確かである。この意味は間違わないことだ。

『トルコ 中東情勢のカギを握る国』(内藤正典、集英社、2016)という本を読んだ。トルコ研究30年以上の著者による蓄積の成果である。読みやすく、しかも公平な記述が信頼感を生み出している。読み物としても、すぐれた内容になっている。 

なぜエルドアンが政治の表舞台に登場したのかが、この本を読むとよくわかる内容だ。 

「世俗主義」を原則にし、「脱イスラム」と「西欧近代化」を国是としたケマル・アタチュルクのトルコが、なぜ現在のようなイスラム色を全面にだした民主国家になったかについても、納得のいく説明がなされている。 

出版年が2016年2月なので、当然のことながら「2016年トルコクーデター未遂事件」(2016年7月15日)には言及されていない。だが、この点にかんしては「第3章 ヒズメト運動」を読めば、その大きな背景は理解できるだろう。

「ヒズメット運動」とは、別名「ギュレン運動」のことである。草の根レベルの改革運動のことだ。その創始者である米国在住のフェトフッラー・ギュレン師をめぐって、トルコ政府と米国政府との攻防は終わっていない。相性のよかったトランプ氏も大統領時代には引き渡しを拒否している。ギュレン師自身は、クーデターへの関与は否定して いるようだ。

あわやクーデタ成功か、と思われたあの衝撃的な事件から、もう5年もたっているのかという思いがあるが、この事件も踏まえた改訂版の出版を「建国100周年」(2023年)の際に期待したいところだ。 

また、シリア内戦のため難民が発生しているが、西欧諸国が受け入れを抑制したため、その多くがトルコ内に居住している。難民のなかにはイスラム学者もいるようだ。イスラム学の重要な中心の1つが、シリアからトルコに移動しているという指摘も興味深い。

イスラム色が前面にでてきたトルコだが、「世俗国家」の原則に変更はない。そんなトルコがイスラム学の中心の1つともなりつつあるわけだ。この意味についても、よく考えておきたいものである。


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目 次
はじめに いまなぜ、トルコか 
第1章 トルコの近代化と脱イスラム 
第2章 トルコの再イスラム化 
第3章 ヒズメト運動 
第4章 トルコと西欧諸国の関係 
第5章 トルコと周辺諸国の関係 
おわりに 

著者プロフィール
内藤正典(ないとう・まさのり)
1956年生まれ。79年東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学分科)卒業。1982年同大学院理学系研究科地理学専門課程中退、博士(社会学・一橋大学)。一橋大学大学院社会学研究科教授を経て、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授、一橋大学名誉教授。専門分野は現代イスラーム地域研究。


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(2021年4月12日 情報追加)


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2018年8月16日木曜日

「トルコ絨毯」のすすめ ー 使い込むほど味が出る



いまから26年前の1992年7月にギリシアの島伝いにトルコの西海岸に渡航したのだが、その際にとある地方都市(・・名前を失念。そのときのメモを見ればわかるのだが)でトルコ絨毯を購入した。 

ひまつぶしで絨毯屋に入ったのだが、まずはチャイ(=トルコティーのこと。紅茶)が振る舞われる。もちろん無料だ。トルコではチャイは小さなグラスで供される。買っても買わなくても、チャイが出てくるのがトルコ流。いきなり商談に入るのではなく、雑談をしてくつろぎながら、おもむろに商談に移っていく。そもそも絨毯は安い商品ではない。 

そうこうしているうちに、店内に巻いて丸めて壁に立てかけて並べられている絨毯を、店主がどんどん広げ始めていく。あれよあれよという間に、「これはいい柄だろう」と繰り返しながら、何枚も何枚も絨毯が広げられていく。 

単なるひやかしのつもりでいたのだが、なかなかいい柄の絨毯があったので欲しくなってしまった。相手の手の内に乗せられたというわけだが、これは商売のテクニックで使われる「フット・イン・ザ・ドア」といやつだろう。最初はその気がなくても、だんだん雰囲気に飲まれて、その気になっていくという人間心理を活用したメソッドだ。

そして購入を決めたのが、この絨毯(上掲の写真)。いかにもトルコ絨毯という感じで、デザインもカラリングもすごく気に入っている。値段は、もう1枚とあわせて10万円くらいだったかな?  カードで支払いをしたのだろう。旅の途中だったので、日本に送ってもらうことにした。どうなるかな、と少し不安はあったが、日本に帰国後にちゃんと届いたから、いまここにある。いい柄でしょう。 

