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2017年10月23日月曜日

書評『ボコ・ハラム ― イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』(白戸圭一、新潮社、2017)― アフリカの人口大国ナイジェリアのいまを知る好著



『ボコ・ハラム-イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織-』(白戸圭一、新潮社、2017)を読んだ。

「首都ラッカ」の陥落で「自称イスラーム国」がほぼ壊滅した現在、いまだ活動がやまない「ボコ・ハラム」について知っておきたいと思ったからだ。アフリカのサブサハラの大国ナイジェリアで活動する「史上最悪の国際テロ組織」である。

2014年に中高一貫の女子校の寄宿舎から女子生徒を200人以上も拉致誘拐したことで、世界中のメディアに取り上げられるようになった「ボコ・ハラム」というテロ組織。かれらは、1年間でなんと6000人以上のイスラーム教徒を殺害している「史上最悪のテロ組織」なのだ。

なぜ、かれらはそんなことをするのか?
なぜナイジェリア政府は誘拐された少女たちの奪回に成功していないのか?

こういった疑問はマスコミ報道だけでは理解できない。だからこそ本書のような、まとまった形のノンフィクション作品を読む必要がある。

「ボコ・ハラム」の「ボコ」とは、現地語で「西欧式で非イスラーム式の教育」を意味する。「ハラム」とはアラビア語で「罪」の意味。「ハラール・フード」の「ハラール」の反対語である。正式名称は、「宣教及びジハードのためのスンニ派イスラム教徒集団」、つまり極端な反西欧主義、反キリスト教の信奉者ということになる。

ナイジェリア北部のイスラーム地域でイスラーム反体制運動として誕生した組織が、指導者が警察にリンチ殺害されたことでカルト化していき、2001年の「9・11」後の状況で、「アル・カーイダ」のネットワークに参入して国際テロ組織に衣替えする。 ウサーマ・ビン・ラディンが暗殺されアルカーイダが劣勢になると、今度は「イスラーム国」(ISIS)のフランチャイズに鞍替え。まあ、ざっとこんな経緯で現在に至るわけだ。

この本を読むと、ナイジェリアという西アフリカの経済大国で人口大国の問題が浮かび上がる。 石油輸出国の2004年以降のナイジェリアは資源価格高騰で急激な高度成長を実現したが、「人口爆発」状況によって経済格差は拡大。なんと、中国・インドに次いで世界第3位の人口大国になると予想されているのだ。

さかのぼれば、大英帝国の植民地であったナイジェリアは1960年に独立したのだが、独立に際して北部のイスラーム地域と南部のキリスト教地域が分離されることなく誕生した「人工国家」であった。これが、問題を生み出す根源にあることが理解される。ナイジェリアはキリスト教人口とイスラーム人口がほぼ拮抗している。

こういう状況は、おなじく英国の植民地であったイラクやミャンマー(ビルマ)、マレーシアなどにも共通する問題点だ。「分割統治」の後遺症である。「ネーション・ステート」(=国民国家、民族国家)になりきっていない、いや多民族・他宗教であるがゆえになりえないという問題である。

ナイジェリア北部は、14世紀にイスラームが伝来して以来のイスラーム地域だが、英国は植民地統治を行うに当たって、少人数での支配を可能とするために「間接統治」を実施、現地の既存の勢力をうまく活用するだけでなく、シャリーア(=イスラーム法)の適用も認めていた。英国植民地当局は、ナイジェリア南部にはキリスト教の布教も認めていたが、北部でのキリスト教布教は禁じていたという。

昨年は、おなじくかつて英国の植民地であったバングラデシュで日本人を巻き込むテロ事件が発生している。旧インド植民地にかんしては、インド独立にあたってヒンドゥー教とイスラームが分離されたが、イスラーム過激派によるテロは、大英帝国の「負の遺産」といえるかもしれない。ロヒンギャ問題を抱えるミャンマーもイスラーム過激派によるテロが懸念される。

一時期と比較すると経済成長のスピードが鈍化したとはいえ、アフリカは人口増加地域で経済成長が期待できる地域である。しかし、同時にテロや紛争多発地域でもある。 遠いアフリカで活動するテロ組織といえども、「国際テロ組織」として活動する以上、日本とまったく関係ないわけではないのである。

また、なぜ「ボコ・ハラム」のようなテロ組織が急拡大したのか、その理由と急拡大のメカニズムを知ることは、アフリカ以外の地域、たとえばインドや東南アジアでも応用可能な生きた知識となる。

わたし自身は、ナイジェリアはおろかアフリカ大陸には行ったことはないし、アフリカには直接かかわることもないと思うのだが、強い関心をもって読み終えることができた。




目 次

プロローグ ワイドショーが取り上げた武装組織
第1章 女子生徒集団拉致事件の衝撃
第2章 舞台装置「ナイジェリア」の誕生
第3章 イスラーム反体制運動の進展
第4章 「テロ組織」への発展
第5章 ボコ・ハラムはどこへ向かうのか
第6章 サブサハラ・アフリカと過激主義の行方
エピローグ アフリカと日本のためのテロ対策
あとがき
ボコ・ハラム関連年表
主要参考文献


