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2015年2月23日月曜日

2015年1月から放送されたNHK・Eテレの「パリ白熱教室」は、「格差問題」という旬の話題の研究者であるピケティ教授の連続レクチャーシリーズ




2015年1月から6回シリーズで放送された NHK・Eテレの「パリ白熱教室」は、「格差問題」で、いままさに「旬」のフランス人経済学者トマ・ピケティ教授によるものである。 
     
2013年に原著が出版されたピケティ教授の主著 『21世紀の資本』(Le Capital au XXIe siecle 英語版: Capital in the Twenty-First Century)は、アメリカで発生した「オキュパイ・ウォールストリート」(=ウォール街を占拠せよ)のデモにも大きな理論的影響を与えたという。富が上位1%に集中する状況への異議申し立てである。

『21世紀の資本』は、700ページを越える分厚いハードカバーでありながら、総計100万部を超える世界的な大ベストセラーになっているという。日本でも先日、英語版 Capital in the Twenty-First Century からの日本語訳版が出版されたが、増刷に次ぐ増刷でこれまたベストセラーだ。経済学の専門書を読む読者層がそんなに分厚いとは思えないが、それほど「格差問題」は世界だけでなく日本でも大きな問題だと認識されているわけだ。
   
ピケティ教授の来日にあわせて、さまざまなシンポジウムが開催された。わたしも事前にシンポジウムに申し込んだが、残念ながら抽選ではずれてしまった。

ピケティ教授自身によるレクチャーが、テレビで無料で見れるとは! こんな機会を見逃したらじつにもったいない。「パリ経済学校でのピケティ教授の人気講義を世界初の独占収録!」とNHKは宣伝している。まさに「渡りに船」である。どう考えても、大枚払って『21世紀の資本論』を購入してまで読む気はしないからだ。

700ページを越えるハードカバーの経済専門書など、大半の人にとっては積ん読状態だろうし(・・しかも分厚ければ積まなくても机上に立つだろう)、ほぼ間違いなく埃をかぶったまま放置され、いずれ古本屋行きになることは間違いない。そのあかつきには、新古本であっても大幅に値崩れすることは必定だ。



「パリ白熱教室」は正統派経済学者による講義

じつは、放送を見始めたのは第2回からだ。第1回を見逃したのは痛いが、第2回から最終回の第6回まで毎週視聴することにした。

その放送第1回は、2015年1月9日(金)であった。この日は、まさにそのパリでイスラーム過激派テロリストによる虐殺事件が発生した1月7日の直後ではないか! 

「週刊風刺新聞シャルリ・エブド襲撃事件」の背景にはさまざまなものがあるといわれているが、フランス社会で差別されてきた移民二世の経済格差問題もその一つであるとされている。社会からの疎外感、剥奪感などさまざまな形の不満や不安が、イスラーム過激主義に移民の若者たちを走らせているのである、と。

その意味でも、「パリ白熱教室」におけるピケティ教授のレクチャーは、まさに「旬のテーマ」である。

「パリ白熱教室」の全6回のレクチャーのタイトルは以下のとおりである。

第1回 「21世紀の資本論」-格差はこうして生まれる-(2015年1月9日)
第2回 「所得不平等の構図」-なぜ格差は拡大するのか-(2015年1月16日)
第3回 「不平等と教育格差」-なぜ所得格差は生まれるのか-(2015年1月23日)
第4回 「強まる資産集中」-所得データが語る格差の実態-(2015年1月30日)
第5回 「世襲型資本主義の復活」-19世紀の格差社会に逆もどり?-(2015年2月6日)
第6回 「これからの資本主義」-再分配システムをどうつくるか-(2015年2月13日)

基本的に、所得格差と資産格差の二つにわけて「格差問題」を考えることが重要だとピケティ教授は指摘ている。

格差問題解消のためには、資本に対する累進課税の重要性を提言したうえで、グローバルな富裕税について提案している。

わたし自身は、実現可能性の観点からみて、ピケティ教授の処方箋にはあまり賛成ではないが、分析そのものはじつに興味深いという感想をもった。なぜならピケティ教授は、膨大な税務統計を分析して、「格差問題」を歴史的に検証している正統派の経済学者である。

ピケティ教授の最大の功績は、世界の経済学者と連携して 300年分にわたる膨大な税務統計を収集し、その分析をもとに「格差の実際」と「格差形成のメカニズム」、そして「格差是正」の方法について明らかにしたことにある。この分析に15年かけたという。

