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2020年3月28日土曜日

書評『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)― 想像力によって作り出したフィクション(虚構、擬制)が人類をここまで進化させてきたが・・

(期間限定特装版のカバーはゴーガンの有名な絵画)


 『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)を読了。出版されてからすでに4年たつ。

日本語版も「ビジネス書大賞2017 大賞受賞」、「ビジネス書グランプリ2017 リベラルアーツ部門 第1位 」に選出され、現在でもロングセラー状態が続いている世界的な超ベストセラーだ。すでに全世界で2000万部売れたという。

英語版タイトルは、Sapiens: A Brief History of Humankind(2015)、直訳すれば「サピエンス-人類の簡潔な歴史」となる。

ビジネスパーソンである以上、世の中で流行っているモノやコトには一応は注意を払うものの、限られた時間のなかでは、やり過ごすことが多い。

しかも、この本がベストセラーが話題沸騰中でベストセラー街道を驀進中だった頃、最終的に『ビジネスパーソンのための近現代史』(2017年5月刊)というタイトルになった本の執筆に専念していたので、見て見ぬふりをしていた。土日のすべてと、平日の早朝の時間帯を調査と執筆にあてていたので、とても読むヒマなどなかったのだ。

面倒なのでそのまま読まないままで済ませようと思っていたのだが、よんどころのない理由の発生で読まざるをえなくなった。昨年10月のことだ。

それからすでに半年近くたってようやく読み始めたわけだが、新型コロナウイルス騒ぎで、少しヒマができた(というよりも余儀なくされている)ので一気に読了。こういう本は、できれば一気に読んでしまいたいものだ。




想像力によって作り出された「フィクション」(=虚構、擬制)がもたらした進化

なるほど、こういう本がベストセラーになるのだなといいうことは、読み始めてからしばらくして納得した。

日本語の訳文がこなれているからということもあるが、読みやすいからだ。しかも、こういうスタンスで書かれた本があまりないということもその理由だろう。

本書を一貫しているの思想は、想像力によって作り出した「フィクション」(虚構、擬制)が、現在唯一の人類であるホモ・サピエンスをここまで進化させてきた、というものだ。ホモ・サピエンスも動物であるが、フィクションのおかげで生物学的制約を超えることが可能となったのだ。

これが、7万年前に始まった「認知革命」後のホモサピエンスの進化と、地球の覇権確保につながっていく。

神話や伝説、神々や宗教から始まり、企業や法制度、国家や国民、人権や平等、そして自由といった概念もみなフィクションであると著者は言い切っている。 まことにもって明解ではないか! 

そのために人が生き、そのために人が死ぬもの、それは現実に存在するモノそのものではなく、あくまでも概念である。 だが、そのフィクションが「共同主観的」事実として、個々の人間をまとめあげ、集団として行動することを可能にしてきたわけだ。

企業活動に即していえば、著者も冒頭であげているブランドがそうだし、ミッション・ビジョン・バリューなど、まさにフィクションの最たるものだろう。でも、それでいいのだ。
(・・とはいえ、日本語世界では、すでに「共同幻想」という概念が普及しているので、著者の主張はとくに目新しいものではない社会学の専門用語を使用すれば「社会構成」(social construction)ということになるが、インタビュー記事によれば、著者はあえて日常用語を使用したらしい)。

歴史家である著者は、生物学的な制約条件を脱して、独自の進化が可能になった理由をそこに求めている。だから、この本を最初から最後まで貫いているのは、「生物学」と「歴史学」との相克(コンフリクト)といっていいだろう(・・日本語版では「歴史」となっているが、「歴史学」とすべき箇所がある。biology を生物学と訳すなら、history は歴史ではなく歴史学だ)。

過去も現在も未来も、いかにしてホモ・サピエンスが、生物学的条件に束縛されながらも、そこから脱しようとしてきたのが現在に至る軌跡であり、それが未来に向かう道筋である。

著者の主張で重要なのは、ホモ・サピエンスだけが人類ではない、としていることだろう。ホモ・サピエンスが覇権を握る以前は、ネアンデルタール人などさまざまな人類が存在したわけであり、しかも生命操作とAIや機械などによる「人間強化」の行く末には、「異なる人類」が誕生する可能性が高い。「超人類」と言い換えてもいい。ホモ・サピエンスの覇権は終わり、ワンノブゼムになるというわけだ。





動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪

このほか、著者自身の価値観が濃厚にできるなと思わされるのが思わされるのが、動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪についての記述だ。

1万2千年前の「農業革命」によって、狩猟採取生活から農業と牧畜への生活にシフトしていくわけだが、狩猟採取時代の人間と動植物との共生状態は終わることになった。同時に、ホモ・サピエンスは狩猟採取時代の全脳感を失うことになる。不安定な状態のなかで生きるには、脳力を全開にする必要があるからだ。

有用性の観点から人間は小麦を栽培し、ヒツジなどの動物を家畜化していく(・・ここらへんは、イスラエル人の著者に「中東バイアス」を感じてしまう。日本人が書くなら、まずはコメから始めるだろう。いや縄文人が栽培していたクリか?)。

生活は安定するが、人間の幸福感はかえって減退していったのではないか、というのが著者の見解だ。

また、ホモ・サピエンスがその他の動植物を支配するようになった結果、動物の苦しみは続いているのだ。ヒツジも牛も馬も、有用性という観点から、人類に奉仕するようにされてきたが、それが動物たち本来のあり方とは言えないだろう、と。

いわゆる「アニマル・ライツ」(=動物の権利)派の主張がそこにある。 

もちろん、動物を家畜化して生きるようになってから、家畜の感染症が「動物由来感染症」として人類に転移し、パンデミック(=地球規模の感染爆発)となってきたことは、「農業革命」のネガティブな側面といわねばならない。その意味でも著者が言うように、「農業革命」以後は人類の幸福感は低下傾向にあるというべきかもしれない。

いずえにせよ、「種」全体として人類は進化しても、個々人レベルの幸福感が増大したかどうかは別の話なのだ。この点が著者が強調するものであり、「第18章 文明は人間を幸福にしたのか」に集中的に書かれている。


(ハラリのベストセラーと拙著が隣り合わせで平台に)


■「科学革命」後の急速な発展と進化は何をもたらしてきたのか

本書全体にかんしては、「第1部 認知革命」から「第2部 農業革命」、「第3部 人類の統一」までは面白い

だが、「第4部 科学革命」は、最後の2章を除いては、とくに面白いとは思わなかった。「第4部」は、結局のところ「西洋中心史観」と大差ないからだ。この内容なら類書はいくらでもある。ある意味では、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史』も同じ時代を別の観点から取り上げている。

ただ、著者の指摘で重要なのは、15世紀以降の西欧による世界支配は、科学革命による「無知」の発見と肯定にあるとした点だ。

「無知」という自覚があるからこそ、人類は「未知」を探求し、見えないものを見えるもの、すなわち「既知」に変えていくその繰り返しが「科学革命」の本質である。かつては神が創った世界には「未知」はないとされてきたが、「科学革命」によってその世界観は揺らぐことになった。

そして、科学と帝国、資本主義、産業革命とエネルギー革命、こういったフィクション(=虚構、擬制)の複合的な組み合わせが、人類の急速な発展を実現化させたのは、著者のいう通りだろう。

とはいえ、歴史の専門家が無意識に陥っているバイアスも感じられる。

それは、歴史イコール人類の歴史としている点だ。人間がかかわるものにだけ歴史があると考えていては、ホモサピエンス誕生以前には歴史はないことになってしまう。そこに不満が残る。地球の歴史や宇宙の歴史といった観点は著者にはない

歴史を生物学との対比と相克という点から見ている点に、著者の立ち位置のユニークさがあるのだが、それは同時に弱点でもあるように思う。

というのは、著者の立ち位置には「環境」という視点がないからだ。地球科学や地理学という観点が欠落しているのだ。まあ、あえて捨象したのかもしれないが・・。


■『サピエンス全史』には、進化と進歩のもたらした負の側面も視野にある

本書のような「人類史」はいままであまりなかったように思う。ベストセラーとなった理由はそこにある。

進化と進歩のもたらした負の側面にまで視野に入っているのは、1970年代以降のものだからだろう。(・・その意味では、日本ではすでに人類学者の梅棹忠夫やSF作家の小松左京による試みが先行していたことは記しておかねばならない)。

個人的な話だが、この本を読みながら思い起こしたのは、中学生時代に愛読していた『人間の歴史 上下』(岩波書店、初版1971年)という本のことである。 




著者は、ソ連の科学読み物の作家であるイリーンとセガール、ソ連で出版された子ども向けの人類史の本である。いまでこそポピュラー・サイエンスものといえば英語圏の翻訳が中心になっているが、かつてはソ連の科学読み物も多く日本で紹介されていた。

