「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル イスラーム の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル イスラーム の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年2月20日火曜日

書評『南方熊楠と猫とイスラーム』(嶋本隆光、京都大学学術出版会、2023)― タイトルはキャッチーな三題噺だが、内容はいたって堅実な「ロンドン時代の南方熊楠の学問方法」にかんする実証研究

 

 今年(2024年)に入ってからのことだが、リアル書店でブラブラ回遊していたとき、平台に積まれていた文字とカバーが目に飛び込んできた。 


「南方熊楠と猫」はわかる。南方熊楠がネコ好きだったことは、水木しげるの『猫楠』というマンガになっているくらいだから、わたしもよく知っている。 


 

だが、そこに「イスラーム」が入ってくると話は別だ。「猫とイスラーム」、「南方熊楠とイスラーム」が、はたしてどうつながってくるのか。

 「南方熊楠と猫とイスラーム」とは、じつにキャッチーな三題噺だな。手にとって奥付をみたら、昨年12月末にでたばかりの本だ。これは買わねばなるまいな、と。 

ここのところ南方熊楠関連本を読んでいたのは、じつは南方熊楠では最新刊のこの本を読む前に、読まずのままの積ん読本を片付けておく必要があるなと思ったからだ。 

内容は、「虚像」が肥大化している南方熊楠の「神話解体」もののひとつと考えていいだろう。 「熊楠論」ではなく「熊楠研究」である。

具体的には、1892年から1900年までの、あしかけ9年におよぶロンドン時代の南方熊楠の学問形成と、その学問方法論を英文論考と熊楠が依拠した資料に基づいて、実証的に検証したものだ。

一般書としても読めるが、基本的に学術書である。「目次」は以下のとおり。 


はじめに 本書の概要 
第1章 南方熊楠が語る自らの生涯と19世紀のイギリス 
第2章 南方熊楠と猫とイスラーム 
第3章 南方熊楠と比較宗教学 ― 在英期間初期までに読んだ文献 
第4章 ウィリアムズと『仏教講論』 ― 熊楠と仏教およびキリスト教 
第5章 熊楠と帰納法 ― ミルとベインから学んだこと、その学問の方法と「燕石考」 
第6章 熊楠の研究方法と後代の評価 
 1 評価の試み ― 鶴見和子 
 2 評価の試み ― 中沢新一 
 3 評価の試み ― 井筒俊彦 
 4 まとめ 
おわりに 
参考文献一覧/図版掲載一覧/南方熊楠関連年表 索引(人名/事項) 


なんといっても、いちばん関心があって最初に読んだのは、「第6章 熊楠の研究方法と後代の評価」である。 

わたし自身、南方熊楠に開眼したのは、1980年代前半の大学学部時代に読んだ鶴見和子の『南方熊楠ー地球志向の比較学』だが、著者もまたおなじ経験をもっているのがうれしい。

とはいえ、2020年代の時点から読み返すと、いろいろ欠点が目に付くと著者は述べている。たしかにそうだなと納得する。  

中沢新一の熊楠論である『森のバロック』にかんしては、発想は面白いが実証をまったく欠いていること、「中沢の作業はフィクションであって、学問的記述とはいい難い面がある」と結論づけている。わたしもそう思っている。中沢氏の本はみなそうだ。そういっても言い過ぎではない。 

このように、著者の態度はあくまでも学問研究の対象として南方熊楠を考えるというものだ。「熊楠論」ではなく「熊楠研究」だというのは、そういうことだ。 



■南方熊楠の学問の方法論とその限界が明らかになる

大英帝国の全盛期のロンドンには、地球規模に展開されていた植民地からもたらされた知識や情報が集積していた。

そんなロンドンの「大英博物館」(British Museum)で南方熊楠が読破したイスラーム世界関連の資料の性格と、その限界が著者によって明らかになる。 

本書のタイトルにもなっている「第2章 南方熊楠と猫とイスラーム」において、熊楠が執筆した論文「猫一疋の力に憑つて大富となりし人の話」(1911年)について、以下のことが指摘されている。

南方熊楠が直接参照しているのが、イスラーム地域を旅した西欧人の旅行記でしかもその大半が英語によるものであること。本人が直接イスラーム地域をフィールドしていないので、あくまでも二次情報に過ぎない。このため、バイアスがあることが指摘されている。

イスラーム世界ではイヌは嫌われているが、ネコが好かれているのはあくまでもイヌとの比較論でのことであること。とくべつネコが好かれているというわけではないのだというのが、著者が独自に調べた結論だ。なるほど。 

「第3章 南方熊楠と比較宗教学 ― 在英期間初期までに読んだ文献」、「第4章 ウィリアムズと『仏教講論』 ― 熊楠と仏教およびキリスト教」では、少なくともロンドン滞在中までの熊楠は仏教についてはそれほど熟知しておらず、本格的に仏書に取り組んだのは帰国後のことであることが示されている。

ただし、当時主流であったハーバート・スペンサーなどの思想家たちや、西洋の M.M. ウィリアムズやマックス・ミュラーなどの仏教学者や比較宗教学者たちの言説を踏まえて見えてくるものが興味深い。

また、「第5章 熊楠と帰納法 ― ミルとベインから学んだこと、その学問の方法と「燕石考」においては、熊楠が「イギリス経験主義」の産物である「帰納法」を十分に理解して使いこなしていたことがわかる。基本的に生物学者であり、自然科学の態度で研究を行っていた熊楠である以上、当然といえば当然であろう。

とはいえ、本書で取り上げられたのは、あくまでも「民俗学」にかんするものであって、森羅万象に関心を抱いていた南方熊楠の学問のほんの一部である。その意味では、きわめて禁欲的だといっていい。学問研究である以上、当然といえば当然だが。 

著者が南方熊楠に取り組むことにしたのは、和歌山に移住して30年ということもあるという。本書は、その南方熊楠を、著者本来の研究テーマである「イスラーム」との接点から検証する作業であった。 

イスラーム世界、とくにイランのシーア派とイスラーム神秘主義研究をテーマとしてきた1953年生まれの研究者による、「一学究の徒としての自身の人生を反省する最後の意義ある作文」(おわりに)である。といものの、機会があれば、ぜひ熊楠関連で続編をお願いしたい。 

著者本来の専門である、『シーア派イスラーム ー 神話と歴史』や『イラン革命の精神』などイラン関係の本は積ん読状態なので、いずれ機会をみつけて読まなくてはと思っているのだが・・・ 
 

(画像をクリック!)


