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2023年8月20日日曜日

千葉城前での「火縄銃演武」を見てきた(2023年8月20日)ー 轟音と硝煙とその臭いに圧倒されたライブならではの体感を満喫した猛暑日

 (火縄銃の一斉射撃 会場にて筆者撮影)

千葉城前にて「火縄銃演武」を見てきた(2023年8月20日)。 轟音と硝煙とその臭いに圧倒された。まさにライブならではである。

火縄銃の実演にかんしては、さまざまな映像が YouTube にアップされているが、やはり現場で実物を見たい。現場・現物・現実の「三現主義」である。

近場でないかと探していたら、千葉城前での実演があることを知った。今年の春のことだ。ところがウェブサイトでは、2019年の情報で時間が止まってしまっている。コロナ感染症のせいでイベントの開催が不可能となっていたのだ。

さすがにコロナ収束後の今年は実施されるのではないかと思って、とりあえず7月になってから実施主体の千葉市立郷土博物館に電話で聞いてみたら、開催されることと日時がわかった。8月20日の「千葉親子三代夏まつり」の当日に、午前と午後の2回実施されるというではないか。朗報である。これはぜひいかねばならぬ、と。

開催前にウェブサイトを確認したら、情報はでていた。

4年ぶりに開催!】火縄銃演武4年ぶりに「千葉親子三代夏まつり」の開催が決定したことから、郷土博物館でも、博物館前広場で火縄銃の実射(空砲)を行います。迫力ある演武の様子を是非ご覧ください!

千葉市民ではなく船橋市民であるわたしは、午後にその一環として実施される「千葉親子三代夏まつり」には関心はないので、千葉城の前でおこなわれる午前の回を見に行くことにした。

どうせ見るなら、千葉城の前のほうがさまになるし、それほど混雑しないだろう、午前中のほうが午後より若干は過ごしやすいのではないかという淡い期待も兼ねて。

(千葉城=亥鼻城の天守閣 筆者撮影)


千葉城は亥鼻城ともいうらしい。これは現地に来てはじめて知った。地元ではないので無知蒙昧なのは仕方ない。あらたしいことを知るのは、人生の醍醐味である。

千葉城の天守閣は1967年に完成したという。1976年の「千葉開府850年」に間に合わせたのであろう。ただし、この天守閣は「模擬天守」のようだ。もともとこの城跡に天守閣がなかったらしい。その意味では、「創られた伝統」といえるのかもしれない。

千葉城内に設置された千葉市立郷土博物館は今回はじめての訪問となる。演武が始まる前に、「千葉開府」をしたという鎌倉時代の千葉常胤(ちば・つねたね)を中心にした展示品を見て、あらかじめ購入予定の図録を買っておいたのは正解だった。

(千葉城の5階にて 筆者撮影)

天守閣の最上階の5階にあがって景色を眺めたが、千葉港までの眺望はすばらしかった。

当日は午前中から37℃の猛暑。雨に弱い火縄銃の演武には好都合だろうが、見学者にとっては、なかなかにして厳しいものはあった。

さて、午前の回の「火縄銃演武」は11時から11時40分まで。演武のあと、見学者に実際の火縄銃を触って、演武者に質問できるコーナーが設けられた。


■火縄銃のデモンストレーションは砲術の演武

「火縄銃演武」である。実射ではあるが、安全のため空砲である。火花が散る可能性もあるので、虎ロープ内は立ち入り禁止だ。

なるほど、火縄銃の「演武」か。合気道をやっていたので「演武」というと、火縄銃と演武がすぐにはアタマのなかで結びつかなかった。

だが、よくよく考えてみれば、江戸時代における火縄銃を撃つのは「砲術」であり、武術であり武芸の一つであったので、「演武」といってもおかしくはない。しかも、今回は的当てを競う試合ではないので、なおさら演武というのがふさわしい。


(演武前。のぼりには「中島流炮術」とある 筆者撮影)

