「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル ローカリゼーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ローカリゼーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年8月27日月曜日

「ブルーシール・キャンディ」がうまい ― 内地で沖縄気分に浸る



ポーク・ランチョンミートを一括して大量購入した。ネット検索で価格を調べてみたら、楽天に出店しているオキコ沖縄土産店が一番安かったので。

TULIP ブランドはデンマーク産のランチョンミート。豚肉消費量が多い沖縄では定番で、デンマーク本国よりも消費量が多いという。ランチョンミートは、チャンプルーつくるには必須アイテムですからね。

「内地」ではアメリカ産の SPAM ばかりで、TULIP はあまりみかけない。在庫を切らさないようにしておかないとね!

(デンマーク産のランチョンミート缶詰 筆者撮影)

今回の注文に「おまけ」として無料で同梱されていた「ブルーシール・キャンディ」。アメリカ生まれで沖縄育ちのアイスクリーム BLUE SEAL をキャンディーにしたもの。アイスクリームのキャンディ化。そしてアメリカ製品の沖縄ローカリゼーション。


はじめて食べてみたが、このキャンディー、けっこう旨いね。バニラ味とシーカーサー味とマンゴー味の3種類。とくに酸味と甘みが絶妙のバランスなシークヮーサー味がいかにも沖縄オリジナルらしくていい。

(ブルーシール・アイスクリームのキャンディ化 筆者撮影)

内地にいながら、しばし沖縄気分にひたる(^^) 沖縄には、ひさしくいってないからね。でも、本当はたまには沖縄に行きたいものだなあ。




<ブログ内関連記事>

■沖縄関連

書評 『沖縄本礼賛』(平山鉄太郎、ボーダーインク、2010)-本を買うのが好きな人、コレクター魂をもつすべての人に

熟れつつあるゴーヤは三色に変化-外皮が緑から黄色に変化するだけでなく中身のタネが深紅な物体に!

書評 『沖縄戦いまだ終わらず』(佐野眞一、集英社文庫、2015)-「沖縄戦終結」から70年。だが、沖縄にとって「戦後70年」といえるのか?

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!


■製品ローカリゼーション

書評 『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか-世界で売れる商品の異文化対応力-』(安西洋之、中林鉄太郎、日経BP社、2011)-日本製品とサービスを海外市場で売るために必要な考え方とは?

書評 『缶詰に愛をこめて』(小泉武夫、朝日新書、2013)-缶詰いっぱいに詰まった缶詰愛


■米国による占領以後の日本

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

「YOKOSUKA軍港めぐり」クルーズに参加(2013年7月18日)-軍港クルーズと徒歩でアメリカを感じる横須賀をプチ旅行

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2018年1月11日木曜日

『水曜日のアニメが待ち遠しい』(トリスタン・ブルネ、誠文堂新光社、2015)を読んで日本のアニメとマンガがいかに1970年代以降のフランス社会に受け入れられていったかを知る



いまさらというわけではないが、『水曜日のアニメが待ち遠しい-フランス人が見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす-』(トリスタン・ブルネ、誠文堂新光社、2015)を読んだ。2年前に出版されたもので気にはなっていたが、ようやく読むことができた。昨年12月のことである。

フランス人で1976年生まれの「オタク第一世代」の日本近現代史研究者が、みずからの経験を踏まえながら、日本アニメがフランス文化に与えた影響を分析したもの。アニメについての本だが、図版はほんの少しで、ほとんどが文字ばっかりの内容だ。

「水曜日のアニメ」というのは、フランスでは著者が小学生だった当時は水曜日は学校が休みで、水曜日に集中して日本のアニメが放送されていたことを指している。当時の日本アニメのコンテンツは非常に安く(・・現在の韓国ドラマのようなものだ)、フランスでは大量に輸入されて放送されたらしい。おそらく、イタリアも同様だろう。

偶然の結果としてアニメにすっかり魅了された世代のフランス人の著者は、その後もアニメからゲーム、マンガへと日本のサブカルチャーにはまっていくが、これらのサブカルが、1970年代の幸運な最初の出会いから、1980年代のジャパン・バッシングを経て、いかにフランス社会に受け入れられていったかについて分析している。