著者プロフィール
嶋本隆光(しまもと・たかみつ) 
1951年生まれ。大阪外国語大学ペルシア語学科卒業。UCLA 歴史学科大学院修了。元大阪大学教授。現在,大阪女学院大学非常勤講師。専門はイスラーム現代思想で,イスラームのシーア派に関する日本でも有数の研究者である。主な著訳書に、『シーア派イスラーム 神話と歴史』(京都大学学術出版会)、 『イスラーム革命の精神』(同左) 、『イスラームの神秘主義 ― ハーフェズの智慧』(同左) 、『人々のイスラーム―その学際的研究』(共著,日本放送出版協会) 、『岩波講座 世界歴史21 イスラーム世界とアフリカ』(共著,岩波書店)、 『イスラームを学ぶ人のために』(共著,世界思想社) 『イスラームの商法と婚姻法』(翻訳、大阪外国語大学学術研究叢書) 、『イスラームの祭り』(監訳、法政大学出版局) 。その他、イランのイスラームに関する論文多数。(出版元の書籍サイトから)



<ブログ内関連記事>






(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2023年11月16日木曜日

書評『ユダヤ人の起源』(シュロモー・サンド、高橋武智監訳、佐々木之/木村高子訳、ちくま学芸文庫、2017)― 「ユダヤ人という発明」がいかに行われてきたか、批判を恐れぬユダヤ系イスラエル人の歴史家が挑んだ「イスラエル神話解体全書」

 

2023年10月7日の 「10・7」が起きなかったら、おそらく『ユダヤ人の起源』(シュロモー・サンド、高橋武智監訳、佐々木之/木村高子訳、ちくま学芸文庫、2017)は積ん読のまま、さらに何年も過ぎ去ることになっていただろう。

ガザのパレスチナ自治区から越境し、イスラエルに仕掛けてきた武装組織ハマスの凄惨なテロ事件。このテロ攻撃でイスラエル側には1,400人の死者、そして詳細はあからないが多数の負傷者が発生しただけでなく、拉致されていまだに人質になっている240名がいる。そのなかには外国人も含まれる。

最初は、無条件でイスラエルを支持する声が世界中で上がっていた。このテロ攻撃の衝撃の大きさを考えれば当然だろう。

だが、「ハマスを殲滅する」という声高な叫びのもと、ガザ側の巻き添え被害の民間人の死者はすでに1万人を超え、地上作戦も開始され、ハマスの地下トンネルに対する攻撃も行われている。

ガザ側の死者が増大し1万人を超え、イスラエル側の死者をはるかに超えただけでなく、戦争がさらにエスカレートするにつれ、パレスチナ支持のデモが世界各地で拡大している。当然といえば当然だろう。

米国ではユダヤ系の若者でさえ、イスラエル批判のデモを行っている人たちもいる。"Not in Our Name": 400 Arrested at Jewish-Led Sit-in at NYC's Grand Central Demanding Gaza Ceasefire(YouTube 2023年10月31日)などの動画を見るとよい。その事実を知ったとき、わたしのなかでもなにかが変わり始めた。

現在のイスラエルのやっていることはおかしいのではないか、イスラエルとユダヤ人は不可分の存在ではなくなっている、いやそもそもユダヤ人が無条件でイスラエルを支持しているわけではないのではないか、と。そんな疑問がわいてきたのだ。

時代は変化しているのである。人びとの考えに変化がでてきても当然ではないか、と。

となると、イスラエルという「国家の起源」について考えなくてはならなくなる。「民族国家」(ネーション・ステート)であるイスラエルが規定しているユダヤ人とはそもそもいかなる存在かについて考えなくてはならなくなる。

さまざまな疑問があらためて湧き出てくるのを感じてきたのである。


■「ユダヤ人」は「発明」された概念である

ユダヤ人の起源が、パレスチナの地だけではないことは、すでに「常識」だといっていいだろう。

なぜなら、ユダヤ人として十把一絡げにくくることが不可能なほど、出身地の地域性を反映して大きく異なっている人たちの集団であることは自明だからだ。テュルク系の「ハザール王国」の話など、聞いたことのある人も少なくないはずだ。ユダヤ人は人種概念ではない。

というわけで、この機会を利用して、積ん読になって5年以上もたっていた『ユダヤ人の起源』(シュロモー・サンド、高橋武智監訳、佐々木之/木村高子訳、ちくま学芸文庫、2017)を読むことにした。なにごともタイミングというものが重要だ。どの本には、読むのに適した時期というものがある。

批判を恐れぬユダヤ系イスラエル人で、テルアビブ大学の歴史学の教授が挑んだ力作である。日本語版は文庫版で600ページを超える大冊なので、さすがに一気読みというわけにはいかない。

日本語版は「ユダヤ人の起源」となっているが、英語版のタイトル The Invention of the Jewish People にしたがえば、「ユダヤ人という発明」とするべきだろう。それは過去のある時点から始まった「発明」であるからだ。

この本はわたしなりに言い換えれば、「イスラエル神話解体全書」とでもいうべき内容の本である。もともとヘブライ語で書かれ、2008年にイスラエルで出版されたのだという。


(イスラエルで出版されたヘブライ語版 Wikipediaより)


著者自身が2010年の単行本出版時に寄せた「日本語版への序文」によれば、イスラエルで出版された当時、電波メディアでも活字メディアでも積極的に取り上げられ、一般読者層からは強い関心をもって受け止められたという。

この事実から、ほかならぬユダヤ系イスラエル人自身が強い関心をもっているテーマだということがわかる。

ところが、専門家である歴史家たちからは、過剰なまでにネガティブな反応や著者に対する攻撃を引き起こしたのだという。「建国神話」という神聖なるタブー領域を侵犯しているからだ。

「ユダヤ人の起源は聖書の地」であるという前提が崩れると、民族離散(ディアスポラ)から2000年後に「父祖の地」に「帰還」したという「神話」が崩壊してしまう。「ユダヤ人国家」であるイスラエルの存立基盤が崩壊しかねないのだ。

リアクションの大きさから、この「歴史家」の立ち位置がわかる。あえて分類すれば「左派」というこのになるのだろう。神話を歴史とみなす「右派」と比較すれば、立ち位置はおのずから明らかである。

わたし自身は左派ではなく、政治的なリベラル派ではないが、著者のような歴史家こそ、本来の意味の歴史家だと思うのである。とはいえ、イスラエルもまた「御用学者」が幅をきかせているのだろう。過去を異なる視点で読み変えることこそ、歴史学の本来のミッションであるはずなのだが・・。