火縄銃演武を実施するのは、「千葉城鉄炮会」の皆さん。千葉城内の千葉市立郷土博物館の方の説明によれば、平成7年(?)から復活して、火縄銃の技術の伝承を行っているという。すでに四半世紀の歴史があるわけだ。

流派は「中島流」だという。「中島流鉄炮術」である。火縄銃にも流派があるわけだ。調べてみたら房総半島の大多喜城のサイトに「史料にみる火縄銃」というページがでてきた。「日本の火縄銃」というサイトのなかに図説がある。

上記のサイトによれば、約400(!)もの流派があり、代表的な流派から20がピックアップされて掲載されている。

その末尾にある「中島流」は、「中島太兵衛長守が江戸時代中期に始めた流派。武衛流・自得流・佐々木流などの流派を折衷した。棒火矢などをよく使った」とある。

今回の演武では、「火縄銃」の連射と一斉射撃、短筒(ピストルのようなもの)と大筒の演武が行われた。轟音と硝煙とその臭いに圧倒された。まさにライブならではである。


(火縄銃の一斉射撃 同上)


(火縄銃の一斉射撃 筆者撮影)


一番最初の砲声には、さすがに驚かされた。カラダ全体で感じる衝撃といっていい。

至近距離ではないので耳栓は必要ないが、はじき飛ばされるような感覚であった。発射音の轟音と空気の振動がダイレクトにつたわってくるのだ。しかも、硝煙の臭いがナマナマしい。まさに視覚・聴覚・嗅覚など五感をフルに働かせることになる。

二発目の発射以降は慣れてきたが、それでも撮影のスマホをもつ手がブレないように気をつかうのは、なかなか大変なものであった。


■棒火矢の発射はないが大筒の反動がすごい

演武に際しては説明はなかったが、大筒で発射されるのは「棒火矢」(ぼうびや)なのである。

もちろん、今回の演武は空砲なので、じっさいに発射されたわけではないが、演武のあとで見せてもらったら、まさに「棒火矢」そのものであった。そうか、これが「中島流」の目玉なのだな、と。


(「中島流」の棒火矢 Wikipediaより) 


Wikipediaの記述によれば、棒火矢とは、木の棒に羽を付け、先端に火薬を巻き付けて火を吹きながら飛ばすものである。


(当日撮影したビデオからキャプチャ 大筒は反動がすごい)


(大筒の発射 発射後の反動がすごい 筆者撮影)


演武の終了後には、ありがたいことに火縄銃をさわって演武者に質問する機会が設けられていたので、大筒を持ち上げてみたが、これがじつに重い。15kg以上はありそうだ。なるほど、反動がすごいわけだ。


(大筒の実物 左の先端に棒火矢 筆者撮影)


見学者のなかから、「これはRPGだな!」という声が聞こえてきた。

RPGとはロールプレイイングゲームのことではなく(笑)、ロケット・ランチャーのことだ。アフガン戦争で米国がムジャヒディーンたちに供与した対空砲の「スティンガー」ウクライナ戦争で米国がウクライナに供与した対戦車砲「ジャベリン」のようなものだ。

もちろん、電子誘導機能はないが、江戸時代の日本にはすでにロケット・ランチャーが存在したというわけだ。

先のWikipediaの記述には続きがあり、「ただし棒火矢が生まれたのは慶長年間であり、(寛永年間とも)実戦用の兵器として用いられる事がほとんど無かったために、どの程度の効果があったかは未知数である」のだそうだ。

中島流も始まったのが江戸時代中期とあるので、実戦に使用されたのかどうかはわからない。幕末に使用されていたかもしれないが・・。


(火縄銃の実際。江戸時代後期のものだそうだ 筆者撮影)


■夏場の猛暑日にはスマホのカメラが作動しない・・・

当日は猛暑日であった。火縄銃は雨には弱い(!)ので、快晴であったのは演武には好都合であったわけだ。火縄が湿ってしまうと点火できないのである。

ところが、当日の猛暑が思わぬアクシデントを引き起こした。撮影しようとした、まさにそのとき、スマホのカメラが作動しなくなっていたのだ。スマホ本体の熱のためカメラのアプリが作動しない!