著者プロフィール

白戸圭一(しらと・けいいち)
1970年生れ。立命館大学国際関係学部卒。同大学大学院国際関係研究科修士課程でアフリカ政治研究を専攻。毎日新聞社入社後、鹿児島支局、福岡総局(現西部本社報道部)、外信部などを経て、2004~08年、南アフリカ・ヨハネスブルク特派員。ワシントン特派員を最後に退社し、現在は三井物産戦略研究所欧露・中東・アフリカ室長、京都大学大学院客員准教授。著書に日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞を受賞した『ルポ資源大陸アフリカ暴力が結ぶ貧困と繁栄』(東洋経済新報社、のちに朝日文庫)、『日本人のためのアフリカ入門』(ちくま新書)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)




<ブログ内関連記事>

テロ関連

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり
・・改定新版が出版さえている教科書

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい 
・・オサマ・ビンラディン殺害作戦を描いた映画

書評 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、村井章子訳、文藝春秋、2015)-キーワードは「近代国家」志向と組織の「近代性」にある


■国際メディア

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある 
・・「第3章 21世紀最大のメディアスター-ビンラディン」「第4章 アメリカの逆襲-対テロ戦争」「第5章 さまようビンラディンの亡霊-次世代アルカイダ」を参照。アルカーイダとの「情報戦」は今後も続く。テロ報道とメディアの関係


■人口爆発

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面
・・アフリカのシオラレオーネ(旧英国植民地)の状況


■アフリカ

映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた-海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ! 
・・「破綻国家」ソマリアを牛耳るアルカーイダに強いられて海賊となった元漁民たちと民間コンテナ船の船長との攻防戦

書評 『南アフリカの衝撃(日経プレミアシリーズ)』(平野克己、日本経済新聞出版社、2009)-グロ-バリゼーションの光と影

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②
・・文化人類学者の山口昌男が調査対象に選んだのは、ナイジェリアのヨルバ族。その成果は、『アフリカの神話的世界』(岩波新書、・・・)にまとめられている


■大英帝国の「負の遺産」

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察

書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」



*大英帝国が植民地統治にあたって採用した「間接統治」と「分割統治」にかんしては、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)「第5章 「第2次グローバリゼーション」時代と 「パックス・ブリタニカ」 19世紀は「植民地帝国」イギリスが主導した」を参照されたい。


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2012年6月7日木曜日

書評『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

中東世界を包括的に把握して一望することによって、2011年が中東世界おける「新秩序形成のはじまり」となったことを納得させてくれる本である。

チュニジアに始まった「革命」は、大国エジプトに飛び火。さらにはイエメンとリビアも独裁者は追放され、ドミノ倒しのようにつぎからつぎへとアラブ世界の勢力地図が塗り変わっていったのを眺めていた2011年。

しかし、湾岸の小国バーレーンでは民主化運動は頓挫し、シリアでは、2012年の現時点において多大な犠牲者を出しながらも、依然として膠着状態が続いているのが現状だ。

2011年に始まった中東世界の大激変を、歴史家・山内昌之氏は、専門の歴史家がもつ歴史軸と、外務省主催の各種研究において行ってきた中東地域の水平軸をあわせもって、詳細にかつ大胆に分析を行っている。議論がディテールに及びながらも、大筋を見失うことがないのはそのためだ。

一般読者は、細かい議論のすべてをフォローする必要はない。中東地域でなにがどう変化しているのか、今後どのような方向に向かおうとしているかの鳥瞰図をもつことのほうがはるかに重要だからだ。その意味では、最初から最後まで読む価値のある本だ。

2011年にチュニジアに始まった民衆運動は、「自由・法の支配・豊かさ」への欲求という、人間に普遍的な欲求から生まれたものである。言い換えれば、脱イデオロギーの時代の中東における「革命」である。ナショナリズムによる民族革命でもイスラーム革命でもない、一般市民のまっとうな欲求が原動力になった「革命」は、これまで中東地域では存在しなかったのだ。


わたしがひじょうに興味深く読んだ分析について、いくつか触れておこう。

まずは、構造的な問題として「人口爆発」問題があることを指摘していることだ。書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)を参照していただくとわかると思うが、これ自体はあたらしい議論ではない。

山内氏が歴史家としてすぐれた嗅覚を示しているのは、ドイツの思想家ハインゾーンのいう「ユース・バルジ」(youth bulge: 戦闘能力の高い15~25歳の若者)の議論をつかっていることだ。この議論は、『自爆する若者たち』(新潮選書、2008)で読むことができる。

