日本時間では本日(=米国時間では2021年1月20日)、米国ではバイデン新大統領が就任した。だが、祝賀ムードとはほど遠い。
さすがに州兵(=ナショナル・ガード)という軍隊による厳重な警備体制を敷いているので、ワシントンの就任式そのものは、つつがなく進行したようだ。だが、全米各地では不穏な空気が充満している。
米国の大統領がトランプ氏からバイデン氏に変わろうと、グローバリゼーションによって拡大した経済格差がにわかに縮小するとは考えにくい。はたしてバイデン氏が癒やしを与えるBことが可能かどうかは定かではない。そもそもトランプ氏が浮上したのは、米国の底辺層の草の根の怨念のつまった、声なき声を拾い上げたからだ。昨年11月の大統領選で役半分の得票を獲得したトランプ支持者の動向が気になるところだ。
大統領選以前の2月に出版されたものだが、『グローバル資本主義 vs アメリカ人』(篠原匡、日経BP、2020)という本がある。大統領選後になってから読んで見たが、米国の底辺層の草層の声を拾い上げたこの取材記録を読んでいると、根底にある問題が解決しない限り、誰が大統領であろうと米国は変わらないという感想を持たざる得ない。本の帯のコピーにあるとおりだ。
2019年3月まで日経BP社のニューヨーク支局長だった著者は、とくにメキシコ国境(=ボーダー)の街を中心に回って、草の根のナマの声を拾い集める取材を行っている。その一部は日経BPオンラインで読んでいたが、まとまった書籍として通読すると、それが点描であるに過ぎないとはいえ、イメージをつかむことが可能となる。
一言でいってしまえば、すべては現場にあり、ということだ。問題は現場にあり、問題の解決方法もまた現場にある。ニューヨークやワシントンといった経済や政治の中枢から見ていてはわからないのだ。メディアで作り上げられた固定観念を捨てることが必要だ。
いずれにせよ、米国という存在は、日本人が考えているようなものではない。多種多様なバックグラウンドをもち、多種多様な生き方や考え方が、多種多様な価値観のもとに存在している国だ。立場が違えば、ものの見方もまったく異なる。わかりやすい図式で理解しようとしても、しょせんムリなのだ。
その意味では、この本の著者は、最近よく耳にする「(21世紀の)南北戦争」(Civil War=内戦)などのわかりやすい構図を持ち込むことをしないことには大いに好感がもてる。
「Qアノン」などの陰謀論に扇動された「極右勢力」や、「アンティファ」(Antifascist)などの「極左勢力」が、現在の米国人の代表であるはずがない。見間違ってはならない。
「国境に生きる普通の人びと」、「銃規制をめぐる賛否両論」、「オピオイド(などのドラッグ)が蝕む炭鉱地帯」「公教育復活にむけての関係者の努力」「市民権獲得のために米軍に入隊した中南米出身の兵士たちのその後」「先住民たちのいま」「メガチャーチに代表されるキリスト教」。
こういったテーマは、個々のテーマではこれまでも描かれてきたが、米国社会の底辺層から中間層を知るには格好のテーマであろう。
もちろん、底辺層で苦闘する人びとだけでなく、テキサス州で活発化している「風力発電ビジネス」(再生可能エネルギー)の話や、メキシコ国境のティファナの IMMEX(かつてのマキラドーラ)ビジネスなどの新しい動きを取り上げた章は、日経BPの記者ならではのものであり、読んでいて興味深い。 (*なるほど、テキサス州にハイテク産業がシフトする状況の背景がわかるというものだ。テキサス州は州単独で送電網をもっているという)。
米国の全体像を捉えることは、誰にとっても難しい課題である。俯瞰的に見るバーズアイとともに、足許から見上げる視点も重要だ。個人でできるのは、個々のピースをできるだけ集めて全体像を類推することのみだ。でも、それをやらなければ米国というものは見えてこない。困難な課題ではあるが、続けていかなくてはならない課題なのである。
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著者プロフィール篠原匡(しのはら・ただし)日経ビジネス副編集長 1975年生まれ。1999年慶應義塾大学商学部卒業、日経BPに入社。日経ビジネス記者、日経ビジネスオンライン記者、日経クロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長を経て、2019年4月から日経ビジネス副編集長。執筆、編集に加えて、動画ドキュメンタリーの企画・制作も手がける。著書に『腹八分の資本主義』(新潮新書)、『おまんのモノサシ持ちや! 』(日本経済新聞出版社)、『神山プロジェクト』(日経BP)、『ヤフーとその仲間たちのすごい研修』(日経BP)などがある。
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