「なんのために来たのか・・」と一時は危ぶんだ。結局のところ、前半は撮影できなかった。

まあ、見て体験するだけでも意味はあったのだと自分を慰めたが、そうこうしているうちに、なんとかスマホ本体の温度を下げることがでいて、説明をまじえた後半は撮影することにかろうじて成功した。

教訓は、夏場は別途にデジカメを持参したほうがよいということだ。

スマホは別のアプリを動かしていると、どうしても本体が熱を帯びてくるので、猛暑日にはスマホのカメラはまったく不向きなのである。

来年(2024年)以降に見学に行かれる方への教訓として、ここに記しておく次第。




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2023年4月6日木曜日

『古武術に学ぶ身体操法』(甲野善紀、岩波現代文庫、2014)を購入してから9年たって読んだ ー いま自分にとって必要な本を「引き寄せ」てしまうということ

 

ふだんから目にしてながら、手に取ろうとしていなかった本を手に取って読み始めると、それがまさにいま自分が求めていた内容だったことに気づいて驚くことがある。 

それがこの本だ。『古武術に学ぶ身体操法』(甲野善紀、岩波現代文庫、2014)。購入してから9年、原本の出版から20年。  

目につくとこに置いていながら、いまのいままで読んでなかった。そんな本を、いまこのとき手に取って読むのは、自分にとっては必然である。そう思われてならないのだ。 

甲野善紀氏は「古武術」の研究家。甲野氏の本はすでに1~2冊は読んでいた。30年くらい前だろうか。だから、そのエッセンスとなる主張を知らないわけではない。 

だが、20年前に初版がでたこの本には、なぜ甲野氏が「古武術」の道に進むことになったのか、そのきっかけと経緯が率直に語られている。そうか、そんなことがあったのか。その原点はきわめて重いのだな、と。 

現代文明批判からエコロジー、そして宗教へ。その後は宗教から武術へ。

大学時代には街頭での宗教の勧誘には積極的に応じていたという。求道心のなせるわざだが、突き詰めて問いをつづけていくと相手は答えられなくなってしまう。結果として論破してしまうわけでが、きわめて似たような体験をもつわたしは、なんだか甲野氏に共感を感じた。

まず最初に取り組んだ武術が22歳のときに始めた合気道であったことは、今回はじめて知った。しかも6年間も修行していたのだという。なるほど、そうだったのか。 

合気道は、甲野氏も書いているように、その他の武道とは性格を異にするものがある。武道でありながら試合をしないことで武術性を維持し、しかもスピリチュアル性があるということだ。身体操法の面だけでなく、ぜひ知っておいてほしいところだ。 

合気道の身体操法に限界を感じて、その後さまざまな古武術の師範のもとで研鑽を重ねて現在に至る。甲野氏は、まさに探求家であり、求道者である。日々これ新たなり。発見がなくなれば成長は止まる。発見がなくなったとき、それは死ぬときである、と。 

ただし、この本を読んで、まさに自分が知りたかったことは、古武術のことではない。「運命と自由」にかんする考察だ。それこそが、自分が知りたかったことなのだ。

限りある人生、制約条件のもとにある人生運命によって決まっている人生のなかで、自分なりに生きるとはどういうことか。そのヒントとなることが見つかったような気がする。 


■「引き寄せ」はシンクロニシティ現象である

なにか一つのことに集中して探求し、考えつづけていると、偶然にしか過ぎないはずなのに、あたかもそれが運命でもあったかのように、つぎからつぎへと何かが、飛び込んでくるということがある。 

それを俗に「引き寄せ」というのだろう。自分のなかのセンサーが異常なまでに鋭くなっているから、自分がまさにいま必要としているものが向こうから語りかけてくるのだ。さあ、これを取れ、と。 