フランス文化についての本であり、日本文化についての本でもある。日本文化が、いかにローカライズされてフランス文化の一部になっていったかについての本でもある。


■『水曜日のアニメが待ち遠しい』の「その後」

この本を読んだあと、ついでに『マリー・アントワネット』(惣領冬実、講談社KCデラックス モーニング、2016)と『マリーアントワネットの嘘』(惣領冬実/塚田有那、講談社、2016)も読んでみた。




ヴェルサイユ宮殿の全面的協力で、講談社とフランスのマンガ出版社のコラボで製作されたマンガとその秘話。『水曜日のアニメが待ち遠しい』で描かれた世界の、その後のフランスの状況がよくわかる。

ルネサンス期のイタリアを舞台にした惣領冬実の歴史マンガ『チェーザレ』はまだ読んでないのだが(・・友人からは読め、読めと強く薦められてからすでに数年になる)、2000年代以降のフランスにおける新たな歴史研究を踏まえた『マリー・アントワネット』を読んで、大いに目を開かれた感じだ。もっと早く読んでおけばよかった。

マリーアントワネットが嫁入りする前から、フランスの王太子との結婚のためヴェルサイユ宮殿に入る1770年の1年間を描いたこのマンガは、ぜひ推奨したい。いままで作られてきた既成概念がガラッと崩されるのを感じるのではないかな。

とにかくディテールへのこだわりがすごいのだ。歴史書として読めるマンガだ。このマンガはぜひ読むことを推奨したい。


******************************************

ということで、フランス関連のアニメとマンガについての本を、3冊続けて読んでみた。

読んだから別にどうなるというわけではないが、ふだん見慣れているものとは違う観点から物事を見直すということは、じつに面白いことだ。

みなさんにも、ぜひお薦めしたい。


(画像をクリック!)




PS フランスの現職大統領がなぜマンガ家の死を悼むのか?


鳥山明さんは、2024年3月1日に亡くなったことが、事後になってから公表された。 

投稿には、鳥山氏による「マクロン大統領へ」という献辞入りの色紙の写真とともに、「À Akira Toriyama et ses millions de passionnés qui ont grandi avec lui.  鳥山明と何百万もの彼の愛好家へ。」と、フランス語に日本語が添えられている。





なぜフランスの現職の大統領がマンガ家の死を悼むのか? その理由は、フランスのTV事情にある。 


この本を読むと、日本のアニメとマンガがいかに1970年代以降のフランス社会に受け入れられていったかを知ることができる。 

マクロン大統領は、1977年生まれ。つまり日本のアニメとマンガを浴びるようにして育った「ど真ん中の世代」ということなのだ。この事情は、イタリアもドイツも同様だ。

むしろ、アメリカよりもヨーロッパである。中東と南米、そして東アジアや東南アジアなどアジア各国については言うまでもない。 その意味をよ~く考えみる必要があるのだ。 

わたしの世代は、アメリカのホームドラマやアニメをTVで見ていたので、無意識レベルで影響を受けている。文化の相互浸透とはそういうものだ。

(2024年3月10日 記す)

PS2 画像をあらたなものに差し替えた(2024年3月10日 記す)



<関連サイト>


(項目新設 2021年10月7日)
 

<ブログ内関連記事>

■マリーアントワネット関連

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ

フランスの童謡 「雨が降ってるよ、羊飼いさん!」(Il pleut, Il pleut, bergère)を知ってますか?
・・「1780年に書かれたもので、歌詞にでてくる女羊飼いはマリー・アントワネットのことを指しており、雷雨や稲妻は近づきつつあったフランス革命を暗示しているのだという。フランス革命は、1789年のバスチーユ襲撃から始まった」


■フランス文化

Vietnam - Tahiti - Paris (ベトナム - タヒチ - パリ)

「特攻」について書いているうちに、話はフランスの otaku へと流れゆく・・・ 
・・日本とフランスの関係をサブカルチャーから考えてみる。フランスと日本は、知らず知らずのうちにお互い影響を与え合っている

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2011年1月号 特集 「低成長でも「これほど豊か」-フランス人はなぜ幸せなのか」を読む


■フランスで放送されたアニメと原作マンガ

マンガ 『めぞん一刻』(高橋留美子)の連載完了から30年!(2017年4月)


■ローカリゼーション

書評 『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか-世界で売れる商品の異文化対応力-』(安西洋之、中林鉄太郎、日経BP社、2011)-日本製品とサービスを海外市場で売るために必要な考え方とは?
・・ローカリゼーションにかんする必読書

