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2024年4月8日月曜日

書評『起業の天才! ー 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(大西康之、東洋経済新報社、2021)ー 登場するのが早すぎたビジョナリーの栄光と、成功したがゆえに絶頂期に自滅した男の人生

 
出版から3年たって、ようやくベストセラーの『起業の天才!』(大西康之、東洋経済新報社、2021)を読む。  

手元にあるのは同年7月の第7刷で「5万部」とある。現在はどこまで伸びたのかな? 

副題は「江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男」。内容は、この副題に尽きる。その男の評伝である。構成も文章もうまく読ませるものがある。 

一言でいって面白い。面白過ぎる。450ページの大冊だが、まとまった時間さえあれば、一気読みしたい内容であった。 


■登場するのが早すぎた「起業の天才」。大きな成功がもたらした大きな代償

「起業の天才」が「ゼロイチ」で立ち上げたベンチャーは、「ものつくり」至上主義の日本の企業社会では異端であった。

いちはやく「情報」の価値を見いだし、さらには現在でいうクラウド・コンピューティングまで見据えていたのである。先見性の持ち主であっただけでなく、起業という形で実践に移した行動家でもあった。 

早すぎたビジョナリーの栄光と、成功ゆえの自滅。さらなる高みを目指した「起業の天才」は、みずからつくりあげた成功ゆえにエゴが肥大化し、最終的に自滅したといえよう。

情報誌という本業よりも収益性が高い株式投資と不動産投資にのめり込み、早すぎる成功の代償として、ダークサイドに落ちてしまったのだ。

インサイダー取引が違法とされていなかった時代であったが、「兜町の風雲児」が逮捕され失墜した事件を機に、潮の流れが変わりつつあったことに気がついていなかったのか・・・ 

江副氏を「いかがわしい起業家」の「虚業」として葬り去ったのは、既得権者であった日本のエスタブリッシュメント(=支配階層)であった。だが、その後も同様の事態がなんども繰り返され現在に至っている。 

日本という風土においては、よほど時の運に恵まれていなければ、革新的事業家の目はつまれてしまう。「起業の天才」江副氏は、生まれた国と時期が悪かったのか。 

「おまえら。もっといかがわしくなれ!」というのは、リクルートを救済したダイエー創業者・中内功氏がリクルート社員に向けて贈ったエールだが、「ビジネス革命家」の発言として記憶にとどめたい。


■もし「リクルート事件」がなかったら、しかし・・・

「リクルート事件」とその結果については、読者によって評価は大きく分かれるだろう。 

たしかに、もし「リクルート事件」でビジネス社会から葬り去られることがなかったなら、そう考えたくもなるものだ。江副氏の「先見性」が米国に10年先行していたことを考えれば、日本からGAFAが出ていたかもしれないからだ。 

だが思うに、おそらくこの事件がなかったとしても、「日本型GAFA」は成功しなかったのではないか、そんな気もする。 

というのは、著者はまったく触れていないが、リクルートの江副氏が絶頂期にあった1980年代後半のバブル時代は、同時に「日米自動車摩擦」と「日米半導体戦争」の時代でもあったからだ。 

「ものつくり日本」は、アメリカによって徹底的に叩きつぶされ、牙を抜かれてしまった。「ジャパン・バッシング」である。それはもう、すさまじいまでのものであった。まさに戦争前夜のような緊迫感に満ちた時代だったのだ。 

もし、このおなじ時期に、自動車や半導体にくわえて、さらには情報分野でも日本が成功していたら、いったいどうなっていたのだろうか。そんなふうに考えてしまうのだ。 


■分水嶺となった「1984年」

情報分野で分水嶺となったのが1984年である。奇しくもオーウェルの『1984』の年である。第2部のタイトルになっている。

この年に就職活動を開始し、無料で送られてくる「リクルートブック」で「会社研究」を行い1985年に社会人(=会社人)となったわたしは、江副時代のリクルートの絶頂期はリアルタイムで知っている。 

懐かしいというより、リアルタイム性の臨場感を感じながら読んだのは、そのためだ。わたしより4歳若い著者もまた、おなじ時代の空気を吸っていたわけである。 

「情報化社会」や「ネットワーク社会」がバズワードになっていた時代である。最終的に「ものつくり企業」の内定を断り、海の物とも山のものともわからない「知識産業」に属するソリューション・ビジネスの世界に身を投じたのは、そんな時代の流れのなかにあったからだ。 