だから、ふと手にとったのは偶然でも、それは偶然ではない。こちら側、つまり人間の側からみたら偶然に見えるかもしれないが、あちら側からみれば、それは必然なのだろう。 

高校時代、通学のため猛スピードで駅まで自転車を飛ばしていたとき、この考えが突然降ってきた。自分にとってはユーレカ体験である。その場面は強く記憶に残っている。 

「引き寄せ」は、自分の内部の想念と、外界の事象とが一致するときに起こる現象だ。ユングのいうシンクロニシティ(共時性)の一形態なのだろう。因果性ではない同時性。だが、それは、あちら側からみたら必然なのかもしれない。 

とはいえ、「引き寄せ」はかならずしもいいことだけではない。悪しきことを引き寄せてしまうこともある。それには注意しなくてはいけない。 

つねに前向きの、善きことを想念しなくてはいけないのだ。クチに出して発話しなくても、コトダマは働くのである。すべてはつながっているのである。 

まよひなば
悪しき道にも入りぬべし
心の駒に
手綱ゆるすな (植芝盛平) 

ここ数日に起こったさまざまな事象を顧みて、そんなことを考えていた。 


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2013年3月7日木曜日

書評『武士道とキリスト教』(笹森建美、新潮新書、2013)― じつはこの両者には深く共通するものがある



「牧師にして小野派一刀流第17代宗家」という肩書がまずもって異色である。というよりも、すぐにはアタマのなかで結びつかない意外性をもっている。

『武士道とキリスト教』(笹森建美、新潮新書、2013)の著者が牧師をつとめる駒場エデン教会は、プロテスタントのメソジスト派の教会であるが、その教会で説教が終わったあとは、教会がそのまま小野派一刀流の道場になるそうだ。

柳生宗矩(やぎゅう・むねのり)創始の柳生新陰流とならんで将軍家御流儀の剣術として採用された小野派一刀流である。牧師として信者の魂を導き、かつ師範として剣術の免許皆伝を授けることのできる宗家でもある!

本書は、そんな著者のライフストーリーを織り交ぜながら、なぜこのような異色の組み合わせが青森県弘前の地で誕生するに至ったか、そして日本人のDNAにあるはずの武士道精神とキリスト教精神には重なり合うものがあると説いた興味深い本である。

『武士道』といえば、キリスト教徒でクエーカー派であった新渡戸稲造の名前がすぐにでてくるだろう。原書は BUshido という英文著作である。また、『余は如何にして基督教徒となりしか』の著者で無教会派の思想家で実践者であった内村鑑三の名前を想起する人もいるだろう。この二人はともに士族、すなわち旧武士階級の出身である。

著者もまた、明治維新以降のキリスト教布教にあたって旧武士階級出身者が多かったことについて、はじめの2章をさいて説明している。

明治初期に来日したアメリカ人宣教師には南北戦争を体験した軍人が少なくなかったこと、幕末には官学であった朱子学ではなく、実践を旨とした陽明学がひろく普及していたことが、武士階級がキリスト教を受け入れた理由として指摘しており、なるほどと納得するのである。これは、内村鑑三の名著 『代表的日本人』に西郷隆盛が取り上げられていることでもわかる。

さらにいえば、本書には指摘はないが、維新の負け組となった幕臣や佐幕派出身者にキリスト教徒になった武士が多かったことを付け加えておこう。NHK大河ドラマ『八重の桜』の主人公で会津藩の新島八重(=山本八重)もまたその一人である。いずれもカトリックではなくプロテスタント諸派である。

キリスト教徒ではないわたしにとっては、第3章の「どんな相手でも倒す剣術を求めて」がなんといっても面白く読めた。

小野派一刀流の極意「切落」(きりおとし)の説明からはじまり、170あるという型の稽古によって、無理と無駄のないシンプルな剣さばきを身につけることは、剣術にかぎらず武道武術のすべてにあてはまることであるし、さらには日本の芸事すべてに共通することである。わたしはこの章を読んでいて、古武術えおベースにあらたな身体運動を広めている甲野善紀(こうの・よしのり)氏の話を思い出した。

