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2013年10月26日土曜日

書評 『国家と音楽-伊澤修二がめざした日本近代-』(奥中康人、春秋社、2008)-近代国家の「国民」をつくるため西洋音楽が全面的に導入されたという事実


日本の近代化が、西洋音楽導入による日本人改造によって不可逆な流れとして達成されたことは、すでにこのブログでも 讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された として取り上げたが、文部官僚としてそれを強力に推進したのが本書の主人公・伊澤修二(1851~1917)である。

弱肉強食の国際社会で生き残るには、中央集権化によりつよい軍隊をつくる必要がある。これは倒幕運動を推進し明治国家建設にあたった指導者たちの共通了解事項であった。

大砲や軍艦を買うためには輸出によって外貨を稼がなければならない。そのためには日本人を近代産業に適した近代的身体に改造することもまた必要であった。

なによりもまず、「国民」をつくりださなければならなかった。明治初頭においては「国民」がいまだ形成されていなかったのだ。

この件については 書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門 を参照していただきたいが、「国民意識」はつくられたものなのである。

アメリカであたらしい音楽教育を学んできた文部官僚・伊澤修二が推進したのは、唱歌として結晶化された西洋音楽の七音音階とリズムによって行進が可能な近代的な身体をつくり、儒教道徳を盛り込んだ唱歌の歌詞によって「国民」道徳を注入することであった。

しかも、唱歌の歌詞は東京山の手のコトバで発音を統一し、全国共通の「標準語」を普及させることが必要だった。言語が統一されていないと軍隊では命令がスムーズに行き渡らないそもそも当時は「国語」という概念も存在しなかったのである。

これらはみな中央集権国家において「国民」をつくりだすための装置だったのだ。

西洋音楽は、近代化を推進した明治日本にとって不可欠のツールだった。このことはもっとよく理解する必要がある。

結果についてはあえて言うまでもないが、日本人改造はほぼ完全なまでに成功したといってよい。いまだに尾を引いているが、日本人としてのアイデンティティにおおきなひずみとゆがみをともなうものであったにせよ・・・。

本書で面白いのは、伊澤修二の出身の高遠藩(・・現在の長野県伊那市)でも幕末に軍制改革を行っているが、伊澤修二が鼓笛隊に所属しドラムを叩いていたという事実である。最新鋭の鉄砲や大砲も発砲のリズムを音楽によって行ったためである。西洋音楽は近代軍隊にとってきわめて重要なソフトウェアであったわけだ。

そして特筆すべきは、伊澤修二が電話の発明者グラハム・ベルから「視話法」を学んだという事実だ。日本語の発音統一のために、音声としての言語に注目していたためである。音声学に基づいた日本語の発音の統一を行うことを想定していたからだ。

五音階の日本音楽を七音階の西洋音階に改造するという熱意は、当時は先進国では支配的な考えであった社会ダーウィニズムに基づくものであった。

遅れた日本が欧米にキャッチアップしなくてはならないという国家官僚としての使命感と切迫感が伊澤修二を駆り立てたわけであるが、日本近代化の原点において強力に推進された西洋音楽導入による日本人改造について、あらためて注目しておくことが必要である。

日本近代化にあたっては制度としての中央集権はフランスに、海軍は英国、陸軍は最初はフランスのとにドイツにモデルをもとめたが、国民形成の基盤的ソフトウェアに西洋音楽があったのである。

じつに興味深い内容の本である。しかもじつに読みやすい。本書に書かれた内容が国民的な常識となることが望ましい。




目 次

まえがき
第1章 鼓手としての伊澤修二-明治維新とドラムのリズム
 幕末の軍制改革-ハードとソフトの革新
 ドラムが導入されるまで
 ドラムレッスン
 ドラム譜の出版
 ドラムコールとドラムマーチ
 口伝のドラム演奏法
 信州高遠藩の軍制改革
 鼓手伊澤八弥
 民衆の客分意識
 近代的な身体をつくる音 
第2章 岩倉使節団が聴いた西洋音楽-ナショナリズムを誘発する合唱
第3章 洋学と洋楽-唱歌による社会形成
第4章 国語と音楽-文明の「声」の獲得
第5章 徳育思想と唱歌-伊澤修二の近代化構想
あとがき
年譜
主要参考文献
索引


著者プロフィール

奥中康人(おくなか・やすと)
1968年奈良県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程を単位取得退学後、日本学術振興会特別研究員を経て、現在は京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター特別研究員。大阪大学・大阪芸術大学・名古屋芸術大学、非常勤講師。博士(文学)。専門は近現代日本の音楽史。 共著に『近代日本の音楽文化とタカラヅカ』津金澤聰廣・近藤久美編(世界思想社 2006)、論文に「口伝の行進曲-維新期における山国隊の西洋ドラム奏法受容とその継承」『東洋音楽研究』第70号(2005)などがある (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

京都 時代祭 2009 山国隊 (YouTube)

京都市右京区山国神社還幸祭 維新勤皇山国隊 (YouTube)
京都市右京区山国神社還幸祭 維新勤皇山国隊(2) (YouTube)
京都市右京区山国神社還幸祭 維新勤皇山国隊(3) (YouTube)
・・「錦の御旗」をもって鼓笛隊のリズムにあわせて行進する京都の「山国隊」。これが軍楽の原点


(2016年11月29日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

書評 『傭兵の二千年史』(菊池良生、講談社現代新書、2002)-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ③
・・近代の軍制改革はオランダからはじまった

書評 『グラハム・ベル空白の12日間の謎-今明かされる電話誕生の秘話-』(セス・シュルマン、吉田三知世訳、日経BP社、2010)
・・グラハム・ベルの実験にたちあった日本人とは伊澤修二であった

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)第7章とあわせて読んでみよう!
・・「日本にはデファクトで「標準語」扱いされている「NHK語」はあっても、フランスやイタリアのように国民統一のためにつくられた「標準語」は存在しない。たまたま東京山の手のコトバを採用しただけである。関西人が、いわゆる「標準語」のことを関東弁というのは、その意味では一理ある」

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!・・ラジオという音声メディア



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