いま書いてて思い出したが、同級生たちからは「なんでそんなとこ行くの?」と何人からも言われたものだった。わたしの選択は、その時点ではまったく理解されなかったのであった。 

そういうわけで、あらためて日本の1980年代と「自分史」を重ね合わせて、思うところが多々あったのである。 

今後は、明治時代の「起業の天才」であった渋沢栄一の「渋沢資本主義」や、江副氏の絶頂期と同時期に第二電電を立ち上げた稲盛和夫の経営姿勢との違いについてなど、そんなテーマについて考えてみたいと思っている。 


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目 次
はじめに 江副浩正は「服を着たゾウ」ー 瀧本哲史氏インタビュー
序章 ふたりの天才
主な登場人物
第1部 1960
 第1章 ユニコーンの誕生
 第2章 紙のグーグル
 第3章 進撃のダイバーシティー
 第4章 「日本型経営」を叩き潰せ
 第5章 APPI
 第6章 打倒Y
第2部 1984
 第7章 江副か稲盛か
 第8章 森田の未来、真藤の未来、江副の未来
 第9章 情報の海へ ー All HANDS ON DECK! (総員配置につけ!) 
第3部 1989 昭和の終焉・平成の夜明け
 第10章 変容
 第11章 情報が人間を熱くする
 第12章 世紀のスクープ
 第13章 反転
 第14章 「おまえら。もっといかがわしくなれ!」
エピローグ
江副浩正 関連年表
主要参考文献

著者プロフィール
大西康之(おおおにし・やすゆき)
1965年生まれ。愛知県出身。1988年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。欧州総局(ロンドン)、日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。ビジネスノンフィクション関係の著書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)



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2014年5月2日金曜日

書評『「科学者の楽園」をつくった男 ー 大河内正敏と理化学研究所』(宮田親平、河出文庫、2014)ー 理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・


現在の問題を考えるには、その前史ともいうべき歴史的経緯を知らなくてはならない。

現状分析を行うだけでなく、その前史を知り、現在に受け継がれているもの、変容してしまったものをきちんと整理することだ。言い換えれば、連続と断絶という2つのアスペクトで考えるということである。

組織問題を考えるにあたっても同様だ。さらにいえば、組織の名前(=固有名)と実体とのあいだに存在するズレに着目することである。これはブランドと実体と言い換えてもいい。

そういう問題関心から読んでみたのが『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、日経ビジネス人文庫、2001)だ。出版後にすぐ購入したのは、政治家の田中角栄が大河内正敏と深い関係があったということがアタマの片隅にあったからだ。読もうと思いながら12年もたってしまっていた。

「STAP細胞事件」(2014年)をキッカケに理研が国民全般の問題関心の対象となったこの機会に読み出したら、ものすごく面白い読み物であることがわかった。


理研が設立されたのは1917年(大正6年)だが、それは第一次大戦中のことであった。産業立国の基礎は科学技術による自主開発にありという信念が、華族出身の大河内正敏子爵をして「国民科学研究所」設立に奔走させたのであった。大河内正敏自身が科学者であった。

分野にとらわれず、自由に研究するという姿勢が多くの科学者を引き寄せ、そのなかから独創的な研究成果が輩出されたのである。それが「科学者の楽園」という別名を生んだゆえんだ。

たとえば、うまみ成分がグルタミン酸ナトリウムであることを発見した池田菊苗ビタミンAを発明した鈴木梅太郎。前者は味の素になった。後者は理研ビタミンとして理研の財政を支えた。また、リコーもまた理研の研究成果の商業化から生まれた会社である。

「科学者の楽園」という表現は、ノーベル賞を受賞した物理学者の朝永振一郎も使っているようだ。戦時中は仁科芳雄博士を中心とした原子爆弾の研究も理研で行われた。だがアメリカに先を越されたことは周知のとおり。

「科学者の楽園」を実現したのは、研究成果を「発明」として終わらせるだけでなく、「製品」として「商業化」したことにある。理研ビタミンなど「理研ブランド」が財政的に自由な研究を支えたのであった。理研は、研究成果を商業化して資金を回収する、ベンチャービジネス的な研究所、研究開発型企業でもあったわけだ。

戦前は「理研コンツェルン」として、科学研究を核にした企業グループを形成するに至る。この頃、新潟県の柏崎に工場を建設したことが、田中角栄との縁をつくることになる。田中角栄は理研の土建関係で財をなし、大河内正敏のことは一生感謝し続けたという。