武士の「切腹」とキリスト教徒の「殉教」に共通性を見出す第6章にはなるほどと感心させられた。著者はプロテスタントのメソジスト派の牧師であるが、カトリックにも目配りした説明は説得力があるだろう。

たしかに著者のいうように、武士道には死生観はあっても、あくまでも深い精神性そのものは存在しない。だからこそ、宮本武蔵の「剣禅一如」などの表現にもあるように禅仏教を心のよりどころとすることもあり、合気道もそうであるが、神道を精神的支柱にするケースもある。その意味では、著者のようにキリスト教をバックボーンとする剣術があってもけっしておかしくはないわけだ。

現代の日本人は、教会式結婚式などのように、「キリスト教っぽい」ものは好きだが、キリスト教やその精神そのものはかならずしも好きではないようだ。もちろん、近代化を受け入れた時点で、すでに見えない形でキリスト教化が進んでいるとはいえ。

著者にとっては残念だろうが、日本ではキリスト教人口が今後も増えるとは考えにくい。しかも、日本のキリスト教のなかには、すでに土着化して変容してしまっているものさえある。

わたし自身、キリスト教徒になるつもりは今後もまったくないが、武士道とキリスト教に共通するものがあるということを知ることは重要ではないかと思うのである。ともに「道を極める」ということに深い共通性があるからだ。

武士道とキリスト教、そのどちらか一方か、あるいはその両方ともに関心のある人はぜひ読むことをすすめたい。


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目 次

はじめに
一 「武」とは戦いを止めること
二 勇気と自己犠牲の先にあるもの
三 どんな相手も倒す剣術を求めて
四 武士道とキリスト教が同居した心
五 格好だけ良いのは本物でない
六 キリスト教は「切腹」を認めるか、武士道に「愛」はあるか
七 武士道が教えない「私」に向き合う
おわりに

著者プロフィール

笹森建美(ささもり・たけみ)
1933(昭和8)年青森県生まれ。牧師。小野派一刀流第17代宗家。大長刀直元流、居合神無想林崎流宗家も受け継ぎ、日本古武道協会常任理事を務める。早稲田大学哲学科、米国デューク大学大学院神学部卒業。拠点は駒場エデン教会。著書に『神への道・神からの道』などがある(出版社サイトより)。


<関連サイト>

REPRESENTATIVE MEN OF JAPAN by Kanzo Uchimura (内村鑑三の『代表的日本人』原文)




<ブログ内関連記事>

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに
・・「日本的キリスト教」の道は土着化の道であり、すでにキリスト教ではなくなっているものも少なくない

グンゼ株式会社の創業者・波多野鶴吉について-キリスト教の理念によって創業したソーシャル・ビジネスがその原点にあった!
  
『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!
・・「肥田式強健術」を全面的に取り入れたのが、この郡是製絲株式会社(=グンゼ)で、そのミッシングリンクが郡是製絲株式会社に教育部長として招かれた川合信水牧師だったのでした。川合信水の実弟が肥田春充(ひだ・はるみち)。人脈をたぐりよせると、見えない「つながり」が見えてくるという面白い話でもあります。

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)

書評 『聖書を読んだサムライたち-もうひとつの幕末維新史-』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)-精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった

書評 『大使が書いた 日本人とユダヤ人』(エリ・コーヘン、青木偉作訳、中経出版、2006)
・・「イスラエルは人口比でみたら、日本以上に各種の日本武道が普及している国であるという。この意味においては、正確には日本人と”ユダヤ系イスラエル人”に共通するものが多い、というべきかもしれない」。バックボーンはユダヤ教であっても構わないわけだ。

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋
・・合気道の開祖・植芝盛平は古神道系の大本教の出口王仁三郎師のもとで精神修業した

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである・・カトリックの『キリストにならいて』や『霊操』に日本の「型」と同じ思考パタンをみる