トルコ絨毯は、使い込めば使い込むほど、いい味が出るといわれるが、たしかにそう思う。一点一点が純毛で手織りなので、一つとして同じものはない購入してから、なんと26年! 少し色あせした部分はあるが。やはり、いいものはいい! 美術品じゃないから、使い込むことに意味がある。 そもそも耐久消費財の絨毯は、世代をまたいで受け継がれて行くものだ。

同じようなものでも、大都市のイスタンブールの大きな絨毯屋だと1.5倍から2倍以上はすることが、旅の続きでイスタンブールにいってみてわかった。 その絨毯屋でも同じようにチャイを振る舞われながら雑談をしたのであった。店内では水タバコを吸っているトルコ人もいた記憶がある。雑談のなかでわかったが、絨毯屋の店主のオヤジはユダヤ系だった。日本語も多少はしゃべることのできる人だった。

イスタンブールのその店では、トルコ国内のものだけでなく、黒海沿岸のカフカース(=コーカサス)地方から持ち込まれてくる絨毯があるので(・・そんな場面に遭遇した)、イスタンブールの大きな店の方がいいかもしれない。だが、選択肢が多すぎると選ぶのが難しくなる。狙い目は、地方都市の絨毯屋ではないかな? 

2018年8月には、トルコリラが暴落している。この時期こそ、トルコ絨毯を購入するチャンスかもしれない。

以上、トルコ絨毯のすすめでした。




<関連サイト>


トルコ絨毯はアナトリア絨毯(Anatolian rug)ともいう。トルコはアナトリア半島に位置しているからだ。Wikipedia の Anatolian rug の項目が参考になる。


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この本が面白い!-26年ぶりに再読した『トルコのもう一つの顔』(小島剛一、中公新書、1991)、そしてその続編である漂流する『漂流するトルコ-続「トルコのもう一つの顔」』(旅行人、2010)
  
「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記
・・東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")はトルコ政府の支援で再建された立派なモスク

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために
・・「『1492』年にスペインから追放されたユダヤ人は、オスマントルコ帝国が全面的に受け入れた。 彼らはイスラムの地で、そして何よりもオスマン帝国で最も歓迎される。「オスマン帝国ではバヤズィト二世が『これほど役に立つ臣民を追放するキリスト教徒君主たちのばかさ加減』に驚き、行政機関と人民に彼らの入居を手助けするよう勧告している。(・・中略・・) こうしてイスタンブール、サロニカ、アドリアノプール、ギリシアの島々、つまり混血の人たちの土地が、ほぼ五世紀の間、多くの自由なユダヤ人共同体にとって避難と活動の場所となる。
私はたまたま1992年にトルコのイスタンブールを訪れたことがあるのだが、そのとき冷やかしで入ったトルコ絨毯屋で店主と英語でいろいろ会話をしていた際、「1492-1992」と刺繍された赤いペナントが眼に入ったので店主に尋ねてみたところ、店主のおやじは自分がユダヤ人であること、先祖がスペインから追放されてトルコに移住したユダヤ人の家系であることを話してくれた。」

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」

映画 『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)をみてきた(2015年12月27日)-トルコ人監督が100年前のアルメニア人虐殺をテーマに描いたこの映画は、形を変えていまなお発生し続ける悲劇へと目を向けさせる

クルド人の独立国家樹立は心情的には共感するのだが・・・。増殖が止められない主権国家の弊害が指摘される現在、「民族自決」原則の積み残し課題はどうなるのか?

欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある-TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む


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2018年8月15日水曜日

この本が面白い!  26年ぶりに再読した『トルコのもう一つの顔』(小島剛一、中公新書、1991)、そしてその続編である漂流する『漂流するトルコ-続「トルコのもう一つの顔」』(旅行人、2010)



久々に再発見して読み出した『トルコのもう一つの顔』(小島剛一、中公新書、1991)。パラパラ読んでたらあまりにも面白いので、とうとう最後まで読んでしまった。 

アメリカ滞在から戻ってきてからほどなく、
日本への帰国前にトルコに初めて行ったこともあり、新刊書として書店でみつけてすぐに読んだのが1992年9月。なんと26年ぶり(!)の再読だが、これだけ面白い本はなかなかないと思う。 

内容は、フランスに留学したまま永住を決意してフランスに滞在を続ける著者が、トルコ大好き人間になって深入りするうちに、当時のトルコ政府が否定していた「トルコのもう一つの顔」に気がついてしまう。 