岩波書店による書籍紹介には次のようにある。


人間の祖先は力弱い生きものであったが、手を働かせることを発見し、道具を使い、協力して働くことを覚えて以来、今日のような「巨人」にまで発展してきた。人間の歴史の一大ドラマを若い読者に語る。

「先史時代」(・・この表現も歴史家特有のバイアスがあるが)から始まって、1600年のジョルダーノ・ブルーノの刑死で終わる内容。もともとのタイトルは「人間はいかにして偉大になったか」だっと思うが、基本的に進化と進歩が基調にあり、しかも唯物論で貫かれた内容のユニークな本だ。紆余曲折を経ながらも、人類は偉大な存在になったという内容だ。ロシア語によるソ連の出版物なので、当然のことながらロシア史にかんする記述が多い。

『サピエンス全史』の著者ハラリ氏は、ユダヤ系のイスラエル人『人間の歴史』の著者イリーンとその配偶者のセガールも、ともにユダヤ系ロシア人であった。イリーンはペンネームで本名はマルシャーク、『森は生きている』で有名なマルシャークの実弟だ。

イスラエルという21世紀前半の資本主義社会(・・ただし、集団農場キブツに代表されるように、もともとイスラエルは社会主義的傾向が強かった)と、ソ連という20世紀の共産主義社会との違いはあるが、人類史という観点で、人類が個別性を喪失しながら一元化の方向に向かうとする歴史を記述する姿勢に、なにか共通するものを感じるのである。

単なる偶然ではないと思う。普遍性志向の強いユダヤ人特有の一元志向だろうか? 両者はともに無神論者のユダヤ人である点は共通している。

違いといえば、『サピエンス全史』の著者は、すでに人類のペシミスティックな未来が見えていることだろうか。

1970年代の「成長の限界」以降に生まれ、しかもテクノロジーの急速な進歩によって「超人類」が誕生し、ホモ・サピエンスが唯一絶対の立場から、再びワンノブゼムの存在に転落しつつあるというペシミズムだ。

この違いは、イスラエルとソ連の違いを超えて、世代観として意外に大きな意味をもっているのかもしれない。

『人間の歴史』がソ連で出版されたのは、ソ連を自壊に追い込むキッカケとなったチェルノブイリ原発事故(1986年)のはるか以前のことであった。科学と技術が輝いていた「科学万能時代」のことである。そこには一片のペシミズムも存在しなかった。

チェルノブイリ原発事故以降、それ以前に存在したユートピア的な科学信仰の空気は、もはやロシアには存在しない。いや、先進国のどこにも存在しないといっていいのではないか。もちろん、2011年の福島原発事故以降の日本も同様だ。



*****


以上ながながと書いてきたが、結論としては、ある種の偶像破壊的な内容であるが、人類史を一気通貫で描く試みとして、読み物としては面白い、ということになる。

ただし、著者特有のバイアスに注意を払いながら読めば、有意義な読書体験となるであろう。こういう本は、シンギュラリティ(=特異点)が来るとされる2045年の時点で読み返して見ると面白いのではないだろうか。


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PS こういうベストセラーでロングセラーは出版社にとってはドル箱なので、なかなか文庫化されないと覚悟したほうがよさそうだ。

PS2 ところが、2023年11月にはあっけなく文庫化されてしまった。それでも、単行本の出版から7年後のことになる。単行本もひきつづき増刷されつづけているが、文庫版のほうが読みやすいのはたしかだな。(2024年9月8日 記す)



目 次 
歴史年表 
第1部 認知革命 
 第1章 唯一生き延びた人類種 
 第2章 虚構が協力を可能にした 
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし 
 第4章 史上最も危険な種 
第2部 農業革命 
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇 
 第6章 神話による社会の拡大 
 第7章 書記体系の発明 
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別 
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう世界 
 第10章 最強の征服者、貨幣 
 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン 
 第12章 宗教という超人間的秩序 
 第13章 歴史の必然と謎めいた選択 
   1 後知恵の誤謬 2 盲目のクレイオ 
第4部 科学革命 
 第14章 無知の発見と近代科学の成立 
 第15章 科学と帝国の融合 
 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック 
 第17章 産業の推進力 
 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和 
 第19章 文明は人間を幸福にしたのか 
 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ 
あとがき-神になった動物 
謝辞 
訳者あとがき 
原註 
図版出典 
索 引 