日本語版はフランス語版からの翻訳だが、著者自身フランスで学んだ歴史学者でフランス語にも堪能なことからフランス語版も監修しているはうだ。英語版よりフランス語版のほうが、論理展開が緻密だと監訳者が書いている。


(フランス語版 Comment le peuple juif fut invente)


■ロシアで生まれた「シオニズム」というイデオロギー

そもそもユダヤ人は歴史的思考が希薄であった。この点はインド人とおなじである。旧約聖書のヘブルびとは古代文明の担い手であったが、ヘロトドスを生み出した古代ギリシア人や司馬遷を生み出した古代中国人とは違う。

そんなユダヤ人だが、知識階層が「ユダヤ人の歴史」に取り組みはじめたのは「近代」になってからのことだ。その動きは、まずドイツから始まり、その流れはロシアに拡がっていった。ここ2世紀の話に過ぎない。

中東欧からロシアにかけて居住していた、いわゆるアシュケナージ系のユダヤ人のなかから生まれてきたのが「シオニズム」という思想である。

ロシア帝国はユダヤ人に居住地域を定め、移動に制限をかけていた。英語では "Pale" という。アシュケナージ系ユダヤ人は限定された領域で人口爆発状態となっており、反ユダヤ主義が「ポグロム」という暴力的な形で激化したのがこの地域のことであった。現在のロシアやウクライナである。

中欧のハプスブルク帝国、すなわちオーストリア・ハンガリー帝国のブダペストで生まれたユダヤ系のジャーナリストのテオドール・ヘルツルが提唱したのが「シオニズム」の始まりだ。ヘルツルの夢は、「ユダヤ人国家」の樹立であった。

「シオニズム」は、「ユダヤ人国家」(Jewish state)という「ユートピア」を実現するために生み出されたイデオロギーである。

父祖の地である「シオン」(Zion)への帰還がその主張の根本にあるので、最終的に「シオニズム」と命名されたわけだ。そんなシオニストの夢が実現したのがイスラエルである。イスラエルが「イデオロギー国家」であるとは、そういうことだ。

ところが、その「シオニズム」は、「キャピタリズム」(=資本主義)や「コミュニズム」(=共産主義)と同様に、あくまでも「イズム」としての「主義」であり「イデオロギー」であって、ユダヤ人なら自動的に支持するイデオロギーではない。

よくよく考えてみれば、これは当然の話である。おそらく、現在イスラエルに居住する一般のユダヤ系イスラエル人であっても状況はおなじだろう。「イズム」というものは、意識的に選択するものであって、生まれながらに身につけているものではない。教育を受けても主義者になるとは限らない。

現在の日本に住む「日系日本人」の多くが、神社では柏手を打ち、皇室はリスペクトしながらも「天皇主義者」ではないのとおなじことだ。ビジネスパーソンだからといって「キャピタリスト」というわけではない。

つまり、日常生活に忙しい世俗的な一般人にとっては、「イズム」や「イデオロギー」にこだわる理由などまったくない。なんらかのイデオロギーを主張する右派も左派も、日本人のマジョリティではない。

ただし、シオニズムの担い手は、建国後から「労働シオニスト」とよばれた社会主義の左派であったが、オスロ合意に反発する右派によってラビン首相が暗殺された1995年以降は、「宗教シオニスト」とよばれる右派に移行している。

現在のネタニヤフ首相の祖父は、当時はロシア帝国に属していたリトアニア生まれで、1920年代にパレスチナに移民してきた人である。ヘルツルの思想に共鳴した筋金入りのシオニストであった。


■「神話」を歴史とみなすことの問題性

日本で出版されている「ユダヤ史」にかんする本は、そのほぼすべてが絵に描いたようなナラティブで構成されている。

「旧約聖書」の時代から始まって、「ディアスポラ」という「民族離散」後の2000年を経て、イスラエル建国によって父祖の地に戻ったというストーリーが骨格になっている。

極端な場合は、ディアスポラ以降の歴史がまったく言及されないまま、旧約聖書時代からいきなり20世紀のナチスドイツによる絶滅収容所の話が登場し、ホロコーストから生き延びたユダヤ人たちは「民族として生き残るためには自分たちの国を持たねばならない」として、イスラエル建国に至ったというストーリー展開となる。

もちろん、これはあまりにも単純化されたナラティブであり、しかも正確さを欠いている。間違いも含んでいる。

もしかすると、旧約聖書とイスラエルがダイレクトに結びつけるのは、なにか意図的な仕掛けがあるのではないか? そういう疑問をもつことは重要だ。

だからこそ、「イスラエル建国」の「前史」を知らなくてはならないのだ。

「シオニズム」というイデオロギーが生まれてきた背景と、「民族」(=ネーション)としての「ユダヤ民族」という概念と「ユダヤ史」が生まれてきた経緯、そして「聖書の地」以外で生きてきたユダヤ人の実態とその歴史を知らなくてはいけないのである。


(英語版)


本書は、まず「はじめに」で、著者自身とその親族、関係者の多様で複雑なアイデンティティが事例として紹介される。一口に「ユダヤ人」といっても、いかに多様なバックグランドをもった人たちあるか、具体的に理解されることになる。

本書で精緻に検証される前提して、「第1章 ネイションをつくりあげる ー 主権と平等」では、「ネーション」と「ナショナリズム」についての理論的考察が行われる。これについては後述の「補論」を参考にされたい。

「第2章 「神話=史」ー はじめに、神がその民を創った」では、旧約聖書の「神話」が歴史とされてきた背景について、「第3章 追放の発明 ー 熱心な布教と改宗」と「第4章 沈黙の地 ー 失われた(ユダヤの)時を求めて」では、知られざるユダヤ史の実相についての解明が行われる。

最終章の「第5章 区別 ー イスラエルにおけるアイデンティティ政策」では、「ユダヤ人国家」としての「イスラエル建国」に先立って行われた、「ユダヤ人」の定義をめぐって行われた、ナチスドイツの人種理論を想起させるような「生物学的」、つまり「遺伝学的」な論争について検証が行われる。

この精緻な検証作業によって明らかにされたのが、ユダヤ民族の神話と起源は「近代」の創作物であるということだ。「ユダヤ人」という概念は、ここ2世紀の産物に過ぎないのである。「神話」といっても差し支えないだろう。

「第2章 「神話=史」ー はじめに、神がその民を創った」で重要なのは、「第3次中東戦争」(1967年)の結果、東エルサレムを領有するに至ったイスラエルだが、その後行われた考古学の調査によって「意図せざる結果」が生み出されてしまったことだ。