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)
・・陽明学の西郷隆盛


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2009年12月31日木曜日

合気道・道歌 -『合気神髄』より抜粋




 合気道開祖・植芝盛平(うえしば・もりへい)大(おお)先生(1883~1969)は、合気道修行の要諦を、道歌(どうか)という形で多く和歌に詠み込んでいる。

 道歌とは宗教の教えや倫理道徳にかかわる教訓を、五七五の形式で、覚えやすくまとめたものである。

 道歌は、もちろん字面だけをみているだけでは理解できないものも多いが、実践を踏まえたうえで道歌を口ずさむと、自ずからその意味が体得できるようになる。

 そういった合気道の道歌をいくつか紹介しておこう。いずれも選択基準は私の独断と偏見に基づく。分類と小見出しは私が勝手につけたものである。

 「人生でもっとも大事なことは合気道をつうじで学んだ」、といっても過言ではない。少なくとも私にとってはそうである。

 私は大学一年(一回生)のとき、18歳で合気道と出会った。米国で大学生に指導していたこともある。


<合気会パンフレットにも掲載の有名な道歌>

合気とは 愛の力(ちから)のもとにして 
 愛はますます栄えゆくべし

合気とは 万(よろづ)和合の力なり 
 たゆまず磨け 道の人々

美しき この天地(あめつち)の御姿(みすがた)は 
 主(ぬし)のつくりし一家なりけり


<武術としての合気>

すきもなく たたきつめたる敵の太刀(たち) 
 みなうち捨てて 踏み込みて斬れ

敵多勢(たぜい) 我を囲みて攻むるとも 
 一人の敵と思い戦え

呼びさます 一人の敵も心せよ 
 多勢の敵は前後左右に

敵の太刀 弱くなさむと思いなば 
 まづ踏み込みて 敵を斬るべし

生死とは 目の前なるぞ心得て 
 吾ひくとても 敵は許さじ

人は皆 何とあるとも覚悟して 
 粗忽に太刀を出すべからず


<心の迷いをなくせ>

まよひなば 悪しき道にも入りぬべし 
 心の駒に 手綱(たづな)ゆるすな

すみきりし 鋭く光る御心(みこころ)は 
 悪魔の巣くふ すきとてもなし

古(ふるき)より 文武の道は両輪と 
 稽古の徳に 身魂(みたま)悟りぬ

三千世界一度に開く梅の花 
 二度の岩戸は開かれにけり

声もなく心もみえず 神(かん)ながら 
 神に問われて何物もなし


<合気道の使命>

大宇宙 合気の道はもろ人の 
 光となりて 世をば開かん


 出典は 『合気神髄-合気道開祖・植芝盛平語録』(合気道道主・植芝吉祥丸=監修、柏樹社、1990)。このエディションはすでに絶版だが、現在、古神道関係の専門書店である、八幡書房から2002年に復刊されているので、入手可能である。

 私はこの本を、折に触れ繰り返し、繰り返し読んできたが、なお完全理解にはほど遠い。

 理由の第一は、まず合気道そのものの修行が前提となることはいうまでもないとして、開祖が長年にわたって慣れ親しんできた神道、とくに大本教(おほもと)を始めとする古神道(こしんとう)古事記言霊学(ことだまがく)、その他もろもろの、学校では正規の教科にはない、近代日本のエソテリック(=秘教的)なウラ学問に精通する必要があるためである。合気道で使用されるターミノロジー(用語)には、これら古神道経由のものが多い。

 これらについては機会があれば、また取り上げることとしたい。

*****

 開祖の技は YouTube には多数アップされているので、ここでは英語字幕の入っているものを一つ紹介しておく。

 合気道の技にかんしては、「入り身転換」がもっとも重要である。相手の動きに対して、瞬間的に相手に対して半身の体制に入るテクニック。この体捌き(たいさばき)が無意識にできるようになればいうことはない。基本中の基本であるが、武道の心得のない現代日本人には、縁が遠いようだ。昔の日本人には身についていたらしいが。