著者プロフィール 
ハラリ、ユヴァル・ノア(Harari, Yuval Noah)  
1976年、イスラエルのハイファで生まれた歴史学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻、2002年に博士号を取得。現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えるかたわら、2018年のダボス会議での基調講演など、世界中の聴衆に向けて講義や講演も行なう。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。著書は、世界的なベストセラーの本書のほか、日本語訳されている『ホモ・デウス』と『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』はいずれも世界的ベストセラーとなっている。このほか、軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書* があるが、いずれも日本語訳はない。(最新刊の略歴に引用者が加筆)。

(*注)タイトルは以下のとおり

Renaissance Military Memoirs: War, History and Identity, 1450–1600 (Woodbridge: Boydell & Brewer, 2004)


The Ultimate Experience: Battlefield Revelations and the Making of Modern War Culture, 1450–2000 (Houndmills: Palgrave-Macmillan, 2008)

(2023年11月13日 情報追加)


<関連サイト>

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏、 “新型コロナウィルス”についてTIME誌に緊急寄稿!(2020年3月24日 河出書房新社のサイト)
・・基本的にこの人は理想主義的傾向が強いのだが

Yuval Noah Harari’s History of Everyone, Ever His blockbuster “Sapiens” predicted the possible end of humankind. Now what?  By Ian Parker February 10, 2020, New Yorker Magazine
・・最新の密着取材記事。『サピエンス全史』の読者層が20歳代から30歳代の男性が中心で(そうだろうなと納得)、その著者の学問経歴、知的に早熟で、中世史と軍事史を専攻しながらも病気(?)のため兵役は済ませていないこと、交友関係からプライベートの性的傾向(パートナーは男性)、いわゆるヴィーガン(=完全なベジタリアン)であること、オックスフォード大学留学中に始めたヴィッパサナー瞑想法の深い影響(たとえば、仏教の「無常」観が記述に反映? 毎年1回はインドで瞑想のリトリートを行い、その間はいっさい情報機器に触れない情報断食の実践、そもそもスマホはもたない)、現在は無神論など。Wikipedia英語版以上に詳しいプロファイルがよくわかる好記事

(2020年4月15日 項目新設)
(2020年4月18日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『銃・病原菌・鉄-1万3000年にわたる人類史の謎-(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)-タイトルのうまさに思わず脱帽するロングセラーの文明論
・・「人文社会系の歴史書にはない、動植物の生態も含めた「環境」という切り口からの人類史」

「世界の英知」をまとめ読み-米国を中心とした世界の英知を 『知の逆転』『知の英断』『知の最先端』『変革の知』に収録されたインタビューで読む

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する
・・「資本主義と民主主義を人類史の中心テーマと捉え、過去を簡単に振り返って発展のパターンを抽出したうえで、大胆な予測を21世紀の人類史について行ったのが本書の内容(・・中略・・)世界を動かしてきたのは、宗教人・軍人・商人という三つの人間類型であるが、発展の主導力となったのは「商人」であり、商人が主導してきたのが世界史」

書評 『唯脳論』(養老孟司、青土社、1989)-「構造」と「機能」という対比関係にある二つの側面から脳と人間について考える「心身一元論」
・・「養老氏の基本的立場は、すべては脳で考えられたものだ、というもの」

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論
・・「学者と科学者以外の一般人は、それぞれが自分なりに「納得」したいというマインドセットを共有しているにもかかわらず、精神構造が大きく異なるということだ。そもそも科学と科学者という存在が確立したのが19世紀であるから、科学者はある時期までかなり特殊な人間類型であったのである。ところが、科学者が特殊な存在ではなくなり、「職業人」として一般化したことの意味について考える必要もある」

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える
・・「梅棹忠夫は、「科学や知的探求は、人間の業(ごう)であるから制御できない」という意味の発言を1970年の時点でしていたという。(・・中略・・)思えば、1970年頃は梅棹忠夫のような発言はけっして異様ではなかった。当時でたローマクラブによる暗い未来図など、進歩がうたわれる反面でかなり暗い未来図が提示されていた時代であった」

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ
・・「すべてを「地球レベル」というマクロの視点と、具体的な事物というミクロの視点で同時に見ている」

映画『復活の日』(1980年、日本)を初めて見た-生物兵器と核兵器で2度滅亡した人類の「復活の日」

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・「特異点」(シンギュラリティ)が2045年にくるとカーツワイルが予測する。カーツワイルも無神論のユダヤ人

書評 『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、夏目大訳、河出文庫、2017)-人類滅亡シナリオの第1位は「スーパーウイルス」だ!
・・ふたたび「終末論」が語られる時代になってきた

(2020年4月4日、2020年4月27日 情報追加)


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2020年3月22日日曜日

書評『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、夏目大訳、河出文庫、2017)-人類滅亡シナリオの第1位は「スーパーウイルス」だ!