つまり、エルサレム周辺には、ユダヤ人が集住していたような痕跡、物的証拠は発見されなかったのである。「神話」は考古学によって否定されたのである。旧約聖書の神話を根拠としていたイスラエルの根拠が崩れ去ったのである。

「聖地」はあくまでも「聖地」であって、信者が尊崇する地であり巡礼の目的地ではあっても、集住する地域ではないのである。

これは考えてみれば当然のことだろう。キリスト教徒にとっても、イスラーム信者にとっても、聖地としてのエルサレムは、あくまでも巡礼地である。

このように考えていくと、「ガザに原爆を投下せよ」などという勇ましく響くが、非現実的で言語道断な放言をする国会議員の存在に端的に現れているように、「極右派」が必要以上に過激な主張をする理由もわかってくる。

「聖地」にユダヤ人が集住していたという「神話」が、考古学を初めとする学術研究によって史実ではないと否定されているからこそ、その主張にはムリがあるとうすうすと感じながらも「イデオロギー」にしがみつかざるを得ないのだ。「極右派」は、心理的に追い詰められているのである。

どうしても「アパルトヘイト」にしがみついていた、南アフリカの「白人至上主義」のことを想起してしまう。


■ユダヤ教はかつて熱心な「布教活動」を行っていた!

おそらく「ユダヤ人の起源」というテーマで関心が集中するのは、「第3章 追放の発明 ー 熱心な布教と改宗」と「第4章 沈黙の地 ー 失われた(ユダヤの)時を求めて」で詳細に検証されている事実についてであろう。

現在は「民族宗教」として積極的な布教活動など行わないユダヤ教だが、かつては熱心な「布教活動」が行われていたのだ。ユダヤ教から分離し、それを否定することで誕生したキリスト教に対抗して布教活動が行われたのである。

驚きの事実である。布教活動によって改宗した人たちの子孫が現在のユダヤ人の大半を占めているのであって、ディアスポラによって離散した人たちの子孫ではないのだ。これもまた「ユダヤ民族神話」の破壊以外のなにものでもない。

アーサ-・ケストラーの著作で有名になった「ハザール王国」だけではないのだ。アラビア半島南端のイエメンでも、紅海を挟んで対岸にあるエチオピアでも、アフリカ北部マグリブのベルベル人もみな、布教活動によって改宗してユダヤ教徒になったのである。

パレスチナの地を含むレバント(=東地中海)の周辺についても、移住者だけでなく改宗者も少なくないと考えるべきであろう。

7世紀のイスラームの誕生後には、中東を発信源にアフリカ北部、さらにはイベリア半島までイスラーム化されていったが、その地域にはユダヤ教の信仰を守り続けた人たちもいたわけだ。

それが「セファルディム」とは異なる、「ミズラヒ」とよばれるユダヤ教徒である。

1492年のイベリア半島から追放され、アフリカ北部やオスマン帝国に難民として移住したユダヤ人教徒がセファルディムとされるが、かれらと関係なく、そのはるか以前から中東からアフリカ北部に居住していたユダヤ教徒もいたのである。

セファルディムはラディーノとよばれるスペイン語系のことばを母語とししゃべり、ミズラヒは出身地の言語であるアラビア語やペルシア語を母語としてきた人たちだ。ア

ラビア語をつかって生きてきたミズラヒは、むしろアラブ系ユダヤ人、あるいはユダヤ系アラブ人というべきなのかもしれない。


■パレスチナ人も聖書時代のユダヤ人の末裔?

つまるところ、おなじユダヤ系イスラエル人といっても、肌の色も容貌も大きく異なるだけでなく、ユダヤ教を信仰してきたという1点を除けば、生活習慣もまったく異なる存在なのである。

もちろん、信仰の濃淡にも違いがあるだけでなく、信仰は形だけでまったく世俗的な生き方をしている人も多い。

さらにいえば、父祖の地とされる「シオン」は、ユダヤ教徒の専有物ではない。

パレスチナの地が7世紀以降にイスラーム化され、ユダヤ教からイスラームに改宗したのが現在のパレスチナ人である。その考え方にたつと、ユダヤ人とパレスチナ人は、宗教が異なるだけで祖先が共通ということになる。

イスラエル建国の父であるベン・グリオンなども、最初はそう考えていたようだ。だが、パレスチナの入植地で勃発した「アラブ人蜂起」(1929年)を機にその考えは放棄したらしい。ユダヤ人とパレスチナ人が共存する国家像は、イスラエル建国前に消滅してしまったのである。


■日本の先例を踏まえれば「神話」解体後の国家像再建は可能だ

本書は600ページを超える大冊であり、取り上げられた事項と文献はきわめて多岐にわたっている。

ある程度までユダヤ史につうじている人なら目にしたことも、耳にしたこともある固有名詞であっても、ユダヤ史の知識を欠いている大半の読者にとっては、読んでもまったく頭に残らないかもしれない。

この本に書いてあることがすべてただしいかどうかについては、部分的に揚げ足をとったり、否定することはそれほどむずかしいことではないだろう。だが、全編について再検証する作業は、けっして容易なことではない。

とはいえ、全体としてみれば、大筋ではそのとおりだろうと納得するものがある。「ユダヤ民族」という概念は、近代に生み出されたものであり、旧約聖書の時代からつづいているものではないということだ。

日本だってその事情はおなじである。日本人という概念は、江戸時代中期以降の記紀神話の解読作業をつうじて国学を中心に形成されてきたものだ。

「平田国学」がその一端となって、天皇を統合のシンボルとした万世一系の天皇という「統合のシンボル」をもつ「建国神話」が作り上げられたわけだが、日本人が「ネーション」として確立されたのは、あくまでも日清戦争と日露戦争をつうじてのことであった。「外敵」の存在が「求心力」を生み出したわけである。

島国とはいえ、きわめて多様な自然環境によって育まれた、大いに異なる地域特性をもつ人びとが、共通語としての近代日本語、義務教育と徴兵制を体験することで、はじめてネーションとしての日本国民(あるいは日本民族)がつくりだされたのである。

「建国神話」もさることながら、具体的な制度と仕組みがそれを可能としたのである。

イスラエルにおいても、旧約聖書にもとづく「建国神話」がもちだされたが、中東欧をはじめ世界各地から集まってきた雑多なバックグランドをもつ人びとをまとめるための「統合のシンボル」が必要だったことは、明治維新時点の日本とおなじであった。

