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2012年1月20日金曜日

『東南アジアを学ぼう-「メコン圏」入門-』(柿崎一郎、ちくまプリマー新書、2011)で、メコン川流域5カ国のいまを陸路と水路を使って「虫の眼」でたどってみよう!

大河メコン川流域の5カ国のいまを描いた入門書

本書は、陸路と水路で知る「メコン圏」、すなわち大河メコン川流域の5カ国のいまを描いた入門書である。

「メコン圏」に属するのは、メコン下流からさかのぼれば、ベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマー、そして中国である。つまるところ東南アジアの大陸部のことだ。

ちょっと古い表現をつかえば、インドシナ半島よりやや広い地域をさしている。いわゆるインドシナ諸国にタイとミャンマーと中国を加えた地域になる。

おそらく出版社の意向で「東南アジア」がタイトルとしては全面にでたのだろうが、実際は「メコン圏」のみを扱ったものだ。地続きではあるが、マレー半島のマレーシアとシンガポール、それに地域大国であるイノドンシアはいっさい登場しないので注意していただきたい。

タイが専門で鉄道ファンでもある著者は、鉄道が走っている場所は鉄道で、鉄道がない場所は高速バスで、メコン側は水路でと、さまざまな交通手段をつかって陸路を案内してくれる。

この地域の基本は、東西南北に走る縦貫道の存在。「東西回廊」と「南北回廊」が、メコン圏を貫く交通路である(・・下図を参照)。

「南北回廊」は、南はバンコクから北は中国の昆明(クンミン)にさかのぼって、東はベトナムのハイフォン(海防)にいたるルート。タイ、ラオス、中国、ベトナムの四カ国を横切るルートである。

「東西回廊」は、東はベトナムのダナンから、西はミャンマーのモーラミャインまで東西を貫くルート。ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの四カ国を横切るルートである。

本書で「南回廊」となっているのは、下図では「第二東西回廊」とされているもの。ベトナムのヴンタウ(・・ホーチミンのさらに下流河口)から、カンボジアをへてバンコクまで至るルートである。


わたしも、鉄道や高速バス、あるいは空路や経済ミッションなどの機会をつうじて走ったことがあるが、日本で想像するような快適なハイウェイとはほど遠いのが実態だ。

しかし、道がつながったということはきわめて大きな意味をもつ。とくに大河メコン川を、はしけではなく、そのままクルマで走って通過できるということは、まさに革命であろう。

メコン川は南北で人々を結びつけると同時に、東西では分断していたからだ。


「戦場から市場へ」と提唱されてから20年

帯には、「戦場から市場へ-「変化」と「活気」にあふれるメコン圏を見にいこう」ともある。

「戦場から市場へ」というのは、フランスの植民地であったインドシナを舞台にした二次にわたるベトナム戦争が終結し、「戦場」となったインドシナを「市場」に変えようと提唱した、1991年当時のタイの首相チャートチャーイのフレーズである。

このフレーズが提唱されてからすでに20年、当時はタイの通貨であるバーツが支配する「タイ・バーツ圏」が「メコン圏」を支配するのではと予想されていたが、現在では中国の人民元が着実に支配力を強めている。地続きのラオスだけでなく、3年前にはカンボジアの市場でも人民元をみた。

このように、ベトナム戦争が終結し、カンボジア紛争も終結して20年以上たつこの地域は、開発経済学の観点から GMS(=Greater Mekong Region:メコン圏)という概念がつくられ、「東西回廊」と「南北回廊」の構想とその実現によって、地域市場としての成長が期待されつつつつある。


中国(シナ)でもインドでもないインドシナ!

「中国、インドの次はココ!」と帯のキャッチコピーにはあるが、わたしとしては「中国、インドじゃなくてココ!」と言っておきたいものだ(笑)。

インドシナという表現でわかるように、この地域はインドとシナ(=中国)の二代文明が出会い、浸透している地域である。

基本は、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアで支配的な上座仏教。すなわちインド文明の延長線上にある。これにヒンドゥー教の王権概念が支配原理となった地域だ。現在では、王制が残っているのはタイとカンボジアだけだが。

日本、朝鮮とならぶ中華文明の一つであるベトナムは、儒教・道教、それに大乗仏教という、わたしの表現では「中華文明の三点セット」が支配する地域である。現在では地理的概念としての東南アジアの一国と認識され、ASEANにも加盟している。「メコン圏」としての認識が高まれば、ベトナムはさらに中国からの遠心力が働くこととなるだろう。

地域大国としてのタイ、それに対抗すべく着々とチカラをつけつつあるベトナム。この二国が「メコン圏」のメジャープレイヤーだが、ますますプレゼンスを強めているのが中国である。中国との関係を抜きに「メコン圏」について語ることはできない。ここはまた、日本と中国の影響力行使競争の場でもある。

本をだしにして「メコン圏」について書いてみたが、ビジネスだけでなく、地域全体を知るという観点からの入門書として、大学生以上が読むと思い白い本になっているというべきだろう。

ぜひみなさんも機会があれば、空路でメガ都市とメガ都市のあいだ、メガ都市とリゾート地のあいだを跳ぶだけでなく、地を這うような旅も経験していただきたいものだと思う。タイはもう面白くなくなってきたので、ラオスあたりが面白いでしょう。

若ければバックパッカーの旅もまたよし、ということで。





目 次        
序章 メコン圏とは?  
第1章 南北回廊(ハイフォン〜昆明〜バンコク)  
1. 紅河沿いの鉄道(ハイフォン〜昆明)
2. 山峡を貫く高速道路(昆明〜景洪)
3. メコンの川下りと新たな陸路(景洪〜チエンセーン・チエンコーン)
4. タイ族の南下ルート(チュエンセーン・チェンコーン〜バンコク)
第2章 東西回廊(モーラミャイン〜ダナン)   
1. タイを横切る道(モーラミャイン〜コーンケン)
2. 分断の川メコン(コーンケン〜サワンナケート)
3. アンナン山脈越えのルート(サワンナケート〜ドンハ) 
4. ハイヴァン峠を越えて(ドンハ〜ダナン)
第3章 南回廊(ヴンタウ〜バンコク)           
1. メコン・デルタをさかのぼって(ヴンタウ〜プノンペン)
2. 疲弊した鉄路(プノンペン〜バッドムボーン)
3. かつての国際鉄道(バッドムボーン〜バンコク)
4. 新たな海岸沿いのルート(プノンペン〜バンコク)
終章 メコン圏から見えること   
あとがき
参考にした主な本など

著者プロフィール   
柿崎一郎(かきざき・いちろう)         

1971年静岡県生まれ。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。横浜市立大学国際総合科学部准教授。タイを中心とするメコン川流域の交通網の発展や、バンコクの都市交通の整備に関する研究を進める。著書に、『タイ経済と鉄道-1885~1935年』(日本経済評論社、大平正芳記念賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。





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タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党
・・ゴールデン・トライアングルの秘史

ベトナムのカトリック教会

書評 『地雷処理という仕事-カンボジアの村の復興記-』(高山良二、ちくまプリマー新書、2010)

カンボジアのかぼちゃ

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである


P.S. ちなみにこの投稿で850本目の記事となりました。今年2012年内に1,000本目指します。なお、姉妹編の佐藤けんいち公式ブログとあわせると、1,055本書いたことになります。


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