トルコ語とはまったく異なるクルド語をはじめ、トルコがじつは多民族・多言語国家で、きわめて多くの少数民族、宗教が存在するモザイク状態であること。クルド人以外にも、存在すら知られていないような少数民族や、弾圧されている少数民族もいること。 これらの事実は、現在では「常識」となっているが、本書の出版当時はトルコ政府はかたくなに否定していたのだ。


そもそも、現在のトルコ人は、現地に生きていたギリシア人やアルメニア人その他がトルコ化されイスラーム化されたものが多数派であり、出自とされる中央アジア出身のトルコ族そのものではないのである。中央アジアの遊牧民は、トルコではなくテュルク族と表記すべきである。


かつてのビザンツ帝国(=西ローマ帝国)とその周辺が、15世紀にはそっくりそのままオスマン帝国に飲み込まれたからだ。そのため被占領民がトルコ化されたのである。1830年にはギリシアが分離独立、 第一次世界大戦の敗戦でオスマン帝国が解体されたあと、アラブ人、アルメニア人などが分離独立したが、いまなおトルコは多民族・他宗教状態であることに変わりはない。

言語学の立場からの17年に及ぶ著者のフィールドワークの記録をルポルタージュ風に記したこの本は、読み物としてはほんと面白い。学術調査そのものが現地政府に危険視されるだけでなく、調査対象者に累が及んでしまうかもしれないので仮名を使用、著者自身もまた取り調べをうけて拘置所も体験している。著者は最終的に「国外追放」となるのだが、ほとんど秘密調査記録みたいな、手に汗握るスリリングな内容でもある。 


読みながら思ったのは、外国人労働者がなし崩し的に増加している2018年現在の日本は、実質的に多民族・他宗教化が進行している状況であり、そんな社会で生きるとはどういうことか考えるための参考になるのではないか、ということだ。著者自身、多民族・他宗教国家のアルザス地方(フランスとドイツの国境地帯)で暮らしてきた経験がベースにあるようで、日本に生まれ育った日本人とは異なる生活の知恵を身につけている人である。 


この本が日本で出版されたあとでは、トルコ政府はトルコが多民族・多宗教国家であることを事実上認めたようだ。政策変更がなされたのである。学術調査が現実を変えたのである。


現在でもなお版を重ねて読み続けられていることも、この本の存在感を示しているといえよう。


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目 次  
まえがき 
1 トルコ人ほど親切な人たちも珍しい  
2 トルコのもう一つの顔  
3 言語と民族の「るつぼ」 
4 デルスィム地方  
5 Y氏との旅  
6 「トルコに移住しませんか」 
7 トルコ政府の「許可」を得て 
あとがき


■『漂流するトルコ-続「トルコのもう一つの顔」-』(小島剛一、旅行人、2010) 


このあと引き続き、同じ著者による『漂流するトルコ-続「トルコのもう一つの顔」-』(小島剛一、旅行人、2010)を読んだ。『トルコのもう一つの顔』(1991)の20年後に出版された「続編」である。これまたじつに面白かった。 

この続編は、すでに2010年に購入していたにもかかわらず、ちょっ読んだだけで「積ん読」となっていたのは、『トルコのもう一つの顔』(1991)に続けて読まなければ意味がないとわかったからだ。その後、読む機会を逸したまま、そうこうしているうちに、あっという間に8年もたってしまったのだ。月日がたつのはじつに早い。 



続編の内容は、前著の最後で「国外追放」処分となり「再入国禁止」となった著者が隣国のギリシアに脱出した話の続きが語られる。正編の出版に至るまでの裏話も知ることができる。


その後、ふたたびトルコ入国が可能となって少数言語のフィールドワークを行うことが可能となるが、2003年には再び「国外追放」処分となる。 正編では仮名となっていた人物の一部が実名公表されている。

フランスとトルコを往復する著者の視点は、専門分野である言語にとどまらず、社会情勢や政治情勢にも考察が及び、余儀なくされたものだとはいえ、フランスとトルコ双方の外交関係者や諜報機関とのかかわりも語られる。といって無神経なわけではない。自分がかかわる人たちに害が及ばないよう、細心の注意を払って生きている。ある言語と、それを話す話者は、分離不可能な存在なのだ。そんな著者による、体験者ならではのインサイド・レポートでもある。 

この著者が書くものを読んでいて気持ちがいいのは、日本語で書かれていながら、「空気」を読んだり、日本の「世間」を顧慮することがいっさいないことだ。すでにフランスで永住権をもっており、国籍は日本のままだが、日本にはもはや居場所がない。政治的な思惑で主張を曲げることはない。歯に衣着せぬ書き方である。だから読んでいて、さわやかな印象が残る。 