『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、河出文庫、2017)という本を読んでいる。

移動中の暇つぶしに読み始めたのだが、内容の面白さ(というよりも怖さ?)と訳文が読みやすいので、思わず読み込んでしまう。

あえて「最悪の事態」という「悲観シナリオ」を呈示することで注意喚起するのが目的だと、サイエンスライターの著者は書いている。

まだ途中まで読んだだけだが、「第1章 世界を滅ぼすスーパーウイルス」が読ませる内容だ。つまり、人類絶滅シナリオの第1位は「スーパーウイルス」なのだ。しかも、この本で取り上げているのは「鳥インフルエンザ」で、発生源は中国が想定されている。人間と家畜がともに暮らす、中国の畜産業がおかれた不衛生な環境描写がじつに巧みで、目に浮かぶような書き方なのだ。

そして第2章は「 繰り返される大量絶滅」。以下、「第3章 突然起こり得る気候変動」「第4章 生態系の危うい均衡」「第5章 迫りくるバイオテロリズム」「第6章 暴走するコンピュータ」と続く。


***

と、ここまで読みかけの段階で書いてFBに投稿してみたところ、けっこう反応があった。2020年2月14日のことだ。その頃はまだ、新型コロナウイルスはWHOから「パンデミック」宣言はされてなかったが、実質的にパンデミックとなりかけていた頃だ。

ようやく時間的余裕ができたので、約1ヶ月後に第3章以下を読んでみた。通読して思うのは、結局「スーパーウイルス」と「コンピュータウイルス」という2種類のウイルスが最大の脅威となりつつあるという現状なのだな、と。ともに自然界に存在しているウイルスそのものではない人間の手が加わることで毒性と破壊力が増したウイルスなのである。人間は、みずから作り出したもので滅び行くのか・・・。


***

現在、パンデミックと認定された新型コロナウイルスは、すでに専門家によって「COVID19」とWHOに命名された。だが、これでは専門的過ぎる。発生源となった中国湖南省武漢市にまつわる「武漢ウイルス」といったほうがわかりやすい。いや、そう言い続けるべきだろう。感染症対策に政治がからむことで、問題が複雑化しつつある。人間のエゴが感染症の問題解決を違う方向に誘導しようとするのだ。

とはいえ、本当に怖いのは、おそらく中国南部で発生が想定される「鳥インフルエンザ」の方だ。飛沫感染だけでなく空気感染するからだ。

専門家は新型コロナウイルス対策として「正しく怖がれ」というが、「鳥インフルエンザ」が発生した場合どうなるのか? 

連続的な発生も恐ろしいが、同時多発的に発生したら? さらに、台風や洪水、大地震や津波などの自然災害、それに加えてテロやコンピュータの暴走などが同時に起こったら???

まさに神のみぞ知る、としかいいいようがない・・・。





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スワイン・フルー-パンデミック、すなわち感染症の爆発的拡大における「コトバ狩り」について

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書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ




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2013年10月4日金曜日

「オックスフォード白熱教室」 (NHK・Eテレ)が面白い!-楽しみながら公開講座で数学を学んでみよう



今度の「白熱教室」はオックスフォード大学。しかも数学だ。数学の重要性があらためて認識しなおされ始めている日本では、まさに時宜にかなかった企画である。

オックスフォード大学についてはあらためて説明する必要はないと思うが、英語圏で最古の大学である。オックスフォード大学は12世紀にはすでに講義が行われていたという。その歴史は対岸のヨーロッパ大陸の関係で理解する必要がある。世界最古の大学は、イタリアのボローニャ大学で11世紀のことだ。

オックスフォード大学は、真理探究という学問追求の姿勢から基礎科学にチカラを入れてきた大学である。この点は、近代化推進のために明治時代に設置され、工学など実学に重点を置いてきた日本の大学とは大いに異なる。理系と文系にわける悪弊は日本だけのものだ。

数学もまた基礎科学、しかも文理に共通する基礎であることは言うまでもない。数学は古代ギリシア以来、西欧的思考の根底にあるのだ。

「番組紹介」から「オックスフォード大学白熱教室」と授業を担当するマーカス・デュ・ソートイ教授(Prof. Marcus du Sautoy)についての紹介文を引用しておこう。

