ベストセラーには、それなりに理由がある。気になってはいたが読んでいなかった本を読むのは、その理由を確かめたいからだ。
『他者と働く-「わかりあえなさ」から始める組織論』(宇田川元一、NewsPicksパブリッシング、2019)。組織論を研究する経営学者による本だ。2020年11月時点で、すでに7刷となっている。帯のウラには絶賛のことばが並んでいる。
たしかに、読んでいると、この本がなぜ支持を受けているのかが、よくわかる。自分自身、この本に書いていることは、この20年近く実践してきたし、あらためて気づかされる点も少なくないからだ。
なぜ他者に対して不満を抱いたり、怒りを感じたりするのか。それは、相手も自分とおなじだと無意識のうちに思い込んでいるからだ。
だが、いったんそういう思い込みを捨て去って、そもそも自分と相手は違う人間だと考えてみる。そうすれば、自分が思っていることが相手もおなじように思っているはずはなく、だから自分の思い通りに他者が動かないのは当たり前だということに気づくはずだ。
そこで意味をもつのが、本書のテーマとなるダイアローグ(=対話)とナラティブ(=語り)だ。ナラティブとは、人がそれぞれもつさまざまな背景から生み出されてくる個別の語りのことである。自分のナラティブと他者のナラティブは当然のように異なるものであり、だからこそダイアローグの必要が発生する。
人と人との「関係」、組織と組織との「関係」は、いずれも目に見えない。そしてその「関係」には「溝」(=ギャップ)がある。相手とのあいだに目に見えない「溝」が存在するということに気づき、相手の立場から自分を見る視点でその「溝」を理解し、どうやったらその「溝」に橋を架けることができるかを熟慮して、実際に橋を架ける試みを行う。
ここで初めて、さまざまな組織変革にかかわるノウハウやツールが使えるようになるのである。組織変革がうまくいかないのは、ここまでのプロセスをすっ飛ばしてしまうからだ。スローガン的に表現すれば、「急がば回れ、ツールのまえに!」とでもなろう。
組織は生身の人間によって構成されている。個々の人間が異なるバックグラウンドをもっており、当然のことながら異なる考えをもっている。だからこそ、ダイアローグが必要なのである。ダイアローグぬきで、一方的に主張を通そうとしても無理なことは、当たり前ではないか。
この本には、コンサルタント出身者が事業会社の経営ポジションについて、そこではじめてダイアローグの重要性に気づくという 事例がいくつも出てくる。自分の場合も、40歳の頃におなじような体験をして、はじめてダイアローグの重要性に気づいた経験をもっているので、著者の言うことがよくわかるのである。
経営学の本であり、組織論の本であるが、ふつうのアプローチとは異なる本だ。
著者をインスパイアしてきたのは、医療現場における医者と患者の相互理解のための実践から得られた知見である。おなじ現象を見ているのに、なぜ医者という専門家と患者とのあいだにスムーズなダイアローグが成り立たないのか、成り立つためにはどういうアプローチをしたらいいのか、その問題意識から生まれてきた実践である。
この本は、営利企業に限らず人間関係によって構成されている組織に生きる人が、どういうポジションにいるにせよ、意識するべき心得といっていいかもしれない。
自分のなかでダイアローグを行いながら読み、そしてどう日々の実践に落とし込んでいくか、何度も反芻しながら読んで、自分のものとすることが必要なこが書かれた本なのである。
その意味では「セルフヘルプ」の本ということもできよう。
目 次はじめに 正しい知識はなぜ実践できないのか第1章 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている第2章 ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス第3章 実践1 総論賛成・各論反対の溝に挑む第4章 実践2 正論の届かない溝に挑む第5章 実践3 権力が生み出す溝に挑む第6章 対話を阻む5つの罠第7章 ナラティヴの限界の先にあるものおわりに 父について、あるいは私たちについて謝辞参考文献
著者プロフィール宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者。埼玉大学経済経営系大学院准教授。1977年東京生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師・准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。社会構成主義やアクターネットワーク理論など、人文系の理論を基盤にしながら、組織における対話やナラティヴとイントラプレナー(社内起業家)、戦略開発との関係についての研究を行っている。大手企業やスタートアップ企業で、イノベーション推進や組織改革のためのアドバイザーや顧問をつとめる。専門は経営戦略論、組織論。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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・・ヴォルテールは、人間はそれぞれ違うことを前提にした agree to disagree の重要性を説いた『寛容論』の著者でもある。『論語』なら「和して同ぜず」というところだろう。
(2021年1月26日 情報追加)
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