ピケティ教授は、とくに奇をてらった発言をしているわけではないことが、この全6回のレクチャーでよくわかった。



二度の世界大戦が「富の平準化」をもたらしたという事実

この番組を試聴していてつよく印象を受けたのは、ヨーロッパにおいては、いかに第一次世界大戦による破壊が革命的変化をもたらしたかということだ。

第4回のレクチャー 「強まる資産集中-所得データが語る格差の実態-(2015年1月30日)放送」で使用された図表にそれがよく表現されている(下図参照)。


(第4回のレクチャー 「強まる資産集中」(2015年1月30日)放送より)


フランスと英国、ドイツの三カ国の「資産所得比率」の図表である。

第一次世界大戦(1914~1918年)では直接戦場とはなったフランスとドイツの「資産所得比率」の低下がいちじるしい。

敗戦国となったドイツだけでなく、戦勝国となったフランスも、戦争によって国土は荒廃し、多くの資産が破壊されたのである。その結果、第一世界大戦勃発までの100年間つづいていた「ベルエポック」(=美しい世紀)の時代の格差が大幅に解消したのであった。

ピケティ教授自身もレクチャーのなかで語っていたが、「富の再分配」の方法にかんしては、税以外の方法もあるのだ。戦争などで大規模に資産が破壊されることもそうである。

だから、第一次世界大戦でヨーロッパ諸国の資産集中度が低下したわけだし、さらに第二次世界大戦ではヨーロッパだけでなく、日本においても資産集中度が低下したわけである。それに対して、本土が戦場とならなかった英国や米国においては、累進税率を極度に上げた時期があるのはそのためなのだ、と。

米国はかつて太平洋戦争においてハワイが日本軍による攻撃の対象となったが、あくまでも局地的なものであり、本土全体が戦場となって荒廃したことは一度もない。

「9-11」において、米国ははじめて本土が攻撃の対象となったが、戦場とはならなかった。したがって破壊されたのはツインタワーとペンタゴンの一部で、都市全体が焼け野原になるといった壊滅打撃は被っていない。


(第4回のレクチャー 「強まる資産集中」(2015年1月30日)放送より)


「最上位1%の総所得のシェア」が、「アメリカ型」と「フランス型」に区分できるのはそのためである。

前者はアメリカを含んだ「アングロサクソン型」といっていいだろう。後者の「フランス型」には、日本も含まれるのはそのためだ。総力戦体制のもと、第二次世界大戦で徹底的に破戒されるまで、日本の格差社会ぶりがいかに酷いものであったか、不思議なことに忘れられがちである。

「格差問題を解消するための戦争」にかんしては、「「丸山眞男」をひっぱたきたい-31歳フリーター。希望は、戦争。」(2007年)という論文があったことを想起する。赤木智弘氏という評論家による論文である。この「終末論」待望論にもつながりかねない発想は、「格差社会」に苦しんでいる人にとっては希望(?)となるのかもしれない。

もちろん、赤木氏と同様にわたしも、戦争という形での「富の平準化」を望んでいるわけではない。戦争においては資産だけでなく、人命も失われるからだ。「破壊的創造」(creative destruction)などという表現は、安易にクチにしたくない。



グローバルに移動する資本への課税は難しいが不動産への課税は簡単

格差問題是正のためのピケティ教授の処方箋は、「資本に対する累進課税」と「グローバル富裕税」である。

ともにグローバル単位で減税競争が行われているなかでは、一国単位での実現可能性には疑問がつく理想論に聞こえないでもない。グローバル税務警察でも確立されればまだしも、実現可能性としては高くないのではないかという印象がある。地球外からの侵略でもない限り、地球単位で意見がまとまることは残念ながらなさそうだ。

「パリ白熱教室」のレクチャーのなかで、ピケティ教授は以下のような発言をしていた。

グローバルに資金移動する現状では資本課税はむずかしい。だが、不動産などの固定資産に対する課税はやりやすい。したがって、今後はどの国でも不動産への課税が強化されるであろう、と。

不動産は、文字通り動産ならざるものを指している。建物は解体すれば移動可能だが、土地は移動できない。だから国境を越えて逃げることもない。この発言には、なるほどそうだなと思わされた。不動産課税は、どの国でも今後強化される方向性であろう。