この大学で現在、最も有名な人物の一人が、マーカス・デュ・ソートイ教授。
トップクラスの現役数学者でありながら、「数学の本当の姿を知ってもらいたい」と、一般市民に向けて数学の魅力を広める活動に力を入れている。
数学は掛け算を解いたり、割合を計算するためのものではない。
デュ・ソートイ教授の講義は、自然や音楽など身近な切り口から、数学の本質を解き明かしていく。
今回は番組のために用意した全4回の特別講義で、数学の美しく神秘的な世界を紹介する。
世紀の難問「リーマン予想」や、現代数学において極めて重要な「群論」など毎回、難解なテーマも登場するが、デュ・ソートイ教授が軽快な語り口で理解へと導く。
私たちの日常生活と最先端の数学が無縁ではないことを実感できるはず。

授業はオックスフォード大学の講義室を使用するが、学生や教師だけでなく地元の一般市民を招いての公開授業である。アメリカの授業との違いを楽しみたい。

さて、2013年10月4日(金)の第1回の放送は「素数の音楽を聴け」であった。

デュ・ソートイ教授の本は日本語にも翻訳されているが、一般向けの著書のタイトルに『素数の音楽』(The Music of the Primes, 2003) というものがある。今回の「白熱教室」の放送にあわせたのであろうが、文庫化もされたのでぜひ読んでみたい本だ。

まずは素数から授業が始まるのは、素数(prime number)は数学世界の原子ともいうべき最も基本的な単位だから。素数とは、1 とそれ自身以外の数以外に正の約数をもたない数字のこと。具体的に並べていくと、1, 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 33, 37, 41..... となり無限に存在する。

素数が無限に存在することは古代ギリシアの大数学者ユークリッド(=エウクレイデス)がすでに証明していたが、そこにパターンや基本法則を見出すのがきわめてむずかしいのが素数である。

素数の並び方の規則性発見に挑戦したのが18世紀から19世紀にかけてのドイツの大数学者ガウス。そしてそれをさらに大きく前進させたのがガウスの弟子の数学者リーマン(Rieman)による数学史上最大の難問「リーマン予想」

多趣味のマーカス・デュ・ソートイ教授が、みずからトランペット演奏もしながら、素数の世界を音楽に例えて楽しく愉快に解説する授業はじつに楽しみながら学べるすぐれたものであった。

数学と音楽が密接な関係にあるのは古代ギリシアの数学者ピュタゴラス以来の常識。リベラルアーツの基礎に素学と音楽があることを思い出させてくれるものでもある。



授業には出てこなかったが、日本人としては日本の俳句は 5-7-5 の 17文字で素数、短歌は 5-7-5-7-7 の 31文字で素数だ、ということを付け加えておきたい。なぜ日本の定型詩が素数で構成されているのかは謎なのだが・・・

デュ・ソートイ教授は専門論文だけでなく一般啓蒙書も数多く執筆しており、BBC出演や公開講座も積極的に行っている。いわゆる科学アウトリーチ活動である。

2006年には「王立協会クリスマス・レクチャー講師」(Royal Institution Christmas Lectures)も務めており、マイケル・ファラデー以来の一般社会への科学啓蒙においても大いに貢献している。2006年の講演タイトルは「数の神秘」。数学が「クリスマス講義」のテーマになったのは150年の歴史のなかで3回目なのだという。

これは英国の基本姿勢であるが、英国や米国でポピュラー・サイエンスが普及しているのは、英国に発するこの伝統がアングロサクソン世界にはあるからファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる を参照されたい。

日本で出版されている科学読み物やノンフィクションの大半が、アメリカ人や英国人による翻訳ものであるのはそのためである。科学者と科学の使命がどこにあるのかを示している。この点においては、日本は残念ながらまだまだ「後進国」である。その意味でも学ぶべきもが多い授業である。
 
「オックスフォード白熱教室」 の今後の放送予定は以下のとおり。いずれも楽しみだ。

第1回 「素数の音楽を聴け」(2013年10月4日)
第2回 「シンメトリーのモンスターを追え」(2013年10月11日)
第3回 「隠れた数学者たち」(2013年10月18日)・・アートと数学!
第4回 「数学が教える "知の限界"(2013年10月25日)




マーカス・デュ・ソートイ教授(Prof. Marcus du Sautoy)

