現在の日本アニメの主戦場が米国であり、米国を起点にして世界展開がされていることは、最近読んだ『アニメ経済圏』(日経BP、2026)で知った。
「2025年がアニメ産業にとって転換点になった」ということだが、それ以前の状況について書かれているわけではない。
そこで、『ジャパナメリカ ― 日本発ポップカルチャー革命』(ローランド・ケルツ、永田医訳、ランダムハウス講談社、2007)という本を読んでみた。この本で20年前の状況がどうなっていたのか知ることができたが、内容が濃くてじつに面白い。(*出版社はすでに解散しており、したがってこの本も絶版である) 。
原題は、JAPANAMERICA: How Japan Has Invaded U.S. Pop Culture, by Roland Kelts, 2006 、現在でも入手可能だ。kindle版もある。
どうやら、米国では「9/11」、つまり「2001年9月1日」が日本アニメの定着に決定的な影響を及ぼしたらしい。建国以来はじめて「ハルマゲドン」を体験したのであり、表面からはうかがいにくいが、アメリカ人の精神の深層では後遺症がいまなお続いている。
そんな精神的状態のなか、2000年前後に一気に拡がっていったのが日本アニメなのである。日本はすでに1945年8月6日と9日に「ハルマゲドン」を体験しており、この過酷な体験が日本アニメの世界観の深層にある。
アニメに繰り返し、繰り返し壊滅的な破壊シーンが登場する意味はそこにある。無意識レベルかもしれないが、われわれは「ハルマゲドン後」に生きているのだという日本人の自己認識であり、それは国民全体の共通認識になっている。
アメリカ人の認識をはるか半世紀前に先んじているのである。「9/11」がアメリカ人にあたえたインパクトは、日本人にとっての意味とは大いに異なるのである。
■始まりは『科学忍者隊ガッチャマン』のローカリゼーション
もともとの始まりは、1977年に『科学忍者隊ガッチャマン』が、『Battle of the Planets』と改題され、大幅にローカライズされて放送されたことにあるようだ。
おなじくタツノコプロの『マッハGoGoGo』(1967年)が同年に『Speed Racer』と改題され米国市場向けにアダプテーションされたうえで放送されていたことは、さすがにわたしも知っていた。だが、評価していたのはコアなファンだけで、あくまでも子ども向けのコンテンツと見なされていたようだ。
先にみたように、「9/11」後に日本アニメが米国で市場が拡大し、市民権を得ていくことになっていくわけだが、もちろんその中心になったのは若年層であることは言うまでもない。
日本アニメをめぐっては、「ミレニアム世代」とその先行世代「ベビーブーマー世代」とのあいだで、世代的な断絶が生まれているのである。日本とは40年近い時間差がある。この間の日本アニメの蓄積は、それこそ膨大なものがある。
■現在のアニメ熱は「第3次日本ブーム」の中核
歴史をさらに振り返れば、2001年以降の米国における日本アニメの普及と定着は、「第3次日本ブーム」と位置づけることも可能だ。
●「第1次日本ブーム」:19世紀後半から20世紀初頭。「浮世絵」●「第2次日本ブーム」:1950年代。「禅」(ZEN)●「第3次日本ブーム」:2000年前後から現在。「アニメ」(ANIME)
「第1次日本ブーム」は、「ジャポニスム」(Japonism)の時代である。「開国」後の日本から海外に大量に流出した浮世絵や漆器などの工芸品が引き金となって、フランスを中心とした欧州で大流行した。19世紀後半から20世紀初頭にかけてのことであった。
英国では「ジャパニズム」(Japanism)として大流行したが、この事情はおなじ英語圏の米国でも同様であった。日本庭園から柔術(jiujutsu)に到るまで大流行し、米国では「日露戦争」(1905年)時に流行のピークに達し、日露戦争後は「黄禍論」の台頭もあり、ブームは衰えていった。
「第2次日本ブーム」は、日本の敗戦後の1950年代に訪れた「禅」(Zen)のブームである。アメリカ的な物質主義に対する「カウンターカルチャー」(対抗文化)として、当時の若者たちの熱狂的な支持を得たものだが、当時米国で活動していた鈴木大拙(D.T. Suzuki)の影響が大きい。