「外敵」の存在がイスラエルにおいて求心力を生み出したことは言うまでもない。4次にわたる中東戦争である。

共通語としての近代ヘブライ語と義務教育、徴兵制といった具体的な制度と仕組みをつうじて「イスラエル人としてのアイデンティティ」が形成されてきた。「建国神話」じたい色あせてきた現在でも、イスラエル国民はすでに確立したものとなっている。

******

問題は、「ユダヤ人国家」という理念が強調されて、少数派のパレスチナ人の存在が二等市民扱いとなっていることである。

『イスラエル神話解体全書』ともいうべき本書だが、2008年の出版から15年たって現在にいたるまで、イスラエルの国家像を見直す機運にまでは至っていないようだ。

状況としてはむしろユダヤ系の右傾化が進行している状況だが、「神話解体後」もイスラエルが国家として存続しつづけるためには、「神話抜きの国家像」を模索すべきであろう。今回の「2023年イスラエル・ハマス戦争」がそのきっかけとなることを願う。

日本人もまた、大東亜戦争の敗戦後に歴史から「神話」を追放することによって再生したのである。きわめて大きな代償を払うことになったが、明治維新から70年後のことであった。


『ユダヤ人の起源』のような本が発禁とならないだけ、イスラエル社会にはまだ自由が存在する余地があると言っていいのかもしれない。少なくとも占領地、すなわち植民地を除いた地域では。


 (画像をクリック!)



目 次 
日本語版への序文
監訳者まえがき
文庫版への訳者まえがき
はじめに ー 記憶の堆積と向かい合って
 変動さなかのアイデンティティと約束の地
 受け継がれてきた記憶と「対抗歴史」 
第1章 ネイションをつくりあげる ー 主権と平等
 「用語の検討」ー プープル(民族)とエトニー(種族) 
 ネイション ー 閉じ込め、境界を定める
 イデオロギーからアイデンティティへ
 種族的な神話から市民的な想像域(イマジネール)へ
 ネイションの「君主」としての知識人 
第2章 「神話=史」ー はじめに、神がその民を創った
 ユダヤ人の時間の素描
 「神話=史」としての旧約聖書
 人種とネイション
 歴史学者間の論争
 原ネイション的な視線 ー「東洋」の見方
 種族主義的な段階 ー「西洋」の見方
 『シオン』誌における歴史記述のはじまり
 政治と考古学
 大地は反逆する
 隠喩としての聖書 
第3章 追放の発明 ー 熱心な布教と改宗
 紀元七〇年
 追放なき離郷 ー 不分明な地域における歴史
 わが意に反して移住した「ユダの民」
 「国の民のうち多くの人がユダヤ人になった」
 ハスモン朝は隣人たちにユダヤ教を押しつけた
 ヘレニズム世界からメソポタミアへ
 ローマ帝国におけるユダヤ教の布教活動
 "ラビのユダヤ教" の世界における改宗
 ユダの住民の「悲しき」運命について
 「その国の民」の記憶と忘却 
第4章 沈黙の地 ー 失われた(ユダヤの)時を求めて
 「幸福のアラビア」ー ヒムヤル王国のユダヤ教への改宗
 フェニキア人とベルベル人 ー 謎の女王カーヒナ
 ユダヤ教のカガンか? 奇妙な帝国が東方に興った
 ハザール人とユダヤ教 ー 一つの愛の物語 
 ハザール人の過去をめぐる近代の研究
 謎 ー 東欧のユダヤ人の起源
第5章 区別 ー イスラエルにおけるアイデンティティ政策
 シオニズムと遺伝
 「科学的な」あやつり人形と人種差別的な人形つかい
 「種族」国家の建設
 「ユダヤ人の民主主義国家」ー 撞着誤報か?
  グローバル化時代の種族主義
謝辞
原著注

著者プロフィール
シュロモー・サンド(Shlomo Sand)
1946年にオーストリアのリンツで生まれる。その後、両親とともにイスラエルに移住。テルアビブ大学とパリの社会科学高等研究院で歴史を学ぶ。1984年よりテルアビブ大学にて現代ヨーロッパ史を教える。現在、テルアビブ大学名誉教授。専門領域は、フランスのインテレクチュアル・ヒストリー、20世紀の政治史、映画と歴史、ネイションとナショナリズムなど。フランス語・英語・ヘブライ語で多数の著書と論文を発表している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

監訳者プロフィール
高橋武智(たかはし・たけとも)
1957年東京大学文学部仏文科卒。同大学院で18世紀フランスの啓蒙文学・思想を専攻。1965~67年、フランス政府給費留学生として、パリ大学(ソルボンヌ)に留学。大学闘争さなかの1970年に、立教大学助教授を依願退職。(本データはこの書籍の単行本が刊行された当時に掲載されていたもの)

訳者プロフィール
佐々木康之(ささき・やすゆき)
1935年生まれ。元立命館大学文学部教授、フランス語担当
(本データはこの書籍の単行本が刊行された当時に掲載されていたもの)

木村高子(きむら・たかこ)
仏語・英語翻訳家。フランス国ストラスブール大学歴史学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科考古学専攻修士課程修了。(本データはこの書籍の単行本が刊行された当時に掲載されていたもの)



■補論 「ユダヤ民族」(ネーション)という「発明」

「ネーション・ステート」(nation state)という概念がある。英国やフランスを筆頭に、その後に誕生したドイツやイタリア、そして米国や日本もみな「ネーション・ステート」であるとされている。

このあとにつづいて生まれてきた韓国やベトナムも「ネーション・ステート」であるといっていいだろう。

「ネーション・ステート」は、一般的に「国民国家」と日本語訳されている。日本語では「国民」と「民族」は別のことばで表現された異なる概念だと理解されているが、英語でもフランス語でも nation は、国民と民族の両方の意味をもっており、ことさら区別されることはない。

イスラエルもまた「ネーション・ステート」として建国された国だ。実際は、イスラエルに国民はユダヤ系だけの国でないが、理念としては「ユダヤ人国家」なのである。その点は先住民や帰化した人たちを抱えている日本も、程度の違いはあってもおなじである。

イスラエルに即して考えてみると、「ネーション・ステート」を「国民国家」と訳すことに疑問がわいてくる。なぜななら、イスラエルはシオニズムというイデオロギーにもとづいて、「ユダヤ民族」の国家として建国されたからだ。つまり、国家が成立してはじめて「国民」が誕生するわけだが、イスラエルの場合は国民が成立する前に「民族」が前提とされていたのである。

したがって、「ネーション・ステート」は「民族国家」と訳したほうが適切ではないだろうか。「ネーション」(nation)の派生形が「ナショナリズム」(nationalism)である。ナショナリズムもまたイデオロギーである。