1965年生まれ。オックスフォード大学数学研究所教授。王立協会リサーチャー。
ロンドン数学学会から2年に1人、40歳以下の最も優れた数学研究者に与えられる「バーウィック賞」を2001年に受賞。
オックスフォード大学では、「科学啓蒙のためのシモニー教授職」も勤める。 BBCでの数学番組の監修をはじめとするテレビやラジオへの出演、各地での講演活動、新聞・雑誌への記事執筆、など幅広い数学啓蒙活動を行う。科学への貢献などが認められ、2010年にはOBE(大英帝国勲章)を授かっている。
専門書を多数執筆のほか、一般書としては、ベストセラーとなった『素数の音楽』(2005年)をはじめ、『シンメトリーの地図帳』(2010年)、『数学の国のミステリー』(2012年)(いずれも新潮クレスト・ブックス)を刊行。
トランペット演奏、芝居など多彩な趣味の顔を持ち、サッカー・プレミアムリーグ、地元アーセナルFCの大ファンとしても知られる。 (出典: http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/oxford/about.html


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ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる
・・最先端の科学を一般に向けに啓蒙するという伝統がポピュラー・サイエンスの伝統が英国にある。この伝統はおなじアングロサクソン圏の米国にも引き継がれている



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2010年12月27日月曜日

ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる




 いまからちょうど150年前の本日、すなわち1860年12月27日から翌年1月8日までの全6回、「クリスマス講演」と題して行われた、英国の化学者マイケル・ファラデーが 69歳の年の『ロウソクの科学』

 これはその翌年、一冊の本としてまとめられ、それ以後、科学教育史上における名著として現在に至るまで読み継がれてきた。
 
 今年2010年9月に、岩波文庫から『ロウソクの科学』の新訳が出版されたので、今回ここでとりあげたいと思う。


新訳『ロウソクの科学』に目を通してみる

 以前の岩波文庫の翻訳が、ドイツ語版からの重訳であったというのは、いくらなんでもひどい話だ。原文は言うまでもなく英語である。原題は、Michael Faraday, A Course of Six Lectures on the Chemical History of a Candle, 1861 である。直訳すれば「ロウソクの化学史の六回の講演コース」。

 新訳は全体的に非常にわかりやすい訳文になっており、これなら中学生でも読めるの文章になっているのではないかと思う。
 燃焼のなんたるかについて、そのメカニズムにかんする知識をもっている、すでに大人である私から見れば、なんだかまどろっこしい説明であるような感じがしなくもないのだが、知識のない子どもに対して、燃焼や化学反応を実験をつうじて一から理解させるためには、このような形で順をおって、無理なくロジカルに説明していく手法が大切なことが理解される。
 おそらく、文字で読むからそう感じるのであって、目の前で実験しながらお話を聞くのであれば、大人でも実に興味深く聞き入るレクチャーなのだと思う。

 とはいえ、大人であっても、たとえばクリーンエネルギーである燃料電池(fuel cell)のメカニズムを知るためには、ファラデーが説明するように、水素と酸素を結合させる際に発生するエネルギーにかんする基本的な原理を知っておくことが不可欠である。これは水を電気分解すると、水素と酸素が得られることの反対にあたる。

 ファラデーのレクチャーは、燃焼を論じて、二酸化炭素排出にかんして、人間と植物の問題にまで及ぶ。化学と電気をつうじて、科学的思考精神を大きく広げてくれる内容になっている。


科学教育(≒理科教育)の重要性は、ただ単に実用知識の習得だけにあるのではない

 ファラデーのように、科学をわかりやすく語る行為は、なによりも現在の日本で求められていることだと痛感している。日本でも米村でんじろう氏のような科学の伝道師が一人でも増えることを願うものである。

 とくに実験をつうじて、目に見える形で科学のもつオドロキに触れることは、センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)感覚を養ううえで実に重要だ。日本語には訳しにくいが、自然界の不思議を感じ取る感覚といったらいいのだろうか。
 受験科目にないという理由で、理科から遠ざかっている子どもが少なくないようだが、これはおかしな話である。

 ビジネスの世界では、何よりも「仮説-検証」感覚といったものが求められるのだが、これは日常生活をただ単に送っているのでは身につかない感覚である。仮説をもとに自分で実験を計画し、実験によってその仮説が正しいかどうかを検証する。
 実験そのものは、あくまでも手技(てわざ)であり、自分のアタマで考え、自分の手を使って実験道具を組み立てて実験を行い、それをまた自分のアタマで判断して、結論を導いていくという一連のプロセスのなかで養われるものだ。
 「仮説-検証」感覚は、勉強本を読んで一朝一夕に身につくマインドセットではない。きちんと中学生と高校生のときに理科を勉強して、知らず識らずのうちに身につくものだ。

