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2012年12月22日土曜日

書評『日本式モノづくりの敗戦 ー なぜ米中企業に勝てなくなったのか』(野口悠紀雄、東洋経済新報社、2012)ー 産業転換期の日本が今後どう生きていくべきかについて考えるために


耳触りの悪い発言は聞きたくないという人は、この本は読むのをやめたほうがいい。しかし、なぜ日本が不調なのかその理由を理解したうえで、これからの方向を考えたい人には読むことを勧めたい本だ。


従来型のものづくりがなぜダメになったのか?

本書では、日本企業と日本経済にかんする、さまざまな「常識」がひとつひとつ解体されていく。

副題にある「なぜ米中企業に勝てなくなったのか」に注目していただきたいのは、経済体制の異なる米国と中国ではあるが、これから10年後、20年後を考えると、米中は世界経済の二強になるだけでなく、産業特性からみても、じつは親和性が高いということに着目する必要があるからだ。

つまり、日本企業がこれまでしがみついてきた「すりあわせ」、「顧客囲い込み」、あるいは「垂直統合」といった成功モデルが、あきらかに敗退しつつあるのに、敗者になったことも認めようとせず、敗因を直視しようとしないことが問題なのである。ガラパゴス化とはまさにそのことを指している。

海外にいかなければ気がつくことさえない携帯電話やスマートフォンの SIMロックの存在など、ガラパゴスの最たるものだ。もちろん、わたしは海外でも使用するために SIMロックは解除してもらい、現地の通信会社が提供する低価格の通信を利用している。

アップルの iPhone というスマートフォンや iPad というタブレットなどの「革新的製品」に人気が集まり、その結果、世界的な高収益をあげているのは当然なのである。国境を越えた世界製品として消費者に受け入れられているわけだ。

そのアップルとその主要な製造委託先である台湾のフォックスコン(ホンハイ)が採用しているオープンシステムのほうが優勢性がある。これが「米中企業」の端的な事例である。

製造機能をもたないアップルはいわゆるファブレスメーカー受託製造に特化しているフォックスコンはEMSと呼ばれるビジネスモデルである。アップルに限らず、すでに欧米の製造業は、製造機能を新興国の製造業に依託して協調し、日本の製造業を追いつめる方向に向かっているのである。

野口氏は、『クラウド「超」仕事法-スマートフォンを制する者が、未来を制する-』(野口悠紀雄、講談社、2011)のような「知的生産の方法」でも一家言を有している人だから、さすがに情報機器については細かいことまでかなり詳しい。

自動車産業においては「すりあわせ型」のものづくりと、垂直統合型の産業構造が適しているという側面はあるが、電気自動車においては「モジュール型」のオープンシステムで動いているのも実態である。

競争条件が変わったことに対して、あまりにも鈍すぎるのが本部の判断。つよい「現場」と裏腹の関係にあるのがよわい「本部」だが、日本にも内部昇格者だけでなくプロの経営者が必要だという野口氏の意見には賛成だ。日本に限らず、内部の人間は抜本的改革は実行しにくい。


産業転換を迫られている日本はどうすべきかなのか?

日本の製造業の現状をさして、「農業化」という表現がされている。

雇用調整補助金などで過剰雇用を支え、競争力を失いながらも生き延びている姿は、国際競争力のない農業と変わらない。なるほどと納得させられるものがある。

産業転換期にはセーフティネットも必要だが、企業倒産によって他産業に人材が流出していくのは、わたしもその一人だが、かならずしもネガティブな話ではないと思う。

その意味では、先日の総選挙で政権交代がふたたび行われていたが、あたらしい政権が採用する予定の経済政策は、産業構造転換を促進する方向のものではないと言わざるを得ない。

重要なことは海外資産の蓄積が所得収支の増大をもたらしているという点だ。すでに所得収支のほうが貿易収支を上回っているのが日本の現状である。これについては、書評 『空洞化のウソ-日本企業の「現地化」戦略-』(松島大輔、講談社現代新書、2012) も参照。だから、個別企業の合理的選択である製造業の海外移転そのものは問題ではないのである。

ただし、新興国市場にかんしては、現地の安い生産コストを利用した製造業と、実質的には低所得者層がマジョリティである現地市場での販売は区分して考えたほうがいいことは言うまでもない。低価格戦略を採用して現地市場でシェアを取るかどうかは、個別企業によって戦略は異なるだろう。

問題は日本国内である。製造業の雇用削減で失われた雇用を、いかに成長分野で吸収していくかという課題だが、これについては、ないものねだりはやめるべきだろう。日本からは、グーグルもアップルも生まれてくるとは考えにくい。すくなくとも経済政策のなかからはうmれてこない

また金融についても、米国のような直接投資タイプの金融業が育つとは考えにくい日本が「金融立国」となるのは見果てぬ夢で終わることだろう。

といっても、ではどうすべきかという議論は、なかなか立てにくい。なぜなら現実の動きのほうが激しいからだ。

ビジネスパーソンとしては、あくまでも個別企業の観点にたって、当事者としての意思決定の精度を高めることに注力すべきである。


新興国の知識人材の活用は不可欠だ

本書の中国経済にかんする分析も面白い。大学教授という視点から、知識経済の担い手にかんする分析は読ませるものがある。

中国の大卒者を知識労働者として活用せよという提言は賛成だ。これは中国ビジネスとは切り離して考える必要がある。つまり中国ビジネスの担当者として中国人の知識人材を採用するのではなく、基幹となる人材として活用するのである。