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに

由紀さおり世界デビューをどう捉えるか?-「偶然」を活かしきった「意図せざる海外進出」の事例として・・日本語と音楽の関係について

(2018年1月13日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2015年2月8日日曜日

書評『インド 宗教の坩堝(るつぼ)』(武藤友治、勉誠出版、2005)― 戦後インドについての「生き字引的」存在が宗教を軸に描く「分断と統一のインド」



きわめて多数の種族と言語が存在するために、インドでは英語が実質的な公用語となっているとはよく言われることだ。だが、多様なのは言語だけではない。宗教もまた多様で複雑なのである。

本書『インド 宗教の坩堝(るつぼ)』(武藤友治、勉誠出版、2005)は、1950年代から外交官としてインド在勤18年間(=在勤4回)にわたって、インドに深く関わってきた著者が、みずからの体験や直接伝聞した一次情報を織り交ぜながら、多様性に富むインドの宗教事情を一般向けにまとめたものである。

さすがにインドは仏教国という現実離れした連想にとどまっている人は少なくなってきているだろうが、ヒンドゥー教がインドの国教だと思っている人も少なからずいるのではないだろうか。じつは、インドは「政教分離」を旨とする世俗国家である。インド=ヒンドゥー教と思い込んでいると認識を誤るのである。

たしかに人口の8割をヒンドゥー教が占めるインドであるが、残り1割はイスラームであり、キリスト教、シク教とつづく。さらには、インド生まれのジャイナ教だけでなく、外来のゾロアスター教、ユダヤ教もまた少数派だとはいえインドに存在するのである。

つまりインドは、ヒンドゥー教がマジョリティでありながら、それぞれお互いにとって異教徒である集団が併存し「分断」されているのである。さらにヒンドゥーの根幹をなすカースト制によっても「分断」されている。

しかしながら、そのように「分断」されていながら、一方では「統一」が保たれているのがインド世界である。その謎に満ちたインド世界を理解するためのカギの一つが宗教なのだ。

本書に取り上げられているのは、順番に拝火教徒(=パルシー:ゾロアスター教徒)、ユダヤ教徒、シク教徒、ジャイナ教徒、キリスト教徒、イスラーム教徒、ヒンドゥー教徒である。新仏教については一部がヒンドゥー教徒の項目であつかわれているだけで、独立した項目として取り上げられていないのが残念だが、『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)などを別個に読むべきであろう。

最初は各宗教についてのカタログ的な記述が最後まで続くのかなと思っていたが、多神教インド世界における500年にわたるイスラーム化について触れ、さらにインド世界そのものであるヒンドゥーについて記述が及ぶと、インドにおける宗教の意味が重層的に考察が深まっていき、最終的には読者も、インド世界の「分断と統一」の意味についておぼろげながら輪郭が理解できることになる。意図したのかどうかは知らないが、なかなか巧みな構成である。

宗教によって縦割りにされ、カーストによって横割りにされているインドでは、カーストによって分断状態にあるヒンドゥー教徒の世界はもとより、神の前では信じる者はみな平等であるはずのその他の宗教集団までもが、ヒンドゥー世界のあり方に影響され、あるいはそれに迎合するかのようにして上下の階層に分断されているという事実は、複雑なインドを理解する上で見逃せない重要なポイントであると考える。(P.191)

ともに外来宗教であるキリスト教においてもイスラームにおいても、もともとの土着のヒンドゥー社会のカースト制が反映して差別意識が存在するという指摘がじつに興味深い。日本においても、仏教やキリスト教などの外来宗教が受容されるには、「土着化」というプロセスを経ていることを考えれば、不思議なことではない。16世紀にインドで誕生したシク教は、在来のヒンドゥー教と外来のイスラームを融合した「新宗教」である。

仏教とジャイナ教はほぼ同時期にインドで成立したが、ヒンドゥーをヒンドゥーたらしめているカーストを徹底的に否定した仏教がインドでは衰退したのに対し、徹底的な不殺生を実践しながらもカースト制との折り合いをつけてきたジャイナ教は、現在に至るまで2500年にわたってインドで生き残っているのである。いまのインドの仏教は、独立後のインドでダリット(=アウトカースト)に普及した「新仏教」である。