ヒッピー文化が衰退し、ブームが去ったあとも禅仏教が米国社会に定着していることは、スティーブ・ジョブズを引き合いに出すまでもないだろう。宗教色を払拭した「マインドフルネス」の瞑想法が米国に定着する素地となっている
そして、日本アニメの大流行という「第3次日本ブーム」となって現在に到っているわけだ。 今後このブームが下火になることはあってもアニメ視聴が定着し、その担い手である「ミレニアム世代」や「Z世代」が社会の中心になっていくなかで、現在のフランスやイタリアのような状況になっていくことだろう。
フランスのマクロン大統領の『ドラゴンボール』、イタリアのメローニ首相の『北斗の拳』がその代表的な例だが、1970年代以降に育った欧州のリーダーたちは、当時からTV放送されていた日本アニメにどっぷり浸かって人間形成してきた「アニメ第一世代」である。ヨーロッパはすでに「アニメ第二世代」になっている。
■米国生まれのポップカルチャーが英国や日本という「島国」で変容
『ジャパナメリカ』で、もう1点興味深い視点は、2000年代以降の米国における日本アニメは、1960年代の米国におけるブリティッシュ・ロックに匹敵する存在だと見ていることだ。
日本アニメは、もともとディズニーなど米国生まれのアニメの影響下に発展していった経緯は、をもつ。ハリウッド映画に太刀打ちできない状況で、クリエーターたちがアニメ業界に集中していったことで日本がアニメ大国となった。
おなじく米国生まれのロックンロールが英国で独自に進化を遂げ、米国に「逆輸入」されるようになった。 クイーンのメンバーたちがエルヴィスをリスペクトしていることを考えてみたらいい。手塚治虫がウォルト・ディズニーをリスペクトするのとおなじことだ。
英国はおなじ英語圏とはいえ、移民国家で市民社会の米国と階級社会で王国である英国では、文化に大きな違いがあるのだ。(・・ただし、近年の英国はすでに移民国家化している)。
日本は米国とは文化的に大きく異なっているが、敗戦後は米国の影響を大きく受けている。 英国と日本という独特の文化をもつ「島国」において、米国生まれの ポップカルチャーが変容して独自に進化し、それが米国に逆流する。考えてみれば面白い。
アニメを中核とした「第3次日本ブーム」が今後どう変化し、進化していくのか興味深く見守っていくべきであろう。
目 次まえがき第1章 Gフォースのご加護を第2章 アトム・ボーイズ第3章 アニメというビジネス第4章 トイ・ストーリー第5章 日本が抱える知的財産問題第6章 奇妙な変身第7章 コスプレとオタク世界第8章 フューチャー・ショック第9章 アニメの魅力日本語版読者へのあとがき訳者あとがき索引
著者プロフィールローランド・ケルツ(Roland Kelts)アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、アメリカと日本で育つ。主にニューヨークで「ヴィレッジ・ヴォイス」や「プレイボーイ」「ニューズデー」等でライターやエディターとして活動。2006年に創刊されたアメリカの文芸誌「Public Space 」では、副編集長として、日本文学特集を担当した。
<ブログ内関連記事>
『アニメ経済圏』(平島綾子、日経BP、2026)と、『アニメビジネス』(大貫祐介、木谷高明=監修、総合法令、2026)を読むと、アニメにかんする「常識」をリセットしなくてはならないことを痛感させられる
・・ディズニーこそアニメの原点
・・フランスやイタリアはすでに「第2世代」が親世代となり「第3代」に入ってきている
・・中国はそろそろ日本アニメとマンガの「第2世代」への移行期に入っており、中国独自のアニメが生まれる土台ができあがりつつある
・・ポップカルチャーとハイカルチャーの垣根は低くなってきた
■「島国」の優位性
■「第1次日本ブーム」
・・英国の「ジャパニズム」
・・「第1次日本ブーム」のアメリカから登場した画家。
■「第2次日本ブーム」
■「第3次日本ブーム」
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)
end














