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2024年8月4日日曜日

日本公開から42年ぶりに映画『少林寺』(1982年、中国/香港)を視聴(2024年8月4日)ー 製作された1982年は「文化大革命」が終わってからまだ5年。当時の中国は「日中国交回復」(1972年)から始まった「日中友好」時代のまっただなかであった

 

 映画『少林寺』(中国/香港、1982)を42年ぶりに視聴。100分。「4Kリマスター版」がDVDで発売されたので購入してしまったのだ。  

ジェット・リーが、ハリウッド進出するはるか前のデビュー作。当時はリー・リンチェイ名義で出演していた。1963年生まれの彼は、わたしと同世代である。 

全中国武術大会5カ年連続チャンピオンの彼だけでなく、すべての出演者が、いずれもホンモノの中国武術家たち。CGなど存在しない時代の作品だけに、カメラワークの稚拙さが目に付かないこともないが、すべてがリアルなのである。それがまた牧歌的でいい味出している。

さすがに、細かいシーンはほとんど覚えてなかったが、ひさびさに中国武術のパフォーマンスを堪能した。 

それにしても、カラダの柔軟性を基礎に、ダイナミックな動きで構成される中国武術は、日本武術とはまったく違う。子どもの頃から鍛錬しないと習得は不可能だろう。 

「日本人には中国武術はムリだ。カラダに柔軟性のないから」と、当時わたしが教わっていた合気道の有川師範先生が言っていたことを、あらためて確認した次第だ。 




製作公開が1982年ということは、毛沢東が1976年に死去して「四人組」が断罪され、ようやく「文化大革命」(=文革)が終わり、鄧小平が復活してからわずか5年文革の終焉が少林拳(=少林武術)の復興をもたらしたのである。 

「天安門事件」(1989年)の7年前であり、1982年当時の中国はまだ1972年の「日中国交回復」から始まった「日中友好」時代のまっただなかであった。

隋から唐への王朝交替期を時代背景に、達磨大師が「面壁九年」していたという禅寺の少林寺を舞台にしていることから、当然のことながら映画には登場しないが、中国はいまだ人民服の時代であった。
る。
   
だからであろう、映画の冒頭と終わりに、日本の少林寺拳法の創始者であった宗道臣(そうどうしん)氏が少林寺を訪ねるシーンがでてくる。もちろん、日本の少林寺拳法は中国の少林武術に影響を受けているが別物である。

その意味では、古き良き中国映画の一つとして、2020年代の現在から振り返る意味は十分にある。中国武術映画として、中国仏教映画として。 


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・・トニー・ジャーの『マッハ!!!』(2004年)と『トム・ヤム・クン』(2005年)。ブルース・リー以降、アジア人の武闘家が巨大な白人を倒す映画が定着した


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2024年3月20日水曜日

今日鎌倉へ行ってきました その2 北鎌倉の古刹を尋ね、静寂な東慶寺のすばらしさを五感で体感(2024年3月18日)

(東慶寺の山門と周辺の風景 筆者撮影)


40年ぶりの鎌倉でもあり、せっかくの機会なので、最終目的地にいくまえに、気になっていた場所を訪れることにした。 

まずは北鎌倉へ。ぜひ訪れたいと思っていた東慶寺がそこにある。 江戸時代にはいわゆる「駆け込み寺」として公認されていたお寺である。アジールである。グレープ時代のさだまさしの「縁切寺」の舞台でもあるが、もちろんそんな目的で訪れたかったわけではない(笑) 

横須賀線の北鎌倉駅は、総武本線の快速なら乗り換えなしで行くことができる。遠いようで近い。いや、そうでもないか。 

通勤時間帯は殺人的な乗車率になるので、AM8時18分の津田沼駅始発での逗子行きに乗車。おかげで最初から最後まで座って移動できた。約1時間半の旅程である。東京湾岸を内回りである。 



■北鎌倉駅で下車。まず目指すのは東慶寺

北鎌倉駅はローカル線の駅みたいで、なんだかひなびた感じがいい味を出している。大船駅と鎌倉駅の中間にあるが大違いだ。 


(北鎌倉駅のホームに掲示された案内板 筆者撮影)


まず目指すのは東慶寺。なぜ東慶寺にいきたいと思ったかというと、そこで若き日の鈴木大拙が座禅を行った寺であり、そしてまた晩年の大拙が禅仏教研究のために過ごした「松が丘文庫」があるからだ。(*ただし、松が丘文庫は関係者以外は立ち入り禁止)。 




東慶寺は、駅から歩いて5分。右手に「松が丘」、左手に「東慶寺」と記された門がある。


(東慶寺の山門前の石段。そこにある注意書き 筆者撮影)