 以下、参考となる語録を『合気神髄』から引いておく。

入り身転換の法を会得すれば、どんな構えでも破っていけるのであり、しかしながら一刀一殺をすることが真の道ではない。合気は和合の術である。(p.163)

進んでくる相手の心を小楯に、その真っ正面に立って突いてくる槍の真中心に、入り身転換の法によって無事に、その囲みを破って安全地帯へでる。かくのごとき周囲を全部、相手に取り巻かれたといえども、入り身転換の法によって破れざる技で相手を圧迫しなければならない(p.174)

 YouTube に合気道七段スティーブン・セガール(Steven Seagal・・本当はシーガル。昔の資料にはそう書いてある)の「入り身投げのオモテ」の映像がある。通常は円運動を利用したウラをやることが多いのだが、入り身投げのオモテはプロレスのラリアットのような技であり、打撃の衝撃力はすさまじい。後頭部を打たないように、受け身を訓練しておくことが不可欠なので、安易に技をかけないように!

 なお、スティーブン・シーガルはかつて大阪に自分の道場をもっていた。現在は L.A.にあるが、日本人以外で日本で道場を開いていたのは彼ただひとりである。

 ついでなので、イスラエルのテルアヴィヴの合気道道場 Integral Aikido Tel Avivプロモーション・ビデオがあるので紹介しておこう。武産合氣道(たけむす・あいきどう)。日本で8年間修行した米国人師範が教えているが、このビデオで合気道のイメージがおおよそつかめるだろう。

 イスラエルでは、合気道に限らず、日本の武道がきわめて盛んである、と聞いている。もちろんイスラエルの護身術であるクラヴ・マガ(Krav Maga)は盛んである。

*****

 上記書籍の監修者である、二代目道主の植芝吉祥丸(きっしょうまる)先生はすでに入神されており、現在は三代目の植芝守央(もりてる)道主が務めて居られるが、吉祥丸とは実に珍しい名前だ。

 これは植芝盛平翁が大正時代、京都府綾部にある大本教(おほもと)で精神修行し、「植芝塾」で武道を教えていた際、夭折した二人の男児のあと生まれた三男に、教主の出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)聖師が命名されたものである。


(前列左が王仁三郎聖師、右が植芝盛平大先生)


 王仁三郎師は鎮魂帰神のうえ一気呵成に吉祥丸と筆で書き下ろしたという。吉祥丸とは大江山の鬼退治で有名な源頼光(みなもとの・らいこう)の幼名とのことだ。このエピソードは吉祥丸先生ご自身が執筆された、『合気道開祖・植芝盛平伝』(生活芸術社、1999 原版は講談社 1977)のなかにでている。この名前のおかげか、吉祥丸先生は天寿をまっとうされた。

 合気道の前身である「合気武道」も、出口王仁三郎聖師の命名である。


(大本の綾部時代の1922年の植芝盛平 全身にみなぎる気迫を見よ!)


 私は植芝盛平翁の戦後の内弟子(うちでし)である、故・有川定輝(ありかわ・さだてる)九段にご指導いただいたが、有川師範先生は「合気新聞」の編集を長く務められ、上記の『合気神髄』にまとめられた、植芝盛平語録の多くを収集し整理編集されている。


(中央正面が大先生。左隣に吉祥丸前道主、右隣が有川定輝先生。1963年)


 有川先生については、また改めて機会があれば書くこととしたい。わが人生の師として、この人を超える人はいまだにいない。いや、おそらく今後も現れることはないだろう。


 これで本年のブログ投稿は最後となります。
  
去年今年(こぞことし) 貫く棒の如きもの (高浜虚子)

 では、よいお年を!!
 また来年お会いしましょう。


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PS 読みやすくするために改行を増やし、写真を大判にした。内容には手は入れていない。(2014年8月18日 記す)

PS 写真各種を大幅増補した。(2024年3月23日 記す)



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(2021年12月30日 情報追加)


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