出版されたばかりの『第三次世界大戦はもう始まっている』(エマニュエル・トッド、大野舞訳、文春新書、2022)を読了。
この戦争は、直接の交戦国であるウクライナとロシアの戦争のように見えながら、じつはNATOの背後で実質的にコントロールしている米国と英国が主導して、ロシアを弱体化させる戦争であるという見立てが貫いている。つまり「代理戦争」なのだ、と。
そういう解釈はあながち間違いではないが、やや一面的ではあるのではないか?
もちろん、米国に問題がないなどというつもりはないが、背後になにがあろうとも、先に手を出したほうが負けであることは否定しようがない。
挑発はするほうも悪いが、それに乗せられる方の罪は大きい。現在のロシアだけでない。第2次世界大戦で対米戦に踏み切った大日本帝国もまたそうだった。
以前からロシア寄りの姿勢の目立つトッド氏だが、「中国を牽制させるためのロシア」という前提は、ほとんど崩れ去っているにもかかわらず、トッド氏の「ロシア幻想」は完全に消えていないようだ。
『ドイツ帝国が世界を破滅させる』でのドイツ強大化を警戒するトッド氏の見解には賛同したが、ロシアに甘い姿勢は、フランスのマクロン大統領にも共通するものがあるといえようか。
たしかに、中東欧諸国、とくにポーランドやバルト三国、北欧と違って、安全保障上の直接の脅威にさらされたことのないフランスの知識人らしい反応かもしれない。フランスはロシアとは国境を接していないのである。
その点は、近代史をつうじてロシアの直接的な脅威と戦ってきた、一般の日本人とも相容れない見解だ。 肌感覚の違いである。その違いは大きい。
■アングロサクソンに失望し「反米主義」に逆戻りしたトッド氏
それにしても、トッド氏の「反米主義」の復活ぶりには、鼻しらむ思いで興ざめだな。すでに70歳を過ぎた「知の巨人」は、ふたたび強烈な「反米主義」に戻ってしまったようだ。 フランス知識人の悪弊が丸出しだな。
アングロサクソン好きを公言していたトッド氏だが、今回の動きで英国にも失望したと吐露している。知識人は、どうしてそうもナイーブなのかねえ。だから、学者や知識人は一般大衆からバカにされるのだよ(笑)
本書をつうじて強烈な「反米主義」が展開されているので、おそらく旧サヨク系の思考傾向をもつ日本人読者からは大歓迎されるだろう。米国の左翼知識人ノーアム・チョムスキーと同様に(笑)
その意味では、むしろ朝日新聞社出版から出るべき本だと思うが、それをあえて文藝春秋が出すということは面白い。なかなかの商売人でありますなあ、文藝春秋社は(笑)
ただし、「日本は核武装せよ!」などと、極右のような発言もしていることには触れておかなくてはならない。これまたフランス知識人ならではの「反米主義」の現れではある。フランスは核保有国であるがゆえに、米国とは一線を画してきた。
「核シェアリング」はNO、「核武装」はOKとトッド氏は主張する。その心は、直接ご確認いただきたく。
■「ウクライナ分割」はあり得ない話ではない
ただ、1点興味深い指摘があった。それはポーランドの動向への注目である。
ロシアがウクライナ東部をデファクトで押さえた以上、ポーランドがウクライナ西部に色気を示す可能性はゼロではないという指摘だ。ポーランドが誘惑に駆られないという保証はない。ウクライナ西部は、もともとポーランド領だったのだから。
19世紀は「ポーランド分割」だったが、21世紀は「ウクライナ分割」である、と。
ここらへんはトッド氏の思いつきレベルに過ぎないにせよ、「勢力均衡論」のキッシンジャー氏(当年99歳の現役!)の議論とも重なり合う印象がある。
EUに加盟しているものの、ポーランドはEU内ではハンガリーとならんでトラブルメーカーであって、安全保障面ではもともと米国頼みの国である。米国政治におけるポーランド系米国人の影響力は、無視できないものがある。フランスなど大陸の西欧諸国とは、そもそも立ち位置が違うのだ。
ポーランド問題はトッド氏の主張の柱ではないが、ポーランドの動きには注意して見ていきたいと思う。
目 次1 第三次世界大戦はもう始まっている2 「ウクライナ問題」をつくったのはロシアではなくEUだ3 「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ4 「ウクライナ戦争」の人類学* 2は、ポーランド人記者のインタビューに答えた2017年のもの 、3は、フランスの雑誌に掲載された2021年の論考。1と4はオリジナル
著者プロフィールエマニュエル・トッド(Emmanuelle Todd)1951年フランス生まれ。歴史人口学者。パリ政治学院修了、ケンブリッジ大学歴史学博士。家族制度や識字率、出生率などにもとづき、現代政治や国際社会を独自の視点から分析、ソ連崩壊やリーマン・ショック、イギリスのEU離脱などを予見したことで広く知られる。(前著に掲載されていたもの)
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