インド人が近代スポーツに弱い理由に、カーストによる分断社会の存在があることを指摘した著者の「仮説」も興味深い。異なるカーストの人間は、肌が触れる接触型スポーツは想像もできないのである。だから、テニスやクリケット、ポロなどの非接触型スポーツ以外は普及しないのである、と。

このように、カースト制度による分断を当然のものとみなし、変化を好まないヒンドゥー教徒が社会の安定化をもたらしているという逆説的な状況がインド世界なのである。インド世界の「分断と統一」をこう捉えると、おぼろげながら理解もできるようになる。

わたしが読んだのは初版第1刷であるが、誤植や記述に間違いが散見されるのが残念だ。読者みずからがネットなどで調べて正誤について確認すべきであろう。情報のクロスチェックが不可欠であるが、そのための「たたき台」と捉えれば本書の価値は大いにあるといえよう。

戦後インドについての「生き字引」というべき著者である。インド独立からすでに70年近いが、その間のインドを見つめてきた著者の考察は、学問的厳密さには欠けるものがあっても傾聴に値するというべきだろう。


(画像をクリック!)



目 次
まえがき
第1章 拝火教徒はなぜ混合を嫌うのか
第2章 ユダヤ教徒の天国、それはインド
第3章 シーク教徒は世界一若い宗教集団
第4章 ジャイナ教徒-蚊の一匹さえも殺さぬ信仰
第5章 キリスト教徒-2000年の歴史に支えられて
第6章 イスラム教徒-ヒンドゥー過激勢力の脅威のなかで
第7章 ヒンドゥー教徒-分断と統一が交錯する世界
第8章 インドとインド人について-徒然なるままに思うこと
あとがき

著者プロフィール
武藤友治(むとう・ともじ)
1930年生まれ。大阪外国語大学(インド語学科)を卒業後、外務省に入省、40年余の外交官生活を送り、在ボンベイ総領事を最後に退官。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員を経てインド・ビジネス・センター・シニア・アドヴァイザー、日印協会理事。インド在勤中からインド政治のフォローアップに努め、退官後も精力的に現代インドの研究に取り組む(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察
・・インド世界を理解するために、同じ著者によるこの本もあわせて読んでほしい


■インドの宗教と社会

書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る
・・「聖者」信仰からインド世界を読む

書評 『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中島岳志、中公新書ラクレ、2002)-フィールドワークによる現代インドの「草の根ナショナリズム」調査の記録
・・インドの宗教問題を複雑化させているヒンドゥー至上主義者とその政党であるBJPについて

ボリウッド映画 『ミルカ』(2013年、インド)を見てきた-独立後のインド現代史を体現する実在のトップアスリートを主人公にした喜怒哀楽てんこ盛りの感動大作
・・ヒンドゥー教とイスラームとの接触から16世紀に生まれたシク教。インドのスポーツ選手にはシク教徒が多いのは職業選択の制限がないこともその理由の一つ


書評『ジャイナ教とは何か ー 菜食・托鉢・断食の生命観(ブックレット<アジアを学ぼう>㊾)』(上田真啓、風響社、2017)ー ベジタリアンの極地であるヴィーガンの、そのまた極北ともいうべきジャイナ教の菜食主義

JBPress連載コラム第40回目は、「Queenフレディも信者だったゾロアスター教の教え 超マイノリティだが、今も生きている古代宗教」(2018年12月4日)

タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民
・・バンコクにおけるヒンドゥー教の神々の信仰と、バンコクで多数派を占めるパンジャーブ出身のシク教とについて

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド
・・コルコタ(=カルカッタ)で布教に邁進するカトリック修道会については、本書で言及されていないが重要な存在

日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた
・・インドを代表するタタ財閥は、パルシー(=ゾロアスター教徒)が創業一族である

書評 『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)
・・インド社会の底流にあるどす黒い現実に目を向けるという意味でも必読書


■インドの文明と文化

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・インド世界と中東という「中洋」の発見。インド西部からイスラームが入ってきた

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記

インド神話のハヤグリーヴァ(馬頭) が大乗仏教に取り入れられて馬頭観音となった

書評 『インド日記-牛とコンピュータの国から-』(小熊英二、新曜社、2000)-ディテールにこだわった濃厚な2ヶ月間のドキュメントで展開される日印比較による「近代化論」と「ナショナリズム論」
・・インド社会を知識人の視点で外から眺めた記録