 訳者解説に引かれたコトバで、ファラデーは科学教育の目的について次のように言っている。

教育の目的は、心を訓練して、前提から結論を導き、虚偽を見いだし、不適切な一般化を正し、推論に際しての誤りが大きくなるのをくい止められるようにすることです。(P.227)

 小学校や中学校レベルで感じたセンス・オブ・ワンダー感覚、たとえ自然科学を専攻しなくても、この感覚は大人になっても持ち続けたいものである。そしてこれが「仮説-検証」感覚の基礎となる。

 でないと、日本人の将来は実に暗いといわざるを得ない。


ロウソクをつうじたファラデーと日本との縁(ゆかり)

 ところで、1860年12月27日に行われた第1講には、こういうフレーズがでてくる。(*太字ゴチックは引用者=さとう 以下同様)。

また、これは私たちが開国をうながした、はるか遠くの異国、日本からもたらされた物質です。これは一種のワックスで、親切な友達が送ってくださったものです。これもロウソク製造用の新しい材料ですね。(P.25)

 訳者注によれば、以下のものである。

いわゆる「和ロウ」。ハゼノキやウルシなどのウルシ科の実を砕き、蒸し、しぼりとった固体脂肪を原料とした。脂肪、つまり脂肪酸のグリセリンエステルだが、パルミチン酸 CH3(CH2)14COOH が多く含まれている。(P.182)

 「日本のロウソク」は最終日の第6講の冒頭にもでてくる。

光栄にもこの連続講演を聞きに来てくださったご婦人が、私にこの二本のロウソクをくださいました。重ね重ねのご親切に感謝します。このロウソクは日本から来たもので、おそらく前に申し上げた物質からできているのでしょう。・・(中略)・・このロウソクは驚くべき特性を備えています。すなわち中空の芯で、この見事な特性は、アルガンがランプに採用して価値を高めたものです。・・(中略)・・また、日本の鋳型ロウソクは、イギリス製の鋳型ロウソクに比べて、上の部分がより広い円錐形になっています。(P.151~152)

 日本とも見えない糸でつながっていたファラデー発明王エジソンが電球のフィラメントに京都の竹を使用したというエピソードとあわせて、日本人として、その当時のメイド・イン・ジャパンの工芸品のレベルの高さを知るのは、なんだかうれしくなってくるエピソードではないか。

 こんなことからファラデーに親しみを感じるのもいいことだろう。

 ファラデーはもともと製本工から実験助手を経て、自らの意思のチカラでつかみとった幸運を活かしきり、独学で科学者として身を立てた人である。偉大な科学者である前に、手技(てわざ)の人であったのだ。職人のマインドを持ち続けた人であった。

 ファラデーこそまさに「地頭のよい人」であったといえるだろう。


 ファラデー『ロウソクの科学』の新訳にざっと目をとおして、こんなことを考えてみた。


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目 次

『ロウソクの科学』ができるまで-訳者前書きに代えて-
序文
第1講 ロウソク 炎とそのもと‐構造‐動きやすさ‐明るさ
第2講 ロウソク 炎の明るさ‐燃焼に必要な空気‐水の生成
第3講 生成物 燃焼によって生じる水‐水の性質‐化合物‐水素
第4講 ロウソクの中の水素‐燃えて水になる‐水の他の部分‐酸素
第5講 空気中の酸素‐大気の性質‐ロウソクからの他の生成物‐炭酸とその性質
第6講 炭素つまり木炭‐石炭ガス‐呼吸‐呼吸とロウソクの燃焼との類似‐結論
訳注
ファラデー 人と生涯
文献・資料
訳者後書き


著者プロフィール

マイケル・ファラデー(Michael Faraday)

1791年、ロンドンで鍛冶屋の三男として生まれる。両親とともにロンドンに移住、製本工から実験助手に志願して、独学で夢を叶えて科学者となり、1825年には英国王立研究所の研究所長となる。数々の科学上の特筆すべき業績を残しただけでなく、1826年から「少年少女のためのクリスマス講演」を開始、この講演は現在まで続くものとなった。1860年の『ロウソクの科学』講演の2年後の最後の講演後、研究所を引退、1867年に眠るような大往生を遂げた(訳者解説から作成)。

竹内敬人(たけうち・よしと)

1934年東京生まれ。1960年東京大学教養学部教養学科卒業。理学博士。東京大学名誉教授、神奈川大学名誉教授。専攻は有機化学、化学教育(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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