「浮世絵トワイライト新版画 ― 小林清親から川瀬巴水まで」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2026年4月16日)。 「新版画」の流れを実物でたどる企画展である。
赤レンガの三菱一号館美術館には、これまで英国美術関係の企画展でなんどか行っているが、今度の企画展は「新版画」。英国そのものではなく、英国の影響もつよかった時代の明治時代を描いた作品から、昭和時代までを扱っている。
■「新版画」とは
「新版画」とは、明治維新後に衰退していった浮世絵版画を、あらたな時代環境のなかで復興しゆようとした試みだ。「新版画」は浮世絵版画と同様に、民間から生まれてきた動きである。
テーマとした対象が、「近代化」しつつあるが「前近代」の姿も残している「江戸から東京へ」を描いた小林清親から、自然を描いて芸術性の高さを発揮した川瀬巴水まで。
「新版画」はむしろ日本よりも海外に熱烈なファンがいあるようだ。スティーブ・ジョブズもまたそうであったらしいことは、2023年に放送されたNHKの特集番組で知った。
英語圏では「3H」なる表現もあるという。浮世絵の葛飾北斎(Hokusai)、歌川広重(Hiroshige)、そして新版画の川瀬巴水(Hasui)の「3H」だそうだ。
「新版画」も「浮世絵」と同様に、そのブーム(・・といっても静かなブームであるが)は「逆輸入」という形でじわじわと拡がってきたようだ。英語でも「Sin-hanga」という名称で定着しているのである。
版画ではなく肉筆画ではあるが、伊藤若冲や河鍋暁斎もそうであるように、日本人はその魅力を外国人コレクターによって「再発見」することになったわけである。
『版画 ― 近代日本の自画像』(小野忠重、岩波新書、1861 *1985年に復刊で第2刷)という本があるが、「新版画」に割かれたページ数は少なく、竹久夢二につながる動きとして記述されているのにとどまっている。
わたし自身も、むかしから好みであった橋口五葉が「新版画」というカテゴリーにくくられるひとであることを数年前まで知らなかったのだった。
制作にかんしては、おなじ木版画ではあるが、刷りの方法が格段に浮世絵の段階から複雑化されているだけでない。版元と職人(絵師と彫師、そして摺師)という完全な分業体制ではなく、この構造を維持しながらも、絵師がアーティストとして刷りの段階まで主導権をもって関与することで実現された芸術性の高さも「新版画」の魅力の源泉となっているようだ。
そんな「新版画」を、浮世絵からの過渡期の人であり、原点である小林清親(こばやし・きよちか)から、現代でも人気の高い川瀬巴水(かわせ・はすい)までたどるのが今回の企画展である。作品は、この二者を中心としているが、このほか橋口五葉や伊東深水なども含まれる。
ただし、浮世絵の企画展もそうななのだが、「新版画」もまた基本的にサイズが小さいので会場で鑑賞するのは、ちょっと難がある。ゆったりとした空間で、ゆっくりと眺める、そんなシチュエーションであれば、言うことないのだが・・・・
まあ、ホンモノを購入して自宅でたのしむのがベストだが、画集を購入して自宅でくつろぎながら鑑賞するのがセカンドベストというべきかもしれないな、と。
■「江戸から東京へ」の移行期を描いた小林清親
小林清親は、浮世絵から新版画への移行をスムーズならしめた画家である。絵師という側面もありながら、作家性が前面に浮き出されている。
展示されている作品のなかで、どこかで見た記憶があるなと思ったものがあった。帰宅して確かめてみて、それがなにであるかわかった。
『たとえば「自由」はリバティか ─ 西洋の基礎概念とその翻訳語をめぐる6つの講義』(渡辺 浩、東京大学出版会、2025)のカバーにつかわれているではないか!