■外来宗教のローカリゼーション(=現地化・土着化)

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに
・・日本においても、外来宗教が受容されるには「土着化」というプロセスを経ていることがよく理解できる

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)-新しい考え方を普及させるためには必要なことは何だろうか
 ・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」

(2023年9月21日、10月9日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2014年2月1日土曜日

合掌ポーズの「ワイ」はクセになる ― タイのあれこれ(番外編)

(タイ王国のインラック首相のfacebookページから)


「微笑みの国」タイから「微笑み」がう失われて、いったいどれくらいになるのでしょうか?

「微笑みの国」(Land of Smile)というキャッチフレーズはタイの観光省がつくったものですが、これほど世界全体に知れ渡って成功したものはほかにはないでしょう。

現在では、「アメージング・タイランド」(Amazing Thailand)というキャッチフレーズを前面に打ち出していますが、日本では英語をそのままカタカナで日本語に写しただけなので、どれほど日本人に浸透しているのかは疑問です。

「微笑みの国」といえば即座にタイという連想がアタマに思い浮かぶほど浸透したフレーズですが、「微笑みの国」といって思い浮かべるのは、微笑みとセットになった合掌ポーズでしょう。

この合掌ポーズは仏教国タイの日常的なあいさつで「ワイ」といいます。日本なら「おじぎ」に該当するものです。

2012年に亡くなったカンボジアのシハヌーク前国王が、いつもニコニコと笑みを絶やさずに合掌ポーズであいさつしていたことを思い出すかもしれません。隣国のカンボジアもタイと同じく上座仏教国です。カンボジア国王は仏教の「転輪聖王」(てんりんじょうおう)の生まれ変わりとされています。


■困難な状態でも微笑みを絶やさないはず

冒頭に掲載した写真は、下院解散後の現在は暫定首相であるタイ王国の政治家インラック氏の 公式 facebook ページ Yingluck Shinawatraからとってきたものです。2014年2月1日現在で「いいね!」が200万を超えています。

インラック氏はタイ史上初の女性の総理大臣。ファミリーネームのチナワットからわかるように、2006年のクーデターでタイから追放されたタクシン元首相の一番下の妹です。

現在に至るまで黄シャツ派と赤シャツ派の政治的対立がつづいていますが、インラック氏は赤シャツ派ということになります。一族のファミリービジネスの経営を経て政治家に転身しています。兄のタクシンと同様にアメリカで修士号を取得。

現在はドバイを拠点に活動する兄タクシンの帰国を主目的にした「恩赦法」改正動議をきっかけに昨年2013年11月から政治的対立が再燃、「バンコク封鎖」(Bangkok Shutdown)を主張する黄色派によるデモ対策のため、バンコクとその周辺に「非常事態宣言」(State of emergency)がだされてますが、デモが収束する気配もありません。最悪の事態も懸念されてます。

明日(2014年2月2日)に解散後の総選挙(snap election)が予定通り実施されることになりましたが、すでにデモ側に死者もでている状態、無事に実行できるのかどうか予断を許さない情勢です。

タイ語には「ジャイ・ジェン・ジェン」というフレーズがあります。冷たいアタマという意味です。暑い国なのでどうしても血が沸騰しがちな傾向がありますが、「そうかっかせずにアタマを冷やしたら?」という意味のこのフレーズを聞くと冷静さを取り戻すのがタイ人というもの。

冒頭に掲載した写真のように、「微笑みと合掌ポーズのセットによって自分は冷静だ」ということを示すことに、政治的な意味があるのは言うまでもありません。もっとも微笑んでいるときのタイ人のアタマの中身は、比較的単細胞な日本人とは異なって同時並行的に複雑な処理が可能でありますすが。

日本の天皇とは異なり、また同じ上座仏教国のカンボジアとも異なり、タイの国王は公衆の面前では笑うのはおろか微笑んでもいけない(The King Never Smiles)とされていますが、国王以外の一般国民は「微笑む」よう、子どもの頃からしつけられてきたのがタイ人なのです。