中産階級が崩壊しつつあることこそ大きな問題

格差問題にかんしては、超のつくスーパーリッチと貧困層の格差よりも、中産階級が崩壊していることこそが問題だととわたしは考える。

たとえ格差が救いようのないものであったとしても、大多数の人にとってスーパーリッチ層は縁のない存在だ。だが、中産階級が崩壊したことの悪影響はきわめて大きい。これは1980年代のレーガン政権時代のアメリカでまずはじまり、英国でも日本では現在も進行している事態である。

中産階級が崩壊し、貧困層が拡大したことにより、その結果として(!)、スーパーリッチ層と貧困層との格差が拡大しているわけだが、問題は貧困層の拡大であって、富裕層そのものが問題ではなかろう。中産階級の復活は困難な課題だとしても、いかに貧困層をなくし、最低限でも安定した生活を保障するセイフティネットの仕組みを確立することのほうが、課題ではあるまいか?

富裕層にかんしては高率の相続税が課されているので、「富の標準化」は日本では比較的確保されているといってよいだろう。タイのように相続税が存在しない国があることは意外と知られていないようだ。タイは、国会議員の大半が富裕層出身である以上、相続税の導入が困難なことは言うまでもない。タイとくらべてみても、日本は格差社会とは言い難い。

もちろん、ピケティ教授が指摘していたように、日本においても少子化によって資産が集中していく傾向にあることは間違いないだろう。一人っ子どうしが結婚すれば、双方の親の資産を継承することになるからだ。しかし、そこに待ち受けるのが日本の高い相続税であることはピケティ教授の視野にはないように思われた。

日本以外の先進国、とくにアングロサクソン諸国や発展途上国に比べれば、日本の「格差問題」は、まだ解決に残された時間はあると考えて良いのではあるまいか?

現時点の日本の問題は、むしろ正社員とアルバイトやパートなどの非正規社員とのあいだに存在する身分格差にもとづく所得格差であろう。非正規社員を正社員化するのか、正社員を非正規社員化するのか、方向性は真逆になるが、いずれか、あるいは双方とも今後の動きとなる。

そんなことを、NHK・Eテレの「パリ白熱教室」を視聴して考えた。



(注) トマ・ピケティ(Thomas Piketty)について
2006年に設立されたパリ経済学校(École d'économie de Paris, EEP)の創設の中心人物で、初代校長を務めた。現在は教授。専門分野は、経済的不平等、特に歴史比較の観点からの研究。
1971年フランス・パリ郊外のクリシー生まれ。16歳で公立高校を卒業後、フランスの高等教育機関の中でも最も入学が難しいノルマルシュップ(パリ高等師範学校)に入学。22歳で高等師範学校とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得した。1993年フランス経済学会から年間最優秀論文賞を受賞。論文のテーマは「富の再配分」。2013年にフランスで出版された『21世紀の資本』は現在米欧やアジアなど世界15カ国で出版されいている。主要著書は、『フランスの20世紀における高所得(Les hauts revenus en France au XXe siècle)』(Grasset, 2001年)。『財政革命のために (Pour une révolution fiscale)』(カミーユ・ランデ、エマニュエル・サエズ共著, 2011年)。 (出典: 「パリ白熱教室」番組概要 
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/paris/about.html


ピケティの主著『21世紀の資本』 画像をクリック!



<関連サイト>

Thomas Piketty: New thoughts on capital in the twenty-first century (TED, Filmed June 2014 at TEDSalon Berlin 2014)
・・ピケティ自身がTEDに出演して自説を解説。フランス語なまりの英語が聴き取りにくいが、英語字幕あり

世界で大論争、大著『21世紀の資本論』で考える良い不平等と悪い不平等-フランス人経済学者トマ・ピケティ氏が起こした波紋 (澁谷 浩、日経ビジネスオンライン、2014年6月3日)
・・ピケティが行った長期所得分析を詳細に解説した論文。読み応えあり

Technical appendix of the book « Capital in the 21st century » Thomas Piketty Harvard University Press - March 2014 Figures and tables presented in the book (Pdf.)
・・ピケティの『21世紀の資本』に登場する図表へのリンク一覧

日本の格差:身分の保証された人vs貧しい人 (JBPRess、2015年2月19日 初出 The Economist)

