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2022年7月7日木曜日

「鈴木信太郎記念館」(豊島区)にいってみた(2022年7月6日)ー 日本のフランス文学研究の基礎をつくった鈴木信太郎氏の旧宅を訪問

(鉄筋コンクリートつくりの書庫棟の内観)

 「鈴木信太郎記念館」(豊島区)にいってみた(2022年7月6日)。東京メトロ丸ノ内線の新大塚駅で下車して徒歩3分。じつに便利な立地である。入場無料。

新型コロナ感染症が緩和された状態でも入場は予約制だったが、ようやくそのような面倒なことがなくなったためだ。丸の内まで行く用事があったので、東京駅から丸ノ内線で足を伸ばしてみた次第。

(無料で配布されているパンフレット)

鈴木信太郎(1895~1970)は、フランス文学研究者で、もっぱらフランス詩を日本語訳してきた先駆者的存在だ。上田敏の『海潮音』のつぎの世代である。

芝居の『シラノ・ド・ベルジュラック』を一緒に日本語訳した、先輩で盟友の辰野隆とともに、東大文学部のフランス文学科で多くの後進を育成した功績も大きい。門下からは研究者だけでなく、大岡昇平などの作家や、小林秀雄などの評論家も輩出している。

フランス詩にかんしては、マラルメやヴァレリー、ボードレール、さらにさかのぼって中世のヴィヨンの研究と翻訳で知られている。これらの翻訳はみな岩波文庫に収録されている。

わたし的には、これらにピエール・ルイスの『ビリチスの歌』を付け加えておきたい。映画化にあわせて角川文庫から1977年に復刊された際に入手して読んだ。古代ギリシア世界を模した作品だ。

(母屋から庭を見る 筆者撮影)

「鈴木信太郎記念館」は、その鈴木信太郎氏の旧宅を記念館として保存したものだ。

本人が亡くなったあとは、建築家になった長男夫妻が住んでいたが、その後は寄贈されて保存されることになった。

(書庫棟の外観 筆者撮影)
 
住宅建築としても特徴のあるもののようだ。和風建築の母屋(これは戦災のため戦後に再建)に、昭和3年(1928年)に建築された鉄筋コンクリートによる書庫

なによりも稀覯書を収集し、愛書家であった鈴木信太郎氏が建築にはカネをかけたもののようだ。そのおかげで空襲による熱で鉄扉が開かなく被害もあったものの、書庫そのものは無傷で生き延びることができたのである。

(書庫棟の入り口の鉄扉 筆者撮影)

わたし自身の関心から、まずは書斎に入ってみたが、なかなか立派な書斎であった。

外観は鉄筋コンクリートだが、内装は木のぬくもりを感じさせる落ち着いた空間どっしりと鎮座する重厚な木造テーブル。この空間で知的作業が行われたわけだ。うらやましい。

(書庫棟の内観 豊島区の公式ウェブサイトより)

「資料の接写は控えてください」とあったので、ルールに従い蔵書はガラスケース越しに閲覧するのみとする。見ているだけでも気持ちいい。当方の判断で、書斎全体の写真は撮影することにした。


玄関には鈴木信太郎氏の等身大のパネルが設置されていて、「いっしょに自撮りしましょう」とあったので2ショットで自撮りしみた。だが、オジサンが動いてくれないので、ちょっと難しかったな。





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2020年1月5日日曜日

「市川市東山魁夷記念館」に初めて行ってみた(2020年1月5日)― ドイツや北欧の風景を「日本画」で描いたイノベーターとして捉えてみる



市川市東山魁夷(ひがしやま・かいい)記念館に初めて行ってみた。初詣に訪れた「子之神社」(市川市北方)から歩いて数分にある。

東山魁夷記念館が市川市にあることは、5年前のことになるが、京成中山駅前に設置されていた案内看板に出ていたので知っていたが、とくに行きたいという気持ちは湧いてこないので、いまのいままでそのままにしておいた。だから、今回が初めての訪問となる。


(記念館の全景 筆者撮影)


今年の初詣は、子年のネズミにちなんで、ネズミとは縁の深い大国主命を祀った子之神社(ねのかみしゃ)というものが市川市にあることを知ってどうせ行くならついでにいろいろ施設を回ってみようと思い立って、Gogle Map に登場した市川市東山魁夷記念館に立ち寄ってみることにしたという次第だ。


(入り口だけ見るとイスラーム建築のようだ 筆者撮影)


なぜ市川市に東山魁夷記念館があるかというと、東山魁夷画伯が戦後に移り住んでから、市川を終の棲家としてアトリエを構えていたからだ。市川に縁の深い芸術家の1人というわけなのだ。

公式サイトには以下の文言がある。


市川市東山魁夷記念館は、20世紀の日本を代表する日本画家、東山魁夷が生涯の大半を過ごしたゆかりの地である市川市に、2005(平成17)年11月に開館しました。東山魁夷は、戦後まもない1945(昭和20)年から1999(平成11)年に逝去するまでの、およそ半世紀にわたり市川市に住み、「私の戦後の代表作は、すべて市川の水で描かれています。」との自身の言葉のとおり、市川市で重ねられたその輝かしい画業は市川市の誇りです。つねに自分をみつめ、修行僧のようなその生き方は、描いた静謐な絵の中に投影されています。市川市東山魁夷記念館は、「人間・東山魁夷」をコンセプトに、資料展示と作品展示を通してその偉大な業績を顕彰し、情報を発信していきます。



東山魁夷は、風景を描いた日本画の巨匠ということになっている。カレンダーなどで目にすることは多いのだが、いかにも日本人好みの作品だなあとは思うものの、個人的には、とくに素晴らしいとか、好きだという気持ちが湧くことのない画家であった。その気持ちは、いまも変わらない。


(東山魁夷「道」(試作)1950年)


今回はじめて知ったのは、記念館の外観がドイツ風の建築物であるのと同様、通常展「欧州への思慕ー憧憬と郷愁の国・ドイツー」で展示されている所蔵作品を鑑賞すると、この人は、ほんとにドイツ語圏と北欧なのだなあ、という感想だ。

奈良の唐招提寺を描いて有名になった東山魁夷だが、出発点はドイツに留学にあり、「ドイツを第2の故郷」としていたことにあるのだという説明に納得。



(東山魁夷「雪野」 1992年)


ドイツや北欧の風景を日本画で描くことは、ある意味では横展開で新機軸を打ち出したことになるのかもしれない。日本画の従来のテーマは花鳥風月に限定されていたから、花鳥風月の延長線上ではあっても、日本以外の風景を日本画で表現することはイノベーションの一種といってもいいかもしれない。

沖縄が返還される前は日本の最南端であった奄美に移住して、奄美の自然を日本画で表現した田中一村と並んで、東山魁夷もまたイノベーターだったと言うべきなのだろう。

わざわざ見に行くという気持ちになる画家ではないが、こういう機会でもなければ行くこともないわけだから、それはそれで意味ある訪問だったのかな、と。初めて訪問する人は、場所的には近い中山法華経寺を参詣するついでに訪ねたいいだろう。



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ここにも伊東忠太設計のインド風建築物がある-25年ぶりに中山法華経寺を参詣(2015年1月20日)

市川文学散歩 ②-真間手児奈(ままのてこな)ゆかりのを歩く

美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた
・・沖縄が返還される前は日本の最南端であった奄美に移住して、奄美の自然を日本画で表現した田中一村


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