戦後は、アメリカ占領軍によって「財閥解体」の対象とされ、理研コンテルンは解体された。商業部門はスピンオフされ、理研ビタミンやリコーとして現在に至る。

その後、紆余曲折を経て、国の予算で運営される研究機関となったわけだ。組織の名前(=固有名)は連続しているが、実体とのあいだに大きなズレが存在するわけである。そのズレが制御不能なまなでに大きくなっているのが文部科学省の息のかかった現在の理研と考えていいのだろう。

こういった経緯だけなら、wikipedia の記述でも読めば十分だろう。あるいは理研じしんの広報資料である「理研八十八年史」を読めばいい。

だが、『「科学者の楽園」をつくった男』という本が面白いのは、組織の創立者である大河内正敏という殿様科学者の強烈な個性だけでなく、草創期の科学者たちや戦前・戦中の科学者たちの人物エピソード中心の歴史ノンフィクション作品となっているからだ。

現在、日経ビジネス人文庫版は品切れだが、理研がニュースのネタになってからは引き合いも多いのだろう。河出文庫から2014年5月8日に「復刊」されるというのは「朗報」だ。

面白い内容なので、ぜひ読むことを薦めたい。





目 次
ロンドンの邂逅
国民科学研究所を危機
「明治天皇のお膝」
合成酒の匂い
理研の三太郎
ねえ君、不思議とは思いませんか?
理研コンツェルン
科学者の自由な楽園
殿様と少年
ケンカ太郎
ニ号研究カタストロフ
原子力とペニシリン
大輪の花

著者プロフィール
宮田親平(みやた・しんぺい)
1931年、東京生まれ。医・科学ジャーナリスト。東京大学医学部薬学科卒業後、文藝春秋入社。「週刊文春」編集長、編集委員等を経て、フリー。著書に『毒ガス開発の父ハーバー―愛国心を裏切られた科学者』(2008年科学ジャーナリスト大賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

理化学研究所 wikipedia日本語版

「理研八十八年史」 (理化学研究所)

迷走する理研、エリート研究所の危機「科学者の楽園」は何につまずいたのか (週刊東洋経済、2014年5月12日)

ベル研の先例に学べない理研の腐った組織 STAP細胞の正体が明らかになった今、組織防衛は世界の恥さらしに (伊東 乾、JBPress、2014年7月2日)


<ブログ内関連記事>

「史上空前規模の論文捏造事件」(2002年)に科学社会の構造的問題をさぐった 『論文捏造』(村松 秀、中公新書ラクレ、2006)は、「STAP細胞事件」(2014年)について考える手助けになる

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋社、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション
・・米国の国防総省と密接な関係にあるシンクタンク。「付記」として、米国モデルのシンクタンクの日本における展開について概観しておいた

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・現在注目すべきは先端分野に積極的に取り組んでビジネス化を推進しているグーグルの研究所であろう。「科学者の楽園」であるようだ

書評 『グラハム・ベル空白の12日間の謎-今明かされる電話誕生の秘話-』(セス・シュルマン、吉田三知世訳、日経BP社、2010)

書評 『インドの科学者-頭脳大国への道-(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)-インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート


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2010年2月10日水曜日

書評『ランド - 世界を支配した研究所』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)ー 第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション





 第二次大戦の勝利国となった米国が、1940年代から1950年代にかけて世界の覇権国となっていった絶頂期に、その理論的フレームワークをつくりあげたのが、米国空軍のシンクタンクとして出発した民間の非営利組織「ランド・コーポレーション」(RAND Corporation)であった。

 RAND とは、Research ANd Development(研究開発)の頭字語をとったもの。知識産業としてのシンクタンクの原型ともいってよい。

 実質的に国防研究を主要分野として受託研究を行ってきたこのシンクタンクは、理系の研究者にとっては思う存分に研究のできるパラダイスであった。本書『ランド - 世界を支配した研究所』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)には、全米から集まってきた最優秀の頭脳の群像が、これでもか、これでもかと描かれている。

 「ゲーム理論」、「合理的選択論」、「システム分析」いずれも人間行動を数式と方程式で理解しようとした、「合理性の兵士」(Soldiers of Reason)たちの産物であった。彼らは、研究分野における、米国のベスト・アンド・ブライテストたちであったといえよう。