第一次大戦後のフランス、イタリア、ドイツなど欧州大陸の各国は、勝者敗者ともども疲れ果てている表情しか感じ取れなかった。
フランスは4年にわたり戦いを続けて勝利を得たにもかかわらず、ノーベル平和賞をもらったノーマン・エンジェルがいったようにその勝利さえも「大いなる幻影」であったようだ。労働力は減り、生産力は破壊されて、フランスの北の方は、ちょうど戦後の東京の焼け野原のような状態で放置されていた。
ドイツでは、有名なインフレーションが極度に進行していた。ドイツに着いて、ホテルから日本にはがきを出そうとしたら切手代がなんと100万マルクもしたのには目をまるくした。
イタリアも大同小異であった。経済恐慌が社会危機によって複雑化していた。農村の疲弊に耐えかねた農民が都市に集まり、生活の保障のない労働者とともに、各工場をつぎつぎと占領した時期で、こんどのフランスの騒ぎの小型版とも思える有様であった。こうして勝ち負けをとわず、戦場になった国のみじめさをまのあたりに見たのであった。

“日本のピケティ”が見た日本の格差拡大 橘木俊詔・京都大学名誉教授に聞く(広野彩子、日経ビジネスオンライン、2015年3月2日)

『21世紀の資本』訳者解説--ピケティは何を語っているのか 山形浩生×飯田泰之(SYNODOS、2015年3月13日)
・・紀伊國屋ホールで行われた「ピケティ『21世紀の資本』刊行記念 山形浩生×飯田泰之トークショー 訳者解説プラス」(2015年1月10日)一部を文字におこしたもの。『21世紀の資本』翻訳者の山形浩生氏と所得分配をテーマに研究する経済学者・飯田泰之氏。この対談はおおいに読むべき内容がある

フランス人が繰り返しブームを起こす「格差論争」の正体-浜名優美・南山大学教授に聞く (広野 彩子、日経ビジネスオンライン、2015年4月20日)
・・ピケティ教授の「導きの光」の一人で、20世紀最大の歴史家フェルナン・ブローデルが40年前に仕掛けて、米国初でブームになった「フランス発格差論争」について。ブローデルの翻訳者である浜名教授は、「ブローデルの著書や論文を見ると、ピケティ教授が言っていることは、ブローデルが既に言っていたことばかりです」、と語る。「初期のアナール派が手掛けていた、一度消えかけた数量的・時系列的な歴史研究をピケティ教授が再び盛り上げることができた背景の一つとして、ブローデルの時代には分析したり集めたりするのが不可能だったデータが、現在はコンピュータの発達で扱えるようになったことがとても大きいだろうと思います。 その意味では、ピケティ教授の貢献は、アナール派による経済史の再現というより、歴史家ブローデルが追究していた問題意識を経済学者として引き継ぎ、進化させたといえるのかもしれません」

(2015年2月28日、3月6日、3月15日、4月20日 情報追加)


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ビジネスパーソンにもぜひ視聴することをすすめたい、国際基督教大学(ICU)毛利勝彦教授の「白熱教室JAPAN」(NHK・ETV)


格差問題

書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい
・・アメリカは、ヨーロッパや日本のように戦争で国土が荒廃した経験をもたないので、資産は富として毀損することなく継承されてきた

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2010年3月号の特集「オバマ大統領就任から1年 貧困大国の真実」(責任編集・堤 未果)を読む

なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか?
・・英国の「サッチャー革命」は英国経済を救ったが、中流階級が崩壊するという大きな痛みを友lなうものであった


中産階級崩壊

『2010年中流階級消失』(田中勝博、講談社、1998) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その1)
・・「金融ビッグバン」後の英国で、英国の証券会社に日本人として勤務していた著者が体験し、つぶさに観察した実情を「鏡」にして、日本の行く末を考察

なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか?  ・・英国の「サッチャー革命」は英国の中産階級を崩壊させた

書評 『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)-冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史


■所得分配の経済学

書評 『ゼロから学ぶ経済政策-日本を幸福にする経済政策のつくり方-』(飯田泰之、角川ONEテーマ21、2010)-「成長」「安定」「再分配」-「3つの政策」でわかりやすくまとめた経済政策入門書


ピケティ教授の「導きの光」とメンターたち

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
・・20世紀を代表する歴史家フェルナン・ブローデル。アナール派の総帥として「数量史」「時系列史」の先鞭をつけた社会経済史家

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
・・歴史人口学で世界をリードするエマニュエル・トッド

(2015年4月20日 情報追加)