どうりで見たことがあったわけだ。小林清親の「海運橋(第一銀行雪中)」(1876年=明治8年) である。
第一国立銀行は、渋沢栄一によって1873年(明治6年)に設立された日本最古の「銀行」である。まさに「西洋近代」を象徴する制度であり、建築物であった。場所は兜町であるが、第一国立銀行の建物も海運橋も、いまはもうない
そんな雪景色の第一国立銀行の洋風建築の右に海運橋、そした傘を差した和装の女性の後ろ姿。「江戸から東京へ」と移りゆく姿を描いたこの作品は、構図のすばらしさと色彩の美しさがあいまって印象に残る作品である。
ちなみに、思想史家の渡辺浩氏は、前著『明治革命・性・文明: 政治思想史の冒険』(東京大学出版会、2021)でも単行本の表紙に川瀬巴水の傑作「芝増上寺」(東京二十景)(1925年=大正15年)を使用している。渡辺氏は、明治時代を描いた「新版画」作品をこよなく愛しておられるのだろう。
余談だが、今回の企画展で「新版画」作家としての側面が前面に打ち出されている小林清親だが、じつは「団団珍聞」(まるまるちんぶん)という新聞に風刺画を多く描いており、媒体の発行禁止処分を招いている人でもある。
たまたま、 『漫画が語る明治』(清水勲、講談社学術文庫、2005)を読んでいたら、「第2部 諷刺される明治の人々」と「第3部 明治の漫画史」の「3. 漫画家としての小林清親」という章があり、小林清親の諷刺画が多数掲載されていた。
そぼほか今回の美術展でわかったことは、伊東深水が「新版画」に携わっていたことなどがある。しかも、川瀬巴水が伊東深水の影響で新版画を始めたこともまた。
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■日本の自然美を芸術性まで高めた川瀬巴水の熱烈なファンだった米国人
そもそも川瀬巴水の名前を知ったのは、NHKの特集番組を視聴してからのことだった。
スティーブ・ジョブズが熱心なコレクターとして作品を収集しているということを、「日本に憧れ 日本に学ぶ~スティーブ・ジョブズ ものづくりの原点」という番組だ。
今回の企画展を見たあとに知ったのだが、この番組をつくったのはNHKの取材記者による定年までの8年間にわたる執念のたまものであり、映像作品としての番組に結晶した知られざるジョブズと日本との密接なかかわりと手探りの取材の経緯が記者本人によって書籍化されている。
日本橋のデパートで開催された川瀬巴水の企画展を見に行く前に、NHKの「日曜美術館」のアンコール放送で言及されたジョブズと川瀬巴水のかかわり、1984年に行われたアップルコンピュータのマッキントッシュデモに使用されたモニターに映っていた橋口五葉の「髪梳ける女」(かみすけるおんな)から始まった疑問と違和感、そんな小さなキッカケから始まった取材が、アップル追放前の「ジョブズ1.0」の伝記にもなっている。
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番組を視聴してからすでに3年、この本を読み、あらためて知ることになったのが、ジョブズが禅仏教に出会う前から日本文化に深く傾倒し、きわめて大きな影響を受けていただけでなく、その原点が中学生時代の親友宅で見ていた川瀬巴水の「新版画」にあったことを確認した。
そしてその「新版画」は、親友の母親がその父、つまり親友の祖父から受け継いだものであり、祖父は1930年代にシカゴで入手しコレクションしたものだったという。
1905年の日露戦争前後がそのブームの頂点であった「アメリカのジャポニズム」が終焉したあとも、1930年代には「新版画」が米国でブームになっていたという事実。
日本人にとっては当たり前すぎて、ふだんは深く考えることもない「日本的美意識」であるが、その意味を認識の対象として再確認させてくれた恩人として「新版画」と「日本の焼き物」の熱心なコレクターであったスティーブ・ジョブズの名前は深く記憶されるべきであろう。
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「新版画」は英語でも Shin-hanga で通用する
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■新版画関連
・・橋口五葉は「新版画」で新境地を開こうとしていた矢先に急死。橋口五葉の作品「髪梳ける女」(かみすけるおんな)もジョブズは愛していた
■「逆輸入」された日本の美意識
■ジョブズと日本文化
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