歴史を振り返れば、欧州諸国は「人口爆発」問題を、南北アメリカという「新大陸」への送り込みで解決したのだが、現在の中東地域の「人口爆発」問題を解決する「新大陸」はすでに存在しないという事実に、気づかせてくれる。

「ユース・バルジ」は、たんなる過剰人口問題ではない。世界的に若年層の失業比率が高い傾向のなか、中東の若年層の雇用確保がさらに困難であることは容易に想像できることだ。彼らの不満のはけ口がどこに向かうのかを考えることが、中東情勢の今後を見ていくうえで最重要事項である。

つぎに、政治形態についての固定観念を捨てるべきことを指摘している点だ。

著者は、中東地域の政治形態において、王制がけっして時代遅れで不安定な政治形態ではないことに注意喚起している。

アラブ世界を、共和制諸国と王制諸国に区分すると以下のようになる。共和制をとっているのはチュニジア、エジプト、イエメン、リビア、シリアとなり、王制をとっているのは、湾岸諸国(GCC)のサウジアラビア、オマーン、カタール、UAE、それにあらたに加盟したモロッコとヨルダンである。

バーレーンのシーア派民衆暴動と、サウジアラビアを先頭にしたGCC諸国による軍事介入の意味についての解説は、日本のマスコミでは表面的にしか取り上げられていないので、本書の記述には、大いに目を開かれる思いをした。

漸進的民主化をとって安定しているオマーンを筆頭に、王制を政治形態としてもつアラブ諸国のほうが、共和制を採用した諸国より、より対話を重視した民主化モデルを提供しているという逆説的状況。中東世界の地域統合のあらたなモデルともなる可能性を秘めている。

天皇をいただく日本人には違和感なく受け入れることのできる見解だが、おそらく山内氏の念頭には、いまだ歴史学会にはびこる左翼的風潮への対抗意識があるのかもしれない。

また、モロッコ王国とヨルダン王国を加盟させた湾岸諸国(GCC)の真意が、軍事面においてイランと対抗する兵力を維持することにあるなどの指摘も、この地域を見る視点を提供してくれている。

この背景には、影響力を拡大しているシーア派の地域大国イランの存在がある。

イラン・イスラーム共和国という、「よくわからない国名のイラン」の内部は、聖職者たちによるイスラーム神聖国家の腐敗と、これに対するアフメディネジャド大統領という構図が存在することが、本書に書かれている。

対外的発言では「イスラエル抹殺」などの過激発言の目立つアフマディネジャドであるが、熾烈なイランの内政問題が、対外姿勢におけるチキンレース的な過激発言競争に反映しているのである、と見るべきなのだ。

ほかにも興味深い指摘に充ち満ちた本書であるが、SNSなどが「革命」に与えた影響についてのの分析は、別の筆者の著書にまかせるのが、著者の世代的制約を考えれば、そのほうが正解だろう。

歴史的文脈のなかで捉えれば、いま中東では、グローバリゼーション化の時代の「脱アラブ・イデオロギー時代」において「新秩序」が再編成されつつある。まさにその渦中にある中東世界をひとかたまりととして把握するためには、いま読むべき一冊であるといってよいであろう。




目 次
  
はじめに
本書関連地図
序章 “性格の違う双子”の死と中東政治力学の変化
第1章 体制変革と体制内変革
第2章 民主化の陣痛
第3章 湾岸諸国の知恵と戦略
第4章 よみがえった帝国-イランの変貌とトルコの野心
第5章 グローバル中東の政治力学-アメリカ外交・イラン核問題・パレスチナ問題
第6章 日本・中東新時代の戦略的パートナーシップ
終章 二十一世紀中東の新しい構図-「終わりの始まり」と「新しい始まり」
年表
索引
おわりに

著者プロフィール 


山内昌之(やまうち・まさゆき)
1947年、札幌生まれ。北海道大学卒業、東京大学学術博士。カイロ大学客員助教授、トルコ歴史協会研究員、ハーバード大学客員研究員などを経て、東京大学教授(大学院総合文化研究科)、東京大学中東研究センター長、中東調査会常任理事。専門は国際関係史、イスラーム比較近現代史。2002年に司馬遼太郎賞受賞、2006年に紫綬褒章受章。著書に、『スルタンガリエフの夢』(サントリー学芸賞)、『瀕死のリヴァイアサン』(毎日出版文化賞)、『ラディカル・ヒストリー』(吉野作造賞)など多数。共編著に、『岩波イスラーム辞典』(毎日出版文化賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。2012年4月から明治大学特任教授。


<ブログ内関連記事>


「2-11」関連-「アラブの春」

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える


アラビア語復興運動とキリスト教聖書のアラビア語訳

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・アラブ・ナショナリズムにつながるアラビア語復興運動は、聖書をアラビア語に翻訳する事業に携わったアラブ人キリスト教徒が指導的役割を果たした事実は、ルターによる聖書のドイツ語訳とのアナロジーを思わせるものがある