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end

2013年10月4日金曜日

「オックスフォード白熱教室」 (NHK・Eテレ)が面白い!-楽しみながら公開講座で数学を学んでみよう



今度の「白熱教室」はオックスフォード大学。しかも数学だ。数学の重要性があらためて認識しなおされ始めている日本では、まさに時宜にかなかった企画である。

オックスフォード大学についてはあらためて説明する必要はないと思うが、英語圏で最古の大学である。オックスフォード大学は12世紀にはすでに講義が行われていたという。その歴史は対岸のヨーロッパ大陸の関係で理解する必要がある。世界最古の大学は、イタリアのボローニャ大学で11世紀のことだ。

オックスフォード大学は、真理探究という学問追求の姿勢から基礎科学にチカラを入れてきた大学である。この点は、近代化推進のために明治時代に設置され、工学など実学に重点を置いてきた日本の大学とは大いに異なる。理系と文系にわける悪弊は日本だけのものだ。

数学もまた基礎科学、しかも文理に共通する基礎であることは言うまでもない。数学は古代ギリシア以来、西欧的思考の根底にあるのだ。

「番組紹介」から「オックスフォード大学白熱教室」と授業を担当するマーカス・デュ・ソートイ教授(Prof. Marcus du Sautoy)についての紹介文を引用しておこう。

この大学で現在、最も有名な人物の一人が、マーカス・デュ・ソートイ教授。
トップクラスの現役数学者でありながら、「数学の本当の姿を知ってもらいたい」と、一般市民に向けて数学の魅力を広める活動に力を入れている。
数学は掛け算を解いたり、割合を計算するためのものではない。
デュ・ソートイ教授の講義は、自然や音楽など身近な切り口から、数学の本質を解き明かしていく。
今回は番組のために用意した全4回の特別講義で、数学の美しく神秘的な世界を紹介する。
世紀の難問「リーマン予想」や、現代数学において極めて重要な「群論」など毎回、難解なテーマも登場するが、デュ・ソートイ教授が軽快な語り口で理解へと導く。
私たちの日常生活と最先端の数学が無縁ではないことを実感できるはず。

授業はオックスフォード大学の講義室を使用するが、学生や教師だけでなく地元の一般市民を招いての公開授業である。アメリカの授業との違いを楽しみたい。

さて、2013年10月4日(金)の第1回の放送は「素数の音楽を聴け」であった。

デュ・ソートイ教授の本は日本語にも翻訳されているが、一般向けの著書のタイトルに『素数の音楽』(The Music of the Primes, 2003) というものがある。今回の「白熱教室」の放送にあわせたのであろうが、文庫化もされたのでぜひ読んでみたい本だ。

まずは素数から授業が始まるのは、素数(prime number)は数学世界の原子ともいうべき最も基本的な単位だから。素数とは、1 とそれ自身以外の数以外に正の約数をもたない数字のこと。具体的に並べていくと、1, 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 33, 37, 41..... となり無限に存在する。

素数が無限に存在することは古代ギリシアの大数学者ユークリッド(=エウクレイデス)がすでに証明していたが、そこにパターンや基本法則を見出すのがきわめてむずかしいのが素数である。

素数の並び方の規則性発見に挑戦したのが18世紀から19世紀にかけてのドイツの大数学者ガウス。そしてそれをさらに大きく前進させたのがガウスの弟子の数学者リーマン(Rieman)による数学史上最大の難問「リーマン予想」

多趣味のマーカス・デュ・ソートイ教授が、みずからトランペット演奏もしながら、素数の世界を音楽に例えて楽しく愉快に解説する授業はじつに楽しみながら学べるすぐれたものであった。

数学と音楽が密接な関係にあるのは古代ギリシアの数学者ピュタゴラス以来の常識。リベラルアーツの基礎に素学と音楽があることを思い出させてくれるものでもある。



授業には出てこなかったが、日本人としては日本の俳句は 5-7-5 の 17文字で素数、短歌は 5-7-5-7-7 の 31文字で素数だ、ということを付け加えておきたい。なぜ日本の定型詩が素数で構成されているのかは謎なのだが・・・

デュ・ソートイ教授は専門論文だけでなく一般啓蒙書も数多く執筆しており、BBC出演や公開講座も積極的に行っている。いわゆる科学アウトリーチ活動である。

2006年には「王立協会クリスマス・レクチャー講師」(Royal Institution Christmas Lectures)も務めており、マイケル・ファラデー以来の一般社会への科学啓蒙においても大いに貢献している。2006年の講演タイトルは「数の神秘」。数学が「クリスマス講義」のテーマになったのは150年の歴史のなかで3回目なのだという。

