『サピエンス異変-新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイパー・クリガン=リード、飛鳥新社、2018)という本を読んでいて、19世紀半ばに「産業革命」がもたらした労働災害を描いたエンゲルスの古典的ルポルタージュ『イギリスにおける労働者階級の状態-19世紀のロンドンとマンチェスター』が何度も言及されていたので、ふとこの映画の存在のことを思い出したのだ。公開された際に見に行かなかったのは岩波ホールだから。あそこはタバコ臭いから嫌いだ(笑)
原題がフランス語で "Le jeune Karl Marx" (英語なら The Young Karl Marx)とあるように、1818年生まれのカール・マルクスが、あの「マルクス」になるまでの、『共産党宣言』(1848年)発表までの若き日の20歳台のマルクスを描いた「青春映画」(?)だ。日本語版のタイトルが「マルクス・エンゲルス」になっているのは、日本ではその方が通りがいいからだろう。
なかなかよくできた映画だと思う。117分が短く感じられる、エンターテインメントとして面白い作品であった。
舞台は大陸ヨーロッパと英国。19世紀半ばのプロイセン王国ケルンから始まり、フランスの首都パリ、産業革命後のイングランドは工業都市マンチェスターと首都ロンドン、そしてベルギー王国のブリュッセル(・・ベルギーは1830年に独立した新興国)。セリフはマルクスとエンゲルスの母語であるドイツ語、フランス語、英語である。
大学で哲学を専攻した急進派ジャーナリストで、改宗ユダヤ人の弁護士の息子であったカール・マルクス。経営者の跡取り息子で、マンチェスターにある紡績工場の代理を務めていたブルジョワ階級のフリードリヒ・エンゲルス。生まれも育ちも真逆のような2人であった。
共通しているのはドイツ人であることと、労働問題に多大な関心を持っていたということだったが、この2人がパリで再会し、生涯の盟友となったことで、その後の近現代史のコースができあがってしまったのである。それは、『レ・ミゼラブル』のラストシーンから10数年後のパリだ。
私自身はもともと「反共」の家に生まれ育ったこともあって、社会主義はまだしも、共産主義には断固反対の立場である。 だが、それはそれとして、マルクスとエンゲルスについては、知っていくべき「常識」である。この映画は、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』の副教材(?)としてもいいくらいだ。 拙著でもエンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』に言及している。
というのは、マルクス本人とマルクス主義は別物だからだ。ブッダとブッダ主義が別物、イエスとキリスト教が別物であるのと同じ事だ。エンターテインメントとして楽しめばいい。いつの時代でも若者が反抗するのは当然だからだ。映画の終わりにボブ・ディランの Blowing in the Wind が流れるのは、製作者の時代観がもろにでている。
とはいいながら、この映画が、マルクス主義がもたらした人類史上の災難に「免疫」をもたない若者たちへの勧誘として使われることには反対だ。格差問題など解決しなければならない問題が山積しちるが、マルクス主義はすでに失敗しただけでなく、人類に大きな災難をもたらしたことも同時に知らせなくてはならない。
結論としては、基本的にエンターテインメント作品ではあるが、製作者の意図はよく読み込んだ上でエンターテインメント作品として楽しむべきだろう。
ただ私として残念なのは、おなじくドイツ出身の改宗ユダヤ人の詩人ハインリヒ・ハイネとのパリ時代の交流が描かれていないことだ。
プルードンやバクーニンなど、高名な社会主義者との交友を中心に据えた脚本の必要上であろうが、たいへん残念なことであった。若きマルクスを知る上で、同郷の先輩ハイネとの交友が欠かせないはずだからだ。
かつてハイネといえば、日本では「愛を語る抒情詩人」という位置づけだったが、ハイネが体制批判を社会風刺の詩や論文で行っていたことが、かならずしも知られていないのも残念なことだ。だからドイツを脱出して、フランスで人生を終えることになったのである。
ハイネが読まれなくなっているのは残念だ。いや、そもそもドイツ文学じたいがもう読まれなくなって久しいのか・・
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