人口爆発という構造的問題

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く

(2014年6月17日、8月31日 情報追加)



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2011年2月13日日曜日

書評『中東激変 ― 石油とマネーが創る新世界地図』(脇祐三、日本経済新聞出版社、2008)― 人口急増と若年失業の構造問題が根本にある





「中東激変」の背景にある、「多子若齢化」社会の構造変化を政治経済状況と同時に知るために

 『中東激変  ―  石油とマネーが創る新世界地図』(脇祐三、日本経済新聞出版社、2008)。実はこの本は2008年の出版直後に読み始めのだが、途中でそのままになっていた。

 地中海沿岸の北アフリカ、チュニジアに始まった「民主化革命」がエジプトに飛び火してから、ふたたび本書を取り上げて読み始めたのだが、これが実に面白い。知的好奇心を十二分に満足させてくれる内容になっている。

 2008年9月の出版から2011年2月までの約2年半のあいだに、リーマンショックが引き金となって、本書にも描かれているドバイの急速な発展などの旬のテーマは頓挫し、状況は変化している。その意味では、リーマンショクの前後でどう変化したのかを知りたいところだが、それは本書に期待してはいけない。

 重要なことは、政治経済と社会構造の変化である。この意味では、「序章」に描かれた中東・北アフリカ地域の環境変化の章をじっくり読むことがきわめて重要だ。人口急増と若年失業の構造問題、情報通信革命と経済グローバル化の影響、石油市場の構造変化。こういったポイントを知ってから中東情勢を見るのとそうでないのとは大違いである。

 とくに、見開き2ページに掲載された「人口ピラミッド」(P.8~9)をじっくりと読み込んでおきたい。日本と中東7カ国を見比べてみると、その違いは歴然だ。著者の表現を使えば、日本の「少子高齢化」社会の対極にあるのが、「多子若齢化」の中東社会。なんと、全人口の6~7割が25歳未満である。
 世界中でもっとも若年失業者が高い中東・北アフリカ地域で、ついに「人口の時限爆弾」が爆発したのだ。2011年2月11日に実現したエジプトの「民主化革命」の最大の原因がここにあることが理解できる。ツイッターやフェイスブックなどのSNSは、あくまでもツールとして民衆デモを増幅する機能をもったにすぎない。

 最初に書いたように、ドッグイヤーとまでは言わないが、中東における変化のスピードは日本の高度成長時代を上回るものがあるようだ。本書は、中東湾岸諸国を中心に、実に細かい事実情報を書き込んでいるので、その意味ではすでに時代遅れになっている内容も多々あろう。
 しかし、構造変化を知るためには「序章」をじっくり読んだうえで、全体を流し読みするだけでも意味がある。著者による次作がでるまでのつなぎとして。


<初出情報>

■bk1書評「「中東激変」の背景にある、「多子若齢化」社会の構造変化を政治経済状況と同時に知るために」投稿掲載(2011年2月12日)
■amazon書評「「中東激変」の背景にある、「多子若齢化」社会の構造変化を政治経済状況と同時に知るために」投稿掲載(2011年2月12日)


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目 次

序章 中東と石油市場の構造変化-人口増、情報革命、マネーが常識覆す
第1章 中東政治の重心が変わる-アメリカの影響力低下の中で
第2章 新たなブームに沸く中東-ドバイが成功のモデルに
第3章 好況の裏で広がる影-インフレと格差が深刻に
第4章 インフラが足りない-水、電力、輸送・物流基盤が焦点に
第5章 広がる教育改革の波-人間開発が将来のキーポイントに
第6章 オイルマネー新潮流-アジア重視、産業政策とも結びつく
第7章 中東との関係再構築-重層的な協力・交流が課題に


著者プロフィール

脇 祐三(わき・ゆうぞう)

日本経済新聞社論説副委員長。1952年山口県生まれ。1976年一橋大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。1980~1981年カイロ・アメリカン大学(エジプト)留学。1985~1988年バーレーン駐在(湾岸アラブ諸国担当)。1990~1993年ウィーン駐在(中欧・東欧担当)。この間、1990年8月~1991年4月、湾岸危機・湾岸戦争現地取材班キャップ。1993~1995年欧州総局編集委員(ロンドン駐在、欧州・中東担当)。1995~2002年東京本社編集委員兼論説委員(国際政治経済担当)。2002年東京本社編集局アジア部長。2003年東京本社編集局国際部長(2004年より編集局次長兼務)。2006年論説副主幹兼編集委員。2007年論説副委員長に呼称変更(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)

書評 『地獄のドバイ-高級リゾート地で見た悪夢-』(峯山政宏、彩図社、2008)


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