これは英国の基本姿勢であるが、英国や米国でポピュラー・サイエンスが普及しているのは、英国に発するこの伝統がアングロサクソン世界にはあるからファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる を参照されたい。

日本で出版されている科学読み物やノンフィクションの大半が、アメリカ人や英国人による翻訳ものであるのはそのためである。科学者と科学の使命がどこにあるのかを示している。この点においては、日本は残念ながらまだまだ「後進国」である。その意味でも学ぶべきもが多い授業である。
 
「オックスフォード白熱教室」 の今後の放送予定は以下のとおり。いずれも楽しみだ。

第1回 「素数の音楽を聴け」(2013年10月4日)
第2回 「シンメトリーのモンスターを追え」(2013年10月11日)
第3回 「隠れた数学者たち」(2013年10月18日)・・アートと数学!
第4回 「数学が教える "知の限界"(2013年10月25日)




マーカス・デュ・ソートイ教授(Prof. Marcus du Sautoy)

1965年生まれ。オックスフォード大学数学研究所教授。王立協会リサーチャー。
ロンドン数学学会から2年に1人、40歳以下の最も優れた数学研究者に与えられる「バーウィック賞」を2001年に受賞。
オックスフォード大学では、「科学啓蒙のためのシモニー教授職」も勤める。 BBCでの数学番組の監修をはじめとするテレビやラジオへの出演、各地での講演活動、新聞・雑誌への記事執筆、など幅広い数学啓蒙活動を行う。科学への貢献などが認められ、2010年にはOBE(大英帝国勲章)を授かっている。
専門書を多数執筆のほか、一般書としては、ベストセラーとなった『素数の音楽』(2005年)をはじめ、『シンメトリーの地図帳』(2010年)、『数学の国のミステリー』(2012年)(いずれも新潮クレスト・ブックス)を刊行。
トランペット演奏、芝居など多彩な趣味の顔を持ち、サッカー・プレミアムリーグ、地元アーセナルFCの大ファンとしても知られる。 (出典: http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/oxford/about.html


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数学関連

月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ

資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン

最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる


「NHK白熱教室」関連

「バークレー白熱教室」が面白い!-UCバークレーの物理学者による高校生にもわかるリベラルアーツ教育としてのエネルギー問題入門

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは

NHK・Eテレ 「スタンフォード白熱教室」(ティナ・シーリグ教授) 第8回放送(最終回)-最終課題のプレゼンテーションと全体のまとめ

コロンビア大学ビジネススクールの心理学者シーナ・アイエンガー教授の「白熱教室」(NHK・Eテレ)が始まりました

慶応大学ビジネススクール 高木晴夫教授の「白熱教室」(NHK・ETV)

ビジネスパーソンにもぜひ視聴することをすすめたい、国際基督教大学(ICU)毛利勝彦教授の「白熱教室JAPAN」(NHK・ETV)


英国とオックスフォード大学関連

日本語の本で知る英国の名門大学 "オックス・ブリッジ" (Ox-bridge)

書評 『イギリスの大学・ニッポンの大学-カレッジ、チュートリアル、エリート教育-(グローバル化時代の大学論 ②)』(苅谷剛彦、中公新書ラクレ、2012)-東大の "ベストティーチャー" がオックスフォード大学で体験し、思考した大学改革のゆくえ

「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」(高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント)に参加してきた

ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる
・・最先端の科学を一般に向けに啓蒙するという伝統がポピュラー・サイエンスの伝統が英国にある。この伝統はおなじアングロサクソン圏の米国にも引き継がれている



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2013年4月12日金曜日

「バークレー白熱教室」が面白い!ー UCバークレーの物理学者による高校生にもわかるリベラルアーツ教育としてのエネルギー問題入門




「バークレー白熱教室」が面白い! アメリカ西海岸の名門大学 UCバークレーの物理学者が語る、高校生にもわかるエネルギー問題入門である。

政治哲学者のマイケル・サンデルの授業の爆発的ブームによってシリーズ化したNHK・Eテレの「白熱教室」も、スタンフォードやコロンビアといった有名大学につづいてバークレーの出番となった。

UCバークレーは、正式にはカリフォルニア大学バークレー校(University of California at Berkley)という。日本ではむかしから有名な UCLA(ロサンゼルス校)など多数あるUCの本部がバークレーである。