日本語版でも、この「ネーション」の取り扱いには苦慮したようで、「国民」とも「民族」ともせず、「ネーション」のまま通すことにしたとしている。本書を読んでいて違和感を感じるかもしれないが、その理由をしっておくべきだろう。

この「ネーション」と「ナショナリズム」についての理論的な考察が「第1章 ネイションをつくりあげる ー 主権と平等」で詳細に行われている。

「ネーションとナショナリズム」(Nations and Nationalism)というタイトルが代表作の文化人類学者アーネスト・ゲルナー(・・日本語訳のタイトルは『民族とナショナリズム』)や、「ネーション」とは「想像の共同体」(Imagined Community)であると喝破した政治学者のベネディクト・アンダーソンや、日本ではあまり知られていないが重要なリア・グリーンフェルトなどの議論を踏まえたものだ。

「ユダヤ人の起源」を早く知りたいと焦っている人は読まなくても問題はないが、読めば得るものは多いだろう。取り上げられている著者は、いずれもナショナリズムを論じるに当たっての「常識」とされているものである。 


<関連サイト>

・・Arab Jews (Arabic: اليهود العرب al-Yahūd al-ʿArab; Hebrew: יהודים ערבים Yehudim `Aravim) is a term for Jews living in or originating from the Arab world. The term is politically contested, often by Zionists or by Jews with roots in the Arab world who prefer to be identified as Mizrahi Jews. Many left or were expelled from Arab countries in the decades following the founding of Israel in 1948, and took up residence in Israel, Western Europe, the United States and Latin America.

・・Mizrahi Jews (Hebrew: יהודי המִזְרָח), also known as Mizrahim (מִזְרָחִים) or Mizrachi (מִזְרָחִי) and alternatively referred to as Oriental Jews or Edot HaMizrach (עֲדוֹת-הַמִּזְרָח, lit. 'Communities of the East'), are a grouping of Jewish communities comprising those who remained in the Land of Israel and those who existed in diaspora throughout and around the Middle East and North Africa (MENA) from biblical times into the modern era.



・・「私は歴史学者なので知っているが、困ったことに歴史は過去を変えたいという思いを掻き立てる。だが、それはしょせんかなわぬ夢だ。過去は救いようがない。未来に焦点を合わせよう。古傷は癒やし、新たな傷害の原因にさせてはならない」(ユヴァル・ノア・ハラリ)

ヨーロッパのユダヤ人は古代イスラエル人の子孫ではなく、トルコ系ハザール人?「ハザール人」とはいったい何者なのか?(橘玲、ダイヤモンド・オンライン、2023年12月14日)

(2023年11月21日、12月14日 情報追加)


<ブログ内関連記事>



・・未来社会にかんする想像力を鍛えるためにSFを読む必要がある


■ロシア帝国とアシュケナージ系ユダヤ人



・・帝政ロシア時代の末期の革命運動には、サヴィンコフの同志として多数のユダヤ人が男女を問わず積極的に参加していた。


■「ネーション」と「ナショナリズム」

・・ナショナリズムの起源について


・・●戦前・戦中:「神の国」そして「聖戦」、●戦後:(「戦前・戦中」を密教化した)「密教体制」としてとらえる歴史観。とはいえ、対外的な拡張主義を放棄した「戦後」は、「戦前・戦中」と異なるのもまた事実。歴史を連続と捉えるか、断絶と捉えるか議論がわかれるところ



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2023年9月17日日曜日

書評『インド仏教はなぜ滅んだのか ― イスラム史料からの考察(改訂版)』(保坂修司、北樹出版、2004)― ヒンドゥー教のカースト制を否定するマイノリティの仏教徒は、神の下での平等を説くイスラームに改宗した



「なぜ本家本元のインドで仏教が滅んだのか?」。この疑問を抱く人は少なくないはずだ。

ヒンドゥー教の影響を受け、密教まで発展した大乗仏教。だが、インドが征服王朝であるイスラーム王朝の統治下で「イスラーム化」が進行するなか、非暴力で寛容の精神を説くがゆえに、暴力を前にしたときに、残念ながらなすすべがない仏教は生き延びることができなかった。

そんな簡単な説明で片付けられることが多い。わかったようで、わからない説明だ。

なぜなら、なぜインド全体がイスラーム化されなかったのか、イスラーム王朝のもとにおいても、インド人のマジョリティはヒンドゥー教でありつづけたではないか。現在にいたるまで多種多様な宗教が混在するインドで、なぜ仏教だけが衰退したのか?

そんな反論がすぐにでてくるだろう。

『インド仏教はなぜ滅んだのか-イスラム史料からの考察-(改訂版)』(保坂修司、北樹出版、2004)という本がある。

一般人が疑問に思いながらも、学者が本腰を入れて研究することのなかった「仏教衰退」を、宗教が社会生活そのものであるインドの文脈において、しかもイスラーム史料から解明しよう治した大胆で魅力的な「仮説」が展開されている。

著者十数年間の苦闘の成果というだけでなく、大いに説得力のあるものだと思った。

数年前に読んだ本だが、ブログにアップ機会を失していた。いまあらためて書き直し、アップすることにしたい。


■「ヒンドゥー教地域」ではなく「仏教地域」がイスラーム化した

本書において提示される事実が、じつに興味深い。それは、「ヒンドゥー教地域」ではなく「仏教地域」がイスラーム化したという事実だ。

仏像がはじめて製作されたのは、アレクサンドロス大王の東征によってギリシア文明がおよんだガンダーラ地方であるというのは、よく知られていることだ。

この地域はいずれもイスラーム化されている。中央アジア(=アフガニスタン)とインド西部(=現在のパキスタン)である。21世紀初頭にイスラーム原理主義のタリバーンによって破壊されたバーミヤン大仏はアフガニスタンにあった。

そして、インド東部(=現在のバングラデシュ)もまたイスラーム化された地域である。インドが英国の植民地支配から独立した際、西部と東部のイスラーム地域がパキスタンとして分離独立した。バングラデシュが1971年に独立するまで「東パキスタン」であった。

つまり、イスラーム化されたのは、インドの西と東の辺境地帯なのである。もちろんその他の地域にもムスリムは居住しているが、集団として居住していたのはこれらの地域である。

よく知られているように、仏教はバラモン教が前提とする差別構造を否定した教えである。そして、一神教のイスラームもまた「神の下の平等」を説く教えである。ヒンドゥー世界の差別構造を否定した宗教という点において、仏教とイスラームには共通性がある。