■「郷に入りては郷に従え」

日本だと合掌すると、「あの人もしかして "宗教の人"?」という目線を感じてしまうものですね。

合掌は祈りのポーズですが、日本では一般人はたとえ仏教徒であっても、お葬式のときぐらいしか合掌はしないからです。「しわとしわをあわせて幸せ」というのは御仏壇のはせがわのCMですが、仏壇やお葬式のイメージを離れて合掌が成り立たないのが日本の状況です。

ところがタイにしばらく住んでいると、外国人であっても「ワイ」(=合掌ポーズ)を受けることが多いものです。

英語をしゃべるビジネス関係者であれば、タイ人であっても「ワイ」ではなく握手をしてきますが、ただしい作法にしたがって(・・といっても、これがなかなかむずかしいのですが)、こちからから「ワイ」をすると、一瞬虚をつかれたような表情を浮かべたつぎの瞬間、微笑みを浮かべて喜んで「ワイ」に応じてくれるものです。

「郷に入りては郷に従え」というわけです。米系のファストフード大手マクドナルドも、マスコットの道化師ドナルド君には「ワイ」」をさせています。歓迎の気持ちを「ワイ」であらわしているわけですね。現地社会の消費者に受け入れられるためのローカリゼーション(=現地化)を目的としたものというべきでしょう。


(ウェルカム! いらっしゃいませ 筆者撮影)


日本ではドナルド君はほとんど見なくなりましたが、わたしが小学校低学年の頃にマクドナルドがはじめて日本に進出した頃の広告宣伝は、日本でもドナルド君が主役だったのでした。

日本ではマクドナルドよりも、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダース人形の四季折々のコスプレがローカリゼーションの表現としてははるかに進んでいるといっていいでしょう。。すでにケンタ(健太?)ですからね。関東のマックや関西のマクドよりも、はるかに日本化が進んでいます。

「ワイ」という合掌ポーズには問題点もあります。日本式のおじぎはアタマを下げるだけですが(・・といってもキチンとやるのはむずかしい)、タイの「ワイ」は手を合わせなければならないので、作業中でも手を離さなければならないのです。

工場視察の際にはタイ人のワーカーのみなさんがこちらを見ながら手を合わせて「ワイ」であいさつしてくれます。たいへんありがたいことではありますが、軽くアタマを下げて会釈するというわけにはいかないので、その間はワーカーの作業が中断してしまいます。こちらとしてはなんともいえない気持ちになってしまうわけです。


■合掌ポーズはクセになる

タイにしばらくいると、そうこうするうちに日本人であってもワイをするクセがついてしまいます。抵抗感がまったくなくなります。そしてそのクセが抜けなくなります。

タイに住んでいると、自然とカタチから仏教に入ることができるわけです。わたしも現在では自然と「ワイ」をしてしまうので、合掌に対する抵抗感がまったくなくなってしまいました。

タイ人は、子どもの頃から「ワイ」の習慣をしつけられます。タイは儒教国ではなく仏教国ですが、親に対する絶対的忠誠がたたきこまれ、そのパタンが身分が上の者にも適用されるわけです。会ったその瞬間に相手との上下関係を見抜かなければならないわけですから、子どもの頃からしつけられていないとむずかしいわけなのです。

しかし、こちらが外国人であることが相手がわかっている限り、下手な「ワイ」でも、御愛嬌だとしていちいち咎め立てはしないもの。これは外国人に対する日本人の寛容な態度と同じですね。

「ワイ」という合掌ポーズのあいさつですが、あまりにも当たり前すぎて「タイのあれこれ」シリーズのブログ記事にするのを忘れてました。あらためてこの機会に書いてみた次第です。


(バンコクのタイ料理店で素焼きの人形 筆者撮影)



PS 結局、局面打開はクーデターによらざるを得なかった・・ この件については、
タイで8年ぶりにクーデター(2014年5月22日)-今後の推移を考えるには、まずは前回2006年の「9.19クーデター」のおさらいから始めるのが第一歩だ という記事にまとめておいた。 (2014年5月23日 記す)



<ブログ内関連記事>



来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

Cool Head but Warm Heart 「アタマはクールだが、ココロは暖かい」
・・タイ人も「ジャイ・ジェン」(=アタマがクール)なことをもっとも重んじる

・・ローカリゼーションとは?

プラクティカルな観点から日本語に敏感になる-藤田田(ふじた・でん)の「マクド」・「ナルド」を見よ!
・・日本マクドナルドのローカリゼーション


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end