トルコについて書かれた本はそれこそ多数あって、私もかなり読んでいるのだが、この著者の立ち位置はじつに独特だ。そして本の内容は、トルコの礼賛本でも批判本でもない。トルコを「内側から」理解しようとする内容だ。事実そのものを重視する態度である。

 「ありのままの現実」を知りたい、理解したいという知的熱情こそ、この著者がホンモノの研究者であることのあかしなのである。正続2冊つづけて読むことをおすすめする

なお、『トルコのもう一つの顔』(1991)出版にあたって、担当編集者と編集長から相当の圧縮と書き直しを余儀なくされたことは、『トルコのもう一つの顔・補遺編』(ひつじ書房、2016)を見ればよくわかる。興味があれば、そちらも見ておくといいだろう。



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目 次  
序幕 
第1章 トルコ・ギリシャ国境から帰仏  
第2章 あるアレウィー教徒  
第3章 本を書こう  
第4章 トルコ民主化の兆し  
第5章 再びトルコの土を踏む  
第6章 トルコ大使たち  
第7章 フランスの新聞とトルコの新聞  
第8章 トルコの言語状況に関する報告書  
第9章 ラズ人とヘムシン人  
第10章 クルド語、ザザ語、ウブフ語、ラズ語…  
第11章 諜報機関さまざま  
第12章 トルコのメディア  
第13章 出版倫理  
第14章 『ラズ語文法』を友人たちに 
後書き


著者プロフィール 
小島剛一(こじま・ごういち) 
1946年、秋田県生まれ。1968年以来フランス在住。1973年以来、フランス人向けの日本語教育にも携わっている。1978年、ストラスブール大学人文学部で博士号取得。専攻は言語学と民族学。1986年9月、トルコ共和国で少数民族言語臨地調査のための「研究調査ビザ」を所持していたにも拘わらず国外退去勧告を受ける。その後、4度に亘って空き巣被害を受けるが盗まれたものは何も無し。この時以来、身の安全のため、住所や勤務先は非公表(本データは、2016年に出版された最新著書に掲載されていたもの)

<関連記事>

・・「トルコで今年、日本人が1人で書き上げた少数民族言語の辞典が刊行された。『ラズ語トルコ語辞典』は2072ページ、重さ3.4キロの大冊。出版まで40年以上かかったのは、ただ研究や執筆に時間を要したからではないという。著者はフランス在住57年の言語学者、小島剛一さん(78)。かつて「単一民族国家」を標榜していたトルコで、極秘に続けてきた少数民族の研究。憲兵や諜報機関による拘束、尾行、国外追放…。なぜトルコで今、ラズ語の辞典が出せたのか。そのことは何を意味するのか。そして、小島さんの身に起き始めた変化とは──。」

(2025年3月12日 項目新設)


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書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

・・「『1492』年にスペインから追放されたユダヤ人は、オスマントルコ帝国が全面的に受け入れた。 彼らはイスラムの地で、そして何よりもオスマン帝国で最も歓迎される。「オスマン帝国ではバヤズィト二世が『これほど役に立つ臣民を追放するキリスト教徒君主たちのばかさ加減』に驚き、行政機関と人民に彼らの入居を手助けするよう勧告している。(・・中略・・) こうしてイスタンブール、サロニカ、アドリアノプール、ギリシアの島々、つまり混血の人たちの土地が、ほぼ五世紀の間、多くの自由なユダヤ人共同体にとって避難と活動の場所となる。
私はたまたま1992年にトルコのイスタンブールを訪れたことがあるのだが、そのとき冷やかしで入ったトルコ絨毯屋で店主と英語でいろいろ会話をしていた際、「1492-1992」と刺繍された赤いペナントが眼に入ったので店主に尋ねてみたところ、店主のおやじは自分がユダヤ人であること、先祖がスペインから追放されてトルコに移住したユダヤ人の家系であることを話してくれた。」

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」


映画 『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)をみてきた(2015年12月27日)-トルコ人監督が100年前のアルメニア人虐殺をテーマに描いたこの映画は、形を変えていまなお発生し続ける悲劇へと目を向けさせる


クルド人の独立国家樹立は心情的には共感するのだが・・・。増殖が止められない主権国家の弊害が指摘される現在、「民族自決」原則の積み残し課題はどうなるのか?


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