東慶寺の山門は、長い石段を歩いたうえにある。石段に足を踏み入れる前に「東慶寺からのお願い」という立て札に書かれた注意書きを読むことになる。

「境内全域、撮影禁止」とある。2022年からそうなったことは事前に知ってはいたが、あらためてその文言を読み、心得として受け取る。  

石段をのぼって山門をくぐる。「撮影禁止」の効果がじつに大きいことは、すぐに五感をつうじて体感されることになる。 

静寂な雰囲気が境内全体にゆきわたっている。そう、ここはお寺なのである。修行するための場所なのである。俗世間から離れて、修行に専念するための場所なのである。 

境内を歩き、本堂を参拝し、足をのばして石段をのぼったうえにある墓地も歩く。苔むしたその場所は、静かに散策するのにふさわしい。 

朝まだ早い時間だったこともあるだろうが、じつにすばらしい空間であった。すばらしい時間を過ごすことができた。 


(東慶寺の山門から石段を見下ろす 筆者撮影)


そんな思いを抱いたのは、その後に訪れた建長寺と円覚寺との対比からでもある。

山門をくぐると、それぞれ拝観料500円を徴収される建長寺と円覚寺。拝観料のことは念頭になかったので、そこでまずがっかり。ともに有名な禅寺ではあるが、「俗化した観光地」にすぎないと知る。インバウンドの外国人も少なくない。 

その「がっかり感」が、自分のなかでは余計に東慶寺のすばらしさを感じさせたのかもしれない。この感想は、これからも長く自分のなかで生き続けることになるだろう。 

(つづく) 



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2012年11月5日月曜日

京都土産は紅葉で ー 禅寺の東福寺の紅葉が美しい


秋の京都は美しい。

11月1日(木)から3日まで京都に滞在していましたが、せっかく秋の京都にいるなら紅葉を堪能したいもの。仕事はもちろん大事ですが、時間をつくって神社仏閣巡りをするのも京都の楽しみの一つ、というより多くの人にとっては、それが最優先の訪問目的であるのかもしれません。

冒頭の掲載した紅葉は、東福寺のもの。

東福寺は、京都を代表する禅寺で、いわゆる五山(ござん)の筆頭にたつものです。

JR京都駅からはJR奈良線で一駅の東福寺駅で下車してすぐですのでアプローチもよく(・・京阪電鉄なら出町柳駅から)、仕事で京都に滞在していても、ちょっと足を伸ばせばすぐに訪れることのできるのも魅力的です。

東福寺を訪れたのは11月3日(土)の午前中、今回が初めてですが、まさかこれほどの紅葉を楽しめるとは思っていませんでした。



この写真は先週土曜日のものですので、冷え込みが進んだ現時点では、さらに紅葉が進んでいるかも知れません。

じつは、この日はまず『方丈記』の鴨長明ゆかりの下鴨神社(=賀茂御祖神社)を訪れて参道の糺(ただす)の森を散策したあと、出町柳駅から京阪電鉄で東福寺まで移動したのですが、紅葉という点においては神社とお寺では顕著な違いがあることに気がつきました。

神社も境内には玉砂利が敷かれていますが、お寺とくに禅寺は庭というものをひじょうに重視しています。禅僧で庭師という存在もけっして例外的な存在ではないことがそれを示しています。

クスノキやサカキなど常緑樹が鬱蒼(うっそう)と茂ったの多い神社の森は、ひたすら暗く生命の根源に触れるような感じがします。

まったくの自然そのものではないにせよ、限りなく自然に近い森を再現したいという考えの神社は、神道をそのまま体現しているといっていいのでしょう。

それに対して、ココロの状態を庭に反映させて静寂を再現させる禅仏教のあり方が、人工的な庭造りに反映しているのかもしれません。庭の美しさをひきたてるのは、四季折々に変化の大きな落葉樹、とくに紅葉や黄葉する木々でありますね。

そのなかを歩いているとココロの奥底で落ち着いてくる神社の森と、現実世界ではココロ乱されことも孕んだ人工的な禅寺の庭。この違いは秋の紅葉シーズンにハッキリとわかるのです。東福寺の紅葉は自然をかたどっていますが、あくまでも植樹でつくられたものであることは言うまでもありません。

お寺が、秋の紅葉シーズンには、観光として大きなアピール力を示すことの大きな意味につながっているのだといってもいいのかもしれない、などと考えてみました。

もちろん、「奥山にもみじ踏み分け・・」(猿丸太夫)も京都の話ではあります。

「そうだ京都へ行こう」というキャッチコピーがありましたが、秋の京都はすばらしいもの。万難を排してでも紅葉狩り(もみじがり)を楽しみたいものです。



<ブログ内関連記事>

「西日本縦断ツアー」(2012年10月27日~11月2日)の全日程を終了しました-10日間のあいだに考えたこと

「出版記念イベント」 として 「公開セミナー」の「西日本縦断ツアー」(鹿児島から京都まで)を実行します(2012年10月27日~11月2日)

書評 『京都の企業はなぜ独創的で業績がいいのか』(堀場 厚、講談社、2011)-堀場製作所の社長が語る「京都企業」の秘密

書評 『知的生産な生き方-京大・鎌田流 ロールモデルを求めて-』(鎌田浩毅、東洋経済新報社、2009)・・観光都市ではない京都の素顔について

大震災のあと余震がつづくいま 『方丈記』 を読むことの意味
・・下鴨神社とのゆかりも深い鴨長明


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