(タイ王国のインラック首相のfacebookページから)
「微笑みの国」(Land of Smile)というキャッチフレーズはタイの観光省がつくったものですが、これほど世界全体に知れ渡って成功したものはほかにはないでしょう。
現在では、「アメージング・タイランド」(Amazing Thailand)というキャッチフレーズを前面に打ち出していますが、日本では英語をそのままカタカナで日本語に写しただけなので、どれほど日本人に浸透しているのかは疑問です。
「微笑みの国」といえば即座にタイという連想がアタマに思い浮かぶほど浸透したフレーズですが、「微笑みの国」といって思い浮かべるのは、微笑みとセットになった合掌ポーズでしょう。
この合掌ポーズは仏教国タイの日常的なあいさつで「ワイ」といいます。日本なら「おじぎ」に該当するものです。
2012年に亡くなったカンボジアのシハヌーク前国王が、いつもニコニコと笑みを絶やさずに合掌ポーズであいさつしていたことを思い出すかもしれません。隣国のカンボジアもタイと同じく上座仏教国です。カンボジア国王は仏教の「転輪聖王」(てんりんじょうおう)の生まれ変わりとされています。
■困難な状態でも微笑みを絶やさないはず
冒頭に掲載した写真は、下院解散後の現在は暫定首相であるタイ王国の政治家インラック氏の 公式 facebook ページ Yingluck Shinawatraからとってきたものです。2014年2月1日現在で「いいね!」が200万を超えています。
インラック氏はタイ史上初の女性の総理大臣。ファミリーネームのチナワットからわかるように、2006年のクーデターでタイから追放されたタクシン元首相の一番下の妹です。
現在に至るまで黄シャツ派と赤シャツ派の政治的対立がつづいていますが、インラック氏は赤シャツ派ということになります。一族のファミリービジネスの経営を経て政治家に転身しています。兄のタクシンと同様にアメリカで修士号を取得。
現在はドバイを拠点に活動する兄タクシンの帰国を主目的にした「恩赦法」改正動議をきっかけに昨年2013年11月から政治的対立が再燃、「バンコク封鎖」(Bangkok Shutdown)を主張する黄色派によるデモ対策のため、バンコクとその周辺に「非常事態宣言」(State of emergency)がだされてますが、デモが収束する気配もありません。最悪の事態も懸念されてます。
明日(2014年2月2日)に解散後の総選挙(snap election)が予定通り実施されることになりましたが、すでにデモ側に死者もでている状態、無事に実行できるのかどうか予断を許さない情勢です。
タイ語には「ジャイ・ジェン・ジェン」というフレーズがあります。冷たいアタマという意味です。暑い国なのでどうしても血が沸騰しがちな傾向がありますが、「そうかっかせずにアタマを冷やしたら?」という意味のこのフレーズを聞くと冷静さを取り戻すのがタイ人というもの。
冒頭に掲載した写真のように、「微笑みと合掌ポーズのセットによって自分は冷静だ」ということを示すことに、政治的な意味があるのは言うまでもありません。もっとも微笑んでいるときのタイ人のアタマの中身は、比較的単細胞な日本人とは異なって同時並行的に複雑な処理が可能でありますすが。
日本の天皇とは異なり、また同じ上座仏教国のカンボジアとも異なり、タイの国王は公衆の面前では笑うのはおろか微笑んでもいけない(The King Never Smiles)とされていますが、国王以外の一般国民は「微笑む」よう、子どもの頃からしつけられてきたのがタイ人なのです。
■「郷に入りては郷に従え」
日本だと合掌すると、「あの人もしかして "宗教の人"?」という目線を感じてしまうものですね。
合掌は祈りのポーズですが、日本では一般人はたとえ仏教徒であっても、お葬式のときぐらいしか合掌はしないからです。「しわとしわをあわせて幸せ」というのは御仏壇のはせがわのCMですが、仏壇やお葬式のイメージを離れて合掌が成り立たないのが日本の状況です。
ところがタイにしばらく住んでいると、外国人であっても「ワイ」(=合掌ポーズ)を受けることが多いものです。
英語をしゃべるビジネス関係者であれば、タイ人であっても「ワイ」ではなく握手をしてきますが、ただしい作法にしたがって(・・といっても、これがなかなかむずかしいのですが)、こちからから「ワイ」をすると、一瞬虚をつかれたような表情を浮かべたつぎの瞬間、微笑みを浮かべて喜んで「ワイ」に応じてくれるものです。
「郷に入りては郷に従え」というわけです。米系のファストフード大手マクドナルドも、マスコットの道化師ドナルド君には「ワイ」」をさせています。歓迎の気持ちを「ワイ」であらわしているわけですね。現地社会の消費者に受け入れられるためのローカリゼーション(=現地化)を目的としたものというべきでしょう。
(ウェルカム! いらっしゃいませ 筆者撮影)
日本ではドナルド君はほとんど見なくなりましたが、わたしが小学校低学年の頃にマクドナルドがはじめて日本に進出した頃の広告宣伝は、日本でもドナルド君が主役だったのでした。
日本ではマクドナルドよりも、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダース人形の四季折々のコスプレがローカリゼーションの表現としてははるかに進んでいるといっていいでしょう。。すでにケンタ(健太?)ですからね。関東のマックや関西のマクドよりも、はるかに日本化が進んでいます。
「ワイ」という合掌ポーズには問題点もあります。日本式のおじぎはアタマを下げるだけですが(・・といってもキチンとやるのはむずかしい)、タイの「ワイ」は手を合わせなければならないので、作業中でも手を離さなければならないのです。
工場視察の際にはタイ人のワーカーのみなさんがこちらを見ながら手を合わせて「ワイ」であいさつしてくれます。たいへんありがたいことではありますが、軽くアタマを下げて会釈するというわけにはいかないので、その間はワーカーの作業が中断してしまいます。こちらとしてはなんともいえない気持ちになってしまうわけです。
■合掌ポーズはクセになる
タイにしばらくいると、そうこうするうちに日本人であってもワイをするクセがついてしまいます。抵抗感がまったくなくなります。そしてそのクセが抜けなくなります。
タイに住んでいると、自然とカタチから仏教に入ることができるわけです。わたしも現在では自然と「ワイ」をしてしまうので、合掌に対する抵抗感がまったくなくなってしまいました。
タイ人は、子どもの頃から「ワイ」の習慣をしつけられます。タイは儒教国ではなく仏教国ですが、親に対する絶対的忠誠がたたきこまれ、そのパタンが身分が上の者にも適用されるわけです。会ったその瞬間に相手との上下関係を見抜かなければならないわけですから、子どもの頃からしつけられていないとむずかしいわけなのです。
しかし、こちらが外国人であることが相手がわかっている限り、下手な「ワイ」でも、御愛嬌だとしていちいち咎め立てはしないもの。これは外国人に対する日本人の寛容な態度と同じですね。
「ワイ」という合掌ポーズのあいさつですが、あまりにも当たり前すぎて「タイのあれこれ」シリーズのブログ記事にするのを忘れてました。あらためてこの機会に書いてみた次第です。
(バンコクのタイ料理店で素焼きの人形 筆者撮影)
PS 結局、局面打開はクーデターによらざるを得なかった・・ この件については、
タイで8年ぶりにクーデター(2014年5月22日)-今後の推移を考えるには、まずは前回2006年の「9.19クーデター」のおさらいから始めるのが第一歩だ という記事にまとめておいた。 (2014年5月23日 記す)
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