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2012年6月7日木曜日

書評『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける

中東世界を包括的に把握して一望することによって、2011年が中東世界おける「新秩序形成のはじまり」となったことを納得させてくれる本である。

チュニジアに始まった「革命」は、大国エジプトに飛び火。さらにはイエメンとリビアも独裁者は追放され、ドミノ倒しのようにつぎからつぎへとアラブ世界の勢力地図が塗り変わっていったのを眺めていた2011年。

しかし、湾岸の小国バーレーンでは民主化運動は頓挫し、シリアでは、2012年の現時点において多大な犠牲者を出しながらも、依然として膠着状態が続いているのが現状だ。

2011年に始まった中東世界の大激変を、歴史家・山内昌之氏は、専門の歴史家がもつ歴史軸と、外務省主催の各種研究において行ってきた中東地域の水平軸をあわせもって、詳細にかつ大胆に分析を行っている。議論がディテールに及びながらも、大筋を見失うことがないのはそのためだ。

一般読者は、細かい議論のすべてをフォローする必要はない。中東地域でなにがどう変化しているのか、今後どのような方向に向かおうとしているかの鳥瞰図をもつことのほうがはるかに重要だからだ。その意味では、最初から最後まで読む価値のある本だ。

2011年にチュニジアに始まった民衆運動は、「自由・法の支配・豊かさ」への欲求という、人間に普遍的な欲求から生まれたものである。言い換えれば、脱イデオロギーの時代の中東における「革命」である。ナショナリズムによる民族革命でもイスラーム革命でもない、一般市民のまっとうな欲求が原動力になった「革命」は、これまで中東地域では存在しなかったのだ。


わたしがひじょうに興味深く読んだ分析について、いくつか触れておこう。

まずは、構造的な問題として「人口爆発」問題があることを指摘していることだ。書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)を参照していただくとわかると思うが、これ自体はあたらしい議論ではない。

山内氏が歴史家としてすぐれた嗅覚を示しているのは、ドイツの思想家ハインゾーンのいう「ユース・バルジ」(youth bulge: 戦闘能力の高い15~25歳の若者)の議論をつかっていることだ。この議論は、『自爆する若者たち』(新潮選書、2008)で読むことができる。

歴史を振り返れば、欧州諸国は「人口爆発」問題を、南北アメリカという「新大陸」への送り込みで解決したのだが、現在の中東地域の「人口爆発」問題を解決する「新大陸」はすでに存在しないという事実に、気づかせてくれる。

「ユース・バルジ」は、たんなる過剰人口問題ではない。世界的に若年層の失業比率が高い傾向のなか、中東の若年層の雇用確保がさらに困難であることは容易に想像できることだ。彼らの不満のはけ口がどこに向かうのかを考えることが、中東情勢の今後を見ていくうえで最重要事項である。

つぎに、政治形態についての固定観念を捨てるべきことを指摘している点だ。

著者は、中東地域の政治形態において、王制がけっして時代遅れで不安定な政治形態ではないことに注意喚起している。

アラブ世界を、共和制諸国と王制諸国に区分すると以下のようになる。共和制をとっているのはチュニジア、エジプト、イエメン、リビア、シリアとなり、王制をとっているのは、湾岸諸国(GCC)のサウジアラビア、オマーン、カタール、UAE、それにあらたに加盟したモロッコとヨルダンである。

バーレーンのシーア派民衆暴動と、サウジアラビアを先頭にしたGCC諸国による軍事介入の意味についての解説は、日本のマスコミでは表面的にしか取り上げられていないので、本書の記述には、大いに目を開かれる思いをした。

漸進的民主化をとって安定しているオマーンを筆頭に、王制を政治形態としてもつアラブ諸国のほうが、共和制を採用した諸国より、より対話を重視した民主化モデルを提供しているという逆説的状況。中東世界の地域統合のあらたなモデルともなる可能性を秘めている。

天皇をいただく日本人には違和感なく受け入れることのできる見解だが、おそらく山内氏の念頭には、いまだ歴史学会にはびこる左翼的風潮への対抗意識があるのかもしれない。

また、モロッコ王国とヨルダン王国を加盟させた湾岸諸国(GCC)の真意が、軍事面においてイランと対抗する兵力を維持することにあるなどの指摘も、この地域を見る視点を提供してくれている。

この背景には、影響力を拡大しているシーア派の地域大国イランの存在がある。

イラン・イスラーム共和国という、「よくわからない国名のイラン」の内部は、聖職者たちによるイスラーム神聖国家の腐敗と、これに対するアフメディネジャド大統領という構図が存在することが、本書に書かれている。

対外的発言では「イスラエル抹殺」などの過激発言の目立つアフマディネジャドであるが、熾烈なイランの内政問題が、対外姿勢におけるチキンレース的な過激発言競争に反映しているのである、と見るべきなのだ。

ほかにも興味深い指摘に充ち満ちた本書であるが、SNSなどが「革命」に与えた影響についてのの分析は、別の筆者の著書にまかせるのが、著者の世代的制約を考えれば、そのほうが正解だろう。

歴史的文脈のなかで捉えれば、いま中東では、グローバリゼーション化の時代の「脱アラブ・イデオロギー時代」において「新秩序」が再編成されつつある。まさにその渦中にある中東世界をひとかたまりととして把握するためには、いま読むべき一冊であるといってよいであろう。




目 次
  
はじめに
本書関連地図
序章 “性格の違う双子”の死と中東政治力学の変化
第1章 体制変革と体制内変革
第2章 民主化の陣痛
第3章 湾岸諸国の知恵と戦略
第4章 よみがえった帝国-イランの変貌とトルコの野心
第5章 グローバル中東の政治力学-アメリカ外交・イラン核問題・パレスチナ問題
第6章 日本・中東新時代の戦略的パートナーシップ
終章 二十一世紀中東の新しい構図-「終わりの始まり」と「新しい始まり」
年表
索引
おわりに

著者プロフィール 


山内昌之(やまうち・まさゆき)
1947年、札幌生まれ。北海道大学卒業、東京大学学術博士。カイロ大学客員助教授、トルコ歴史協会研究員、ハーバード大学客員研究員などを経て、東京大学教授(大学院総合文化研究科)、東京大学中東研究センター長、中東調査会常任理事。専門は国際関係史、イスラーム比較近現代史。2002年に司馬遼太郎賞受賞、2006年に紫綬褒章受章。著書に、『スルタンガリエフの夢』(サントリー学芸賞)、『瀕死のリヴァイアサン』(毎日出版文化賞)、『ラディカル・ヒストリー』(吉野作造賞)など多数。共編著に、『岩波イスラーム辞典』(毎日出版文化賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。2012年4月から明治大学特任教授。


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「2-11」関連-「アラブの春」

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える


アラビア語復興運動とキリスト教聖書のアラビア語訳

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・アラブ・ナショナリズムにつながるアラビア語復興運動は、聖書をアラビア語に翻訳する事業に携わったアラブ人キリスト教徒が指導的役割を果たした事実は、ルターによる聖書のドイツ語訳とのアナロジーを思わせるものがある


人口爆発という構造的問題

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く

(2014年6月17日、8月31日 情報追加)



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