 そして彼らはまた「合理性の使徒」でもあった。20世紀後半の社会科学がこれら米国発の「合理性」理論の圧倒的影響下にあることは、日本についてもいうまでもない。
 
 「ランド」に集まったのは理系研究者だけではない。

 1972年にノーベル経済学賞を受賞した、米国を代表する経済学者ケネス・アローに代表される「合理的選択論」は、経済学だけでなく、戦後アメリカをアメリカたらしめたエッセンスといってもよい。ランド時代のアローの業績は、本書によればいまだに機密解除されていない(!)という。冷戦時代の米国の国防戦略に直接関与していたのである。




 1994年にノーベル経済学賞を受賞した数学者ジョン・ナッシュをモデルにしたハリウッド映画『ビューティフル・マインド』そのものの世界である。

 この映画では、「非協力ゲーム」の研究で知られる数学者として、暗号解読研究に携わることになったナッシュが、次第に妄想の世界に入り込んで精神を病んでいったことが描かれている。核兵器にかんする機密漏洩を懸念して軍関係者に監視されていた、末期がんで死の床にあった天才フォン・ノイマンは例外ではなかったのである。ランドでの研究の性格の一端を示したものといえるだろう。

 米国による世界支配構造の根底にある「合理性」とはいったい何か、それが生まれてきた背景も含めて、さまざまな天才たちの群像をつうじて描く、必読のノンフィクションである。



<初出情報>

■bk1書評「第二次大戦後の米国を設計した「ランド・コーポレーション」の実態を余すところなく描き切ったノンフィクション」投稿掲載(2010年2月3日)

(*再録にあたって字句の一部を修正)


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<書評への付記>

シンクタンクについての随想

 私はこの本を一昨年バンコクに持ち込んで読んだ。アメリカについて書かれた本を日本語訳で海外で読む、これもなかなか面白い経験であった。内容は実に面白い。

 読んで損はない本なので、せっかくなので書評に仕立て直して紹介することとした。

 「ランド・コーポレーション」はアメリカ空軍(・・正確にいうと、設立当時は組織として独立する以前の陸軍航空隊であった)の肝いりで設立された研究所であり、基本的に組織として独立した空軍に貢献することを期待して予算がついたのであった。設立をめぐる状況の経緯は本書に書かれているが、なかなか利害関係者間の駆け引きが面白い。

 書評にも書いたとおりシンクタンク(thinktank)の原型である。いまでは知識産業というが、むかしは頭脳集団とか頭脳産業とかいっていたような記憶もある。

 本書にもでてくる、一世を風靡した未来学者ハーマン・カーンの名前を覚えている人もいまやもう少ないだろう。


 日本のシンクタンクの原型は、理系のものとしては戦前、大河内正敏が率いた理化学研究所(理研)があるが、これは研究の成果を商業化して資金を回収する、ベンチャービジネス的な研究所であった。

 社会科学系では、戦前の満洲における植民地経営の中心にあった南満洲鉄道株式会社(満鉄)の、いわゆる満鉄調査部が原型であったといえる。これについては、いずれ戦前のユダヤ研究とのからみで書くことにしたい。ほかには大原社会問題研究所などがあった。


 戦後日本では、本格的なシンクタンクは、野村證券が設立母体となった野村総合研究所(野村総研)が初めてであり、1997年の金融危機で銀行証券が大規模に統廃合されていくまでは、金融機関の付属機関が大半であった。ちなみに私は長銀総研に籍を置いていたことがあるが、野村総研はいまではシンクタンクというよりも、システム会社といったほうが適切である。

 旧財閥系でいえば住友財閥(・・のちに三井財閥と合体)を主体とした日本総研、三菱財閥の三菱総研などが有名である。三菱総研の牧野昇なんていう名前はもう覚えている人は少ないかもしれないが、かつては知的生産といえばスター級の人であった。


 かつて日本のシンクタンクは金融機関のヒモつきで、米国のシンクタンクのように独立系がないのは問題だ、などといわれていたものだが、実態としてはアメリカの場合も、政策研究分野では政党のヒモ付きが当たり前であり、研究して立案した政策を実行に移すことを前提にするのであれば、当然といえば当然の話である。

 経済学者の野口悠紀夫がまだ大蔵省(・・現在の財務省)に在籍しながら博士号取得のためにイェール大学に留学した際の副産物として、『シンクタンク』(東洋経済新報社、1970)という本があって、その当時の米国のシンクタンクについての最新報告として貴重である。とうの昔に絶版ではあるが。


