
良い香りで秋の到来を知らせてくれる代表がキンモクセイであれば、逆に
強烈な匂いで秋を感じさせてくれるものはギンナンであろう。
いまここで「ギンナン」と書いたが漢字で書けば「銀杏」。ひらがなで読めば「イチョウ」である。
「ギンナン」と「イチョウ」。音の響きはまったく異なるが、ともに秋の風物誌といってよいだろう。
金色(こんじき)の小さき鳥の形して
いてふ散るなり 夕日の丘に (与謝野晶子)
倒置法を用いた珍しい形式の和歌である。近代歌人の作品であるから和歌というべきではなく短歌というべきか。「いてふ」とは「イチョウ」のこと。「てふてふ」と書いて「ちょうちょう」(蝶々)と読ませるよりは何土は低いだろう。
イチョウは黄葉する。詩的にいえば金色(こんじき)である。金色の鳥のような形をして秋の空を舞うイチョウの枯葉。秋である。
一方、強烈な匂いで地面に目を落とすと、そこら中にギンナンの実が落ちてつぶれているのを目にする。アスファルトの舗道であれば、一面に拡がる白い汚れがいやがおうでも目につくことになる。
「う~む、臭い」と感じるとともに、「ギンナンか」とクチにしてみる。そして、鍋物にいれて食べる串刺しのギンナンの実を思い出す。
臭いが旨い。臭いものは旨い。不思議な感覚である。
ところで、
イチョウは雄株と雌株にわかれている面白い植物だ。植物でありながら精子と卵子をもち、花粉からつくられた精子が卵子と受精する生殖活動を行う。そしてできるのがギンナンである。植物でありながら、限りなく動物に近い存在。
そういえば
英語では Ginkgo(ギンコ)というのも、音の響きがなんだか不思議な感じのする植物だ。
何か気になることがあったら、まずは wikipedia で調べてみる。これは基本動作としたいものである。以下にイチョウの項目から一部引いておこう。
イチョウに関する最初の植物学的な記述は、ケンペルの『廻国奇観 (Amoenitatum exoticarum) 』(1712年)にある Ginkgo, Itsjo で、これは「銀杏」を「ぎんきょう」と読んだ上で、Ginkjo, Itsjo (ギンキョウ、イチョウ)と筆記したつもりのものが、製本時に誤植されてしまったのだとされる。
しかしリンネは『Mantissa plantarum II』(1771年)にこのまま引用し、Ginkgo を属名とした。1819年には、ゲーテが『西東詩集』のなかで Ginkgo の名を用いている。Ginkgo は発音や筆記に戸惑う綴りでもあり、また植物命名規則73条に従うなら誤植などは訂正すべきだが、いまのところはそのまま用いられつづけている。
なるほど、ケンペル(・・つづりは Kempfer なので正確にはケンプファー)の『・・』は、日本事情を書いた定番の書籍として欧州ではよく知られたものであったが、スウェーデンの分類学者リンネはケンペルからイチョウをしったわけだ。
ついでだから、ゲーテの『西東詩集』(West-Osterlich Divan, )も見ておこうか。
「いちょう葉」(Gingko Biloba:ギンコ・ビローバ)という学名をタイトルとした詩が収録されている。1815年の作である。
東の邦よりわが庭に移されし
この樹の葉こそは
秘めたる意味を味わわしめて
物識るひとを喜ばす
こは一つの生きたるもの
みずからのうちに分かれしか
二つのものの選び合いて
一つのものと見ゆるにや
かかる問いに答えんに
ふさえる想念(おもい)をわれ見いだせり
おんみ感ぜずや わが歌によりて
われの一つにてまた二つなるを
(出典):『西東詩集』(ゲーテ、小牧健夫訳、岩波文庫、1962)P.128
イチョウの葉がふたつにわかれていることを詠み込んだ詩だが、
「二つなのに一つ」というコンセプトは、プラトン的というか、錬金術的なニュアンスを感じる詩である。ゲーテが思いを寄せていたマリアンヌという人妻への愛を歌ったものでもあるらしい。ゲーテはこの詩を、
二枚のイチョウの葉とともに自筆の書簡として贈っている(下の写真)。
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