サンフランシスコから都市交通の バート(BART: Bay Area Rapid Transit) で一本のバークレーもまた日系移民が多かった場所で、日系移民たちは「麦嶺」と表記していたことを現地で知った。だが、発音はバークレーというよりもバークリーといったほうが原音に近い。

夏でも霧がかかって肌寒いサンフランシスコはすぐ近くであるのにかかわらず、バークレーのキャンパスは陽光のあふれるいかにもカリフォルニア的なキャンパスである。

UCバークレーについては、「バークレー白熱教室」のウェブサイトから引用しておこう。

アメリカ屈指の名門校、カリフォルニア大学・バークレー校。創立は1868年10校あるカリフォルニア大の系列でここが本校、最も古い歴史を誇る。サンフランシスコのベイエリアを臨む、4.8平方キロメートルという東大の4倍を超える巨大なキャンパスで、3万6千人が学んでいる。 

創立の1868年は明治元年である。東海岸からはじまった領土拡張の動きが西海岸に達してからその地に大学が設立されることになった。UCはいずれも州立大学である。

じつは、1990年の7月から8月まであしかけ二カ月、わたしは英語の勉強のためバークレーのキャンパスに滞在していた。このことはまたのちほど触れることとしよう。

「バークレー白熱教室」についての説明をおなじく番組のウェブサイトから引用しておこう。(太字ゴチックは引用者=わたし)

ここで学生の投票でベスト講義に選ばれたのが、リチャード・ムラー教授の物理学の講義。今回、ムラー教授は、番組のために「大統領を目指す君のためのサイエンス」というコンセプトで特別講義を行った。大統領ならエネルギー、原子力、地球温暖化、テロなどあらゆる危機に瞬時に判断を下さねばならない、そのために必要な知識、考え方をレクチャーしていく。

ムラー教授は、「物理は法の原理より先にくる」をモットーとしている。どれほど強い軍隊の最高司令官であろうと大統領であろうと、物理の法則には従うしかない。それが、この地球を動かすルールなのだから。 5回の講義は、今世界にとって最も切実な問題である、「エネルギー」を中心テーマに据える。これまでの思い込みがサイエンスベースに覆される知的快感にあふれた、5回に渡る特別講義である。

毎週金曜日23時から。全5回のタイトルは以下のとおり。

第1回 エネルギー 君なら何を選ぶ?(2013年4月5日)
第2回 クリーンエネルギーを検証する(2013年4月12日)
第3回 地球温暖化の真実(2013年4月19日
第4回 原子力を知る(2013年4月26日
第5回 エネルギーの未来 大統領に提言せよ(2013年5月3日)


第1回の授業から見始めたが、内容がいま日本でも関心の高いエネルギー問題であるというだけではない。物理学者であるため物理の重要性を解いているだけでなく、説明のためにはあえて厳密さは犠牲にして数式をつかわず簡単な、見える化によるわかりやすい説明を一貫している。

もちろん、いままでの「白熱教室」と同様、学生たちとのインタラクティブな授業であることは言うまでもない。学部の文系学生向けのリベラルアーツの授業であるからだ。内容的には高校生でも十分に理解できるはずだ。

授業の中身とは直接は関係ないが、階段型教室であることはさておき、いまだに黒板にチョーク(!)というスタイルが妙に印象に残ったのであった。ホワイトボードに専用マジックというスタイルではないのが、むかしながらの授業のようでなんだか不思議な感じがした。

授業のなかで何度も日本や福島の原発事故に言及されるのは、これがNHK制作のオリジナル番組であるためだろう。

今夜(4月12日)から、いよいよエネルギー問題のホットイシューに入っていくので楽しみである。物理学の立場から、マスコミなどで流通している通説にも容赦なく切り込んでいくことだろう。

アメリカ流のリベラルアーツの授業がどんなものであるか知るにはいい実例だと思う。これが現代世界を生きていくうえでほんとうに必要な「教養」である。いわゆる「教養主義」とは縁もゆかりもないものだ。

(第5回放送から シェールガス開発技術の功罪についてディスカッション)