 知識産業というものは、コンサルティングであれ、シンクタンクであれ、会計事務所や法律事務所であれ、基本的に高度サービス業であり、目に見えないものを、顧客(クライアント)から注文を受託してとってソリューションを提供する事業形態である。この点が、大学における研究と違うのだとかつてはいわれたものだが、日本でも米国同様に予算は自分でぶんどってくるもの、ということが常識となってゆくだろう。

 ランド・コーポレーションの場合は、空軍の予算による軍事にかんする受託調査研究が多かったようだが、その副産物としてさまざまな「合理性」理論が生まれてきた。

 顧客(クライント)の存在する研究は、研究成果そのものは守秘義務の関係上、公開はできないのが前提だが、研究の副産物は研究者自身の頭脳に蓄積されるし、抽象的な形でエッセンスを公開することは条件によっては許可されることもある。 

 こうして公開された研究が、ランドを有名にした「合理性」にかんする各種の理論であり、米国だ
けでなく世界中に大きな影響を与えたのである。


 「ゲーム理論」「合理的選択論」「システム分析」といった具体的な理論については、さまざまな本が出版されているので、詳細はそちらにゆずる。

 いずれも戦後の米国を、世界の中心たらしめた理論の数々である。こういった理論がもたらした結果の是非についても、とくにここでは書かないが、ある意味では経済だけでなく、経営学においてもこういった合理性理論が前提となってきたのは否定できない。

 こうした合理性一点張りの体系に修正を迫ったのが、1970年代前半におけるベトナム戦争における敗戦であり、1980年代の日本企業による大攻勢による米国経済の苦境であった。とくに後者については、これは1990年から2年間、M.B.A.コースに在籍していた私の実感である。

 検証を行ったわけではないが、生産管理だけでなく、人事管理(HRM)や応用研究を中心とした研究開発(R&D)も、1990年代のはじめに日本を徹底研究した結果、大きく書き換えられた分野であることは確かである。私はその渦中にいたので、こういうことをいうわけである。


 書評にも名前が出てくるノーベル経済学賞受賞のケネス・アローが、1990年代は「複雑系」(complexities)を研究するサンタフェ研究所(Santa Fe Institute)の設立者の一人となったことは、合理性を超える方向を志向していることを示しているといってよいだろう。

 そもそも人間というものは、合理的な存在であろうか? 経済学が前提としてきた合理的な人間モデルはいまや大幅に揺らいでいる。行動経済学など、心理学を踏まえた経済学が主流に来るのも、遠い将来ではないだろう。 

 大学時代、歴史学を専攻した私からみれば、人間行動というものは合理的に振る舞おうとしていながら、結果としてはさまざまな制約条件のなか、非合理な選択をしがちだ、という認識がある。

 まさに人間が行動主体として創り上げられる歴史というものは、必然性の働く世界ではなく、偶然性を負組み込んだ複雑系の世界そのものである、と。



ランド・コーポレーションと「合理性」にかかわる映画作品の紹介


◆数学者ジョン・ナッシュをモデルにした2001年制作のハリウッド映画 『ビューティフル・マインド』(A Beautiful Mind)トレーラーはこちら。主演はラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー。

◆ランド・コーポレーションもそのモデルのひとつといわれる、核戦争をテーマにしたスタンリー・キューブリック監督の1964年の傑作 『博士の異常な愛情』(Dr. Strangelove or How I learned to Stop Worrying and Love the Bomb)トレーラーはこちら。英国の俳優ピーター・セラーズによる一人3役の怪演が記憶に焼き付いている。

◆ベトナム戦争を指導した国防長官ロバート・マクナマラの回想録をもとにした2003年製作のドキュメンタリー映画 『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国国防長官の告白』(The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara)トレーラーはこちら。いわゆるベスト・アンド・ブライテストの一人であったボブ・マクナマラは、ハーバード・ビジネススクール(HBS)でM.B.A.を取得、戦時中は陸軍航空隊で日本への戦略爆撃の数値解析に従事、戦後は HBS で統計学の教鞭をとったのち、フォード社長を経て、国防長官としてベトナム戦争を指導した「合理性の使徒」。しかし、ベトナム戦争にける敗戦は「合理性信仰」崩壊の序曲となった。必見の映画。



PS 読みやすくするために改行を増やし、写真も追加し大判にした。あらたに<ブログ内関連記事>を加えた。 (2014年5月2日)



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書評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、河出文庫、2014)-理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・現在注目すべきは先端分野に積極的に取り組んでビジネス化を推進しているグーグルの研究所であろう。「科学者の楽園」であるようだ

書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)-「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート

(2014年5月2日 項目新設)


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