バラモン教の末裔であるヒンドゥー教は、多神教というだけでなく、カースト制という差別構造を温存してきた。

この事実から引き出されるのが、著者による「仮説」である。

インドのイスラーム化が進行するなか、13世紀には大乗仏教信者は消極的にイスラームを受容し、その結果、仏教はインドで消滅したというものだ。

イスラム統治下で生き延びるために必要だったのである。スーフィーたちの布教活動によって集団改宗したのであろう、と。おそらく、二世代目以降はイスラームへの「同化」が進行していったのであろう。

説得力のある「仮説」である。ただし、イスラーム王朝であったムガル帝国において、アクバル帝は「宗教寛容政策」を実行したではないかという反論もありうるだろう。

イスラームが国教化されたバングラデシュには、全人口の1%弱ときわめて少数だが、いまなお初期仏教を伝承する仏教徒がいるではないか、仏教の姉妹宗教といわれることもあるジャイナ教は現在までインドで生き残っているではないか。そんな批判もあるだろう。だから、あくまでも「仮説」として受け取るしかない。

いずれにせよ、インドではイスラームが大乗仏教にとって変わり、大乗仏教はインドではほぼ滅亡した。大乗仏教の最終形態である密教は、インドからヒマラヤ山脈を超えたチベットで栄えることになる。中国経由で空海が持ち帰った日本でも栄えることになった。

西からやってきたインド亜大陸まで進出したイスラームは、その後は陸路ではなく、イスラーム化したインド商人たちによって、海路で現在のマレー半島やインドネシア、フィリピン南部まで普及していくことになった。

また、イスラームとヒンドゥー教の融合によって、平等を説いたシク教を生み出したことにも触れておく必要があるだろう。日常的にターバンを巻いている人たちである。


■宗教がいまでもに熱い「中洋」という地域

注意しておかなくてはならないのは、「宗教」という日本語では、捉えきれないものが「宗教」にはあるということだ。

これは、大宗教発生のゆりかごともいうべき「中東インド世界」について考える際に重要となってくることだ。

この地域は、梅棹忠夫の『生態史観』にならって、インド亜大陸を中心にした「中洋」とよぶべきだろう。インドには西からイスラームが押し寄せてきたのである。

イスラームは、生活全体を律するきつい法体系であり倫理体系である。イスラーム化された地域では、完全にイスラームの生活体系に服すことが求められるのであって、例外はない。その点が、土着の信仰と習合しやすい、ゆるい仏教世界とは違う。

イスラームがマジョリティとなった地域では、イスラーム以外の宗教は存在は認められても劣位に置かれた。原則として認められるのはズィンミー、すなわち「啓典の民」とされるユダヤ教徒キリスト教だけである。現在では、イスラーム主義者の台頭により、イスラーム以外の宗教への攻撃は高まりつつある。


■現在なおインドは一神教と多神教が直接対峙する「最前線」

現在のインドは、ヒンドゥー教徒がマジョリティを占める社会である。分離独立に際してムスリムがマジョリティーを占める西部と東部と分離された結果である。

とはいえ、14億人の人口をもつインドだが、現在なお1億人以上のムスリム人口を抱え、ヒンドゥー教徒との「宗教暴動」が絶えることがない。宗教暴動は、英語では communal violence という。宗教共同体が地域共同体とイコールだから発生する事態である。

現在のモディ政権は「ヒンドゥー至上主義」政党であり、マイノリティとなったムスリムへの締め付けが厳しい。多神教のヒンドゥー教 vs 一神教のイスラーム。

「宗教のるつぼ」であるインドだが、インドはまさに「一神教」と「多神教」が直接対峙しせめぎ合うホットスポットであり最前線なのである。

この点はよく理解しておくことが必要だ。けっして過去の話ではないのである。


(画像をクリック!)



目 次
改訂版序文
序文
第1章 宗教とは何か
第2章 インド仏教衰亡説の検証
第3章 イスラム史料『チャチュ・ナーマ』とは
第4章 『大唐西域記』と『チャチュ・ナーマ』の対照研究
第5章 西インド社会と仏教
第6章 イスラム教のインド征服と仏教
第7章 最初期のインドのイスラム教
第8章 他地域における仏教の衰亡
第9章 比較文明論からの考察
第10章 社会変革の手段としての改宗
第11章 アメリカの社会と宗教
第12章 結論


著者プロフィール
保坂俊司(ほさか・しゅんじ)
1956年群馬県渋川市出身。早稲田大学大学院文学研究科修了。現在、麗沢大学国際経済学部教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、財団法人東方研究会・東方学院講師、財団法人モラロジー研究所研究員。著書に『シク教の教えと文化』(平河出版社)『イスラームとの対話』(成文堂)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに情報追加)



<関連サイト>

・・それぞれベンガル語版もある


<ブログ内関連記事>

・・不可触賎民出身のアンベードガル博士の「仏教復興」の志をつぎ、インド仏教徒の頂点に立つ日本人・佐々井秀嶺師








(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2023年9月16日土曜日

書評『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(中村圭司、ディスカヴァー携書、2019)― 「一神教世界」の「無神論」を知れば、日本人の「無宗教」の意味が見えてくる



『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(中村圭司、ディスカヴァー携書、2019)を読むと、日本人が「無神論」なるものをまったく理解していなかった、いやいまでもほとんど理解していないことがわかる。

「無神論」と「無宗教」はまったく異なるものだ。多くの日本人が自分のことをそうであると思い、軽々とクチにする「無宗教」は、じつのところ「無神論」ではない。両者は似て非なるものなのだ。

本書は、宗教学者が「無神論」なるものに本格的に取り組んだめずらしい本である。「無神論」について知り、それについて考えることで、日本人の「無宗教」の意味が浮き彫りになってくる。

出版されてすぐに読んだ本だが、ブログにアップ機会を失していた。4年後のいま、あらためて書き直してアップすることにしたい。


■海外では「無宗教」は禁句という「常識」

1979年は「一神教」のイスラームが前面に登場してきた年として記憶すべきである。

わたし自身は、1979年の「イラン・イスラーム革命」と「メッカのカーバ神殿占拠事件」、そして「無神論」国家・ソ連による「アフガン侵攻」について、あくまでもニュースではあるが高校2年のときにリアルタイムで見てきた。

そういうわけで「一神教」のイスラームだけでなく、「宗教」に対しては先行世代よりも、はるかに深い関心を抱いてきた。

「神は存在するのか?」と疑問に思っていた高校時代のわたしは、神が人間を創ったのではなく、人間が神(という概念)を創ったのであるが、神(=絶対者)という存在を設定すると、説明が可能になることが多い、という結論に達した。拙いながらも自分のアタマで考えた結論である。