本書では視野にないようだが、日本語の習得の早いミャンマー人も同様だろう。その動きはIT業界ではすでに活発化している。

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本書の特徴は、コトバによる誤解や錯覚に陥らないように注意を促している点だ。たとえば、中国のGDPは日本を抜いたが、一人当たりGDPでは現時点では日本の・・・・・にしかすぎないこと、新興国における中間層は所得レベルでいえば日本の低所得者層に該当することなど、だ。

「週刊東洋経済」の連載を単行本としてまとめたものなので、執筆時点と出版時点でのタイムラグがあるのはやむを得ない。現時点とはややそぐわない面もなくはないが、本書で展開されているロジックはしっかりとつかんでほしいと思う。

日本が生き延びるためには、産業転換は避けて通れない課題であるからだ。量産型のものづくりが海外に移転したあと、どうやって食っていくかが問われているのである。





目 次

はじめに
第1部 新しい潮流
-第1章 アップルは製造業のビジネスモデルを変えた-スマイルカーブとファブレス企業
-第2章 日の丸エレクトロニクス敗退の原因-円高でなく垂直統合が問題
-第3章 巨大EMSというバケモノ-重要なのは低賃金でなく、社会の生産体制
-第4章 若い企業と新世代が中国を変える-質の高い企業と人材が中国に誕生
第2部 旧体制の強固な岩盤
-第5章 垂直統合・系列・蛸壷社会-縦割り蛸壷が並存する日本社会
-第6章 系列解体後に中小・零細企業はどうなる?-グローバル水平分業の一員となれるか
-第7章 旧体制が支配する中国の金融-権力と既得権益の巣
-第8章 金持ちなのに弱い日本の金融力-直接金融と投資銀行業務での日米格差
第3部 未来への戦略
-第9章 新興国とどう向きあうか-価格競争は間違い。ブランドを使え
-第10章 改革の推進主体は、政府でなく経営者-市場が改革方向を示す
-第11章 人材開国で日本を活性化-高度専門人材を受け入れよう
図表一覧
人名索引
事項索引


著者プロフィール

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年東京生まれ。1963年東京大学工学部卒業。1964年大蔵省入省。1972年エール大学 PhD.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て2011年4月より早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。専攻はファイナンス理論、日本経済論。主要著書『情報の経済理論』(東洋経済新報社、1974年、日経・経済図書文化賞)、『財政危機の構造』(東洋経済新報社、1980年、サントリー学芸賞)、『土地の経済学』(日本経済新聞社、1989年、東京海上各務財団優秀図書賞、日本不動産学会賞)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社、1992年、吉野作造賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<ブログ内関連記事>

書評 『製造業が日本を滅ぼす-貿易赤字時代を生き抜く経済学-』(野口悠紀雄、ダイヤモンド社、2012)-円高とエネルギーコスト上昇がつづくかぎり製造業がとるべき方向は明らかだ

書評 『ものつくり敗戦-「匠の呪縛」が日本を衰退させる-』(木村英紀、日経プレミアシリーズ、2009)-日本の未来を真剣に考えているすべての人に一読をすすめたい「冷静な診断書」。問題は製造業だけではない!

書評 『グローバル製造業の未来-ビジネスの未来②-』(カジ・グリジニック/コンラッド・ウィンクラー/ジェフリー・ロスフェダー、ブーズ・アンド・カンパニー訳、日本経済新聞出版社、2009)-欧米の製造業は製造機能を新興国の製造業に依託して協調する方向へ

鎮魂!戦艦大和- 65年前のきょう4月7日。前野孝則の 『戦艦大和の遺産』 と 『戦艦大和誕生』 を読む

書評 『空洞化のウソ-日本企業の「現地化」戦略-』(松島大輔、講談社現代新書、2012)-いわば「迂回ルート」による国富論。マクロ的にはただしい議論だが個別企業にとっては異なる対応が必要だ

書評 『現代中国の産業-勃興する中国企業の強さと脆さ-』(丸山知雄、中公新書、2008)-「オープン・アーキテクチャー」時代に生き残るためには
・・「垂直分裂」というコトバが定着したものかどかはわからないが、きわめて重要な概念である。この考え方が成り立つには、「ものつくり」において、設計上の「オープン・アーキテクチャー」という考え方が前提となる。 「オープン・アーキテクチャー」(Open Architecture)とは、「クローズドな製品アーキテクチャー」の反対概念で、外部に開かれた設計構造のことであり、代表的な例が PC である。(自動車は垂直統合型ゆえクローズドになりやすいが電気自動車はモジュール型)

書評 『チャイニーズ・ドリーム-大衆資本主義が世界を変える-』(丸川知雄、ちくま新書、2013)-無数の「大衆資本家」たちの存在が中国の「国家資本主義」体制の地盤を堀崩す
・・依然として国営企業のウェイトの高い中国経済だが、下からの起業家の動きにも注目する必要がある

書評 『中国貧困絶望工場-「世界の工場」のカラクリ-』(アレクサンドラ・ハーニー、漆嶋 稔訳、日経BP社、2008)-中国がなぜ「世界の工場」となったか、そして今後どうなっていくかのヒントを得ることができる本

ドイツが官民一体で強力に推進する「インダストリー4.0」という「第4次産業革命」は、ビジネスパーソンだけでなく消費者としてのあり方にも変化をもたらす

(2014年8月18日、2016年7月24日 情報追加)


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