講師プロフィールを番組のウェブサイトから引用しておこう。

リチャード・ムラー教授(Professor Richard Muller)カリフォルニア大学バークレー校物理学教授。コロンビア大学を経て、カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。1982年、「天才賞」と呼ばれるマッカーサー・フェロー賞受賞。長年にわたり、原子力、エネルギー、粒子宇宙物理学の分野でアメリカ政府関係や NASA などの科学顧問を務めている。地球温暖化の証拠の見直し、全地球の温度を100年以上にわたり検証したプロジェクト「バークレーアース」の創設者。文化系学生を対象にした物理学の講義「PHYSICS FOR FUTURE PRESIDENTS」は学生の年間投票によってバークレー校のベスト講義に選ばれている。この講義をもとにした著書は、『今この世界を生きているあなたのためのサイエンスⅠ、Ⅱ』として邦訳されている。ほか邦訳に、『サイエンス入門Ⅰ、Ⅱ』『エネルギー問題入門-カリフォルニア大学バークレー校特別講義-』(いずれも楽工社刊)。






1990年のUCバークレーのキャンパス

先にも書いたが、わたしは1990年にUCバークレーのサマー・エクステンションでビジネス英語の講座に参加した。

同じ年の秋から東海岸のレンセラー工科大学(RPI)で始まるMBAの授業のため、まずは語学学校で英語を学ぶことが会社から認められていたので、せっかくだから西海岸の名門校で学んでみることにしたわけだ。

もう20年以上キャンパスは訪れていないが、「バークレー白熱教室」のキャンパス紹介の画像から見る限り、基本的には変わっていないようだ。

1960年代後半のベトナム戦争時代、Freedom of Speech 発祥の地として知られるUCバークレーリベラルな校風は現在でも変わらないようだ。わたしより上の世代であれば、映画『いちご白書』のロケ地といえばピンとくるはずだ。



だが、いまのようなデジカメやスマホ時代とは違って、1990年当時のバークレーキャンパスの写真を撮影していなかったのは残念なことだ。周辺にエクスカーションにいった際の写真は残っているが、現像を前提の撮影ではどうしても撮影枚数にブレーキがかかってしまうもの。

たまたま手元にUCバークレーのゲストハウス(学生寮)のパンフレットが残っていたのでスキャンして掲載しておこう。なんとなく雰囲気がつかめるのではないかと思う。

1990年当時のバークレーは、映画 『卒業』そのものであった。ダスティン・ホフマン主演の映画である。恋人役のキャサリン・ロスが学んでいたのがバークレーであった。映画の主題歌はサイモン&ガーファンクルのミセス・ロビンソンその他の名曲ぞろい。



わたしがバークレーに到着してから数日、イラクがクウェートに侵攻したというニュースが入った。その後、本格的な勉強を始めた東海岸のレンセラー工科大学からは軍籍をもつ学生が何人も湾岸戦争に出征していた。

リベラルな校風のバークレーはどうだったのだろうか。当時はまったく考えもしなかったが、いまこの文章を書きながらふと思い出した。



<関連サイト>

「バークレー白熱教室」 公式ウェブサイト (NHK・Eテレ)

The Strawberry Statement Trailer (『いちご白書』(1970年)トレーラー)

The Graduate Trailer (『卒業』(1967年)トレーラー)
・・DVDだとチャプター8から9までバークレーのキャンパスが舞台。学生運動がさかんだった当時の時代背景のなかでノンポリであった主人公




(1990年のバークレー:左がBARTのカード、右は学生寮のミールカード)



<ブログ内関連記事>

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは

NHK・Eテレ 「スタンフォード白熱教室」(ティナ・シーリグ教授) 第8回放送(最終回)-最終課題のプレゼンテーションと全体のまとめ

コロンビア大学ビジネススクールの心理学者シーナ・アイエンガー教授の「白熱教室」(NHK・Eテレ)が始まりました


慶応大学ビジネススクール 高木晴夫教授の「白熱教室」(NHK・ETV)

ビジネスパーソンにもぜひ視聴することをすすめたい、国際基督教大学(ICU)毛利勝彦教授の「白熱教室JAPAN」(NHK・ETV)

フィンランドのいまを 『エクセレント フィンランド シス』で知る-「小国」フィンランドは日本のモデルとなりうるか?
・・小国フィンランドのエネルギー問題

書評 『グーグルのグリーン戦略-グリーン・ニューディールからスマートグリッドまで-』(新井宏征、インプレスR&D、2010)-、IT企業であるグーグルが、なぜこれほど環境エネルギー問題にチカラを入れているのか?

レンセラー工科大学(RPI : Rensselaer Polytechnic Institute)を卒業して20年

早いもので米国留学に出発してから20年!-それは、アメリカ独立記念日(7月4日)の少し前のことだった

ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる

(2014年8月30日 情報追加)


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