とはいえ、間違っても自分のことを「無宗教者」や「無神論者」などと語ったことはいっさいない。自分のことを「無神論者」などと思ったこともない。もちろん普段から神社仏閣をお詣りし、苦しいときには神頼みする、ごくごくふつうの日本人である(笑)

海外生活の「常識」として「無宗教」など絶対にクチにするな、とくにイスラーム圏においては死を招きかねないぞ! そう言いくるめられ、海外に旅立った日本人は少なくないはずだ。自分もまたそうである。

社会人になってから、はじめての海外出張でマレーシアに渡航した際も、KL(=クアラルンプール)空港から乗車したタクシーで、さっそく運転手から宗教を聞かれるという体験をしている。30年以上前のことだ。マレーシアは人口の7割がイスラーム教徒である。現在は国家としてイスラーム化を推進している。

キリスト教国の米国でも平気のように宗教を聞かれたこともある。もちろん間髪を入れずに即座に「ブディスト」(=仏教徒)であると回答している。こう答えておけば、熱心な信者ではなくても、まったく問題はない。安心されるのである。

イスラーム圏でも、キリスト教圏でも、信仰をもたない人間は、まともな人間とみなされないのである。このことは、なんどでも繰り返し強調しておこう。だからこそ、「無神論者」であることは、ある意味では確信犯的なのである。それだけの覚悟が求められるのだ。

とはいえ、日本仏教と神道の関係などめんどうくさいので、そこまで詳細な説明はしない。「比較宗教学」を学んだことのない一般人には、なにをどう説明しようが、どうせ理解できるはずがないからだ。

ちなみに、この点にかんしては、タイやミャンマーにおいても日本と似たような状況であることを、実際に住んでみて確認した。これらの上座仏教圏においても、仏教と土着の信仰が共存、あるいは融合しているのである。


■米国では「無神論」が増大中!?

本書によれば急速に「無神論」が増大中だという。これは驚きだ。

「エヴァンジェリカル」と総称される「キリスト教原理主義」(=ファンダメンタリズム)の存在が大きい米国という認識をもっていたからだ。

ところが本書では、代表的な「無神論者」(atheist)として、キリスト教世界からクリストファー・ヒチンズ、さらにはイスラーム国家のイランから脱出してカナダに移住した元ムスリムのアーミン・ナヴァビが紹介されている。

前者については、まあそういう人は、ホーキンス博士を始めとした知識人を中心に、いてもおかしくはないだろうと思うが、かつてイスラーム教徒だった人間が「無神論者」になった例など聞いたこともなかった。自分のなかに固定観念があったのだろう。

しかし、いずれにせよ「無神論」は基本的に「一神教世界」の話であることが、本書で確認することができる。キリスト教もイスラームもともに一神教である。

宗教学者である著者は、「第4章 無神論のロジック」で、多神教世界から生まれた一神教の「ヤハウェの3つの性格」を、「創造の神」「奇跡の神」「規律の神」に分解して、それぞれ「無神論」との関係を考察している。「無神論」は「一神教」の神のもつそれぞれの要素の否定という形で表現される。

「無神論」自体がひとつの「宗教」になっているという揶揄や批判もあるそうだが、たしかにそうだろう。「無神論者」の一神教の神を否定するロジックとパッションは、正直いって多神教世界の住人であるわたしには、アタマでは理解できても、心情的に共感は感じないのが正直なところだ。

著者によれば、無神論者は、現在のところ、「多神教世界」の神否定にはあまり関心がないようだ。もしそのような批判をしたところで、のれんに腕押しといったところだろう。そうである以上、無神論が日本の知的風土のなかで話題になることもあるまい。

共産主義という宗教体制における「無神論」をかかげたソ連についての言及がないのが不思議だが(・・ソ連のアフガン侵攻がイスラーム世界で激しい反発を招いたのはそのためだ)、西の一神教世界の「無神論」と東の多神教世界の「無宗教」について考えるために大いに参考になる議論である。


■日本人の「無宗教」とは?

これまでも「日本人は無宗教か?」という問いは、それこそ腐るほどされてきた。

統計データでは「無宗教」とアンケートに回答した結果がでるにもかかわらず、お守りをみにつけたり、年始には初詣、お盆や春分や秋分には墓参りする日本人。日本人にとっても、それは大いなる「謎」であったのだ。

ただ単に宗教に「無関心」であるか、あるいは「スピリチュアル」であっても、特定の「宗教」や「宗派」に所属していないだけのことなのだ。慣習としてやっていることであり、逆にいうと、やらないとなんだか気持ちが悪いというとらえ方だろう。

まあ、わたしなら山本七平にならって、それが「日本教」なんだよと言ってしまえばいいのではないか、と思ってしまうが。あるいは経済思想研究者で民俗学者の住谷一彦のように  》Das Japantum《 (ダス・ヤーパントゥーム)と社会科学風に決めてみるか。後者は生活全般を規定した「ユダヤ教」を意味する  》Das Judentum《(ダス・ユーデントゥーム)のもじりである。

まあ、そういう話は別にして、そんな日本人としての生き方について考えるためにも、「一神教世界における無神論」についてくわしく考察した本書は有益である。本書は「無神論」について論じながら、「宗教」現象そのものの解説にもなっている。


   
(画像をクリック!)


目 次
はじめに
第1章 無神論-世界の新たなトレンド?
 1. 「宗教なし」「神なし」が世界で急伸!
 2. 『ダ・ヴィンチ・コード』騒動に見る現代欧米の宗教事情
 3. 宗教家による情報汚染-ファンダメンタリスト VS ドーキンス
 4. クリストファー・ヒチンズとアーミン・ナヴァビ
第2章 盛り上がる無神論ツイッター
 1. 神様って変?
 2. 信仰は不道徳?
 3. 議論を起こせ!
第3章 無神論と無宗教を理解するための宗教史
 1. 多神教から一神教へ
 2. 仏教-神頼みから悟りの修行へ
第4章 無神論のロジック
 1. ヤハウェの三つの性格
 2. “創造の神”
 3. “奇跡の神”
 4. “規律の神”
 5. 究極のロジック
第5章 西洋人の無神論 日本人の無宗教


著者プロフィール
中村圭志(なかむら・けいし)
1958年北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。宗教学者、昭和女子大学非常勤講師。 著書は『図解 世界5大宗教全史』(ディスカヴァー・トエンティワン)、『教養としての宗教入門』『聖書、コーラン、仏典』(中公新書)ほか多数。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end